第107話 もちろん打たせ湯もジェットバスもサウナもetcetc堪能した
和菓子食べたか? 景色よかったね。温泉も期待できそう。
それと、トランプ等の道具が部屋に置いてあった、と。
部屋の前で合流して浴場に向かう間にさえ会話は途切れない。
「ごはんも楽しみだなぁ」
「二時間後だからな?」
「別にそんな、いま食べたいとかじゃないしっ」
「わかってるって。そうじゃなくてただの確認だよ。メシの時間決まってるからもしオレが忘れてたら言ってくれって話」
優芽の誤解を解きつつ仁がエレベーターのボタンを押す。
乗り込むのは学生集団だけだから「卓球、卓球、ほうほう二階ね」希美は案内に目を通した。
「勝負しよ勝負」
続けて指を立てる。
「もちろん、負けた人は罰ゲームね」
「罰ゲームなんだと思う」
わしゃわしゃ。
「さぁ、なんなんだろうな。考えてあるとか言ってたけど正直、不安はある」
わしゃわしゃ。
「だよな。どうせ碌でもねーぜ」
わしゃわしゃ、と男二人、頭を泡立たせている。
琴樹が先にシャワーを手に取った。
「まぁあんまりひどいのは優芽たちが止めてくれるだろ」
「涼が居なくてよかったかもな」
仁の発言に琴樹も同意した。涼の誘導力は高く、しかも悪ノリする質だ。安寧、という意味では彼女の不在は一役買っているのを否めない。
「先入ってるわ」
「おーすぐ行く」
洗い場を離れて琴樹は露天風呂へと足を運んだ。
大浴場は、素晴らしいものだった。広さ、風呂の種類、綺麗さ、文句のつけようがない。のぼせたりといったことを考えないのであれば、二時間でも楽しみ尽くせないと思う。
「あぁああああ」
折よく他に人がいなかったから思い切り声を出して琴樹は肩まで湯に沈む。
冬の日の入りは早く、深くはなくとも夜の色が空を覆っている。風は穏やか。水の音。
体感、ほんの僅かな時間だけの瞑目だったはずだった。
「なぁ仁」
いつからか近くにある気配を横目に確かめ、琴樹はまた目を瞑る。
「俺は好きだよ、おまえのギター」
「そいつはどうも。ファン数1……少なくともそのくらいには意味があったんだな」
「また聞かせろよ」
「そいつはどーも。いいんだよオレのことは。今日は」
仁が立ち上がるとばしゃりと水が跳ねる。琴樹に近づき、浸かり直す時にも同様だ。
「いやでもこれだけは言っとくけどな、オレは涼を好きではなかったぞ。これマジな、ガチ」
「わかってるよ」
琴樹は頭に載せたタオルを直した。
「ま、だろうな。恋愛的には、てのも、わかってんだろ?」
「人間的にはかなり好きだよな、涼のこと」
「なんつーか……おもしれーんだよな」
「おもしろい……」
「特にここんところはほんと。あんなに必死になってんのに、たぶんどうにも出来ねーんだぜ? いいよなぁ、そういうの」
黒浜涼が必死になっているもの。琴樹にはそれをなんと呼ぶかはわからない。
人生、恋、夢か愛か。誰かは青春と呼ぶかもしれないし誰かはただ辛いだけと言うかもしれない。
自分じゃない誰かのために歌うのは。
「そう、か」
そしてそんな足掻きの最初に、踏み台になった者にはどこまでの資格があるだろうか。
邪魔をする権利はきっとない。でもじゃあ勝手に託すのは? 期待するのは?
おもしろおかしく、見ているのは。誰が咎められようか。
仁が誘い、涼が参加したバンドは解散した。
仁が音楽を聞かせてくることはなくなった。
涼は今日もどこかで歌っている。
それを、仁はおもしろいと語る。
「ま、こういうこともあるもんだろ。人生はままならない、らしいぞ。って琴樹はオレより知ってるか」
「ままなることも知ってる」
「だはっ、そうだな、そうだ、たしかに。やっぱおまえもおもしれーな」
「んーいい気はしねぇ」
「いやいや嬉しがれ?」
夜空には星が増えだしている。
仁から見ておもしろいというのは、他人事ならまだしも自身について言われては素直に喜べはしない。
悪い気もしないが。
風はずっと静かで、水音は耳に心地よい。
高校二年生の、冬の、知らない土地の、知らない空の、夜はまだ長い。
「仁は……進路はどうすんだ? 大学には行くんだろ?」
「まだしばらくは考えるよ。オレだってテキトーばっかじゃないんだぜ」
「なんだったら一緒に来るか?」
「そういうことは白木に言ってやれ。までも……悪くはねぇのかもな」
進路、将来、未来。仁には星を結ぶ線より朧気だ。
そして今、思い耽ることでもない。
「ここの旅館、結構広いんだよな。温泉もだけどよ。庭とかあったりもすっし」
「書いてあったよな。あとテラスとか、ちょっとした展示スペースもあるんだったか」
「見て回るつもりはないから好きに使えよ」
「なんか……そういうのなんか、勢いみたいでどうなんだろうな」
「勢いくらいつけねぇと、それこそ大学まで引っ張りかねねぇだろうがよ。なにがどうなっても知らねーぞ。おもしれぇのは大歓迎だけど、無駄に後悔するような奴は見ててもつまんねぇ」
「おまえほんとアレだな。友達なくすぞ?」
「多い方だって知ってんだろ? 多少減っても問題ないんだなこれが」
それは多いはずだろう。そんなことを思って琴樹はタオルを目元に当てた。
「旅行、修学旅行……すげぇ楽しいよ」
「そいつはどおぉも。他も入りに行くけどどうする?」
「あぁ、俺も行こうかな」
お湯から上がり屋内に戻る。
「おい見ろ、電気風呂あんぞ」
「弱と強、か」
「地味にはじめてだわ」
「仁、強にしとけ」
「ぜってぇ嫌だわ。目がもう笑ってんだよ」
張り詰めたものは全部、露天に置いてきた。