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第105話 宿まであと三分

 電車に揺られて到着するのは地方都市であって温泉地ではない。宿と温泉だけで二日を過ごせるほど老成しちゃいない。まずは観光ということで街を散策しつつ、昼食の店を目指す。みんなで探して決めた店だ。

 ただし今のところ小腹空いたなと感じているのは琴樹だけである。

「なーに空見て。にしても、ほんと晴れてよかった。よかったね」

「それはほんとにな。けどなぁ、お菓子の恨みは忘れねぇから」

「ごめんごめん。美味しかったですよぉ? あ、あそこお土産屋さん。ちょっとだけ覗いてかない?」

 冗談と理解し合っているから、車内に消費されたものの話など琴樹も優芽も長く続ける気はなかった。

 優芽の提案は採択されたが、その前にと荷物を駅のロッカーに預ける。午後にはこの駅からバスに乗る予定だった。

「そういえば、優芽が写真撮ってたよ」

「なんの?」

「幕張君の寝顔の」

「変な顔してなかったか、俺。寝言とかも」

「あはは、大丈夫だったから」

 文の軽い笑い声に当の優芽が「なになに?」と反応する。

「寝顔、幕張君の。撮ってたよねって話」

「あぁ。あとでグループの方に貼っておくね」

「やめてくれ。せめて広めるな」

「いいじゃん、思い出ってことで」

「まいいだろ寝顔の一つや二つ。さて、行くか」

 言いながら仁がロッカーの扉を閉め、荷物を預ける間の雑談はすぐに霧散する。会話はすぐにどんなお土産あるかななんて話題に取って代わられる。


 身軽になった一行はほんの10分ほどだけ土産屋に時間を潰した。その後には近くの城跡へ向かう。バスやタクシーを使ってもよかったが、同じくらい歩くのも悪くない。

 知らない街を。気心知れた友人たちと。


 それほど大きな規模ではない城で、甲冑の試着には琴樹と仁が乗り気だった。

「おぉお。どうだっ、武士っぽいか!?」

「我こそは浦部仁! いざ尋常に勝負!」

「勝負!」

 模造刀を打ち合わせるのは、すぐ怒られた。

 大人しくなった男子二人ではあったが場所が場所だけに復帰も早い。

「見ろよこれ、隠し扉だってよ」

「忍者だけじゃないのなそういうの」


「どうだ撃てそうか?」

「たぶんなぁ。そっちはどうだ?」

「こんなん当てたら絶対死ぬわ。こえー」

 狭間(さま)石落(いしおとし)にはしゃぐ。


「一夜城ってあったよな」

「あー、あるな」

「一晩でこんな城作るとか昔の人はすげーな。頑張りすぎだろ」

「仁おまえ……それ実はな」

 口振りに冗句や大袈裟の気配がないから、琴樹は迷った末に仁の幻想を砕いてしまうことにした。

「そ、そうだったのか……マジかぁ」

「でももしかしたらほんとに一夜で作ったかもしれないから、もしかして、万に一つ、奇跡的に」

「奇跡が必要なレベルか」

「そりゃなぁ」

 なんにせよ城だ。琴樹がいま見回す内装ほどに広く丁寧じゃないとして、夜間の数時間で作り上げるのは無茶が過ぎるだろう。


 琴樹と仁が時間を忘れるから、文が適度に進行を促した。放っておいたらお城見学で一日が終わりそうだとは女子四人の苦笑に共通した思いだった。


 昼食には地元の山菜を使用しているという天ぷら。

 少しテキトーにブラついて、目に留まった雰囲気の良い喫茶店は、けれども観光客向けではあったらしい。先ほどの城を模したケーキは、あまりそうは見えなかったけれど。

 それから地域の歴史にも名産にもあまり関係ないトリックアートのミュージアムに行ってみたり、ちゃんと名産のお店で自宅に配送するよう頼んだり。

「そろそろ駅に戻るか」

 と仁が腕時計を見ながら言ったことに否を唱える者はいなかった。

 街も名跡も食べ物も工芸も楽しいし満喫したけれど、やっぱりメインは温泉だ。

「荷物、取り忘れないよな? 買っとくもんとかも」

「だいじょぶ」

 仁の確認にサムズアップを返す希美と、それに同意する四人。

 温泉、宿までは送迎バスで15分かかる。


 他にも数グループ、数人の宿泊客と相乗りの車内であるから、電車の時のように全員、寝てる人を除く全員で話せるようなことはない。精々、三シートに分かれたそれぞれに隣と小声を交わせるくらいのものだ。


「ね、浦部、ありがとね」

「なんだなんだ、急な感謝だな」

「いちおちゃんとって思って。ありがと、予約とか全部、してくれて」

「そういう話で立ち上げた旅行だからな。やるときゃやるもんだろオレも」

 小夜はふにゃりと笑みを浮かべた。

「そうかもね」

「かもかぁ」

「……ありがと、今日も、みんなを引っ張ってくれて」

「まかせろり」

 惜しいんだからなぁ、なんてことまでは言わない。


「眠くなってきたぁ」

「ちょっと希美、寝ないでよ?」

「文の膝をお借りしたい所存」

「貸す気はない所存だよ」

「うーん、でもほんとちょっと……眠い」

「そんな疲れるほど歩いてないよね」

「おぉ、文からそんな体力自慢を聞こうとはっ。うむうむ、よきよき」

「もしかして、希美も寝不足?」

「たはー……実はね」

 希美は後頭部に手を当てておふざけみたいな空気を作った。それくらいはしておかなきゃいけない。

「やっぱ緊張してんだよねぇ……わたしも。はぁ」

 自分じゃないところに視線を走らせる希美に、文は膝を貸してもいいと思った。


「それでこれがパラグライダーの時のやつ。すごいでしょ。私、クラスで一番飛んだんだから」

「ははっ、一番か、それはたしかにすげーな。でもこれ、かなりテンパってないか?」

「しょうがないじゃん。高いしなんかびゅーって飛んじゃいそうで怖かったもん」

 クラスメイトに撮ってもらったという動画から、イヤホンを通して優芽の悲鳴じみた動揺の声が聞こえている。右耳にだけ。

「それは……怖いな、たしかに」

「あ、これはみんなでトランプしてる時のだね。昔からあんまり勝てないんだよねぇ、七並べ。なんでだろ」

「……なぁ、これって風呂の後か?」

「え、そうだけど。お風呂の時間早かったし。あ、そうそうお風呂、温泉だったんだけど」

 優芽は楽しそうに修学旅行の話を続ける。琴樹が言い出したことだ。「修学旅行ってどんなだった?」とは。

 ただそれはそれとして、琴樹はこの30秒の動画に映っている男子ども……男子たちの顔は全員覚えた。

 なにをする気もないが。たぶん。

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