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第102話 大事なこと

「ではではルーレットぉお……スタートっ!」

 希美の掛け声に希美のスマホ。

 くるくるとアプリのルーレットが回る。

 固唾を飲むのは六人で、放課後の教室の片隅に一山形作っているのだった。

 輪の中心に置かれたスマホの持ち主である篠原希美。から時計回りに白木優芽、西畑文、幕張琴樹、浦部仁、宇津木小夜。

 一年前には誰も想像もしていなかった旅行計画が練りはじめられている。

 琴樹は少し視線を上げて、正面にあたる希美を盗み見る。この先に待つものに期待を膨らませる子供っぽい表情はいつかのままで、ままなだけではない。伸びた髪が目につく以上に、微笑と伊達メガネの奥の瞳にこそ変化を感じる。余裕やゆとりと、そう呼ばれる気配だと、そこまでしか琴樹にはわからないが。

「はいではぁああああ……旅行先はガラパゴスに決定しましたぁ! はい拍手! いえい! って行けるかぁ! 誰だこんなん入れ込んだのわたしだよっ!」

 勘違いかもしれないが。

 琴樹と、他に四つの苦笑が希美を取り囲んだ。


「だから言ったのに」

 文が希美のスマホに指で触れていくつか操作する。選択肢を削除する。

 ガラパゴスとハワイとグアムとパリとニューヨーク。

「北海道と沖縄はどうする?」

「無理っしょ。一泊じゃちょっと、ねぇ」

「だよね」

 小夜の同意を得た文により更に二つの地名が消され、残ったのは関東圏内のみ。まぁこれが妥当だろうと琴樹が内心に思うのと仁の同じ内心からの首肯は同時だった。

 旅行の計画として、なにはなくとも日付は決めた。予定都合事情が噛み合う日を探して、残念ながら全員が空きとはいかなかったから涼が涙を呑んだ。レコーディングなんて休みます、は仁の前では言えない。

「わるいな。ま、頑張ってきてくれや」

「わかりました。その代わり、お土産、期待していますから。いますからね」

 昨日のやり取りに、琴樹は口を挟まなかった。

 そうして今日は行き先を決めようということで二度目のルーレットが回ったりする。

「わお。ここがきたか」

「きたね」

「ま、そんじゃ早速? とりあえず宿からか? 次は」

「だな。金額が問題か」

 希美がぴゅぅと調子外れの口笛を吹き、優芽はただなんとなく同調しただけ、仁と琴樹がこのあとの計画の進行を提案した。

「宿ってかほぼほぼメインだよなぁ。温泉じゃ、宿がよ」

 仁の言う通りだと琴樹も思う。


 有名どころの遊園地やらテーマパークでももちろんよかった。選択肢の大半はそうだったし。

 それでも温泉に決まったわけで、その日の夕食時に両親に報告する優芽には特になんの気概もなかった。

 今度、みんなと旅行に行くけどいいよね? と。

 一泊、温泉、男女混合。伝えるほど父の顔が険しくなっていくのを不思議に思って眺めていたのだった。

 夕食後に改めて思い出してもよくわからない。

「お父さん……なんか渋かったよね。旅行の話」

「心配なのよ」

「えぇ、子供じゃないんだから大丈夫だって」

「子供じゃないから心配なのよ」

「意味わ……は、え、えっ!? そ……そういう心配!?」

 優芽の頬が紅潮するから、母の早智子は眦を下げて諭すように言う。

「避妊はちゃんとしなさいね」

「ひっ!? ……お、お母さん!」

「真面目な話よ。優芽ももう……子供じゃない。そうね、そう、子供じゃない。そういうことが出来る年齢(とし)だし……お母さんがあんたくらいの頃には興味もあった。普通のことよ」

「う……うん……わ、私も、私だって……そういう話は、友達とか、する子はいるし……」

 早智子は止めていた手を動かして洗い物を再開した。

「大事なことよ。ちゃんと考えなさい」

「……うん」

 ダイニングテーブルに突っ伏して、優芽は目を閉じた。とりあえずは授業で聞いたあれこれを。

「……部屋行くね」

 リビングで考えるのはやめておいたのだった。


 日程、場所、宿泊先、交通手段。他にもなんだかんだと。

 予約が必要なものは言っていた通り仁が請け負った。感謝は言葉と少しばかりの費用面での負担減だ。

「よぉし、こんなものかな」

 ざっくりホワイトボードに決定事項を書き出した希美が手の甲で渇いた額を拭う。

「今更だけどさ、こんなわざわざ集まって話し合う必要あった? や、別に楽しかったしいいんだけど」

「準備してる時が一番楽しいっちゅーからな」

「たしかにそういう言葉もあるけど、ちゃんと楽しい旅行になると思うよ。正直、かなり楽しみ」

「だよね。わたしも。浦部は空気読めないんだからなぁ」

「いやいやオレもめっちゃ楽しみにしてるし! なぁ、そうだよな琴樹。オレがどれだけこの旅行を楽しみにしてるかっ」

「毎日チャットでうるさいもんな。旅行のなんやかんや、どうしようかなにしようかって。というわけでこう見えて仁はマジでこの旅行を楽しみにしてるぞ」

「あははっ、ごめん冗談だって。わかってるって。あぁ……でもとうとう全部決まったかぁ……やっば、なんか緊張してきた」

「緊張って。なにによ」

「うっさい優芽。あんたと違ってこういうイベントは経験少ないのっ」

「それは親近感あるかも」

「文、わかってくれる」

「ええ、小夜。元陰キャ同士、手を取り合って協力していきましょう」

「陰キャではないから」

「早速の梯子外しありがとうございます」

「いったぁ!? ちょっと文、手ぇ強く握りすぎっ」

「わざとです。ありがとうございます」

「なにがっ!?」

「はいはいはーい。ちゅうもーく。楽しくなってきちゃったのはわかったから。これから一番大事なことを発表したいと思いますよー」

 今日も伊達メガネの希美が手を叩いて全員の視線を集めた。

「発表?」

 琴樹は思い当たる節がなく戸惑う。なにを、しかも一番大事とは、本当に何を発表するのか。

「では、改めて、この旅行計画……旅行の、旅行名……旅行名? 旅行名で合ってる?」

 締まらない希美に「いいよ旅行名で」と優芽が答えた。

 優芽には、というより自分以外に疑問がありそうな人間がいないことに琴樹は気付いた。

「ではでは、今回の旅行名はずばり」

 くるっと、希美はホワイトボードを半回転させる。裏にはもう書いてあるのだ。


『修学旅行 with幕張琴樹 バージョン』

 星や花や、ハートも散りばめて。


 幕張琴樹はちょっと本気で目頭を押さえた。

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