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ゴーレムさんゴーレムさん  作者: 九重 まぶた
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襲撃

 石神ラビの体温が背中に伝わり、池目君は若干頬を染める。ほどよい胸の膨らみが背中ごしに当たるのだ。村ではモテてはいたが、剣術と農作業に忙しく村娘との接点はほとんどなかった。唯一いつも一緒にいた異性は歳が八も離れた二軒隣に住んでいるアイカである。もちろん九歳の女の子を異性として意識するわけもなく、仲の良い兄弟のようなものであった。

 なので池目君は年ごろの女の体に触れるのはこれが初めてであった。

 夕暮れに染まる路地で頬を染めながら歩き、空を見上げる。


「こういうのも悪くないよな」


 そうぽつりと呟やいた。

 池目君はふと背後を振りかえる。

 ゴーレムが一定の距離を保ちつつ、無言でついてきている。

 ゴーレムである彼は核に内包されるエネルギー、つまり彼女の魔力の供給が断たれない限りはその活動を止めることはない。だが石神ラビは意識を失っている。

 並の術者であればそれだけで魔力の供給は断たれ、ゴーレムも活動を停止するはずなのだが。

 池目君は改めて背中におぶったラビの横顔を見る。


「やはり、この方こそ、ぼくの村を救う勇者だ。気を失っている彼女から魔力が常に送られ続けている。恐ろしい人だ」


 できればこのまま、自分の世界に連れて行きたいが、無理やり連れていき、ぼくの世界を救ってくださいと言っても無駄だろう。それこそ、ゴーレムの力で制裁を加えられるかもしれない。できれば石神の承諾を得て正式に来て頂きたい。

 

 池目君は首元に伝わる寝息を感じながら、視線を向ける。


「この人が聖域で新しい力を手にいれれば、魔王にさえ――」


 池目君は路地の曲がり角直前で足を止めた。


「……でて来い」


 言葉とともに曲がり角からブレザーを着た三人組が姿を現した。


「緑の眼。ぎへへ、ようやく見つけた。貴様を殺せば俺たちは元の世界に帰れるわけだ」


「魔王軍の刺客か。ひどい臭いがここまで匂ってくるぜ」


「魔風がとどかぬ村、レドの者。この世界で助力を得るつもりだったのだろうが、ここまでだ。まあ貴様はこの世界のことを教えてくれただけでも役にはたったな。我らの世界も統一したならば、すぐにこの世界にも軍が送り込まれるだろう。くくくっ」


「我らの世界? ふざけたことを」


 池目君はラビを石壁にあずけ、学ランの中から太鼓のバチくらいの丸棒を取りだした。


「……魔法剣か」


 三人組が警戒を強める。


「村に伝わる宝剣の切れ味、試してみるか?」


 池目君が発動の呪文を紡ぐと握られた丸棒からバチバチと雷の刃が出現した。

 リーダー格の男は頬に汗を伝わせ逡巡するが、腹を決めたように目を据わらせる。


「ただの村人風情が俺たちに勝てるとでも?」


 男が大型のナイフを取りだした。


「試してみればいい。これでも村では一番の剣達者だ」


 男のするどい眼孔が光る。三人組は池目君を囲むように散開した。

 男が飛びだした。それを合図に男たちが池目君に飛び掛る。

 ぎらめく一閃が首を刈りとろうと放たれる。池目君は状態を小さくずらし紙一重で避ける。男の驚愕の表情に、その手にもつ雷の剣で薙ぎ払おうとするが、驚愕に微かな笑みを見止める。

 池目君は反射的にバク転し背後に飛び退る。

 瞬間、その空間に両側から他二人からのナイフが突き入れられた。


「――っ」


 池目君が笑む。今度こそその手に持った雷の剣が猛威を振るう。雷が迸り空間を裂く。リーダー格の男はターゲットを見失い戸惑っている二人の男を引き寄せそのまま盾にした。

 雷が二人の男を焼き尽くした。


「「――がはっ」」


 崩れ落ちる二人。煙を噴きだし戦闘不能。地面に倒れた二人の先には、仲間を盾にした横暴な男の姿は消えていた。


「油断したな。ここだよ」


 男の声が背後から伝わる。死角に入り、意識が前方にいった瞬間に回りこんでいた。首筋に戦慄が走る。


「――くっ」


 雷の剣を背後に振るう。


 ――バチっ。と硬質な衝撃が手に痺れをもたらす。


 間一髪、放たれた大ぶりのナイフの刀身を打ち払った。


「やるじゃねーか」


「おかげさまでね。だからこそぼくがこの世界での使命に選ばれた」


 雷の剣と大ぶりのナイフが切り結ぶ。


「だが、遊びは終わりだ」


 男の様子が変わる。筋肉が一回り膨張し、耳が尖っていく。眼孔の色が黒く変色した。


「……ハーフウルフ。魔物と契った忌み人の子か。人の世界で行き場を無くして魔物の手下に成り下がったか」


「ぬかせっ。この姿になったからには今までのようには優しくないぞ?」


「そう大した変化じゃないがな、口だけにならないように――っ」


 男の体が微動し、ナイフが喉笛に突き入れられる。


「――っか」


「ほほう? このスピードに反応するのか」


 池目君は皮一枚でなんとか致命傷を避けていた。

 ――まずい。変化したとしてもそこまで身体能力は上がらないと油断していた。

 少なくとも速さは三倍に跳ね上がっている。

 男のナイフが嵐のように吹き荒んでくる。視界には銀の煌きが幾千にも刻まれていく。

 池目君の頬や腕や体に赤い線が無数に付けられていく。

 雷の剣を何度か振るうが、敵にかすりもしない。


「くはははっ、どうしたどうした! 貴様こそ口だけだな。しょせん人間風情だとこんなものだ!」


「ぬかせ、人でも魔物でもない半端ものにこのぼくが負けるものかっ!」


「貴様に何がわかる!」


 男の眼光が醜く歪み、攻撃が勢いを増し、池目君を吹き飛ばした。

 地面に打ち付けられ衝撃に顔を歪める。


「貴様に、貴様に! 俺たちは忌み子として生まれた。貴様の言うとおりだ」


「……ぐっ」


 男の言葉は震えている。


「俺たちはどちらにも俗さない。人間には忌み子として忌み嫌われ、魔物から嘲笑の的だ。どちらにも俗さない俺たちは常に外の世界は命の危険に晒された。俺たちは自分達で自分達の命を守るために魔王軍に入ることを選んだ。魔王様が仕切る魔王軍で成果をだすことができれば俺たちにも居場所ができるんだ! 人間として生まれ、人間として生き、人間として役目を持った貴様にこの俺の何が分かると言うんだ!」


 倍増した筋肉により増強された蹴りが池目君の腹部を捉え蹴り上げる。


「――ぐぶぅっ」


 ボロ雑巾のように地面に転がる。


「さあ、貴様を始末すれば俺たちは任務を達成する。そうすれば俺たちは認められるんだ」


「ぐぅ……」


 池目君は掴み上げられ苦悶の声をあげるが、その目は敗北者のそれではない。


「なんだその目は? 何を笑っている」


「ふん。魔王がそんな願いを本当に叶えてくれると思っているとしたら、とんだお笑い種だと思ってね」


「な、なんだとっ」


「本当は分かっているんじゃないのか? ただ騙されていいように使われているだけだってね。こんな村人一人を始末したところで、貴様の願いは叶うことはない。断言してやるよ」


 男の目が冷たさを帯びた。


「もう何も聞こえはしない。お前を始末する。それが、俺が受けた命令だ」


 男はナイフを池目君の顔目掛けて降りおろした。


「――っ」


「待って!」


 声は唐突に響き、ナイフは池目君の眼前で止まった。

 ナイフを止めた男の眼孔が声の主に向けられる。

 そこには石壁に寄り添うように立ち上がった石神ラビが決死の表情で二人を見据えていた。血を流しすぎたせいで彼女はいまだ意識は朦朧としているようだ。


「石神っ、ダメだ。君は逃げるんだ」


 池目君の声にラビは苦しそうな表情で首を振り、男に近づいてく。

 男は池目君から手を放し、突如現われたように見えた少女を視界に入れる。


「なんだ? 貴様……」


「一度、会っているわ。校門前で」


 男は眉をぴくりと動かした。


「……校門前? ……っ、貴様まさか」


 男はようやく気づいたようにハッとした。少女の背後に、ぴくりとも動かないのでまったく気づいていなかったのだ。

 石壁だと思っていた壁は、少女が寄りかかっていた壁は、ゴーレムであった。

 そう、この少女は昨日、あの集落へと赴いたときにゴーレムに命をだしていた少女である。

 主人の動きにいつでも対応できるようにゴーレムは視界に映るすべてを把握している。


「……まさか、こんなところにゴーレム使いとはな。おれも見誤ったか。なるほどな、このゴー

レム使いを仲間に引き入れようとしてたようだな。だが、ここで貴様を始末すれば、こいつが我らの世界に足を踏みいれることはない。この距離だったら、おれのナイフが貴様の頭に突きたつほうが早いぜ? おれたちは居場所を手に入れるんだ!」


 再度、男はナイフで止めをさそうと振り上げる。


「待って! あなたたちは中途半端な存在じゃないわ! いえ、あなたたちのそれは丁度いいのよ!」


 男の動きが止まる。


「……丁度、いい?」

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