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ゴーレムさんゴーレムさん  作者: 九重 まぶた
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池目正義の想い

 念のために保健室でモブ江を見てもらったが不幸中の幸いでケガは一切していなかった。

 なんでも首をつっこまないようにと妙にエロい保険の先生に釘をさされ学校を後にした。

 モブ子とモブ江と分かれるとすっかり夕陽が沈み辺りはうす暗く暗闇が降りてきた。路地の街灯がチカチカと点滅を繰りかえす。


「――緑の瞳の人って、池目君のことだよね。いったい彼らと何があったのかしら? ねえ、ゴーレムさん。もしかして池目君って意外と不良なのかもしれないわ。あっ、それとも、たまたま偶然あの不良たちが女子中学生を追いかけまわしていたときに、颯爽と女の子を助けたのが池目君なのかも。うんうん、そっちのほうがしっくりくる。きっとそうよ。ね? ゴーレムさん。それで池目君の緑の瞳って神秘的でとっても素敵で特徴的だから、あの不良さんたちも覚えていてうちの高校に殴りこみにきたのよ」


 ラビはファイティングポーズをとりシュッシュっと拳を打ちだす真似をする。頼りない渾身のストレートが電燈の下でへろへろと空をきる。


 すると、拳の先を見据えていた視線から曲がり角の先に影が揺らいだように見えた。

 人気のない路地は不気味に陰影を作りだし、見えないことによる恐怖がすぐに不安となり想像力を突き進ませる。ラビはきゅっと腕を胸に手繰り寄せる。

電燈にぶつかる羽虫の影だろうか? それとも……。

 ラビは身を引き、ゴーレムの足に身を寄せる。

 校門での出来事がぶりかえし、恐怖を感じた。もしかしたらまたさっきの三人組の不良たちかもしれない。それとも性質の悪い変質者かも。

 ぶるりと背を震わす。

 ここからだと三丁目の交番が一番近くだが、あの曲がり角を越えなければいけない。


「だ、だれ!」


 勇気を振り絞り叫んだ。

 声に応えるように街灯の元、ゆらめく影とともに男が姿を現した。

 黒髪短髪、理知的なメガネを掛け、ご都合高の学ランがよく似合っている神秘的な緑の瞳。


「――いけ、池目君!?」


 ラビの心臓の鼓動が別の意味で揺れる。

 ひと気のない暗い路地。池目君の妙に真剣な目。

もしかして。

 ラビは頭に浮かんだその可能性に足元から脳天まで緊張が走り抜ける。


(こ、こ、告白……)


 池目君がこちらに近づいてくる。


「ぼくのこと、知ってくれているんだね」


 初めて声を聞いた。ラビの頭はそれだけでショート寸前である。


「あ、その、この時期に転校生がくるのめずらしかったから有名になってる」


 もちろん嘘である。

 彼が自分のことを見ていたことはすでに友人のモブ子モブ江の情報で耳にタコができるまで聞いている。

 ラビは池目君の目が直視できずにうつむいてしまう。


「そうなんだ」


「う、うん」


(えーっと、何? この雰囲気。告白とかかな? でも私テレビオタクだし、なんちゃっ

て……) 


 二人の間に沈黙が落ちる。

 ラビは緊張に耐えられず死にそうだ。

 池目君が意を決したように口を開いた。


「いいたいことがあるんだっ」


 電気うなぎに巻きつかれたような痺れにラビはビンっと背筋が伸びる。


「――(きたっ)」


 告白される。


「ぼくがこの街にきて、あの学校にきて衝撃が走ったんだっ」


 池目君は苦しそうに声をしぼりだしている。


「ぼくは一瞬で目を奪われた。そして――、目が離せなくなった」


(きたきたきたきたきたきたきたきたきた――っ)


 池目君がずいっと一歩前へと身を乗り出す。


「――――っき」


 池目君の目がかっと開く。


「石神ラビ!」


「はひっ」


「ゴーレムの使い方間違ってるだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」


 池目君はすべての魂を込め、ありったけの力で叫んだ。闇に染まる空を吹き飛ばす勢いで叫んだ。近所の家々があまりの絶叫に窓をがらりと開いた。

 池目君は堰をきったようにしゃべりだす。


「ゴーレム使ってこっくりさんやるなよっ無理だろっ。そんな能力ねえよっ! ゴーレム使って送球するなよっ。死ぬぞ! ゴーレムに乗って登校すんなよっ、死ぬとこだっ! ゴーレムに先生呼びいかすなよっ、そんなときこそゴーレムの出番だろうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! このやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 すべてを出し切ったのか血の気が一気にひいたのか肩で息をし、よろめいている池目君。

 一方ラビは雷を受けたようにかっっっっとなり、頭はぐつぐつと煮込んだ鍋のように熱を持っていた。

 顔をかーっと赤くさせる。池目君から視線を逸らした。


「あっ、あのっ、お返事は、ちょ、ちょっと待ってくださいっ。ゴーレムさんっ」


「御意」


 そういうとラビはゴーレムの肩に飛び乗り、この場を音速で駆けていく。

 再び沈黙が落ちた。


「……えっと? あれ?」


 そして、うるせーぞの声とともに近所の窓から投げられるゴミや大型家電が池目君にぶちあたる。

 

   ●●●

 

 ご都合学校の裏山。

 森を通る月の光が複数の人影を照らしだす。

 校門前で騒ぎを起こした三人組の不良たちだった。彼らはじっと前方にたたずむ人影の足元だけを見つめ、震えていた。


「ではゼノ・ドラグレスよ。任務放棄の言い訳という報告を聞こうか?」


 冷え冷えとした声がゼノの頭上から落ちてくる。

 視線を恐る恐る上げると、一人の軍服の女性が湖水色の瞳を冷徹に染め上げている。腰までとどく銀髪が夜風に揺られ、月明かりが彼女の被っている軍帽と襟元にとめられた勲章を輝かせている。その勲章は藤の花のような形をあしらったものだった。

 そして、ゼノにとってその勲章が自分たちとを大きく区別するものであると同時に喉から手がでるほどに欲しいものであった。

 それは恐怖と羨望の対象。


「そ、それが、邪魔が入りまして」


 形のいい銀の眉がぴくりと動き、湖水色の瞳が氷へと凝固するように零度を増す。

その返答だけで充分だといわんばかりに彼女の指が銃のトリガーに掛けられるように折り曲げられた。

 同時に紫の紅をひいた唇が何事かをつぶやくのがわかった。

 彼女の細指に誘われるように水が出現し、銃の形を一瞬で作りあげる。

 

 月明かりに照らされた銃は水面に光をたくわえるように輝き、ゼノの背後に跪く不良の一人の眉間に照準を合わすようにかまえられた。


「ゆ、許して、こ、殺さないでっ」


 背後で立ち上がる気配を察しゼノが制止の声をあげるが、錯乱しているのか止まらない。

 森の茂みへと逃げ込んだ。

 湖水色の瞳が照準を合せるように暗闇の先へと静かに向けなおされる。


「待ってくださいっ、今度は必ず奴を捕らえてまいり――」


「今度だ、と?」


 冷徹な瞳がゼノの喉を恐怖で縮ませる。


「まてよフジミノ。私にやらせろ」


 瞬間――、銀髪の女の背後から何かが飛び出し空気を切裂いていく。

 逃げだした男の姿はすでに見えない。


「くふふふふ、私から逃げられると思うなよ?」


 暗闇が満ちる森の中、「ぎゃっ」悲鳴が上がる。


「つかまえた~。このままぶつ切りにしてやろうか?」


 その嗜虐的な声に男たちは震えた。このままでは自分たちも。


「そら――」


 悲鳴と木々に人がぶつかる音とともに逃げだした男が見えない力に引きずられるように戻ってきた。


「あああ、た、助けて、助けてください」


「さーて、どうしようか?」


 引きずられ戻ってきた男が、今度は宙に浮き上がる。まるで見えない大きな手が彼を掴んでいるように見えた。


「あ、ああ、あああ――」


「……キューリー。この世界には私たちだけしかいないのです。兵隊には限りがある。罰もほどほどに」


「さーて、どうしようか」


 声に応えるように銀髪の女の頭上から桃色の髪をツインテールにまとめた幼女がロココ調の衣服を軽やかにひらめかせ地面に降り立った。幼女は木々に実る熟した果実のような赤い瞳にこれから行なうであろう任務放棄の罰を浮かべ嗜虐的に笑む。


「キューリー様」


 フリルのついた袖から小さな手を前方に翳すと花びらのような口元が何ごとかをつぶやく。

 宙につられたままの男の体にまるでボンレスハムのように何かが食い込み、歪に顔の肉、眼が飛び出てくる。虫の鳴き声のような悲鳴が男の口から漏れ出る。


「そーら」


 雲の切れ間に月が顔をだし、零れるような灯りが木々の隙間を縫い彼女らを照らす。

 ボンレスハムのように男に食い込んだ何かは、幼女の袖口から飛び出た植物の蔦であった。ただしその蔦は魔力によって補強され鋼の強度を誇っていた。

 ボンレスハムになった男を愛しそうに眺める幼女は瞳と唇を嗜虐的に歪める。このまま少し力を込めれば蔦はさらに肉に食い込み、ぶつ切りにされるだろう。幼女はその瞬間の感触が身を奮わせるほどに好きだった。


「さあー、このまま一気に――」


「キューリー。ただでさえ少ない駒です。死んでしまうと困ります」


「なんだ? フジミノ貴様が先に殺ろうとしていたじゃないか。だったら私にやらせてくれよ」


「先ほどのは脅しです。次はないという上官としてのテクニックです。これにより、部下は上に

従うのです。本当に殺してしまっては元も子もありません」


 銀髪の言葉に、キューリーはふんっと鼻を鳴らし「わかっている。私も冗談だよ」と言葉を返した。

 キューリーの口元はつまならそうに嗜虐的な笑みが消える。瞬間、宙に浮いていた男がどさりと地面に落下する。乱暴に引きずられた結果、彼の服はボロボロに擦り切れ、破れ、血が滲んでいる。


「本来であれば、この場で貴様らの息の根を止めてやるが、まあ運がよかったな。あとは任せるよフジミノ」


 銀髪の女が冷めた瞳で、一人減ったひざまずいた男達二人に向き直る。


「それで、邪魔が入ったとは? 言い訳は聞きたくありませんが、聞いてあげましょう」


「……ゴーレムが、ゴーレム使いがいたのです」


 男からしぼり出された言葉に片眉をぴくりと微動するフジミノ。


「まさかこんな所にゴーレム使いがいるとは思わず、情けない話ではありますが撤退しました」


 フジミノは男の言葉が終わると同時に鉄骨入りのブーツで顎を蹴り上げた。悲鳴と血が飛び散る。キューリーが肩を竦める。男は再び、フジミノの前にひざまずく。


「申し訳ありませんっ」


「ふむ。かまいません。あなた達がいくら束になってかかった所でゴーレムには適わないでしょう。適切と言えば適切な判断。ですが、私たちの目的はゴーレムと戦うことではありません。私たちの目的はあくまで――この世界で池目正義と名乗っている男を」


「始末すること」


「そうです。それが上の命令であり、我らが負った任務。わかっているのならよろしい。いきなさい。ちなみに次の失敗は死をもって償っていただきます」


「――っは」


 ひざまずいていたゼノが気を失っている男を担ぎ上げ去っていく。

 フジミノは夜の森から見下ろした。そこにあるであろうご都合学校と呼ばれる集落。そこに潜むゴーレム使いを。


「ゴーレムですか……。またやっかいなものがでて来ましたね」

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