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ゴーレムさんゴーレムさん  作者: 九重 まぶた
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来訪者

 授業はいつもと変わらぬ淡白な進み方で、あっという間に放課後。


「帰ろうラビー」


 モブ子とモブ江が廊下から手を振っている。


「今いくー。ゴーレムさんモードチェーンジ!」


「御意」


 机に変化していたゴーレムが主の命により元の姿へと戻る。

 あっという間に三メートルの巨体が出来上がる。

 扉をくぐるとその大きさに合わせたサイズになり通り抜ける。


 放課後というこの時間が一番学校でにぎやかな時間帯なのかもしれない。

 赤焼けの光が空を染め上げる。窮屈な教室から外に放牧された羊のように生徒たちは各々のやりたいことへと足を向ける。

 あるものは部活。あるものは友達とのおしゃべり。あるものはバイト。あるものは趣味に打ち込む。


 ラビはというと運動は大の苦手。家に帰って取り溜めている海外ドラマやロボットモノのアニメなどを消化するのに勤しんでいた。そもそも団体行動ができない。

 高校に入学し、自身の人見知りを克服しようと部活に仮入部してみたものの、いざとなるとどうしてもゴーレムさんに頼ってしまう。


 バレー部に体験入部し、いざ練習のときなぜか注目を浴びていることに気づき、恥ずかしさのあまり、サーブの練習をゴーレムさんに変わってもらいボールを何個も破裂させてしまった。

 

 その後もなぜか注目を浴び、恥ずかしさのあまりゴーレムさんに変わってもらう始末。

 結果、帰宅部に落ち着き、帰宅時間の有意義な使い方を日々研究する毎日を送ることとなった。

 

 そんなことで学校生活大丈夫か? と心配になるが、ラビにもモブ子とモブ江という唯一普通に話させる友達ができ、しだいにクラスメートとも普通に話せるようになりなんとか普通の学校生活を充実させていた。

 これもすべてモブ子とモブ江のおかげなのだが……。

 ラビは口をすぼめて不満を伝える。

 モブ子が周囲をきょろきょろと見回し誰かを探す仕草をする。

 ラビは彼女の背中をポカポカと叩く。それを見てモブ江は笑う。

 モブ子とモブ江はここぞとばかりにラビをいじってくる。

 まあ、これも彼女たちなりのラビの人見知りを克服させようとしている優しさからきていた。そのためラビも文句は言えないのであった。


 夏の終わりの並木道、ちらほらと黄色が混じる緑葉が風の助けをかりて音を奏でる。

 ざわざわとまだまだ熱ぼったい風が彼女らを包みこむ。

 すると校門のほうから賑やかというより騒々しい声がきこえてきた。


「なに? なにかあったのかしら?」


 モブ江が首を伸ばす。

 校門に人だかりができている。なにやら喚きたてている人が数人。


「なにかしら?」


「いってみましょう!」


 余計なことに首をつっこみたがりなのはモブ子だ。その薄茶色の瞳に光が爛々と輝いている。なんだか校門の人だかりに不穏な空気が漂っているように見えてラビは気が進まない。


「ほらほら早く!」


 モブ子がラビの腕をつかみ校門に引っ張っていく。

 喧騒が近づき誰かが声を荒らげているのが校門の先からはっきりと聞こえてきた。


「おい! てめえら! 集ってんじゃねー! さっさと連れてきやがれ!」


 乱暴な言葉にラビは身を竦ませる。


「ここにいることは分かってんだ!」


 別の声である。騒いでいるのは一人ではないらしい。そして、察しはついた。このご時世こんなことが本当にあるのかと逆に驚いてしまう。


「ほらほらラビ、もっと前」


 モブ江とモブ子が人込みを掻き分け前へと進む。

 そこにはブレザーを着崩した三人組みの男たちがいた。一人の男が男子生徒を掴み上げ威嚇している。


「やだっ、大変。他校からの殴りこみよ」


 それにしても人相の悪い三人組である。人でも殺していそうな形相で世にも恐ろしい。


「ほらさっさと連れて来い! じゃねーっとこいつがどうなってもしらねーぞぉ?」


 男がにやりと笑みを浮かべると、腰からさっと何かを取り出した。群衆がざわりと波うつ。

 それはナイフだ。それも一回り大きい。もはや鉈のような大きさでミックダンディがデート中、ヤンキーにからまれたときに取り出したくらいのものだった。


「ちょっとあの人、隣のクラスの上田君じゃないっ」


 モブ江が真っ青になる。

 瞬間、モブ江が群衆に押しだされ勢い余って飛び出してしまった。


「――モブ江っ」


「――あっ」


 急に飛び出してきたモブ江に三人組も眼をくれる。


「ああ? なんだあ、おめえ? なんか文句でもあんのかあ? 正義の勇者気取りですかぁ?」


 普段はラビ達のおねいさん的たちどころのモブ江は後ろ姿からも分かるほどにガタガタと震えている。


「ああ、ああ、あの」


 その姿はヘビににらまれたカエルのように固まり、歪な声を喉から絞りだすだけで精一杯であった。

 上田君を締め上げていた男がにやりと笑みその手を放す。上田君は地べたで堰こみ、この場から逃げ出していいのか戸惑っている。


「よう? ねーちゃん。お前が呼んできてくれんのか?」


「だから、その、誰を――」


「緑の眼のやつがここにいるだろ?」


「――っ」


(――緑の眼)


 ラビは一人の転校生の顔を思い浮かべてしまう。

 男はモブ江のはっとした顔ににやりと笑みを浮かべ、何か察したようだ。

 大ぶりのナイフをモブ江の眼前で一閃させる。当たってはいない。当たってはいないが、モブ江はあまりの衝撃と恐怖にその場に尻餅をついてしまう。


「キャー! ど、どうしようラビ、モブ江が」


 モブ子と群衆から悲鳴があがる。

 ラビは一瞬逡巡するがすぐに背後を振り返った。

 その先にはゴーレムが静かに仁王立ちしている。こんなときの為に、自分はゴーレムさんを使いこなす術を磨いてきたのだ。

 ラビはかっと目を見開き、ゴーレムさんにやってほしいことを脳裏に浮かべる。


「ゴーレムさん! エマージェンシー!」


「御意」


 ゴーレムに複雑な命令説明は必要なかった。主人の脳裏に浮かぶ命令を一種のテレパシーとなり瞬時に解し、すぐに行動に移す。


 ゴーレムは巨足を踏みだした。


 ドスンっと地面を揺るがし、動きだす。


「な、な、ありゃ――」


 さっきまで息巻いていた不良たちが、その巨体を初めて認識した。

 大振りのナイフがカランと地面に落ちる。愕然と群衆とともに不良たちも後ろで動くゴーレムを見上げている。


 そして、ゴーレムはくるりと反転し、ドスンドスンと校舎に向かって遠のいていく。


「――あ?」


 ラビは心中で祈った。お願いゴーレムさん急いで!


 風が並木の葉を揺らしていく。

 屋根と夕陽の距離が縮まっていく。

 不良たちは気を取り直し始める。


「へ、へへ、驚かせやがって、あんなもん――」


 男の言葉が終わらぬうちに再び地鳴りがおき始める。

 足元から伝わる地響きに不良たちの顔が再び青ざめていく。


「こらー! お前ら、なにやっとるかー!」


(――間に合った)


 背後をふりむけば、そこにはゴーレムの肩にのってこちらに向かってくる角田先生の姿。

 群衆からわっと歓声がおき、モーゼの十戒のごとくさーっと群衆の波が二手に分かれ、不良たちまでの道ができあがる。


 不良たちの目前には重戦車のような威圧感をもつゴーレムが突進してくる姿と肩に乗った何者かがなにやら喚き散らしている姿が映っていた。


「ゼノの兄貴、俺たちじゃ、やべーよ」


 怖気づいた声が他の男から漏れる。


「っくそ、引くぞ。いい、か、このままじゃすまさねーからなっ」


「は、はやぐっ」


 不良たちは捨てセリフを残しその場から逃げて去っていく。


「こらー! お前らどこの学校のものだ! 指導だー!」


 角田先生ががなりたてながらゴーレムから降りたつころには蜘蛛の子を散らすように不良たちの姿は消えていた。

 

 張り詰めた空気を引き裂き、学友の危機を救った角田先生に生徒たちからの拍手喝采が起きる。


「さすが先生だ!」「やっぱ角刈りが怖いんだよ」「おれも角刈りにしようかな」


「「「角刈り最高!」」」


「モブ江ちゃん!」


 ラビは盛りあがりを見せる群衆を押しのけ、友人に駆け寄る。無事を確認しようと顔や胸や体をペタペタと触りまくる。


「ちょっ、やだ、ラビ、どこ触ってるのっ、私は大丈夫だよ」


「もう! さっきまで恐怖で足竦めてこの世の終わりみたいなカイジみたいな顔してた癖に何いってるの」


「ほんとよ。モブ江はおねいさんキャラ演じる癖に、根がドジなんだから気をつけてよね」

 モブ子もモブ江の肩を抱く。


「ふえ~ん、怖かったよー」


 モブ江は二人の言葉に緊張の糸が切れたのか泣きだした。


「まったく、お前達はなんでもすぐにお祭り騒ぎにしちまう。中には危険なこともあるんだ。そんなときはすぐに先生に知らせること。いいかお前達!」


 返事のいい声が校門前に響く。

 ラビはモブ江から離れ、今回の立役者であるゴーレムに駆け寄る。


「ゴーレムさんもありがとう。おかげでモブ江ちゃんもみんなも無事だったわ」


 ラビはゴーレムの腕にキスをする。


「……御意」


 こうして一時騒然となったご都合高校校門前の事件は収束したのである。

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