プロレスごっこ
「ぐがぁっ」
池目君が大木に打ち付けられくぐもった悲鳴をあげる。
ラビは呆然とする。
「ダメよっ、ゴーレムさんに暴力振るわせちゃダメよ! そんなことしたら、そんなことしたら――っ」
ラビの脳裏に何かが過ぎる。それは小さな頃に体験した記憶がじわりと地中から水が染みだすように出てくる。
森の中からゴーレム使い探索に出ていた魔族達が続々と顔を見せてくる。
「こ、これは、何ごとですか、アザリー様」
どよめく魔族達。
アザリーは冷酷な視線と冷笑を見せる。
「貴様らは本当に役にたたない獄潰し共だな? なんのために私は貴様らに探索を命じたのだろうな? そこのモノ言ってみろ」
言葉を受けた魔族は真意が分からずにしどろもどろになりながらも答えた。
「それは、ゴーレム使いを見つけ出し、この泉に入らせないようにと……」
アザリーは顎をくいっと動かし、呆然としているラビを指した。
「そこにいるのがゴーレム使いだ。貴様らは私の命を破りあまつさえこの者をこの泉に侵入させた」
「そ、それは――」
魔族たちがざわめく。
「罰を与える。罪には罰だ。そうであろ?」
もはや話すことはないとアザリーが冷笑を浮かべる。
「ふ、ふざけるなっ、俺達はあんたの命令どおり森の探索をやったんだ! 結果的に捕まえることはできなかったが命令には従ったんだぞ!」
堰を切ったように次々と声があがり始める。魔族たちは森から姿を続々と現し、あまりの言い分に憤慨し始めた。
アザリーは目を細め、口をひらいた。
「言いたいことはそれだけか?」
威圧的な言いように、魔族たちはもうどうにでもなれと言葉を止めない。
「だいたいなんで俺らがあんたの力をあげる儀式の警護をやらなきゃなんねーんだ! 軍の私物化じゃないかっ」
「そうだそうだ! それがやりたきゃもっと手当てを出しやがれ!」
「そうだそうだ! 他の軍はそんなことやっていないぞ!」
「軍の私物化はやめろ!」
「おれたちゃあんたのわがままに付き合うために軍に入ったんじゃねーんだよ!」
「何かとあっちゃ罰罰いいやがって、それしか言えねーのかっ! いくら他の四天王が我慢してくれと言ってきても、もう我慢できねーよっ」
「そうだそうだ、もっと言ってやれ!」
やんややんやと声があがり続ける。
アザリーは無感動な目でそれらを見続けている。額はぴくぴくと痙攣しだしている。
「そもそもな、あんた魔王軍の中じゃ一番嫌われてるんだよ!」
アザリーの不気味な笑顔にピシリっと確かに亀裂音が走った。
「言いたいことはそれだけか?」
アザリーの言葉がちょっと震えている。さすがにちょっと応えたようである。
そして、ラビもまた先ほどの言葉が脳裏にドリルのようにねじりこまれていくのを確かに感じた。その衝撃に地中から染み出していた記憶の水が噴出しはじめる。
ラビは、はっと顔を上げた。
今も魔族たちは今までの鬱憤をあの少女にぶつけまくっている。
その光景が幼いころの記憶とダブって見えた。
「もうあんたと一緒にいたい奴なんか魔王軍には一人もいないんだよ!」
「魔王様だって本当はあんたの暴走には困ってんだよ! でもあんたが結果は残してきたから黙っているだけ――っ」
漆黒のゴーレムの拳が森ごと押しつぶした。轟風が森を吹き飛ばした。引き戻された拳のあとにはぺちゃんこに潰れた魔族たちが残った。
独りよがりの圧倒的な破壊、魔族たちの拒絶の言葉。
ラビの頭に記憶が噴出してゆく。言葉が忘れかけていた記憶を呼び起こしていく。
そう、あれは父に連れて行ってもらった七五三の時。
私はこれで大人の仲間入りだと張り切り、親を振り切り鳥居を潜った。そして不思議な場所に迷い込んだのを覚えている。
●●●
静かな森の中、輝く泉が印象的だった。
ラビは父親に誕生日に貰ったゴーレムを片手に泉を散策した。
そこに三人の女の子たちの楽しげな声が聞こえ、吸い寄せられるように近づいていった。
三人はちょっと変わった洋服を着ていたが、その手に持たれた人形を見止めたラビは嬉しくなり駆けよった。
「ねえ、私、石神ラビ、仲間に入れて! これ、ゴーレムさん。とーってもつよいの!」
「ちょっと、何あなた? 急になんなの? つよいって、お人形につよさは必要ないんですけど」
いきなり入ってきたラビにアメジスト色の瞳の女の子が敵意を向ける。
「みなさい私のゴーレム、シュナイダー君は色んなことができるの。歩けるし、かっこいいポーズできるし、挨拶だってできるわ。それにこーんなことだって」
女の子が手に持った人形を地面に置くと、人形はピョンピョンピョンと宙返りをした。
「ふわ~。すごい。ねえお人形さんでプロレスごっこしない」
「プロレス、って何よ」
「プロレスはこうやるのっ、ゴーレムさん!」
ラビが小さなゴーレムに声をかけると、宙返りしていた人形を引っつかみ、地面に叩きつけ、そしてバックドロップを決めた。瞬間、衝撃に耐えられずに叩きつけられた人形が破砕する。
「――――っひ」
アメジスト色の瞳をもつ女の子は顔を青ざめさせ、白目を向ける。
「これがプロレスよ」
ラビは腰に手をあてドヤ顔をした。
女の子がぶるぶると震え出し、キっと睨み付けてくる。
「――っなにすんのよ! この人形はパパに貰った大事な人形なのよ! 冗談じゃないあんたなんかと遊んであげないわっ。いきましょ!」
女の子は他の二人を連れ、どこかに行ってしまった。
一人取り残され、仲間はずれにされたラビは目元に涙を浮かべた。
「っごめんなさい。ごめんなさいっ! 一緒に遊びましょう? ねえ? 嫌わないで……ねえ、追いていかないで――」
●●●
あれから自分がどうやって父親のもとに戻ったかは覚えていない。
でもあれからゴーレムさんを戦うことに使うのは止めようと決意したのだ。
忘れていた。
でも思いだした。
私は友達が欲しかったのだ。ラビの中で何かが取り払われ、押さえ込んでいた激流が体を駆け巡った。
ほんとうは私はプロレスごっこができる友達が欲しかったのだ。
漆黒のゴーレムを操るあの子は、悲鳴をあげ続ける人達に容赦ない乱撃を続けている。
それは一方的な破壊。
ラビは立ち上がり、アザリーに声を掛けた。
「ねえ! お友達になりましょ! 私のゴーレムさんとプロレスごっこしましょう!」
大声で張りあげたその声は、漆黒のゴーレムに乗っているアザリーに奇跡的に届いた。
動きが止まり、見上げれば首が痛くなるほどの巨大なゴーレムが威圧感を持ち、ラビに顔を近づけてくる。眼光がギランと蠢く。
「ほう。貴様のゴーレムは先ほど破壊したはずだが? どうやって、そのぷろれす? というものをやるのだ? ……ぷろれす? どこかで聞いた言葉だ。しかもとても忌々しい言葉のように思える。なんだ、むしょうに腹が煮えくり返ってくる」
アザリーの眉間に皺がよる。
「お前、どこかで会ったか?」
「ゴーレムさん、出てきて!」
ラビは地面に手を触れ、念じる。
地面が揺れ動き、地鳴りが起きる。
「な、なんだ――っ」
ラビの手元の地面がぐもっと盛りあがり、泉の光る水が取り巻いていく。
そして、人型を作りだした。
「ば、ばかな……」
アザリーが驚きの声をあげる。
そこには光輝くゴーレムが姿を現した。
「さあ、遊びましょう! あなたはプロレスごっこをしたいのでしょう」
ラビはうきうきと瞳を輝かせた。




