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ゴーレムさんゴーレムさん  作者: 九重 まぶた
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ファーストコンタクト

 いくつもの鳥居をくぐっていく。とても赤い鳥居。

 石段をいくつものぼっていく。声が聞こえている。自分を呼ぶ声。

 視界はひらけると。そこには七色に輝く湖があった。

 三人の女の子がいた。

 私はお気に入りの人形をもっておままごとをしようと駆け寄った。


 ラビを呼ぶ声が部屋の外から聞こえてきた。

 まどろむ夢のなか、父に手を引かれている私は泣いていた。

 浅い眠りに目覚めを覚えつつまどろみの中に浸っている。楽しい思い出になるはずだったのに、夢に出てくるのは辛く悲しい記憶のかけら。

 何故、この夢はこんなにも辛く悲しい気持ちにさせるのだろう。

 夢と現の狭間に漂う朝焼けの時間。


 バンっと扉が激しく開かれた。


「いつまで寝ているのラビ!」


「ああ、鬼だわ。鬼が私の夢を辛いものにしているの」


「……ラビ? 今、なんて言ったの?」


 ラビは寝ぼけた頭でもはっきりと自分が失言をしたことを自覚した。


「……ママ? 今の夢の話よ?」


 おばちゃんパーマからにょっきりと角が生えたように見えた。そのくらい形相が鬼であった。


「今更おそいわー!」


 掛け布団が引っぺがされる。

 


「八、八時―!?」


 ラビは時計を見てあわわと顔を真っ青にする。

 制服のシャツのボタンを一個違いにかけ、跳ね放題の栗毛を手グシでペシペシしながら、階段をドタドタと駆け下りる。


「も、もう、ママなんで起こしてくれなかったのっ」


「起こしたでしょ!」


「もっと、はやくにー」


「ママはあなたの家政婦じゃないの! 高校生にもなってなに言ってるの。だいたいあんたは――」


 食卓にはこんがり焼かれたトーストと目玉焼き、お味噌汁が用意されている。時間はないが食べていかないと空腹で耐えられない。きっと授業中にお腹が鳴るだろう。そんなことになればクラスメートから笑われること間違いない。モブ子とモブ江なんて哀れみながらきっとここぞと弄ってくるに違いないのだ。


「んーっ」


 ラビはおちょぼ口でお味噌汁をこくこく少しだけ飲み、心中悲鳴をあげトーストをくわえる。


「ひこくひこくー! (遅刻遅刻―!)」


「こらっ! 行儀が悪い!」


 心中でごめんなさーいと謝罪しバタバタと玄関に一直線。


 扉を開き、日差しに目を伏せながら「ほーへぐはん!(ゴーレムさん!) ほえはい!(お願い!)」と窮地を救ってくれるであろう頼りの相棒に懇願する。


「御意」


 庭先に鎮座していた巨体の肩に乗っかると、のっそりと立ちあがる。

ラビの視界には朝陽に照らされ、白銀に輝く晴れやかな街並みが広がった。


「はっふぃん!(発進!)」


「御意」


「ひってきまふー」


 ゴーレムが塀の壁をぶち壊し道路を陥没させながらながらずんずんと駆けていく。ラビの姿はすっかり見えなくなった。


「ラビー! 鞄忘れてるわよー! あら? いない」


 おたまを持った石神ママ子は肩を竦め、我が子の成長のなさに溜息を一つ。


「まったくいつまでたっても子供なんだから」


 街中に地響きが轟き、電線に止まっていたすずめが何事かとバタバタと空に飛びたつ。庭先から犬が吼える。

 それらをねじ伏せるようにゴーレムは突き進んでいく。


「ひこく(遅刻)ひこく(遅刻)ー!」


 ラビはゴーレムに揺られながら早く早くと心中で唱える。遅刻して教室に入ろうものならクラスの笑いもの。目立つことが極度に苦手なラビは遅刻というこの事態をなんとしても避けねばならなかった。ママ子に対して八つ当たりの言葉を織り交ぜ急いで急いでとゴーレムさんに念じる。


「ゴーレムさんそこ右ね」


「御意」


 曲がり角をマリオカートばりにドリフトする。瞬間――、視界に人影が、


「――っ!」「ぐほごえっ」


 ッドン。と誰かがゴーレムに吹き飛ばされた声。

 学生服の男が路地の真ん中で筋肉バスターを決められた恰好でピクピク痙攣している。


「大変ゴーレムさん! 治療しなきゃ」


「御意」


 トーストを食べ終えたラビはゴーレムの肩を慌てて叩く。ゴーレムは駆け寄りピクピク痙攣を繰りかえす男子学生の足をむんずと掴み引け挙げる。


「大丈夫ですかっ、あっ」


 目前に引き上げられた男子学生にラビははっとした。

 鼻筋の通った端正な顔立ちに目を奪われ、同級生では見たことのない引き締まった顎の線に胸をドキリとさせる。衝撃にズレて罅の入ったメガネの奥の瞳は白目を剥き、そして適当に整えられた黒髪が、この男子学生の不器用さを反映させているようで、ラビは無性に整えたい衝動に駆られるのだ。


 今、ゴーレムさんによって吊り下げられているその人は、昨日話題にあがりゴーレムさんによって好意の女子を無理やり決定された池目正義その人だった。

 モブ江からの情報で池目君の自宅は隣町のはず。学校を挟みこの地区とは反対方向にある。この場所に池目君がいるはずはないのである。

 

 一つの可能性を残して……。

 

 その可能性、友人の言葉を思い出し、ラビは顔を真っ赤にさせる。


 池目君はラビのことが好き。


 もしかして、私に会いたくて……。心臓の音がばくばく鳴りだす。失神して白目になっている池目君の顔が目前に。


「あっ……、あ、の、だ、だいじょ……」


 ゴーレムが宙吊りになっている池目君をぶらんぶらんと振る。


「う……っ、い、いったい、な、なに、が、まるでドラゴンになぎ倒された、ような……」


 意識を取り戻した池目君は記憶が吹き飛んでいるのかよく分からないことを口にする。


「あ、あの……」


 ラビはしどろもどろになりながらもなんとか声を絞りだす。


「あっ、そうだ。ぼくは――」


 意識がはっきりしたのか、グリーンの瞳に力が戻った。そのとき目前のラビと視線が重なる。


「――っ」


 声にならない悲鳴をあげ、ラビは混乱した。


「あわわわわわっ、ゴーレムさん! 学校に急がなきゃ!」


「御意」


 ゴーレムは忠実に主人の命に従い池目君をぽいっと宙に放った。


「ぐべっ」


 と、ヒキガエルのような声がしたがラビは「いやいや」と耳と目を閉じているために聞こえないし見えない。

 再びゴーレムが住宅街を蹂躙するように駆けていく。

 あとにはボロ雑巾のように放り捨てられた池目君とメガトン級の鉄球を落とされたかのような路地の跡。

 

 こうしてラビは池目君とのファーストコンタクトを終えたのだった。

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