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ゴーレムさんゴーレムさん  作者: 九重 まぶた
28/33

魔王軍包囲網

 森の動物が騒ぎだし一斉に飛びだした。鳥は空へと飛び立ち、獣は森から逃げるように駆けていく。

 無音が広がる。


「なんだ……?」


 先頭をいく池目君がすぐに気持ちを切り替え周囲の様子を探る。

 ここは魔王軍が入り込んでいる。いわゆる敵の本拠地と言っても過言ではない。何が起こっても不思議ではないのだ。


 そしてその変化をいち早く察知したのはヴァンパイアであるカミルである。

「来たか……」


 二人の緊迫した様子に顔をきょとんとしたラビが、また喧嘩かしら? と首を傾げている。

 池目君の表情が見る見る変わっていく。

 地響きとともに怒号が雪崩のように近づいてくるのが分かった。

 木々が薙ぎ倒される音に池目君は声をあげ、ラビの手を取る。音から逃げるように道なき森を駆ける。

 だが、音は前方隙間なく押し寄せてくる。

 まるで網を仕掛けられた魚にでもなった気分である。


「っく。この威圧感、まるで森全体が押し寄せてくるようだ」


 音から逃れるためには来た道を戻るしかない。

 池目君は前方を睨み付け、立ちすくむ。

 太陽の光が届かぬ森のなか、木々の隙間を貫く一陣の突風が視界に走る。


「――っ」


 キンっと目前に火花が散る。


「何をやっている。よくそんな体たらくでこのぼくと再戦しようなどと吼えられるものだ」


 金の髪がぶわりと広がる。


「くけけ、裏切りモノを見つけたぞ。カミルだカミルだ。おや? じゃあそこにいる人間二人のどちらかがゴーレム使いだな? 殺す。殺す。じゃないと俺が殺される」


 バサバサと耳障りな羽音を立て宙に人間大の蝙蝠男が浮かんでいる。


「ふん。下級魔族の蝙蝠男か。貴様いつからぼくの名を様をつけずに呼べるようになったのだ?」


 カミルはその指先を伸ばしたサーベルを突きつける。


「けけけっ。裏切りモノに敬意などは存在しない。死あるのみだ。死あるのみだ」


 蝙蝠男は気が狂ったように叫び続ける。

 池目君は戦慄した。一瞬何かが見えただけだった。あの蝙蝠男のスピードについていけなかった。池目君は口を噛み締める。

 カミルの言うとおりである。こんなことでは石神ラビを守るどころか、再戦など到底適わない。強く。強くなりたい。握り締めた拳が震える。


「さあ、このバリル様の殺戮ショーの始まりよお! まずはお前だ」


 蝙蝠男の羽がぶわりと羽ばたき、飛来する。目がむきだしの狂人のような顔が迫る。池目君は宝剣を抜きはなつ。


(そんな時間はない。今ここで、今ここで石神ラビを守れなければ、意味がないっ)


「――意味がないんだっ!」


 抜き放った剣を一閃する。


「――ぎいっ?」


 蝙蝠男の鼻を切裂き血が飛び散る。

 カミルが目を見張る。


「――なぜだ!? 貴様はこの俺の動きにはついてこれなかったはずだっ」


「決まっているだろう見えたからさ。貴様の動きが」


 池目君は不敵に笑う。

 本当は見えたわけではない。相手が動きに反応できないと馬鹿正直に直線攻撃を仕掛けてくることに賭けたのだ。山は、当たったが致命傷を与えることはできなかった。

 次は蝙蝠男も油断はしないだろう。

 池目君にできるのはすでにはったりをかますことぐらいであった。

 蝙蝠男が舌なめずりをし、再び羽ばたく。その顔にはすでに油断はない。慎重に木々を迂回、相手に位置を察知されぬように動きを重ねる。

 池目君は完全に蝙蝠男の姿を見失っていた。

 そして、背後で気配が生まれた瞬間、血飛沫が上がった。

 振り返ると、蝙蝠男が縦に真っ二つされていた。


「……っく」


「どうした? この程度ではゴーレム使いを『賢者の泉』に無事に送り届けることなどできないぞ?」


 素っ気のない言葉だが、その顔には微笑が浮かんでいた。

 蝙蝠男はラビの視界に入る前にカミルにより霧散される。


「どうやらぼく達の存在、いやゴーレム使いのことがバレたようだな」


「どういうことだ? なぜ石神のことが知れると、こんなことが起きるんだ」


 カミルの言葉に恐怖を抱く。


「貴様が一番よく知っているんじゃないのか? 『賢者の泉』にまつわる伝説を。ゴーレムを巨神へと昇華させる儀式を行なうことができる場所。それがぼく達が目指している場所だろう? そして受けることができるのは一人だけ」


 池目君は違和感を覚える。

 そうだ、確かに魔王軍が『賢者の泉』の存在を知らないわけはない。だからこそ石神ラビの存在が知れれば魔王軍は全軍をあげて阻止をしようとするだろう。

 違和感はそこじゃない。


「一人だけ? それはどういう意味だヴァンパイア」


 言葉を受けたカミルは含んだ笑みを浮かべ口を開いた。


「そこのゴーレム使いだけではないということだ。魔王軍にも、いるんだよ、漆黒のゴーレム使い。つまり命を吹き込む者が」


「――っ」


 カミルの言葉はあまりも衝撃で池目君は時が止まったように頭が真っ白になった。


「魔王軍に、いる? 石神のようなゴーレム使いが?」


「だからこそ、『賢者の泉』に『顕花の儀』を受けることができる可能性のある者が増えることがあってはならない」


 カミルが森のある一点を見据える。

 地響きが、木々が引き裂かれ、森の魔獣である大熊が現われる。大熊によって切りひらかれた道から更に軍団と化した魔族共が雪崩込んでくる。

 その数は百や二百ではきかない。そしてその一匹一匹が池目君の手に負えるような相手ではなかった。

 金色の髪が目前に立つ。


「いけ、イケメ。ここはぼくが引き受けよう」


 その言葉に池目君はカミルの隣に並びたつ。


「ふざけるなっ。いくら貴様でもこの数を相手にできるはずないだろうっ」


「ふん。ぼくの力量は認めるようだな。心配するな、時間稼ぎ程度にこいつらをここに留め置くだけだ。それにぼくの為にもゴーレム使いには絶対に『顕花の儀』を受けてもらわねばならない。さあ行け!」


 カミルの体が霧散し、大熊の目前に姿を形づくる。


「裏切りモノだ」「裏切りモノのカミル、落ちた公爵」「八つ裂きにしろ」「首をアザリー様に献上しろ」


 蠢く魔族共。


「どうしたの? あの大勢の人たちもしかして出勤時間に重なっちゃったとか?」


「石神、こっちだ」


「あっ――」


 今はカミルに注意がいっている。その間にこの包囲網を抜けるのだ。

 魔族どもはカミルが霧となり翻弄されている。少しずつ距離が開き、池目君たちの目の前に魔族の穴が開く。


(今だ――っ)


 森の一角、木々の隙間をつき抜ける。

 魔族の包囲網を掻い潜った。


「抜けたっ。石神このままいくぞ」


 ゴーレムはぽつんと仁王立ちして、その辺の岩や木々と同化し気づかれていない。『賢者の泉』につけばその場に呼んでもらえばいい。池目君はラビがゴーレムをどこからでも呼ぶことができることを知っている。


「今は逃げるが勝ちだ」


 ラビは頬を赤く染めていた。

 まるで二人は愛の逃避行をするロミオとジュリエットのようだわっとラビは手を引かれながら思ったことは言うまでもない。

 このまま逃げ切れば、今夜にはぎりぎり間に合うはず。

 自分の使命は石神に『顕花の儀』を受けさせること。

 それが叶えば、例えこの身が絶えようとも本望である。

 村のみんなに平和が訪れれば、アイカが大人になっていい旦那を見つけて幸せになってくれれば。

力しか取りえのないおっさんは次の村一番を決める祭りで優勝するだろう。

 そして婆様と村長はいつまでもご健在で村から引かれるぐらい仲良くやっているだろう。

 村人達は遺跡から元の村に戻り、畑を耕し、麦畑を作り、日々の生活を精一杯楽しく自分の分まで生きてくれるに違いなかった。


 池目君は走った。

 ラビの手を希望の手を絶対に離さぬように握り締め、森を駆けた。


「池目君っ」


「――っ」


 地面を踏みしめる感触が消えた。


「っ――」


 そして訪れる浮遊感。


「――きい――――――――――――――――っ」


 そして落下。


(石神だけはっ)


 落下中、池目君はなんとかラビの下に回りこむ。その瞬間、ドっとお尻を打ちつける鈍い衝撃に顔を歪める。


「いって――っ」


 ぐっと我慢する池目君。


「うっ――、たたた。って大丈夫池目君!?」


 ラビが慌てて池目君から飛び降り、あわわっと助けおこす。


「大丈夫だ、石神。てててっ」


 なるべく心配かけさせないように笑顔を作るが、どうも失敗しているのかラビは不安に眉根を寄せる。


「それにしても――」 


 池目君は痛みにお尻を摩りながら見上げる。

 遥か頭上にぽかりと穴が開いている。森が深いので光はあまり差し込まない。

 とてもじゃないが、登れる高さではない。

だからといって周囲は真っ暗である。

 どこに魔族が潜んでいるか分からないこんなときに、こんな場所。そもそも抜け出せるかどうかも……。いや、そこは石神にゴーレムを呼んでもらえばなんとか。


「石神」


「池目君? どこぉ~」


 いつのまにかラビはどこまで続いているのか分からぬ暗闇に向かって手を伸ばしふらふらと歩いていっている。


「だああぁっ、さっきまで俺の背中を抱き起こしてくれていただろう!? なんであさっての方向に歩いていってるんだよ」


 池目君はとりあえずこの暗闇をどうにかしなければと宝剣を手にする。

 ブオンと音を出し光が周囲に広がり暗闇を吹き飛ばした。

 岩肌が周りを囲み、前と後ろに洞窟が続いている。水が奥から流れているらしく細い水の道を作っている。おかげで方向は分かったが……。


「この洞窟、どこまで続いているんだ?」


 ……水? 地下水? 


「まさか賢者の泉から流れ出している? だとしたらこの水の道を、辿っていけば」


 更に先を松明で照らすと、暗闇に急に浮き上がったかのように真っ黒な体毛に赤い目と口が浮き上がった。

 その物体が――にやっと笑った。


「もしかしてと思ってここで見張ってたが~、人間がいた~。お前らゴーレム使いか? と、とにかくお前らを殺してアザリー様のもとへ送ってやるからな~。げひげひい」


 おぞましい笑い声を上げラビに漂ってくる。


「くそっ、次から次へとっ」


 池目君は反射的に駆け、黒の物体が口を開きラビに食いつこうとする瞬間、雷の剣を突き刺した。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああっ」


 咆哮に洞窟内が痺れるような振動が起きる。

 ラビも耳をおさえるがくらりと倒れる。


「石神! ――ぐぅ」


 黒の魔物から放出される叫びのような音波に視界が眩む。池目君は腕の中でラビに声をかけるが応答はない。これではゴーレムを呼び寄せることはできない。

 なおも続く異常音波が津波のように体を包み込む。音波は体に伝わり振動を起こし、体の自由を奪っていく。まるで重力でも掛かっているかのように地面に這いつくばる。


(――まずいっ、このままじゃ……)


 叫びを上げている黒の魔物の目がにやりと歪む。

 ラビは昏倒している。今はなんとか意識を保っている池目君も例え魔物が叫びを止めようとしばらくは体がしびれ、動くことができるかは不明だ。

 なにより、洞窟が振動を繰りかえし、脆くなっている箇所から石片がパラパラと落ちはじめている。


 この魔物がどこまでそのことに気づいているのか。

 最悪の場合、魔物と一緒にここで生き埋めである。

 水の道を辿れば賢者の泉につく可能性があるにも関わらずこのままではと池目君はなんとか体を動かし、ラビに覆い被さる。


(この子だけはっ、この子だけは守る)


 背後でドスンっと洞窟の壁が剥がれる。それを皮切りに頭上から軋みに似た嫌な音がビキビキビキと走る。

 魔物は頭が鈍いのか限界に近づいている洞窟内の状況が分かっていないのか、叫びを止めるつもりはないようだ。池目君ははっと気づく。


(っこいつ、俺が気絶するのを待っているのか? だったら――)


 池目君はラビに覆い被さったままぐったりと凭れ、力尽きたように耐えることを止めた。抵抗をやめた体は激しい揺さぶりに晒され、意識が飛びそうになる。

 意識が尽きかけようとしたとき、魔物の叫びがピタリと止まった。


「くけけけけけっ、気絶した? 気絶したな? だったら喰おう。喰っちまおう」


 当初の目的はきれいに忘れているのか、黒の魔物はふよふよと池目君に近づいてくる。

 ぴしぴしと洞窟には亀裂音が走っている。

 もう少し振動が続けば、この場所は崩れ落ち、瓦礫に埋もれてしまっただろう。

 黒の魔物が池目君を喰おうと、ぐばぁっと口を開いた。


「いただきむわぁ~す」


 池目君の体がぴくりと動き、力の入りきらぬ足をなんとか踏ん張らせ、手を伸ばした。その手が黒の魔物に刺さったままの雷の剣を掴む。

 黒の魔物は驚き、瞬時に対応ができない。

 ただやはり力が入らずに掴むだけに止まった。池目君はそのまま体重を掛ける。

 ずるりと刺さった雷の剣が黒の魔物を裂く。


「ぎい――――――っ」


 くるりと宙で回転し、慌てて池目君を振りほどく。

 そのまま池目君は最後の力が尽きたように崩れ落ちた。


(くそっ、致命傷にはならなかったか――)


 黒の魔物が最後の止めとばかりにがばぁっと口を開く。

 トントンっと何かが着地した音が背後から耳に届いた。

 叫びが繰り出される。洞窟内に反響し、今度こそ止めとばかりに周囲に走る亀裂音は盛大に響きだした。岩がドンっと落ちてくる。


(――ここまでかよっ)


 ウオンっ!


 池目君の背後から繰り出された咆哮が魔物の叫びを跳ね返す。

 津波がまるで押し戻されていくように振動が中和され止まる。

 はっと背後をふりむけばそこに銀毛のスノーウルフたちが魔物に向かって威嚇していた。

 しかし、洞窟内はすでに限界だったのかさっきの一撃が止めとなり崩壊は免れない。

時が止まったような空間に一匹のスノーウルフが飛びだし、池目君とラビを咥え、首をブンっと振り、背中に乗せる。


「うわっ」


 背後に向かってスノーウルフが吼えると、他のスノーウルフが黒の魔物に飛び掛った。


「ぐげげえっげ!?」


 スノーウルフの判断、動きは早かった。あまりにも迅速な動きに黒の魔物は反応が完全に遅れ数匹のスノーウルフに圧し掛かられる。

 池目君たちを乗せたスノーウルフはすでに走りだし、倒壊しだした洞窟内を駆ける。

 池目君の視界と聴覚には崩壊していく洞窟と悲鳴が焼き付き木霊した。


 ようやく感覚が戻ってきた手でしっかりとラビと銀毛を掴み、振り落とされぬようにスノーウルフの背中にへばりつく。

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