ざわめく森、荒ぶる紫瞳
ざわめく森の幹に拠りかかるように、地を這う根と見間違うばかりにスノーウルフ達が寝そべり幸せそうな寝息を立てていた。
「こんな数で森に入ってこられたらすぐに奥の見張りに気づかれてしまうからな。ぼくがここに一ヶ所に纏め眠らさせておいた」
池目君が一匹に近づき、体毛に触れる。手には体温が伝わり、縮み、膨らみを繰りかえしている。
「命はとっていないし、外傷も与えてはいない。そんなことをすれば血の匂いが広がってしまい鼻の利く者に悟られる恐れがあるからな」
「ふん。本当に目を覚ますんだろうな。まあ別にぼくはこいつらのことなんかどうでもいいけど」
ラビも寝息を立てるスノーウルフの体毛に顔を埋め「ふわふわ~」とご満悦タイムをおくっている。
「このままワンちゃん達は寝かせておきましょう」
ラビがモフモフに顔を埋めたまま言ってくる。
「いいのか?」
「ええ。だってとても気持ち良さそうなんだもの。起こしちゃかわいそうよ」
ラビは立ち上がり言ってくる。
「それに、ここから『賢者の泉』までなら私たちの足でも時間までにつくんでしょ?」
「まあ、確かにそうだが……」
(それでも時間を無駄にはできない)
「犬っころは置いていったほうがいいだろうな。これだけの数が動いていたら、さっきも言ったようにすぐに気づかれる」
カミルが忠告する。
「信用しろとはいわないが、現状を理解しろ。貴様が引っ掛かっているのは村を亡ぼしたのが誰か? ということだろう。さすがのぼくでも一人でそこまでは無理だ。分かるだろ? 森の奥に陣取っている魔王軍だよ」
カミルが肩を竦める。
池目君はその言葉に嘘がないか慎重に思考する。が、考えても無駄なことだったので肩の力を抜き、溜息を吐きだした。
「どちらにしても僕たちが向かう先が変わるわけではないか。だがいいか? 僕は決して貴様を仲間とは認めないからな」
「かまわぬ。そもそも貴様に興味はない。なのでどう思われようが気にすることに値しない」
何を今さらとカミルは肩を竦める。
その仕草に池目君は怒りを覚えるが、現状そんな場合ではないのでここは我慢に我慢を重ねる。
「……いつか決着つけてやるからな」
「ほう? 先ほど決着は付いていたとおもうがな?」
二人の間に見えない火花が散る。
「二人とも~、いつまで話しているの! 早くいこうよ~」
いつのまにか先に進んでいたゴーレムとラビが遠くで手を振っている。
池目君は血相変えて慌ててラビに駆け寄っていく。
カミルもまたその後ろ姿を見つめあとを追う。
●●●
森奥深く。泉が魔王軍の陣地を中心に輝きを増していた。
アザリーはそれを嗜虐的に見つめもうすぐ訪れる『顕花の儀』に期待に胸を躍らせる。それによって得られる力。それがあれば自分は魔王様に近づくことができる。
魔王様もまた私だけを見てくれるようになる。この私だけを寵愛してくださることだろう。
「ふふふふふふ。魔臣ゴーレムよ。下に降ろせ」
「了解しました」
漆黒のゴーレムの眼光がブオンと光る。肩に乗ったアザリーの手前に手のひらをひらく。アザリーがパープルのスカートをふわりと膨らませぴょんっと飛び移ると、その手が地面へと着地する。
「くふふふ」
青白く輝く泉。アザリーはその泉に愛おしそうに手を入れる。ひんやりとした感触が昂ぶる気持ちを冷ましてくれるほどよい鎮静剤の役割のように、逸る気持ちを宥めてくれる。
(もうすぐだ。もうすぐこの泉に溜め込まれた魔力が私のものとなるのだ。くふふふ)
「アザリー様っ」
目を向けると、すぐ傍にフジミノとキュリーが片膝をつき頭を垂れていた。
カミルにつけていた監視役である。その二人が脅えるように肩を震わせている。その様子を見てアザリーは満足に微笑む。
(自分に近づく者はこうではなくてはならない)
魔王様一の幹部であるこの私には敬意を払い、恐怖を抱かなければならない。
「どうした?」
「っは。カミルがレドの村の者が連れてきたゴーレム使いに、懐柔されたましたっ」
アザリーは言葉が終わらぬうちにその紅葉のような小さき手でフジミノの頬を鞭のように打った。
「――っ」
打たれたフジミノは一瞬時が止まったように呆けた顔になる。その目がアザリーに向けられると様子を察したフジミノは脅えた顔をする。
アザリーのパープルの瞳は氷のような冷たさを帯びていく。
「ゴーレム使い? お前今、ゴーレム使いと言ったか?」
アザリーは自分の心が掻き乱されていくのが分かった。なぜ今このとき、ゴーレム使いの言葉が出たのか? そんな情報は一切受け取ってはいない。まるで急に湧き出してきた泉のようなその言葉。そこまで考え、ヴァンパイアの顔が浮かぶ。
「カミルかっ、やつが情報を隠匿していた、そうだなっ」
激昂に近い声が喉から迸る。
怒りに心が震える。
目前の手下は完全に脅え沈黙している。
アザリーはフジミノの軍服の襟首を掴み引き寄せる。
「なぜだ? 今、ゴーレム使いがこの『賢者の泉』を目指してきてるとはよもや言うまい?」
手下の顔には完全に恐怖が浮かんでいる。もはやまともにしゃべることもできないほどに。
「どうなんだっ! 答えろ!」
襟首を掴んでいる手下はその剣幕にもはや言葉はでない。それに気づいた隣の幼女が慌てて割ってはいる。
「アザリー様っ。お止めください。フジミノが、フジミノがっ」
「うるさいっ。私は聞いているんだ。ゴーレム使いがこの『賢者の泉』に来ているのか? どうなんだ? 事と次第によっては、魔臣ゴーレム!」
グゴウっと見上げる巨木のような巨体が立ち上がる。
まるで山のようなその体躯が立ち上がったことに魔王軍の陣地にどよめきと緊張が走る。
「ああ、や、やめて、ください」
「聞いている。ゴーレム使いはこの『賢者の泉』に来ているのか?」
キューリーも顔面蒼白になりその目元には涙が浮かばせる。なんとか口が開かれる。その言葉を口にしようならどんなことが起こるのか。そして嘘を言おうものなら死をもって償われることも分かっているだろう。
だから幼女は口にした。
「来ています。すぐにそこまで、明日にでも、ここに姿を現すと、思われます」
「そうか。来るか。魔臣ゴーレム」
「了解しました」
「罰は、この私に対する情報の秘匿だ」
「そ、そんな、私たちは秘匿したつもりは」
事実、二人はカミルに報告をした。だが、その報告は上に、アザリーに上げられることはなく握りつぶされた。二人に落ち度はない。あまりにも不条理な結末。
漆黒のゴーレムから拳が二人に繰り出される。
地響きが泉を駆け巡り、陣地が揺れる。拳によって地面は穿たれ、その地中深くに無残な二人の姿。そして周囲にいた魔族も巻き込まれ無残な姿だけが残された。
「案ずるな。命まではとってはいない。私は優しいからな。くふふふふ」
事実、フジミノたちには辛うじて息はあった。
「魔臣ゴーレムよ」
アザリーの呼びかけに漆黒のゴーレムがその手を開く。ぴょんっと飛び乗り、その手がゴーレムの肩の部分まであげられる。再び肩に飛び移ったアザリーは宣言した。
「全軍につぐ! この森に侵入したゴーレム使いを殺せ! 決してこの賢者の泉には近づかせてはならん! もし一歩でもこの聖域に足を踏み入れさせたら、貴様らはこの私が責任をもって皆殺しにしてやる。いいな!」
その突然のあまりのも不条理な宣言に、魔族達は戦慄した。
「何をしている? 貴様らもそこの地中に埋まっている罪人のようになりたいのか?」
その冷酷な言葉に、魔族達はどよめきながらも我先にと泉から逃げだすように森へと雪崩込んだ。




