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ゴーレムさんゴーレムさん  作者: 九重 まぶた
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ラビの想い

 ラビはその目元の涙を拭い、そっとカミルの額に手を沿え、撫でた。


「大丈夫。きっとママも戻ってくるわ。大丈夫よ」


「ほんとに? ママ戻ってくる?」


「ええ、きっと戻ってくるわ。だから、元気だして今はゆっくり休んで」


 カミルは落ち着きを取り戻したように穏やかな表情になり、寝息を立て始めた。宵闇にヴァンパイアの寝息が虫の音とともに響く。

 カミルの体が光を帯、その桃色の肌についた痣が消えていく。


「石神? どうしたんだ。何があった?」


 ラビは肩を竦める。


「村にまだ残っていた村人さんみたい。私にいきなり抱き着いてきてなんだろってびっくりしちゃったけど、腕に痣があったから倒れこんできたんだって分かったの。それでゴーレムさんにお願いして、ゆっくり休んでもらっているところよ」


「そ、そうか……、それで石神、スノーウルフ達のことなんだが、もしかしたら」


 池目君は言いにくそうに顔を歪める。


「きっと、どっかで休んでいるんじゃないかしら? きっとそうよ」


 ラビは正直に思ったことを言葉にした。


「ああ、そうだな。きっとそうだ」


 池目君はその言葉に縋るように同意した。

 そしてまた、池目君は言いにくそうに顔を歪める。

 肌寒さにラビは肩を抱きすくめ、手近にあった木切れを拾い放り込んだ。炎がぼうっと勢いを取りもどし、座り込む。


「池目君、私ね。この世界が好きよ」


 炎の灯りにラビの顔が闇夜に浮かぶ。

 池目君は少し戸惑いを覚えるが、焚き火の向かいに黙って座り込んだ。


「この世界にきて、まだそんなに日数は経っていないけど、でも時間だけがすべてじゃないわ。アイカちゃんと仲良くなって、ワンちゃんが懐いてくれて、遺跡ではちょっと恐い思いをしたけど、骸骨さん達と楽しくナイトフィーバーできたのはいい想い出。ここまでの旅も辛かったけど、私は見るもの全部新鮮で楽しさのほうが勝っちゃった。でもそれは、池目君と一緒だったからかも……」


 ラビは頬が熱くなってくるのが分かる。

 上手く言葉も出てこず沈黙が二人の間に訪れる。


「石神、つまりどういうことだ?」


 池目君は本当に訳が分からないという顔でラビをきょとんと見つめてくる。


「……」


 その顔にラビは「むむぅ」と若干お冠を立てる。


「だからっ、私はこの世界が好きだから、池目君が案内してくれるならどこにでも行くってこと!」


 ラビはプンっと顔を振る。


「な、何を怒ってるんだ? ぼく何か失礼なことを言ったのか? だったら謝るよ」


 池目君は焦った顔で謝罪してくる。ラビはその様子をチラリと薄目をあけ確認する。ラビはしょうがないと心中でつぶやき笑顔を向ける。


「池目君。何を悩んでいるか分からないけど。私行くわよ。その、『賢者の泉』てところ。池目君が止めても行くわ。大変だって分かっているけど、もしかしたら分かっていないかもしれないけど。でも私はこの世界のすばらしさを知っちゃったから。どんな辛いことがあっても『賢者の泉』を見たいの。だから行くわ。それに……ううん、なんでもない」


 ラビの声は弾み、その言葉を聞いた池目君は目元に涙を浮かべ、頭を下げた。


「石神。ありがとう。ありがとう」


 池目君はがばっと炎ごしにラビの手を掴む。


「ぼくは君を絶対に守る。ぼくの命に代えても! 絶対だっ」


 手から伝わる池目君の手のぬくもりがまるで燃料を投下された焚き火のようにラビの体を熱くさせる。


「……」


「……石神」


 池目君の真剣の瞳がラビに向けられる。


(ああ、モブ子、モブ江、ラビは一足先に大人への階段を一歩上ります)


 ラビの脳裏には捲る捲る妄想が爆走し始めていた。


「――熱いっ」


「はいっ――え?」


 池目君の袖には燃え移った火がぼわっと広がり絶叫をあげ、飛び跳ねるように転がった。

 地面に悶え苦しみ、阿鼻叫喚の愛しい人の姿が映る。


「……ゴーレムさん」


「御意」


 ベッドに変化したゴーレムからブシューっと水が悶える池目君に放出され鎮火される。


「焦ったー。勢いつけすぎて焚き火の中に手を突っ込んでしまった」


 ラビは能面のように池目君を見下ろした。


「スノーウルフ達はぼくが眠らせた。安心しろ、やつらは全員森の中で眠っている。あんな数が森の中を歩き回ったのでは、幹部に気づかれてしまうからな」


 ゴーレムのベッドからカミルが起き上がり、こちらを見ていた。


「あら、村人さん気づかれたんですか?」


 ラビが近づこうとすると、池目君が緊張した面持ちで起き上がりラビを背に手で制する。


「そいつに近づくな石神。 ……貴様、何者だ? スノーウルフ達を眠らせた? 幹部?」


 カミルの眉間に剣呑な皺がより、池目君との間に緊迫した空気が流れはじめる。


「ど、どうしたの? 彼はここの村人のさんよ?」


 ラビはそこまで言葉にして名前も知らないことにようやく気づく。

 でも彼の泣きじゃくる顔を見てしまったラビには危険だとは思えなかった。


「ふん。そこの坊やのお察しのとおりさ。ぼくは魔王軍第六師団暗部ヴァンパイアのカミル」


 その言葉に池目君は宝剣を抜き、疾風のごとくその剣先を喉笛に突きつける。


「よくも抜けぬけと、このまま貴様の頭を体から切り離してやる」


「貴様には無理だな。なぜなら力の差が違い過ぎる」


 突きつけられた剣先がカミルの喉笛に突き入れられる。しかしその手応えのなさに池目君は目を見張っている。カミルはにやりと笑う。突き入れられた喉笛から黒い浸み滲み、あっと思った瞬間にはヴァンパイアの体全体に広がり霧となり霧散する。


「――どこだっ」


「ここだ」


 池目君の背後にふっとカミルの姿が浮かびあがる。


 その血の色をした爪先が首にからみつく。

 池目君の顔は驚愕に顔を染めるが、それでもすぐに反応し、背後に向かって剣を一閃する。

 瞬間、カミルはまた霧散する。

 空を雷の光が迸る。


「――っほう」


 すぐに別の場所から姿を顕わすカミルの衣服の胸の部分が裂けていた。


「少しは、やるな?」


 その顔には余裕が浮かべている。

 剣を構えなおす池目君の顔には苦渋が浮かぶ。

 剣を重ね合わせたとも言い難い、数回のやりとり。その数回で、池目君は目前のヴァンパイアの力量を思い知っていた。


(勝てない……、ぼくでは……)


 後ろに引きづられるように足が下がる。ジャリと地面を踏みしめる。


(――それでもっ)


「ぼくは石神ラビを命を懸けても守るんだぁぁぁぁ――っ」


 剣は上段に構えられ玉砕覚悟でカミルに突進をする。

 カミルは受けて断ってやると、爪先をサーベルのように伸ばした。

 二人が重なりあう。


「ゴーレムさんっ」


「御意」


 一瞬でいまだにベッドのままのゴーレムから触手が伸び、二人の四肢に巻き付き激突する直前に動きを止めた。

 突然バランスが崩れたために二人の額がごちんっとぶつかる鈍い音が響く。


「「いっ」」


 そして、顔が重なり、唇が重な――っ。


「きゃっ、ダメーっ」


 そして、ラビの意識を汲み取りゴーレムの触手が二人を引き剥がした。

 池目君に至っては吹き飛ばされ、近くの家壁に叩きつけられている。カエルが踏み潰されたような呻きが聞こえた。


「もう! 急に喧嘩なんか初めてなんのつもり? あなたも傷は癒えたといってもまだ疲れは残っているはずよ。病み上がりが一番恐いの。ママはいつもわたしがそんな時は温かいおかゆを作ってくれたわ。ゴーレムさん」


「御意」


 ベッドの下部部分がブオンっと開き、そこからこの世界の食材で作られた煮込み料理がでてきた。いい匂いが漂う。


「さあ、食べて。しっかり栄養をつけて体力つけなくちゃ」


 ラビはテキパキと動き、器とスプーンをカミルの前に手渡す。

 具材はロホホの肉とキャベツに似た野菜。そして玉ねぎに人参に似た根野菜。それをぐつぐつとドロドロになるまで煮込まれたスープ。そして隠し持っていた醤油を隠し味に。


 その匂いにカミルの喉がごくりと鳴る。

 しばらくじっと見つめ、一口パクリ。


「――うっ、お、美味しい」


 カミルは飢えた猪のように一気に掻きこんでいく。

 あっという間に空になった器をゴーレムに戻し、ふとラビの言葉を思いだし自身の腕を見た。そこには痣の消えた綺麗な腕があった。


「痣が消えている……」


 どんな術式を用いても決して消えることはなかった痕。まるで無意識に恨みを忘れてはならないと自身に枷を課していたかのかもしれない。

 だから消えることはなかった。


 カミルは腕から視線を少女にうつし、自分が少女に癒されてしまったその事実に悔しさを滲ませた。

 それが消えたということは。

 だが、事実は事実だ。

 すでに覚悟は決めていた。

 カミルは口を拭い少女に向き直り膝まずく。


「魔王軍第六師団暗部カミル。今からあなたの傘下として働きましょう」


 ちょっと離れたところで、池目君はボロボロになった体を引きずりようやく戻ってくる。そして、目の前の光景にきょとんとした。


「……どういう、こと?」

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