池目君の葛藤
なんとか一団に追いついた池目君は、振るい落とされたスノーウルフになんとか許してもらいその背に乗せてもらっていた。
その眼光は調子に乗るなよ? 貴様を乗せてやっているのは主様の知人が故のことと存外に語っていた。
(おれがいなきゃ『賢者の泉』の場所に辿りつけないだろっ)とは決して言わなかった。
荒野を行くスノーウルフの一団は、順調に旅を進めた。
池目君の気がかりは野宿などだった。ここにはベッドはなく、お風呂もなく、満足な食事さえない、きっとラビは慣れない旅で精神をすり減らしてしまうだろうと池目君は色々とそうならない為の準備もしていた。
ただ、その必要はなかった。
夜がくればゴーレムがベッド付個室となり、お風呂にさえなった。食事はスノーウルフ達が主人の為にと木の実、キノコ、魚、肉、野菜、果物、さまざまな食材を獲ってきた。
それをゴーレムが一流職人なみの技術でラビに朝、昼、夜の食事を提供していた。
もちろん、スノーウルフ達はそのまま喰っていた。
池目君は持って来た干し肉を一団からはずれた場所で、一人で齧っていた。
ラビはそんな池目君にゴーレムの作った料理を持って来ておすそわけしようとしてくれたが、男のプライドが邪魔をして断わっていた。
あまりにも不毛な自分の態度に更に落ち込んだのは言うまでもない。
その後も旅は順調に進む。山を越え、谷を渡り、ある村に辿りつく。
「石神、ここを抜ければ村がある、そこで一度休み、森に入る前の準備を整えよう。そしてその
村の先にある森に『賢者の泉』があるんだ。『顕花の儀』までまだ時間もある。旅は順調だ」
だがそこは人気がなく、荒らされた村があった。
家屋は完全に倒壊し、村の入り口である柱も打ち倒されていた。まるで大きな化物が村の中を這いずり通っていたあとのように、家屋は潰れていた。
「ど、いう、ことだ……」
池目君は愕然とした顔で言葉を洩らした。
村が全滅していた。それは魔王軍がここに攻め入ったということ。そしてここに攻め入るということは、この先にある『賢者の泉』の存在が目的であることは容易に知れた。
『賢者の泉』で行なわれる『顕花の儀』そこで得ることのできる計り知れない力。これは村だけに伝わる伝説であると思っていた。
「魔王軍も『賢者の泉』を知っている?」
だとずればこの先の森に魔王軍がすでに陣取っていることを示唆している。
池目君は村の状況に呆然としているラビとゴーレムを悔しそうに見る。
(ここまできて……)
きっと、ここから先はこれまでのようにはいかない。
もし、ラビがゴーレムの戦闘力を最大限に引き出せるのであれば可能性も残されているが、彼女はゴーレムを便利な道具としてしか認識していない。
「石神……。ここから先は危険だ。引き返そう」
「どうして? この先に『賢者の泉』っていうのがあるのでしょ?」
「ああ、そして、魔王軍もそれを狙っているようだ」
「他の人も狙ってる? 大変、じゃあ急がなきゃ。それに、なんだろうなんだか懐かしい声が聞こえてくる森のずっと先」
「……石神?」
彼女はどこか熱に浮かされたように、森を見つめている。
「グルウウ」
スノーウルフ達がラビに近づく。ゴーレムがそれを通訳しラビに伝えた。
「え? 森の中を見に行ってくる? まあ、そんな、でも池目君は危険だって言っているしー」
「彼らは森を偵察してきてくれるのか?」
「ええ、そう見たい。でも危険みたいだし」
「いや、彼らに頼もう。彼らであれば、魔王軍に気づかれることなく森を進むことができるだろう。もし魔王軍が『賢者の泉』の価値を知り、陣取っているのであればこのまま進むのは危険だ。『顕花の儀』はあきらめるしかない。だけどぼくの勘違いであるのなら」
その可能性はとても低いことは分かりきっていたが、ここまで来て確実なことが分かるまで、やはりあきらめきれない自分がいるのだ。
池目君はスノーウルフの長に近づき、跪き、その金色の瞳を覗き込む。
「頼めるか?」
瞳と鼻先がついっとあさってを向く。
「…………」
ラビはスノーウルフの毛皮を撫でながら言う。
「お願いできる?」
「ウオンっ」
ラビの言葉に吼え声を上げ、仲間を引き連れ村の先の森へとその銀の毛並みが消えていく。
池目君は無言で立ちあがりその後ろ姿をラビと共に見送った。
「……死ね」
スノーウルフ達が村の先にある森へ消え、どれだけの時間が経っただろう。池目君は悪いと思いながらも倒壊した家屋から適当な廃材を集め、焚き火をおこした。
パチパチと木がはぜる音だけが無言の二人の間に流れる。炎が二人の顔をゆらぐように照らしている。
夜空には星が瞬いている。
彼らの足であれば『賢者の泉』のある森奥深くまでそうかからないはずだった。こんな時間まで戻ってこないということは何かがあったということかもしれない。
池目君は少し前のセリフを反省した。
「石神。ちょっと森の入り口まで様子を見に行ってみるよ」
「ああ、うん。暗いから気をつけてね」
焚き火のせいかほんのり頬を赤く染めたラビがちょっと焦ったように返事をする。池目君は申し訳ない思いを抱きながらも夜の村へと足を向ける。
やはり、引きかえすべきだろう。
スノーウルフ達が戻ってこないということは、魔王軍かどうかはわからないが、森に何かがいるということだ。
引き返し、戦力を集め、再び森に挑む。
夜の森は奥へといくほど暗闇が増していくようだ。
得体の知れない恐怖が足元から這い上がってくる。
(引きかえす? そんな時間はない)
池目君は森の奥を睨みつける。
『顕花の儀』百年に一度巡ってくる月が喰われる日にやってくる。
明日の夜空には月が侵食される。月の光が失われるその一時。『賢者の泉』は不思議な光をだすと言い伝えられている。
そしてその光の祝福を受けることで力を授かると言われている。
「……引きかえすことはできない。行くしかないんだ」
それはラビを危険地帯へと誘うことを示している。異世界で見た彼女はゴーレムを除けば、年近い村娘たちと何も変わらない。
くだらないことで笑い。ちょっとしたことでお怒り。みんなと同じことで悩み、哀しみ、また笑う。そんなどこにでもいる一人の少女なのだ。
その少女に、ぼくらの世界の命運を託してしまっている。
池目君はすまないとつぶやき、それでも自分は命を懸けて、オーガになろうともラビを『賢者の泉』に連れて行くことを改めて決意するのだ。
村の平和、彼らの笑顔を取りもどすために。




