カミルのたくらみ
「石神! なんだこれは!?」
池目君はとつぜん踊り出したラビの隣で愕然と声をあげた。
視界に映るすべての骸骨兵たちがゴーレムから流れだすこの音に合わせ踊り始めたのだ。それはまるで死の舞踏というべき光景。にも関わらずその異様は輝きが満ちている。
かくゆう池目君も音に合わせて踊っていた。
この事態を巻き起こした少女はステップなるものを踏み、珠の汗を飛び散らせ、満面の笑みで答えてくるのだ。
「これは、私の世界での大人気アイドルグループ『カカシ』の大ヒット曲よ! あるドラマのタイアップ曲になって社会現象さえ巻き起こしたの」
「そうなのか!? って何言っているのか全然わからんっ!」
池目君は絶叫する。
「なぜ、今それをゴーレムを使い流しているのかと聞きたいのだ」
ラビはパチンとウインクを池目君に投げる。
「だって、あの人たち死んだような目をしているんだもの。世の中つらいことばかりじゃないってことを、わたしが元気を貰ったこの『カカシ』の曲でぜひ感じてほしかったの」
ラビは「見て」と手で指し示した。
「『カカシ』の曲を聴いて、そして踊って、みんないい顔してるっ!」
弾けるような笑みでラビは言ってくる。
「いや、骸骨」
ラビは今だに、骸骨兵達のことをハロウィンで仮装した人たちだと思い込んでいた。池目君はそのことにどれだけ突っ込みたい念にかられるが、そこはぐっと堪えた。
それに、ラビの言葉は置いておいて、骸骨兵達の進行は止んでいる。
ぼくらは救われたのだ。村人達も無事だ。
「おおお、伝説じゃあ! 伝説の通りじゃァァァァァァァ! その者、異世界の舞を躍り、心を揺さぶる旋律を奏で、この世界のすべての者が歓喜をあげる。まさに伝説の通りじゃァァァァァァァァァァァ―――――――――――――――っ」
「婆様の婆様の目が見開かれておるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。しかも、この村に伝わる伝説の演舞を踊っておられるぅぅぅぅぅぅっ」
いつの間にか隣で踊っている村の長、二人を池目君は冷めたい視線で眺めつぶやく。
「いや、どんだけ伝説あるんだよ」
池目君は視線を戻す。
鳴り止まぬ曲に合わせて踊る骸骨達。
「それで、これっていつまで続くんだ?」
●●●
朝の訪れとともに、骸骨兵の大群はいい顔で(骸骨なので表情はないけど)大気に風化し、消え去った。元々、短期決戦を想定した大軍勢だったようだ。
ラビは急に消え去った骸骨兵たちにきょとんとしていた。
「もしかして……、もしかして――っ本物の幽霊!?」
「いや、まあ、そんな感じの方達だったよね」
「ハロウィンって、仮装している人たちに混じって、本物の幽霊がいるって話を聞いたことあるけど、何々、これって恐い話!? キャーーー!」
ラビは顔を真っ青にして蹲りいやいやを始める。
池目君は無表情で見下ろしている。
(今さら?)
「と、とにかく、君のゴーレムのおかげでこの危機を乗り切った。この調子で『賢者の泉』へと向かおう! ちょっとだけ休んで」
「ええ、そうね! 例え幽霊だったとしてもみんないい顔で成仏していったみたいだったもの。きっと今頃みんな天国で楽しく踊っているわよね。私も負けてらんないね」
ラビはガッツポーズをする。
「ああ、まあ、まったくその通り。立ち直り早いな?」
同じく別の場所でその光景を見ていた魔王軍の一人、カミルは目を疑っていた。
送りだした骸骨兵どもが妙な音と共に踊りだしたのだ。その光景は朝陽が骸骨兵を照らし消え失せるまで続いた。
途中までは優勢だった戦況だったはずが、妙な音楽を奏でるゴーレムの登場と共に戦況は一変した。
「あれだけの骸骨兵をすべて魅了したというのか?」
戦慄した。
ゴーレムによる魅了の魔法? ゴーレムを触媒として、魅了の魔法を広大なこの地に展開させた?
その力、魔力は、このヴァンパイアの王子の魔力さえも凌ぐ可能性を見せていた。
「いや、これでこそ、あのゴーレムを手に入れる意味がある。あのゴーレムさえ手に入れればあのこにくたらしいアザリーの鼻っ柱を折り、このぼくが魔王軍四天王、いや、魔王様の右腕にさえなることができるでしょう」
カミルはほくそ笑んだ。
「これで、ぼくはあのゴミ溜めのような生活から抜け出すのだ」
青白い細腕には所々に痣があった。その痣に手を伏せる。
カミルはヴァンパイアの王子というだけあってその家は由緒正しく、魔国でも随一の家柄であった。幼き頃は一族の更なる繁栄を齎す寵児として溺愛され、甘美な毎日を送っていた。
城内で行なわれる夜会。贅沢な品の数々、毎日贈られてくる処女の新鮮な血。カミルにとっての唯一の敵は退屈という時間、それだけであった。
ただそんな当たり前だと思っていた日常は、辛くも黒のゴーレムを操る一人の少女によって破られた。その少女もまた魔国において由緒正しき家柄の者ではあったが、少女の家は落ちぶれており、ヴァンパイア家とは比較するには値しないものであった。
だからこそ何が行なわれたのか理解するのに時間がかかった。
黒のゴーレムを操る少女はヴァンパイア家を相手どり、一夜にして落城させてしまったのだ。その力は四天王最強と言われる竜族の長と見まがうほどのものだった。
こうして、四天王の一角であったヴァンパイア家は、黒のゴーレム使い只一人の少女、アザリーにその一角を奪われたのだ。
そこからカミルの魔生は変わった。黒のゴーレム使いアザリーに乗っ取られたヴァンパイア家はその小間使いとしての第二の魔生を送ることになった。城の一角に設けられた人間小屋のような場所でカミルの家族は押し込められた。
日々の贅沢は消えさり、一人の少女に尽くす日々が始まった。
退屈に時間を持てあます日常は消え、労働の日々がカミルを待っていた。
水仕事など知らぬその蝋燭のような白の手はすぐにミミズが走るように赤ぎれだらけになり、目元には疲れがたまり雪化粧を凝らしたような肌には黒ずんだ隈が浮かぶ。
城の掃除。庭木の手入れ。食事の仕度。膨大な雑務に心は擦り切れていく。
へとへとになり一仕事終えると、待っているのは以前のヴァンパイア家で使っていた使用人からのいじめ。
彼らの態度は一変していた。我先にとアザリーに取り入り、以前の主人に意向返しのように執拗ないじめが行なわれるのだ。ジャガイモの皮の剥き方が汚いと鞭が腕を打ち、窓枠に埃が溜まっていると、オークから棍棒で叩かれる。
父は過労で床に伏せ、母は男を作り逃げだした。残されたカミルの日常は凄惨な日々にかわったのだ。
それでもカミルは逃げ出すことはなかった。
復讐の機会を伺い、己の技を高め今まで堪えてきたのだ。
そして、ゴーレムの情報。これは千載一遇の契機に違いないのだ。
カミルは拳を握りしめる。
「絶対にあのゴーレムを手に入れて見せる。必ずだ」
ヴァンパイアの王子は朝陽に身を隠すように黒の霧となり霧散した。




