ハラ―ショー!
蘇った骸骨の大群の一人は地上の空気を体中に浴び、この世というものがすばらしいものだということを改めて味わっていた。
骨ばかりになってしまったこの体にも風は平等にその身を癒してくれる。味覚や嗅覚は消えたが、視覚は光を感じ、空に浮かぶ月を見ることができる。それは消え去りかけた生前の記憶を微かながら呼び起してくれる。
聴覚もまた怒号のような群で麻痺しかけているが、それでも聞こえてくる音に何かを感じることができる。それが何よりも心を打ち震えさせるのだ。
一人の骸骨兵は蘇る前の記憶が残っていた。
死んだ後、地獄の底は、地獄でさえない。そこはただの無であった。
何も感じることもない。地獄であれば血の池地獄があり、その血の生臭さに咽び返るだろう。針山地獄でもあればその身を傷つけ叫びを上げただろう。業火地獄であればその身を焼き尽くす感覚に気が狂い、死をも越える痛みにその身を焦がしただろう。
だが死の先に待っていたものは、ただの無であった。
何もない。それだけがそこにはあった。
もう二度とあそこには戻りたくない。だから我らはあのヴァンパイアの男に告げられたあの丘の遺跡を根城にする者たちを八つ裂きにすることを約束した。
我の二度目の生と引き換えに。
すでに遺跡は取り囲んだ。なにやら抵抗している者達がいるが、多勢に無勢とはこのこといずれ力つきるだろう。
数で押し切り、遺跡に雪崩れ込む。その時はすぐにでも訪れるだろう。
そして晴れて我らは再び生を手に入れる。例えそれがこの世の法則を捻じ曲げることであろうとも。
「かかれ! あの遺跡を我らの贄とするのだ。その暁には我らが国を打ち立てるのだ!」
号令とともに大群が歓呼の声をあげる。
遺跡はあっという間に骸骨たちに埋め尽くされ始める。
村人達が遺跡の頂上へと集まり始めるのが見えている。
「あとは、あそこを落とせば我らの勝利だ」
そうつぶやいた骸骨兵の耳があった場所に何者かが叫ぶ声と伽藍堂に何かが映る。
遺跡の地下から何か巨大なモノが飛び出し、頂上に降り立った。その瞬間地響きが起きたような感覚が襲う。
「あれは、ゴーレム? か」
突き進んでいた白の軍団の進行がピタリと止まった。
頂上に降り立ったゴーレムらしき巨人が変化を始めた。
手足が引っ込み、横長の棒状のものに変化した。その両側には網目の丸板が取り付けられている。
頂上にいる一人が横長のゴーレムをなにやら弄くっている。そして中心の部分がパカリと開くのが見えた。そしてまた閉めた。
「??」
更にその人間が弄くると、その網目の部分からブオンっと聴覚を刺激する重い音が飛びだした。
「な、なんだこれは、まさか超音波か」
聴覚を刺激する音の連なりが骸骨の精神に影響を与えはじめる。
「耳をっ、耳を塞ぐのだァ! 音を聞いてはならない」
骸骨兵はすばやく生前、耳があった場所をその手で塞ぐが、骨と骨がカツカツと当たるばかりで密閉することができなかった。骨と骨では隙間ができ、どうしても音が入り込んでくるのだ。
伽藍堂から覗く視界には同じように骸骨たちが悶え苦しんでいる。
このままでは、このままでは。
ただ、これは……。
「超音波ではない。聴覚から脳を破壊するようなものではない。それどころか……」
(なんだこの胸の辺りをかき乱す音の波は――聞いてはならないっ)
骸骨兵は胸を苦しそうにおさえ、顔を上げる。
音の中心地の頂上。そこから音がまるで雪崩のように落ちてくる。
そこには一人の村娘が小刻みに動いている。それは生前の記憶に引っ掛かっている欠片から探ってみると、どうやら踊りのようなものであることがわかる。
一風変わったその踊りは見たことのないリズムと動き。ただゴーレムから流れだしている音の波と見事に重なり、胸をかき乱してくるのだ。
(これはっ、これは、旋律だ。音楽だっ。曲だっ。そして、旋律と重なり心を揺さぶる声が歌が我を切なさと嬉しさと未来を見せてくるっ。『今は冬のような寒さで、心は何も感じなくともやがて花咲く春がやってくる』だと~、くっ、やめろ、やめてくれっ、このままでは、このままでは――胸が、心が、体が――っ)
「踊りたがっているんだ――――――――――――――――――――――――――――っ」
骸骨兵から絶叫が迸る。
その叫びに呼応するように骸骨の大群が天をも貫く砲声をあげた。
そこからは水面に石を投げ入れたときにできる波紋のように骸骨兵達に感染していくように頂上で踊っている村娘の動きが広がっていった。
「こうか? こうか? いや、こうか?」
最初は村娘の動きに合わせていた骸骨兵たちはそのうち自分でゴーレムから流れてくる曲に合わせ、アレンジを始めだしていく。
(ああ、心が体がすべてが嬉しがっている。我は我の伽藍堂に光が灯っていくのだぁぁっ)
「ハラーショーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
骸骨兵は天を仰ぎその両手でこの世界の幸福をすべて受け止めたかのように甘美に満ちる歓声を上げた。




