大軍
隠れ里の遺跡地下に作られた住居スペース。その一部屋。ベッドが入るだけ押し込められた、すし詰め状態の部屋。そのベッドの一つに池目君(本名、アーバン・クラフ)は横になっていた。
その目は開いている。
村の家であれば、そこに窓があり、夜の空に浮かぶ月を見つめ、気分を紛らわすこともできただろうが、ここは地下にある一室。窓など到底望めるものではなかった。
日常であれば気にもしなかった自分の部屋の景色。無くなってそれを初めて気づく。あの日常がどれほど、尊いものだったのか。
薄皮一枚捲れば消えるそんな日常。魔王軍の猛攻により消え去った村での日常。
池目君は歯を噛み締める。
石神に休むことを促した自分だが、これからのことを考えるととても眠れる気分ではなかった。
ここまで石神を連れてくるのに色んなことがあった。
婆様のお告げにしたがい、村一番の剣士である自分が異世界へ勇者を探す使命を負った。
使命は無事に達成することはできたが、本番はこれからなのだ。
コノゴロ山の森奥深き場所にあると言われている『賢者の泉』そこでの『顕花の儀』。
自分の使命は無事にその儀式を石神に受けさせること。
果たして自分に成し遂げることができるのだろうか?
「月が見たいな。麦畑を見たい」
ある意味では世界の命運を、人間世界の命運が自分の肩に乗っている。
たまらない不安に押しつぶされそうだと池目君はベッドから起き上がり、外の空気を吸おうと部屋を出た。
廊下に出ると、床に横たわり寝ている村人達がいた。
ベッドは村人の人数分はない。こうやって地べたに寝転がり夜になり、朝を迎える村人がほとんどだ。今はみんな気丈に振舞っているが、いつまでも続くはずもない。
池目君は拳を握りしめる。
外にでる途中、ラビの部屋に差し掛かる。
池目君はその扉の先を見つめる。
「石神……、起きているだろうか」
口にしたその疑問が、あまりにも自分都合の言葉に思えて、自責の念にかられた。
石神にしてみれば、勝手にこっちの都合で連れてこられて、スノーウルフと戦い、こんな地下に押し込められて平気であるはずがない。
きっと、不安で眠れず時間を持て余しているに違いないのだ。
「石神?」
池目君は扉をノックする。
……返事はない。
「は、入るぞ?」
池目君はノブを回し、少しだけ扉を開き、中を覗く。
中にはゴーレムが変化したベッドにすやすやとアイカとスノーウルフに包まれながら気持ちよさそうに寝息を立てるラビの寝顔があった。
バタン、と扉を閉じる。
「……」
池目君は何も考えないようにしようと、夜風にあたりにいこうと地下から地上に続く階段に足を向けた。
外に出ると、生暖かい風が頬を撫でた。
日常であれば不快な風だが、こんな時だとなによりもありがたい。
石積みにより築かれ劣化により化粧が剥がれ落ちた外壁を通り過ぎると、遺跡の入り口が見えてくる。
月あかりの元、見張りの村人達がたむろしているのが見える。
村人たちには緊張が見え、少しばかり疲弊しているのが見て分かる。まあ、すぐ傍のスノーウルフの群がその緊張を倍増させているようだが。
池目君もそれには苦笑するしかない。
「おう、アーバン。眠れないのか?」
見張りの一人がこちらに気づき声をかけてくる。
「ミルジョ。ああ、そのとおりだ」
「くくっ。村一番の腕自慢もさすがに不安で眠れないか?」
ミルジョ・ルッセン。筋骨隆々の彼はこの村で池目君の次に戦いに長けた戦士だった。彼は見張り隊長をかってでている。きっと何日も満足に寝ていないのだろう。その目元には隈がある。気丈に振舞っているが、みな限界であることが知れた。
「ふん、あんたもその目元はなんだ? 疲れが見てとれるぜ?」
「なんだと」
ミルジョは壁に立掛けていた自分の得物を拾い上げる。それは大木を切断するための大斧であった。その斧を握る腕はたくましく日常であれば彼は木こりとして生計を立てている。
その腕から繰り出される一振りは、人の胴ほどの大きさの木であれば冗談抜きで切断する。
「ここで、一年前の試合の決着をつけてやるか?」
にっと笑うミルジョ。
その笑みに、池目君も不敵に笑う。
「何を言っているのか、その試合で俺にコテンパンに伸されたのを忘れたか?」
池目君も手近な棒切れを足先で蹴り上げ掴む。そして、棒先をミルジョに向ける。
「どちらが強いか、もう一度思い知らせてやるか」
その様子をみていた他の見張り達がはやし立てはじめる。
不安と緊張の連続で精神が参っていたところに、娯楽が舞い込んで来たことに素直に喜んでいる。
池目君とミルジョはお互いに笑みを浮かべる。
なんの打ち合わせもなく娯楽を作りだすこの辺りのやり取りは、長年、斬り結んできた戦友との賜物であった。ここらで生き抜きをしないと、村人達がまいってしまうのはお互い感じてのことだった。
「「ふん」」
その笑みが重なり、斧と棒が重なりあう。
「アオーーーーーーーン」
瞬間、スノーウルフから遠吠えがあがった。
群が一斉に遺跡の入り口の先に視線を向け、呻り声を上げ始める。
「――なんだ?」
「わからん。犬っころどもが何かを感じているようだが」
群が入り口に陣を張りはじめ、その先に漂う暗闇を威嚇しはじめる。
スノーウルフ達にはすでに何かが見えているようだ。村人達はスノーウルフ達の急な異変に戸惑いを覚え、その威嚇の先に目を凝らし始める。
闇夜に何か白いもやのようなものがうっすらと浮かびあがり始める。
「な、なんだあれ?」
「わかんねー、でも動いているようだけど……」
「おい、あれって……」
白いもやとの距離が縮まってくる。雲に隠れた月が顔をだした。
そこには骸骨の大群が地平線を埋め尽すように蔓延っていた。
村人達の顔は真っ青になり事態の深刻さに恐怖と混乱が波及していく。とにかく農具を手に身構え固まる者。伝令に走る者。見張り台から敵襲襲来の鐘が打ち鳴らされる。
「な、なんだよあの数は……」
一匹のスノーウルフが先頭を切り飛びだした。
「うろたえるな! 犬っころに遅れをとるんじゃねーぞ野郎共!」
崩れ去ろうとしていた志気がミルジョの激昂で一気に持ち直していく。
「おう! アーバン。ここは任せろっ。おめえはあのお譲ちゃんの所に行けっ」
池目君は頷き、踵を返した。
「敵襲だ! みんな起きてくれ敵襲だ!」
(まずいっ、あの数はまずい)
池目君は地下へと向かう階段へと向かう。村人達に困惑と脅えが入り混じる。遺跡の入り口はミルジョとスノーウルフ達で持ちこたえるだろう。
(別のところから攻められたなら?)
疑問が脳裏に浮かび、周囲の叫びに掻き消された。
「化物よーっ」
池目君は懐から宝剣を抜き放ち、魔力を送り込む。ブオンと雷の刃が飛びだした。
剣を携え、叫び声がした方向に視線を向ける。
そこには剣を持った骸骨が、歩を進めるたびにガタガタと骨と骨が削り合う音とともに村娘に襲いかかろうと、剣を振りあげていた。
「――くっ」
「グオオオンっ」
脅える村娘に襲いかかる骸骨を寸前で、白い毛並みが覆いかぶさった。月明かりの元、銀色に輝くスノーウルフの長が骸骨をバラバラに食いちぎる。
「池目君っ!」
「石神!? ここは危険だ。安全な場所へ――」
(――だけど、そんなところどこに?)
周囲を取り囲むこの遺跡の外壁は完全な状態ではない。所々が打ち果て、崩れ落ちている所などざらなのだ。そのすべてに見張りを立てることなどできない。
発見したあの大群よりさきに侵入した魔物がここにいる。
誰にも気づかれずに侵入することなど子供だってできる。いや、知性のない魔物だって侵入できている。
池目君は遺跡の頂上を見上げる。
「上だ! まずは状況を確認しなければ」
池目君は遺跡の階段を駆け上る。
「石神! 君はそこにいてくれ」
足元から怒声と悲鳴が入り混じる村人の混乱の渦が広がっていく。
「おいっ、魔物がいたぞっ」「こっちだ」「おい後ろだっ」
(このままじゃまずいっ)
「池目君、下が大変な騒ぎになってるわ。何か始まるのかしら。ハロウィン? 骸骨たくさんいるし?」
「違う! 敵が襲ってきたんだよ。このままじゃ村の人はもとより君が危険なんだ、って、なん
で君がいるんだよっ、下で待っててくれって言ったじゃないか」
いつのまにか、隣で一緒に駆け上っているラビに仰天する。
「池目君! わたしが待つだけの女だと思わないでね!」
「え、えーっと、とりあえず噛合ってないことだけが分かるよ」
なぜか競争のような状況になり、池目君も女子に負けるのは嫌なのか妙に力を入れて頂上まで駆け上がった。
「――、ぼくはいったい何をやっているんだ」
肩で息をし、隣で同じように息をついているラビに目を向ける。なぜか達成感に満ちた目を向けてくる。
「――それより、現状の把握だっ」
池目君は立ち上がり周囲を見渡した。ここからなら遺跡の周囲を見渡せる。
そして、青年の顔が今度こそ真っ青に染まった。
「な、なんだよ、これ……。なんだよこれは―――っ」
視界のすべて、遺跡の周囲には白いもやのようなものが朝靄のように見渡す限り満ちていた。そのすべてが蠢く無数の骸骨。聞こえるはずのない骨の重なり合う音が遺跡の頂上までとどいてくるようで池目君は足が竦み、その場に尻餅をついた。
(終わりだ。こんな軍勢どうすれば……)




