ゴーレム使い石神ラビ
部活終わりの校庭。まばらに散った野球部員がグランドにトンボをかけている。中にはカゴにボールを投げ入れて別のゲームに夢中になっている部員もいた。
ラビはいそいそと作業に励むそんな部員たちを眺め、まるで忙しなく夏の終わりを告げるひぐらしのようだと無邪気に妄想していた。
「やだー、もうすっかり夜じゃん。またママに怒られちゃうわ」
モブ子のお決まりのセリフを口火におしゃべりは再開される。
ラビを肴に二人の会話は盛り上がる。
「もしかして今も池目君どっかでラビのことー?」
モブ江の声が妄想に浸かっていたラビの意識を引き戻し、甘く溶けたチョコーレトのように心を包んでいく。
気にしていない態度をなるべくとっているつもりだが、ラビは挙動不審者のように周りが気になってしまう。もちろん物陰にそれらしき人は見当たらない。
モブ子はいじわるな笑みで肩をついてくる。
「気になってる~」
「もぅ~、モブ子のいじわる~。そ、そんなんじゃ。……ないもん」
ラビは夕闇でも分かるほどにしどろもどろに顔を真っ赤にさせる。
「でもさ。ラビが好きになるのもしょうがないよね。イケメンだし、身長も高いし、なんといってもあの瞳の色よね。外国の人の瞳をよくエメラルドグリーンって例えたりするけど、ほんとそう、池目君の緑の瞳ってまるで宝石みたいでキラキラしてとても神秘的なのよね」
モブ子が拝むように両手を握り、恍惚に潤んだ瞳で夕闇を見上げ、昇天しそうな吐息をつく。
その様子にラビは顔をぽっと染める。しまったと思ったときには、モブ子がこちらをいじわるそうに見ている。
純情うぶな学友の反応にモブ子のテンションはまるでセクハラ中年会社員のごとく最高潮に達していく。
「も、もうっ、やめてったら」
最近はこうして噂の転校生、池目正義君の話題で盛り上がることが帰宅途中の日課になっていた。
ラビ達に限らず他の女生徒たちの話題もちょっとした流行のように池目君の話で持ちきりだった。
「おいおいお~い、石神く~ん。どうしたのだね~? うひひひ」
「も、もう、からかわないでっ。あれ?」
ラビの足元にコロコロと野球のボールが転がってきた。
顔を上げると野球部の人が手を振っている。どうやらカゴに投げ入れていたボールが外れてここまで転がってきたようだ。
ラビはボールを拾う。
グラウンドには野球部員がなげ返してくれと手を振ってくる。
夕暮れに染まる校庭で、転がってきたボールを高校球児に投げ返すそんなワンシーン。
どちらかといえば地味な印象のラビだが、このときばかりは夕暮れ、校庭、そんな景色がラビを引き立て、へたくそながらもボールを投げ返すそんな青臭い姿が彼女を一幕のヒロインへと押し上げてくれる。
夕暮れで染まる栗色の髪がふわりと浮き上がり、ラビは右手を「えい」と振り上げる。
そしてくるりと後ろを振り返り――、
「ゴーレムさん。このボール――」
「御意……」
慌てた様子のラビから三メートル近いゴーレムがボールをむんずと掴む。
野球部の人が手をぶんぶんと振っている。
モブ子とモブ江は目を見合わせ、肩を竦めやれやれと嘆息する。
夕暮れの校庭。一体のゴーレムが野球部員に眼光を向ける。
「お、お願い、ゴーレムさん」
「御意」
ゴーレムの腕が投石機のように振り上げられ――「ま、待った! ストップー!」そして――振り下ろされる。
――トぅンっ。
発射されたボールが空間を突き破る。
野球部員の頬横数センチをボールが掠め、背後のネットを突き破りブッロク塀とともにパンっと破裂した。
「ゴーレムさん。ありがとう」
時が止まったかのように微動だにしない野球部員に恥ずかしそうにぺこりと頭を下げモブ子の後ろ隠れる。
「ラビ~。ゴーレムさん使わずにボールくらい自分で投げ返してあげなさいよ。せっかくの青春の一ページなのに」
「だ、だって、恥ずかしいんだもの。それに私、上手く投げ返せないかもしれないし、ゴーレムさんだったら、その辺、大丈夫だし……」
「いや、ボール破裂してるから」
彼女の名前は石神ラビ、高校二年生のいたって普通の女の子。
ただ、彼女には他の女生徒と違う能力と問題があった。
それは、ゴーレムさんを自由自在に操る能力。
そして、極度の人見知りという問題であった。
そんな彼女たちから少し離れた校舎の陰にひっそりと佇む学生服の男が一人。
男は意味ありげに眼鏡をくいっと上げ、眼鏡の奥の緑の瞳をキランと光らせる。
その神秘的な緑色の瞳には石神ラビ達が確かに映っていた。
●●●
――数日前。
月の灯りが無造作に流れ落ちる時間。ラビ達の通う高校の裏山の奥深く、雷のような光が発生した。木々のざわめきと共に、その光は急速に収まりを見せると、全面鏡ばりのように周囲と同化した扉が出現した。
そこから数人の人影が夜天の空の下、映しだされる。
異様な風が開いた扉の先から漂い、こちら側の世界に流れ込むように不吉がこの地を踏みしめる。
「我らの任務はレドの者を見つけだし、抹殺する。それだけだ」
「はっ、必ずや奴を見つけだし、抹殺します」
「行け」
感情を感じぬ言葉を受け、数人の人影が不吉な風を纏い夜の森へと消え街に解放たれる。