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ゴーレムさんゴーレムさん  作者: 九重 まぶた
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剥ぎ取られた魔狼の誇り

 群の長は、鼻先だけでその体当たりを吹き飛ばした。

 壁にぶち当たる派手な音と呻き声が耳に伝わる。


(脆弱、脆弱、脆弱っ。こんなにも脆い生物に何を恐れる! こいつらは我らに狩られる側の存在。ただそれだけっ。恐れることなど何一つもないっ)


 スノーウルフの長は犬歯を向き出しに最後の止めを刺そうと瓦礫に埋もれた男を逃げられぬように前足で踏みつけようとした。

 ぐさりと何かが貫通した感触と激痛が前足に走る。


「――ギャインっ」


 男の苦痛に歪んだ顔に笑みが浮かぶ。その手にははじき飛ばしたはずの光る棒切れが握られていた。


(――っこの、脆弱生物がっ)


「けっ、犬っころが人間様を舐めるな――ぐがあっ」


「グルルウガァ!」


 スノーウルフの長は脆弱生物の腕を咥え、激しく壁に叩きつけた。一度逆上したスノーウルフは何度も壁や地面に叩きつけた。呻き声だけが聴覚によって拾われる。


 声が聞こえなくなったところで、落ち着きを取り戻した。

 見れば男はなすすべもなくまるで糸の切れた人形のように動くことはなくなっていた。

 それでもしぶとく息はあるようだ。


(ふんっ。このしぶとさだけは認めてやろう。だがこれで終わりだ)


 スノーウルフは犬歯をむき出しに男の喉笛に噛付こうと口をあける。噛付こうとしたその時――、ここからさほど遠くない所で「クぉ~ん」と、遠吠えがあがった。


「――??」


 食いちぎろうとした口が男の喉笛でピタリと止まる。

 そして、声の聴こえた方向に長は顔を向けた。


(なんだ? あれは我の群の者の声。そして遠吠えの方向は村の入り口方面。この脆弱生物の仲間が逃げていった方向だ。我が一族が村の入り口は見張っていたので、あの者達は捨ておいたが……、何か妙だ)


 それに、我らが誇り高き獣臭が消えている。

 何かが起こった。魔王軍が恐れていた何か? スノーウルフはそこまで考えて嘲笑した。


(バカバカしい。そんなことがあるものか。この男の止めは後回しだ。すでに動くことは叶わないだろう。いや、そもそもこいつを生かしておいたとしても脅威になどなりはしないがな)


 すでに男に興味を失っているスノーウルフは倒壊寸前の家屋から外へと向かう。


「どうした? 止めささねえのか?」


 スノーウルフの長は鼻をヒクヒクさせ獣臭の消えた方向へと眼孔を向ける。

 そこに、さきほどの石像が歩いてくるのが見えていた。その巨体の隣にさきほど確かにここから逃げだした脆弱生物の雌共らしき姿も。


「――?」


 地面を通して足の肉球に振動が伝わってくる。


(ほう……。まさかとは思ったが、あれはゴーレムか。なるほど、魔王軍はあれを恐れていたのだな。しかし、いくらゴーレムの力が並外れているとはいえ、我が同胞達はどうしたのだ? まさか全員やられたとはいうまい)


 スノーウルフはあの雌共二人のどちらかがゴーレム使いであると即断した。

 逃げたと思ったら、ゴーレムを連れて戻ってきた。なぜ、あのときゴーレムで対抗してこなかった? 何か理由があるのか?


 スノーウルフは背後のズタボロになった人間を見る。

 時間稼ぎ? 

 それとも勘ぐりすぎか?


(まあ、いい。同志達の匂いが消えたのは、いや消えたのではない。確かに我が誇り高き獣臭は消えている。その代わりに別の匂いがそこら中からしている。気になるが、まあいい、少し退屈していたところだ。相手にとって不足はない)


 スノーウルフは尻尾を揺らし、その四肢を歩いてくるゴーレムへと向ける。

 巨人と魔狼の距離が近づいていく。


「グルぅぅぅっ」


「……」


「やっぱり戻ってきて正解だったわ」


 雌の一人が大きな態度でゴーレムの前へずいっと出てくる。


(あっちがゴーレム使いか?)


 もう一人の雌は浮かない顔をしている。ただ人間の表情の機微などほとんど分からぬがなとスノーウルフは嘲笑した。


「ゴーレムさん、お願い!」


 声に呼応するようにゴーレムが振動を繰りかえし、ある形へと変化をしていく。


(――なんだ? まずいか? だがゴーレムがこのような変化を起こすなど聞いたことがない)


 動くか? 動かざるべきか? 判断は一瞬だった。


 スノーウルフは相手の変化が終わるのを待った。

 それは誇り高き魔狼の本能というべきだろうか。相手を強いと判断したとき、その相手の最高の力をねじ伏せることが魔狼の矜持を満たす最高の調味料なのだ。


 ゴーレムの変化が終わった。

 その姿は倉庫のような形だった。

 ただ倉庫と違うのは真ん中がくり抜かれている。凹みの形をそのまま逆にした形である。

 おかげで変化したゴーレムの先がはっきりと見えた。そして疑問はあれでどうやってこの魔狼と戦うのか? 事実、変化を遂げたが、何一つ攻撃らしき行動はおこしてこない。というより少しも動かない。


「さあ、ワンちゃん! こっちよ!」


 その先で人間の雌が挑発している。

 あの中に突っ込んで来いということか? 


(あの人間は馬鹿か? なぜ罠だと分かっているゴーレムの中を通り抜けなければならぬのか――)


 人間の雌はその場にしゃがみ、地面に何かを置いた。それは畑からとってきた野菜のようだった。確か、大根というものだったか。


「さあ、ワンちゃん! おいしいおやつがここにあるわよ」


 手をバタバタと振り、地面に置いた大根を指差している。

 スノーウルフのどこかがぶちりと千切れた音がした。


(いいだろう、あの人間の雌の罠に嵌ってやろう。そしてあのゴーレムを通り抜けたあかつきにはまずあの雌の喉笛噛みきり腸をくらい尽くしてくれるっ――)


 四肢が疾駆する。

 強靭な脚力が一気にゴーレムとの距離を詰める。


(一瞬だ。一瞬で通り抜け、あのふざけた人間を食い殺してやる)


 目前にゴーレムが迫る。攻撃の予兆は未だ感じられない。


 スノーウルフがゴーレムの領域に足を踏み入れた。瞬間――、異音と同時に植物の蔓のようなものが噴出してきた。


(――来たか。さあ凌いでやろうじゃないか――っ)


 視界は一瞬にして緑に染まる。


(――なっ? はやいっ)


 あまりにもあっという間に視界を塞がれた。シュワシュワシュワ――。と異音が近づいてくる。


(なんだ? 何かがくるっ、まずいっ、このままでは)


 スノーウルフはその強靭な脚力で無理やりこの空間を抜けだそうとした。多少、体を負傷しようが構わない。相手の挑発に乗り、舐めすぎていたことへの己の戒めに傷を刻むだけだ。


 だが蔓の圧力がその動きさえ封じ込めた。


(う、動けない。な、なんだこれは――っ)


 ブシューっと周囲から液体が体に吹き付けられる。


(しまったっ。まさか何らかの毒液か?)


 何やら鼻をスーッと通り抜けるまるで、そう柑橘類の匂い。そこでスノーウルフは気づく。そう、仲間の獣臭が消えた理由。そして、別の匂いが周囲に漂っていたことを。


 今吹き掛けられている謎の液体。この匂いである。


(もしや、仲間の獣臭はこの柑橘系の匂いに――っ)


 これはこの魔狼の誇りに対する侮辱行為だ。

 しかし、スノーウルフの長は抗いがたい力を確かに感じていた。体に強力な圧が加わる。謎の液体が誇り高き毛皮に浸みこみ、己の油によって固められた毛束がくずれ解れていく感覚。


(これは――っ、鉄壁を誇る我が鎧を消失させる技か――っ、このままでは)


 ウインウインと繰り出される圧力。そして柑橘系の香り。交互に繰りかえされていく猛攻。そして、少しずつ確かに前と進んでいる。進まされている。


(な、なんなんだこの、程よい圧力は――っ。寒さによりカチカチに固まった我が筋肉が、ほどよい圧力によって、まるで、まるで、揉み解されていくこの感覚は――っ)


 柑橘系の香りの液体により油分が取り除かれた毛皮がほつれ、体にかかる蔓による圧が直に筋肉に伝わってくる。蔓がほどよく圧を加えられる度に、スノーウルフは妙な鳴き声を知らぬ間にだしていた。


「ぅガウぅぅ~。ハグぅ」


(ぐう~、なんだこの、痛気持ちいい感覚、なんだこの気持ちはっ。我は誇り高き魔狼の一族の長。このような感覚に踊らされるような脆弱ではない!)


 しかし、気持ちとは裏腹に体は正直だった。


 スノーウルフの視界にはゴーレムの内部の終わりが見えている。視界を塞いでいた緑の蔓は引っ込み、その先に外の光が見えていた。まるで新しき世界が始まる予感がするのだ。


(やめろっ。やめろっ。我は誇り高き魔狼のー、はふ、はふ、はふ――)


 視界は一気に広がり、月が浮かぶ夜空の下、その体躯を圧しだされ――。


「GAHO~NN」


 月明かりに照らされスノーウルフの毛並みはつやっつやに碧く光輝き、その瞳はどこかボンジュールとか言い出しそうだった。


 夜風に毛皮がサワサワと撫でられていく感触がたまらなく気持ちがいい。柑橘系の香りが気分を落ち着かせくれる。


(ああ、なんだこのすがすがしい夜は、いつぶりだろうか、こんな穏やか気持ちで月を見上げるのは?)


 そう、人間達に疫病、魔狼、などと呼ばれる以前の時代。我らは神とさえ崇められた時代があった。その時代の我らは青銀に輝く雪よりも白き毛並みと、何里もの先を見据える眼を持っていた。そうだ、なぜ我らはここまで落ちたか……。


(いや――今はよそう)


 スノーウルフは月明かりに照らされた一人の人間を畏敬の念を持ち見つめた。

 その周囲に他の仲間達も姿を現した。そのすべての狼が艶々の毛並みを誇らしく見せつけ、その瞳には新しき主人に対する忠誠心が見てとれた。

 そしてまたスノーウルフの長もまたその瞳に新しき主人の姿を映していた。

 女は我がつやつやの毛並みを撫で、満足そうに微笑みを浮かべる。

 我は忠誠の証とし、その手の甲をぺろりと舐める。

 背後でガラガラと音を立て、先ほど痛めつけた男がよろよろと壁を支えに外へでてきた。


「……どういう状況?」

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