誇り高き魔狼
スノーウルフはまぬけにも棒切れ一本で立ち向かってくる虚弱生物に苛立ちと嘲笑を覚えていた。バチバチと不思議な棒ではあるが自身の肉体に傷を与えるには不十分なその武器を牙に絡めて奪い取る。
「グルぅぅぅ」
虚弱生物は怯んだ顔で後ずさりをする。スノーウルフは奪いとった棒切れを放る。虚弱は未練たらたらで棒切れの行方を視線で追っている。
(何を恐れているのか)
スノーウルフはその体たらくに目の前の生物に興味を失っていた。
ここ数日、魔王軍の幹部から村を見張っていろと命令を受けていた。
寒冷の地の厳しい寒さにも耐えることができるこの強靭な肉体に、何百里という距離をわずかな時で横断するこの脚力と無尽蔵の体力。どれをとってもこの誇り高き牙の先で震え上がる虚弱生物には傷一つつけることは叶わぬだろう。
当然、魔王軍の脅威になるとは、少なくともこの村の住人が脅威になるとは思えない。
一体、魔王軍は何を恐れているのか。
(ばかばかしい。しかし、だからといって目の前の獲物を見逃すことはしないがな。首を掻っ切って息の根を止めてやるか)
スノーウルフは眼前の虚弱生物に情けをかけようとは欠片も思わなかった。
この虚弱の種族共は、自身の弱さを認識もせずに態度だけはでかい。我らの誇り高き匂いを忌み嫌い。あろうことか、疫病として扱う始末。
確かに、寒冷地を駆け回り様々な菌類をこの誇り高き毛皮に保有してしまうこともあるだろう。そして虚弱生物の田畑を荒らしまわった際にその菌類をばら撒くこともあっただろう。
だが、それがなんだと言うのか。弱者にどれだけ被害を与えたとしても、誇り高き魔狼の気にすることではない。
ただ、侮辱は一族の長として許すことはできない。
(ここで我らが牙の糧にしてくれるわ)
脆弱族種がいちかばちかで体当たりで突っ込んでくる。
●●●
あと数歩で村の出口であった。
アイカの足は止まっていた。
「どうしたの? おねーちゃん。早くここから逃げないと、せっかくアーバン兄ちゃんがっ」
ラビは足を止めていた。
視線の先には滅ぼされた村。
「アイカちゃん。わたしやっぱり放っておけないわ」
ラビの瞳には決意の炎が燃えている。
「――おねいちゃん?」
「我慢できないの」
ラビの手から少女の震えが伝わってきた。目の前には倒壊した家屋から、路地から、屋根上から、スノーウルフが姿を現していた。
獣臭が増し、鼻が麻痺してくるほどの匂いが充満している。
「そ、そんな、こんなにたくさん。おねいちゃん逃げないと、早く」
少女の瞳には涙が流れていた。恐怖か、悔しさか、それとも両方か、少女の肩は震えその足はぴくりとも動かなくなった。本能がもう逃げることができないと告げていた。
「グルぅぅぅっ」
威圧するようにスノーウルフの一匹が倒壊した家屋から飛び降りてくる。
ラビもまたこれ以上は耐えることができなかった。
「アイカちゃん。私もう無理よ」
ラビの言葉にアイカはその涙目を向ける。
「やっぱりワンちゃんは清潔じゃないとダメだと思うわ? それにとても気が立っているみたい。あれじゃあ、凶暴になっても仕方ないと思うの。きっとご近所さんに文句言われるんじゃないかしら? わたしずっと我慢してたけど、これは問題よ」
少女は頭の上にクエスチョンマークを幾つも浮かべ、会話の内容を吟味し、噛合っていないことに気づき不安を覚えはじめる。
スノーウルフ達ははすでに飛び掛る体勢をとっている。あの数に一気に襲われたら、きっと骨さえ残らないだろう。
アイカは幼いながらも自分の生涯がここで終わることを悟っていた。そしてその最後に一緒にいるのが、勇者と言われ連れてこられたトンチンカン女だということに怒りさえ覚えてきた。
「そ、そんなことよりこの状況――」
「ゴーレムさん、ゴーレムさん。おいでくださいまし!」
ラビは叫んだ。
「??……」
少女は急に叫んだ女に訝しげな顔を浮かべ、瞬間――ドンっと地面を揺るがす衝撃に驚愕した。足元が浮き上がり、土煙がぶわり巻き上がり視界が消える。
スノーウルフ達の輪が後ずさる。
「――御意」
土煙の中に巨体が浮き上がる。煙が晴れると、その巨体が姿を現した。
「……ゴーレム」
少女は地面にぺたりと尻餅をつきその古の秘術により生み出されし魔形を見上げていた。
「ゴーレムさん。お願いがあるわ。まずはここにいるワンちゃん達を――」
ラビはその岩肌に触れ、ゴーレムに意思を伝える。
「御意」
奇怪な異音がゴーレムから発せられる。巨体が振動しその姿を変えていく。
その異様な光景に、スノーウルフ達も突撃することを躊躇いたたらを踏む。
ラビがスノーウルフの前に歩み出る。
「さあ、始めましょう。あなたたちの新らしい世界を――」
「グルルウぅぅぅっ――、ウオンっ」
ラビにスノーウルフが飛び掛った。




