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ゴーレムさんゴーレムさん  作者: 九重 まぶた
12/33

舞台の上では氷の女王

「いよいよ開演のときよみんな。今日は劇団ご都合の晴れ舞台。急遽、主演の女優がお腹を壊して保健室に運ばれてしまったときにはどうしようかと思ったけど――」

 

 先ほどの女生徒が衣装に着替えた二人をみやる。

 フジミノは豪奢な水色のドレスに着替えさせられ、キューリーは日本ではお馴染み黒子の恰好に身を包んでいる。


「おい……」


「二人の逸材を見つけることができたわ。なんとか間に合った。後はみんな思いっきり楽しみましょう!」


「「「おお!」」」


「……おい」


 緞帳の裏、劇団ご都合は一丸となる。


「ちょっと待て、これはどういうことだ」


「ああそうだったわ。自己紹介がまだだったわ。私二年の木見真由っていうのよろしくね。あなたは氷の女王として私の合図とともに水を出していただければいいのっ。あとはこっちでどうとでもできるわっ。それにしてもー、いいわやっぱりあなたは最高よ! わたしのイメージぴったりだわ」


 フジミノは後手後手だった。なぜかこの木見真由という女生徒のペースから逃れられないでいる。さきほど油断していたとはいえ、あっさりと腕をつかまれたことが尾をひいているのは分かっていた。慢心があった。


 認めよう。だからこそ今はへたな動きをするべきではない。

 どうやら私達はまだこの集落の者たちからは敵だと認識はされていないはず。もう少し様子を見るのだ。そうフジミノはキューリーに視線を送った。


 その視線を受けたキューリーはフジミノの意図は理解していた。が――、

 自身の衣服に視線を落とし、真っ黒なこの恰好に、なぜか、妙に、苛立ちを覚えていた。

 その間も女生徒はフジミノを褒めちぎっている。


「おい」


「さあみんな時間よ配置について!」


 キューリーを取り残しみな一斉に持ち場に去っていく。フジミノはあの強引な女生徒に引っ張られていく。そのフジミノの顔はまんざらでもない顔をしていた。


「……おい」


「おい、お前! お前はこっちだ!」


 その声がどうも自分に向けられていることにを察した。

 目の前にはトンカチを持ったうだつのあがらなそうな男がえらそうな態度でくいくいと親指で指し示した。


「――ああ?」


 一瞬、殺意が沸き起こり、この場でこの男、いやこの劇場ごと破壊の限りを尽くしてやろうかと、その指に蔓を纏わりつかせるが、フジミノの言葉が頭に過ぎり、寸前で堪えた。

 納得いかないが不承不承、トンカチ男の後についていく。


「ったく、いくら裏方のやす子が急な風邪で寝込んでしまったからって部長もこんな素人をよこしやがって劇を台無しにする気か。いいか? 俺は一度しかお前のやることを説明しないからな。丁寧に教えてやる時間もない。もしヘマをやらかしやがったらただじゃおかねー。この劇は俺たち劇団ご都合の晴れ舞台なんだ」


 それからキューリーは青筋たてながらも自分がやることはなんとなく理解した。


「開演しまーす」


 ブーっと音がなる。期待と興味に満ちた歓声が沸き起こる。

 キューリーはセットの舞台裏に用意された脚立に乗っていた。隣にはさきほどトンカチ男が同じように脚立に乗っている。

 脚立に乗るとセットの表、つまり劇が行なわれているところが真下に見える。劇を行なっている縁者には男の手に持たれた装置から飛びだしているワイヤーが繋がっていた。

 劇は進行し、たびたび男の手が装置を操作した。

 すると、説明どおりに演者がワイヤーにつられ宙を浮き、固まったような姿勢で左右に動いていた。

 人間共がたまに余興でやる演劇かとキューリーは理解した。ただ、こんなワイヤーで吊るシステムはなかったが。

 劇はどんどん進んでいっている。


「いいか、俺たちの仕事はできるか、できねーかだ。できねーんだったらいらねー。降りるならまだ間に合うぞ?」


 トンカチ男はぶっきらぼうにつぶやく。

 キューリーはその男の言葉に鼻を「フン」と鳴らした。

 口に呪文をつぶやき指先に集束した蔓をもう片方の演者に向ける。

 そして、ただのワイヤーアクションではなく多少アドリブを入れた動きをさせる。その精度はもちろん高く自然で、しかもダイナミックなものだった。

 トンカチ男は目を剥いた。


「――おま!?」


 一瞬、驚愕するが、すぐにそっけない顔に戻り、自身の仕事に戻る。

 劇は進み、ついに水の女王に扮したフジミノが舞台に出てくる。

 その姿は冷酷な印象をもつが、神秘的な美貌を合わせ持っていたため、観客からは溜息と感嘆の悲鳴が噴きだした。


「いいわー、やっぱりわたしの思ったとおりの逸材よ!」


 舞台脇から部長と呼ばれたあの強引な女生徒が興奮している。


「わらわは水の女王。汝、水の宝剣を望むのならば、その力を示すがよかろう。ただし、わらわも手加減はせん」


 薔薇のような口元が呪文を紡ぐと、フジミノの周囲に竜巻が起こり水の塊が出現する。

 観客が驚きどよめく。

 対峙する王子役の男が剣を抜き放つ。


「おい、やるぞっ」


 トンカチ男がワイヤー装置を操作し目配せする。それだけでキューリーもまた「ふん」と返事をし、その指先から植物の蔓をフジミノに巻き付かせる。

 対峙した両者が宙に浮き上がり、中国映画ばりのワイヤーアクションが繰り広げられる。それに重ねるようにフジミノの水の魔法が激しく展開される。水の塊が相手の剣にぶつかる瞬間、まるで断ち切られたかのように水の塊を分断させ、消失させていく。

 繰り広げられていくバトルに観客は熱狂していく。今にも舞台に乗り込んできそうな奴が警備員に止められている。

 水の女王の美貌に昏倒する女子達。

 王子が水の女王の懐に剣を構えもぐり込み、一閃。

 女王の口に含んでいた吐血袋と腹に仕込んでいた血袋が飛び散る。


「きゃーっ女王様―!」


 また女子生徒が昏倒する。

 王子が最後の止めとばかりに剣を振り上げ飛び上がる。

 バトルも終焉を迎える。

 トンカチ男がワイヤー装置をジョイスティックばりにコマンド入力した。


 瞬間――、王子に取り付けられたワイヤーが一本ブチッと千切れる音が伝わった。王子のバランスがぐらりと崩れる。


「――??」


「しまっ――」


 トンカチ男が歯噛みした。

 ――緑の蔓が横切る。

 王子の崩れようとしたバランスが瞬時に巻き付いた蔓によって吊り上げられる。


「――っ」


 トンカチ男が驚愕に目を見開き、蔓の主を見やる。

 キューリーは「ふん」とぶっきらぼうな表情で自分の仕事に専念する。

 トンカチ男は笑う。残った片方のワイヤーを操り、女王に止めの一撃を演出する。

 体育館にひび割れるほどの大歓声が沸き起こった。

 劇は終焉をむかえ、大団円で幕が降りる。

 トンカチ男とキューリーも脚立から降りる。


「ふん。こんなことに付き合うのは今回だけだ。わたしはいくぞ」


 キューリーはさっさとフジミノと合流して当初の目的を果たそうとこの場を後にしようとした。


「おい。キューリーだったけっか? 助かったぜ。お前さん、いい仕事するじゃねーか」


 まるで言葉に吸い寄せられるように振り向いた。

 トンカチ男は部員達に指示を出し、小道具などを片付け始めている。

 男はそれいじょうは何を言わなかったし、こちらを振り向くことはなかった。

 そういえば、あの男だけはわたしのことを幼女だとかちびっ子だとか言わなかったなと改めて思い返した。まあ、お前、お前とは言われたが、それは他の者に使っている言葉と同じもの。

 口は悪いし態度も悪い。ただ、あの男は外見で差別はしていないことに今更ながらに気づいたのだ。

 あのトンカチ男は生まれながらの職人というものなのだろう。

 キューリーは幼き頃に迷い込んだ人間の村を思い出した。そこで出会った職人と呼ばれる人間。確かにあの人間もまた外見で差別することはなかった。

 まあ、口も態度も悪かったが。

 キューリーは笑った。


「ふん。この世界も捨てたものではないな」


 いつぶりだろうか? 自分の仕事を褒められたのは。

 キューリーもまたそれいじょうは男を目で追うことは止め、本来の任務を全うするために裏方という舞台を下りる。


 そしてフジミノは王子の剣により倒れたが、その瞬間に巻き起こった大歓声を浴び、体の奥底から湧き出してきた不思議な気持ちに身震いした。

 フジミノは仰向けになりまばゆく輝くスポットライトに眉をしかめる。しかし、その顔はどこか満足気であった。


(なんだこの気持ちは……、心がむずがゆい。だが決して不快なものではない)


 もっと、もっと、この歓声を……。

 魔王軍では感じたことのない高揚感。人間共を蹂躙してもこんな気分は味わったことはない。魔王軍の幹部に認められたときもだ。うれしくはあったが当然のことだと思っていた。

 しかし、この舞台というのはいったい何なのだ。

 別の人格になり、しかも打ち滅ぼされてしまうにも関わらず、私は今、心が満たされている。

 幕が下りていく。鳴り止まぬ歓声が緞帳の向こう側からいまだ鳴りひびいている。


「お疲れ様。あなたの水の女王最高だったわよ」


 木見がフジミノの傍まできて手を差し出してきた。

 フジミノはとまどいつつもその手を掴む。


「劇団ご都合としては最高のできね。ただ、今後の公演がすごく大変そうよ。今回の成果はあなたとあなたのお友達のおかげといっても過言じゃないもの」


 木見は笑う。


「そ、そうですか。私は別にあなたの台本どおりに動いただけですけど」


 まっすぐに目を見てくるその木見の瞳はキラキラと輝き、フジミノに純粋な感謝と何か確信に満ちた色が浮びいじわるそうな笑みを浮かべている。


「あら、そうかしら?」


「どういうことですか?」


「だってあなた舞台の上でとても活き活きしていたわよ。今の顔だってあなたすごくいい顔してる。楽しかったんでしょ?」


 ――楽しかった?


 フジミノは自分の胸に手をあてた。先から感じているこの気持ち。その正体が分かったような気がした。そうか、私は、楽しかったのだ。

 こんな気持ち、魔王軍では味わったことがない。


「――っブラボー! あなたとても綺麗でそれでとても魅力的で、チャーミングぅよお!」


 突然隣から聞こえた声にフジミノは心臓が止まりかける。

 そこには派手な恰好をした男子生徒が天を仰ぐポージングをとっていた。


「あら? 帰国子女生徒会長の長谷川君じゃない」


「やあ、劇団ご都合の部長である木見君。今日の舞台はブラボーじゃないかっ。ぼくは興奮して舞台に上ろうとしてしまったよ」


 確か警備員に止められていた奴がいたなとフジミノは思い返す。


「木見君、こちらのお嬢さんはどこのどなただい? ぜひぼくの開催するミスコンご都合に出て頂きたい! ブッラボー!」


「ミスコンいいじゃない。あなたならきっと優勝よ」


 木見部長が手を叩き瞳を輝かせる。

 どうも勝手に話が進んでいっているように思える。

 元々の目的からどんどん遠ざかっていく気がしてならない。今回の舞台はあくまでこの集落の内情を偵察するという目的を急遽こしらえたために行なったこと。これ以上は時間の無駄である。なぜなら私は魔王軍の者なのだから。


「あ、あ、私はその、他にやることがあるから――」


 フジミノはなんとか二人の会話に割って入ろうとする。


「あら? でもあなた満更でもない顔をしているわ」


「――え?」


 その言葉に胸がドキンと跳ねる。


「おい、フジミノお遊びは終わりだ。いくぞー。……どうした?」


 キューリーが裏方の黒子服から女生徒の服に着替え戻ってくる。しかしどうも様子がおかしいことに訝しげに眉を捻る。


「おお! こっちにもプリティガールがぁ!」


 帰国子女の長谷川君がキューリーを発見すると瞬時に距離を詰め、その手をとる。


「君もいい! 君もいいぞお! ブッラボー! 木見君! この二人はぼくが連れて行くいいね!」


「いいわよ」


「おいっ! 何がどうなっているんだフジミノ!」


「キューリーこれは敵情視察を含めた潜入捜査です。いましばらくこやつらの懐で機を狙うのです」


 フジミノは手をもじもじしながら戸惑う幼女につぶやいた。


「はぁ~?」

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