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ゴーレムさんゴーレムさん  作者: 九重 まぶた
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ゴーレムさん

 蜂蜜色の陽が閑散とした放課後の教室にねっとりと流れ込む。開いた窓からは肌をすべるように撫でる風とともに季節の終わりをひぐらしの鳴き声が告げていた。


 静まり返る教室に三人の女生徒が夏の終わりのけだるい暑さがたまらないと、ワイシャツの第二ボタンを外し、下敷きで胸元を扇いでいる。

 露わになる若葉のような肌に朝露の汗が滑るように谷間に落ちていく。

 そんな彼女たちは机をとり囲み、どこか熱に浮かされた瞳で一枚の紙に視線を注いでいた。


 栗色癖っ毛の女生徒が花ひらく瞬間の蕾のように唇をふるわせる。


「ゴーレムさんゴーレムさん教えてください。彼、池目正義君の好きな人は誰ですか? 教えてください」


 五十音と鳥居のマークが書かれた紙の上、白魚のような傷一つない指たちとブロックのような無骨な指が十円玉の上に折り重なっている。


「御意……」


 重く鈍い声が無機質に教室に落ちる。

 ブロックのような指がズズズズッと動くと、三人の表情に、はっと緊張が走る。

 ただ、指が太すぎて紙の文字は見えない。

 それどころかグシャっとなっている。


「……い……」


 電子音のような声が響く。

 一人の指がぶるりと震える。他三人の瞳がはっと癖っ毛の女生徒に集まる。


「し……が……」


 電子音の発する言葉に、青い果実のような頬を一気に熟した果実のように赤くし、茶色の瞳がはっと見張る。


「……み……ら」


 紙はすでに指に引きずられぐちゃぐちゃに破られている。

 二人の女生徒が一人の女生徒に熱のこもった視線を張りつかせている。それはこれからつむがれるひとつの音を期待して。


「……び」


 女生徒たちの顔にぱっと花弁が開いたような笑顔が咲く。


「「きゃー」」

「ちょっと、い、し、が、み――石神って、ラビのことじゃん!」

「やっぱりそうよ。私は絶対そうだと思ってたもの!」

「だって池目君、ラビのこといつも陰からこっそり見ていたわ」


 祝福なのか野次馬根性なのかクラスメートが小躍りしはじめる中、ラビと呼ばれた女生徒も顔を真っ赤にさせ、信じられないと口元に手をあてている。


「ち、違うよ、そんなはずないよ。だって私、綺麗じゃないし、癖毛だし、身長だって小さいし、魅力的じゃないし。なのに容姿端麗思わせぶりな仕草が素敵な帰国子女を思わせる池目正義君の意中の人だなんて……」


 恥ずかしさと嬉しさかもじもじと人差し指を合わせている。


 彼女、石神ラビは告げられた名前の人物を想い浮かべる。

 池目正義。一週間前にこの学校にやってきた転校生である。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群。彼はすっかり学校で有名人になった。


 そんな彼が気づけばラビのことを見ていることに友人が気づいたのだ。

 友達のモブ子はそのことをラビに告げると思い当たる節でもあるのか顔を真っ赤にさせ、それでも恥ずかしさで否定した。そこでモブ子はひとつの提案をしたのだ。


 そう、『ゴーレムさん』


 あるかどうか分からないゴーレムによる超常的力によってその問いに解を得ようと、今回の放課後オカルト会が開催されるに至った。


 癖っ毛に溶け込んだ黄金色の夕焼けが沈みかけ、教室にはうす闇が広がりだす。

 ゴーレムが腕を突き出したまま微動だにせずに次の命令を待っていると校内に下校を告げるチャイムが鳴りはじめた。


「こら! お前らいつまで残ってるんだ。もうすぐ校門閉めるぞ! はやく帰れ」


 居残り組の生徒の声を耳ざとく聞きつけた角刈りの体育教師が立っていた。教師は大きな胸板の前で腕を組み威厳のある顔で彼女たちに帰宅を促す。

 モブ子たちも肩を竦め、お互いに顔を見合わせ、舌をぺろっとだし苦笑しあう。


「「はーい」」


 体育教師は片目をつむり悟ってもいないのにどこか悟ったような表情でしょうがない子達だと溜息をついている。


「いこ、ラビ」


 一方いまだ顔を真っ赤にさせていたラビはモブ子の言葉にようやく我を取り戻し教師がいることに気づき慌てて立ち上がった。


「あ、待って。行こ、ゴーレムさん」


 グシャグシャの紙の上に指を置いたまま(心なしか机がひしゃげている)微動だにしなかった塊がラビの言に反応する。


「御意」


 塊が揺り動き主人の声に従い動きだした。

 鋼鉄製に設えられた床が、彼が歩く度に軋みをあげる。地鳴りのような振動が体育教師に伝わり角刈りが縦に揺れる。

 女生徒三人と岩のようなゴーレムが教室から立ち去ると、うす闇ととも静けさが満ちていく。


「ったく、若いやつってのはどうしてこうキラキラ輝いてやがる。精一杯青春しろよ」

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