とある令嬢の選択ミス~好きな相手の婚約者を突き飛ばしたら、人生転がり落ちました
「顔を上げずにお聞きなさい、アメリア・ブランドン!あなたにハリーは相応しくありません。さっさと身を引いて修道院へ入りなさい。」
ドンと背中を押されて倒れたアメリアは顔を上げることも許されず、罵声を浴びた。トドメとばかりに扇で肩を叩かれ、ビクリと震えると相手と取り巻きの令嬢たちは満足気にその場を立ち去った。
カツカツという靴の音が遠ざかるのを聞いてアメリアは顔を上げ、後ろ姿を確認してからため息を吐いた。
立ち去った相手ソフィアはこの国に現在ただ1人の未婚の公爵令嬢である。王女は隣国に嫁に行き、最高位の独身令嬢となった。学園での成績はトップ。輝く銀髪に赤い瞳は周囲から羨望の眼差しで尊敬されている。おまけに父は外務大臣でソフィアを溺愛している。望む物は何でも手に入る素晴らしい父である。
最高学年まであと1年。
最高位には最高の男性が相応しい。王子とは軒並み年齢が離れており、尚且つ既婚者であるため、現在正妻を持たない最高は王弟の息子ヘンリー公爵令息である。金髪に青い瞳、下位ながらに王位継承権も持つ文武両道で美丈夫のヘンリー。ソフィアよりも6歳年上で、領地経営に辣腕を奮っている。
その婚約者が先程突き飛ばした同い年のアメリア・ブランドン伯爵令嬢である。平凡な茶髪に黒い瞳、優秀な学生のいる特別クラスではなく、平民も多く学ぶ芸術クラス。マナーこそ伯爵令嬢らしく教育されている以外、学園では目立たない令嬢だ。
ヘンリーとはファーストダンスではないが夜会で何度も踊っている。輝く瞳でソフィアを見つめ、ドレスをうっとりと褒めてくれている。個人的な付き合いは無いが、婚約者を気にしてのことだろう。
次の日登校すると取り巻きの1人、アメリアを突き飛ばした子爵令嬢が学園を休んでいた。アメリア本人も休んでいるようだが、ソフィアの気にはならない。平然と登校するのが淑女たるものだと思った。
帰宅すれば父から呼ばれ、ヘンリーの母である大公夫人から週末に大公邸での母同伴のお茶会の誘いを渡される。アメリアが身を引いて、ヘンリーはソフィアにやっと手を伸ばしたのだ。もちろん誘いを了承し、今まで仮の婚約者だった宰相令息との婚約解消を父に強請った。もちろんこちらに疵がつかないように噂を流してほしいと。父は困ったように眉を下げたが、同席した母も一緒に乞うと頷いてくれた。
週末が近づくにつれ、周りの令嬢たちが次々と休んでいく。タチの悪い風邪ならば困るとしか思わなかった。
お茶会当日、大公邸を訪れると早々に母は夫人に誘われ室内に。ソフィアはヘンリーが待っていると執事に庭園にあるテーブルに案内された。
色とりどりの見事な花々と生垣を通り抜けて現れたテーブルセットにはヘンリーと、アメリアが並んで座っている。
「…どういう事ですか?ハリー様。」
咄嗟に失礼のないよう問いかけたのは淑女教育の賜物だ。若干刺々しくなったのは否めないが、及第点であろう。
ヘンリーはにこやかに立ち上がりメイドにお茶の準備を命じ、ソフィアの手を取って椅子に案内する。
「ようこそ、我が家へ。ソフィア嬢。まずは座って、自慢のお茶をどうぞ。あと私の事をハリーと呼ぶ許可はしていないと思ったけど。」
紳士的な振る舞いと貴族的な威圧に負け、向かいの席に座ると、ヘンリーはすぐにアメリアの隣に座り直した。
メイドが準備を終え席から離れると、ソフィアはヘンリーに目を向ける。
「ヘンリー様、これはどういう事でしょう?お茶とヘンリー様との話を楽しみに私は参りましたのに。」
チラリともアメリアの方を見ずに、眉を下げ困惑した表情を作る。
本当に楽しみにしていた。ヘンリーからの愛の告白を。その為に自分が1番輝く蒼のデイドレスを着てきたのだ。夜会専用のサウザントという店は、気に入った相手にしかデイドレスを作らない。金を積まれようとも、位が高かろうとも関係ないのだ。ソフィアは選ばれた令嬢だ。例え元婚約者からの贈り物であっても、ヘンリーからの求婚に相応しいのはこのドレスであると確信している。
それに比べてアメリアはどの夜会でもシンプルな装いばかりで今日のデイドレスだって折角の大公邸にも関わらず、黄色のシンプルなドレスである。
「困ったね。母は2人きりだと書いていないと思うが。」
そう困っていない様子でアメリアの方を向くヘンリーの言うことは間違っていない。であれば、追求だろうが。たかだか大公令息の婚約者と言ってもまだ籍は入れていない。つまりただの伯爵令嬢だ。公爵令嬢たるソフィアが学園内で罵っても、ヘンリーから糾弾されるほどのことでは無いはず。思考を巡らせていると、ヘンリーがソフィアの方を向いた。
「ミラがね、ソフィア嬢に身を引いて私と婚約解消するように言われたと聞いてね。物は試しにお話ししてはどうかと言うんだ。」
修道院へ行けと言ったのはどうやら隠して、ソフィアを薦めたらしい。ミラと愛称で呼ばれるアメリアは立場を弁えた人物だったようだ。であれば何故ここにいるのか。困惑した表情でアメリアを見れば、意を決した表情で、アメリアが口を開いた。
「ソフィア、お義姉様。と呼ばなければならなくなるかもしれないからとヘンリー様が同席するようにと仰るのです。」
言いながら段々目線を下げる地味な伯爵令嬢に更に疑問が浮かぶ。
「何故私を姉と?仰っている意味が分かりません。」
「それは私から説明しよう。もし万が一私とミラが婚約解消をした場合、ミラは我が家の養女になる。だからお義姉様と言ってごらんと言ったんだ。ミラ、ハリーお兄様だろ?」
初耳な内容に唖然としていると、向かいのヘンリーが楽しそうにアメリアの頭を撫でた。イライラとしながら少し冷静になる。よく分からないが、義理の妹くらい大したことでは無い。それでヘンリーと結婚出来るなら瑣末な事だ。
「では、嫁ぐまでアメリア嬢が妹になるのですね。」
「いや、嫁がないからずっとミラは一緒に暮らすよ。」
驚きに自分の目が見開くのがソフィアには分かった。
「有り得ません。貴族の子女は嫁ぎ、後継を産むのが務めです。」
これが大前提で、政略か恋愛かは親の格で決まると言ってもいい。
「ではやはり、ミラが私の妻になるのが1番だな。」
ダンスの時のようにうっとりとした表情でアメリアを見つめるヘンリーに、思わずソフィアはテーブルに拳を叩きつけた。
「もちろんアメリアを愛している以外にも理由はある。説明しても?」
「是非お願いします。」
ソフィアの選択は1つだった。
ソフィア嬢はブランドン伯爵領が繊維業で成り立っていることは知っているね?
元々伯爵は商売が上手かったが、ここまで発達したのはアメリアが大きな理由だ。久しぶりの女の子の誕生に領民は喜んでね、商家は伯爵にこぞって自分の作った服を贈った。それを披露する度にその洋服店は大繁盛。そのうち伯爵がコンテストを行い、より良い素材、デザインが集まるようになった。
それが王都のご婦人たちの目にも止まって、王家にまで波及した。その流れから御用達のデザイナーも領民の中から現れて、他国にも誇れる一大名産になったんだ。
そしてミラ自身も才能があってね。刺繍というよりはレースとかお針子の腕が凄いんだ。宝石を縫い止めるのも、ニュアンスもミラが仕上げをすると一味違う。王妃もお気に入りだよ。
当然王家も縁続きになりたくなる。その時1番相応しいと成ったのが私でね、所謂王命だよ。伯爵は自分の娘が不幸になるのを危惧して婚約解消になった時は養女にするように、無理ならすぐに領地に引っ込むと条件を出してきた。婚約した時から今まで、私も両親もミラの事が大好きだから養女でも問題ない。ただ嫁がせるのは身を引き裂かれる思いだ。だから僕達は結婚するのが相応しい。
「お針子ですって?」
途中までは分かったが、お針子の令嬢を次期公爵が愛すなどおかしい。領地でやればいい。
「お針子さんなんてしていたら、公爵夫人の仕事はどうしますの?パーティーは?」
夫人の仕事は忙しいのだ。人のドレスなんて縫っている暇はない。
ふと名案が思い付いた。私が正妻になれば。パーティーや屋敷を取り仕切って差し上げて。アメリアさんは妹のまま妾になれば良い。そうすれば…
ソフィアはそこまで考えて自分の過ちに気付いた。それではヘンリーの元に嫁ぐ意味は無い。自分が愛されない公爵夫人になり、愛も恐らく後継もアメリアが得るのであれば、パーティーの痴れ者である。
それならば元婚約者の方がよっぽどいい。彼はソフィアを尊重し、我儘を聞いてくれる。次期宰相夫人としてヘンリーとアメリアを笑い物にする方が気持ちよさそうだ。
それならば早く父に婚約を再びお願いせねば。
すっと立ち上がり、見事なカーテシーを2人に見せる。
「お2人の事情は把握しましたわ。邪魔者になってしまい、申し訳ございませんでした。どうぞ仲良くお過ごしください。」
体勢を戻すとヘンリーは満足気、アメリアは呆気に取られている。アメリアの理解の遅さに少しイラッとした。だから蛇足を続けた。
「けれど伯爵令嬢如きに公爵夫人が務まるか不安ですわ。お手並みを拝見させていただきますね。」
扇で口元を隠して邸への道に体を向けると、そこには大公夫人と真っ青な母、それに王妃がいた。母より10歳は上のはずなのにそれより若く見える、王が寵愛する王妃だ。
「あら、私が合流する前にお茶会は終わったようね。」
この国で1番尊い女性は薄らと笑みを浮かべ、慌ててカーテシーをするソフィアの横を通り過ぎた。そのままアメリアの隣に行き、テーブルの下で隠れていた包帯が巻かれた手を取る。
「どこぞの令嬢に突き飛ばされて怪我をしたと聞いたわ。お見舞いに来るのが遅くなってごめんなさい。」
優しい声で手を撫でる姿にソフィアの体は震え、アメリアもビクついている。
「お見舞いなど、もったいないです。王妃様のドレスは予定通り完成させますので、問題ありません。ご心配おかけしました。」
震えていたとは思えないほどしっかりとした声で受け答えをするアメリアは、王妃の目を見つめ頭を下げた。
「無理はしないように。日にちには余裕があるから、しっかり休みなさい。」
アメリアを労る言葉を投げかけ、扇で口元を隠せばソフィアに視線が移る。
「聞こえてしまっただけだけれど、このお嬢さんは威勢がいいのね。伯爵令嬢から王弟殿下に嫁いだ夫人への当てつけかしら。どちらの娘なの?」
ソフィアの背中に冷や汗が伝った。もちろんアメリアのことを言ったつもりだが、大公夫人への嫌味とも取られかねないのは事実だ。
「私の娘にございます。」
アメリアよりも震える声で母が反応し、大公夫人に頭を下げる。
「いいえ、気にしておりません。昔貴女がよく私に言っていたことではありませんか。娘さんも同じことをそっくりな口調で言うのは親子の証ですね。」
夫人はにこやかに話し、アメリアに顔を向けた。
「アメリア、貴女の勘違いだったでしょう?伯爵令嬢だった母を持つヘンリーに、ソフィア嬢は想いを募らせませんよ。」
「そうだよ。しかも彼女の婚約者は私が弟のように可愛がっている男なんだ。君にこの美しいドレスを頼み込むくらいに思っている相手なんだから、今日は披露しに来てくれたんだよ、きっと。」
ソフィアは混乱した。ヘンリーの母に母が嫌味を言っていたなんて聞いた事はない。元婚約者からヘンリーの事など紹介されたこともない。
「あの、アメリア嬢に頼み込むとは?」
何よりも気になるのは、このデイドレスを頼み込むという言葉だ。
「これはサウザントのもので。」
「サウザントは我が公爵家とアメリアの伯爵家が合同で出資したアメリアがオーナーのブランドだ。デイドレスはアメリアが許可した相手にしか作らない。君の婚約者が『仲を改善したい。』と言うから、アメリアが折れたんだ。君はいつもサウザントを贔屓にしてくれていたからね。まぁ無理もたくさん言われたようだけど。」
「でも、もう無理は言えないわね。オーナーの手を怪我させたんですもの。」
知っていると暗に王妃に言われ、ぐっと喉がしまる。ソフィアが返事をする前に、すっとメイドが現れて大公夫人に耳打ちをする。
「公爵がお迎えにいらっしゃったようです。今日はここでお開きとしましょう。」
逃げるように公爵邸に戻ると、自室に戻るように父親から命じられた。父が珍しく難しい顔をしていたが、母の顔色は元に戻っていたから大丈夫であろう。と、ソフィアは部屋に運ばれた夕食に思った。
翌週授業が始まると先週から休んでいた令嬢は自主的に退学したと教師から伝えられた。内心とは裏腹に素知らぬ振りで過ごしていると、歳上の令嬢たちにすれ違いざまに扇で顔を隠された。
帰ると母は居なくなっていた。離縁して実家の公爵家に戻したと父に言われた。
「宰相令息との再婚約は諦めてくれ。陛下に言われたよ。『妻と娘の言うがままにしか動けないなら、他国との交渉も出来るまい。』と。大臣も外されそうだ。」
落胆する父の隣でソフィアは唇を噛み締めた。
次の日学園で宰相令息に文句を言いに行けば、いつもソフィアと対面していた笑顔のまま口を開いた。
「君はハリー様と結婚するから、私と婚約解消したと聞いているよ。もちろんハリー様はアメリア嬢と結婚すると思っているけれど。私はすぐに王妃様から侯爵家の令嬢を紹介されてね。婚約者を事故で亡くされた方で瑕疵は無いよ。お互いに政略結婚の相手だったが今度こそ成婚出来るように頑張ろうね。」
わざと人前で話し掛けたことにより恥を晒せず、強がりを言って別れざるを得なかった。
別に学園など行かずに領地で暮らしたいと父に相談すると、反対された。陛下に釘を刺されたらしい。修道院に逃げてほとぼりを冷まそうと思うとそれも駄目だという。
「『貴族子女は嫁ぎ、後継を産むのが務め』なのでしょう?ヘンリー様が広めているそうよ。」
公爵家の後継である甥を胸に抱き、揺らしながら義姉にソフィアは言われた。赤ちゃんを産んだ次期公爵夫人である義姉は侯爵家の出身でソフィアに今まで文句は言わない害のない女のはずだった。
「あなたにはサウザントは疎か、他のドレスも売らないそうよ。アメリア嬢は繊維業界から崇め奉られてる方だから。」
嫁ぎ先が見つかるまでは学園で針のむしろの罰を受けている間に季節は巡って1年経った。社交界では流行りのドレスは変わり、ソフィアの話題も飽きられていた。
そんな頃父が縁談を持ってきた。隣国ではない子沢山な他国の末子の王子妃である。
「教育された令嬢が必要だそうだ。白い結婚では無いことを理解しろ。」
これに縋るしかない事は分かっていた。この国での結婚は絶望的だ。義姉はどんどん態度が冷たくなり、メイドたちもよそよそしい。
嫁ぐ前日の夜、父に部屋に呼び出された。
「お前は容姿もよく、頭も良かったはずだ。ただし傲慢で選択を間違える。くれぐれも嫁ぎ先では選択を間違えるな。謙虚に慎ましく生きよ。」
今生の別れは娘のことを思った注意だった。
ソフィアの嫁いだ先は何カ国も超えた先にある一夫多妻制の国だった。ソフィアの学んでいない言語だったが、通訳兼教師をもらえた。
夫は10人兄弟の末子で年齢は2つ上、容姿が良く、優しく、何故か妻はソフィア1人だった。理由を聞くのは禁句だと通訳に教わり、父の言葉通り謙虚に受け入れた。
他の王族と関わることは少なかったが、装飾品や使用人に差をつけられていることは分かった。通訳曰く、子の有無で待遇が変わるという。公爵令嬢時代と同じくらいの生活だったが、欲が出た。
ソフィアはそれから子を作るために頑張った。食べ物に工夫をし、夫をその気にさせるために香も焚いた。
3年経っても子が出来ず、ソフィアはまた選択を間違えた。誘いをかけてきた夫の兄と密通したのだ。あれほど駄目だったのに1度の過ちで大きくなった腹を見て、夫は軽蔑の眼差しを見せ、部屋に戻って来なくなった。産まれた子は男の子で、夫の兄の子である事が影により証明された。子供と引き離され、夫に離縁されるとソフィアは貴族専用の牢に入れられた。不義密通の罪である。刑が決まるまで牢には反省を促す為か書籍が何冊も置かれており、ソフィアは本を読むしか娯楽が無くなった。
用意されていた法律の本を辞書を使って読み解くと、男性に子種が無いことはこの国では言ってはならないらしい。
ソフィアはやっと気付いた。元夫は子種が無かったのだ。だから他に妻は居なかったし、嫁いできたソフィアに優しくしてくれたのだ。子が出来て裏切りがバレたのも納得である。
父は言っていた。謙虚に慎ましくと。また間違えたことに気付いたソフィアは牢の中から元夫に反省の手紙を書き、選択肢があると間違えるので強制されることを願った。
結果、ソフィアは牢内で母国の本を翻訳する仕事に決まった。優秀な頭脳を使って、朝から夕方まで毎日淡々とこなすことが天職だった。
☆
「ミラ、いつも君は婚約解消したがっていたけど結婚してしまった。ごめんね。」
初夜のベッドの上、向かい合わせに座ったヘンリーはアメリアの頬を優しく撫でた。
「解消したがっていたわけではありません。私よりも相応しい令嬢がいると思ったのです。」
手を重ねたアメリアをヘンリーはうっとりと眺めた。
「君の初めて作ったウエディングドレスは美しかった。夜着のレースも最高だ。」
アメリアの手掛けた仕事を褒め称えるヘンリーにアメリアは苦笑いを返す。
「いつもの昔話もお願いします。」
目を輝かせるヘンリーを止めようと、アメリアは出会いの話を強請った。大体この話が終わると、ヘンリーは落ち着くからだ。
「ミラとの初顔合わせの時、君はまだ幼くて。テーブルの上にあった苺を手掴みで持って潰したね。僕が驚いていると、君は母上に目をキラキラさせながら『お父様のネクタイをこれで染めたい。』とはしゃいで、まるで天使だった。」
「あの時は父の誕生日プレゼントのネクタイを染める色に悩んでおりまして、恥ずかしいです。」
何度言われても耳を赤くするアメリアに頬が緩み、ヘンリーは続けた。
「自分の子供もこんな風だったら良いのにと。天使となら良い夫婦になれるだろうと惚れたんだ。君の婚約者の役目を他に取られなくて、大公の息子であることを感謝したのはこれが1番だね。」
「夫の役目まで引き受けてくださり、ありがとうございます。」
最近は言われなくなっていた天使発言を聞いて、恥ずかしさより疲れが上回ったアメリアは目を伏せた。ヘンリーは元々ドレスに関して美辞麗句が多い。周りの説得で少しだけ減らしていたが、今日は長年かけたウエディングドレスに興奮し過ぎているようだ。普段のドレスが簡素だったのは、ウエディングドレスに力を注ぐためである。ひと針でも飾りを増やしたかった。
「言っておくけど、私が興奮しているのはミラとようやく結婚できたからだよ?」
アメリアの心を読んだような言葉に、思わず顔を上げると至近距離にヘンリーは寄っていた。
「そしてこれから初夜を始められることにも興奮している。いい加減理解しなさい。アメリア、愛しているよ。」