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第48話 異世界徴税官

イシュの都、王宮の離れ舎。何もない、長い箱型の広いその離れ舎へ組み立て式長机や丸椅子が、扉も壁もない大きな出入口を通って運び込まれている。壁には籠状の金属が打ち付けられており、そこには束ねられたたいまつの火がごうごうと立ち上っていた。


巨大な籠に入った野菜、豚2頭、牛2頭。


野菜の量は、10人が飛び込んで埋もれる量。


イシュの行政官ひとりが出入口右端に立って帳簿へ書き込んでいる。


入って来る人数に終わりが訪れた。若い行政官は覚えるようにその書き込みをじっと目に焼き付けた後、その紙をばらばらに破り捨てる。


「おい」


びくりと首をひっこめる行政官。視線の先にいたのは赤毛の男。


帳簿を壁にすると同時に、顔隠すように縮こまる行政官は、赤毛の男へ首を振る。


「叩かないでください申し訳ございません!」


赤毛の男はぼりぼりとうなじを掻きむしった。


「いや。(あんときは)すまん。だから、まあ、あーぁ、話がある。叩いてしまった理由だな」


若い行政官は帳簿の端から赤毛の男を覗く。


赤毛の男はため息をついた。


「なんていうか。徴収で会ったときのお前は変な目ぇしててよ」


若い行政官はぎこちなく首をかしげる。


そのしぐさを何度も見たことがあるかのように、赤毛の男は目を細めた。


「お前、普段から薬草吸ってるだろ。悪酔いひどいな」


鼻をすんすんとするように若い行政官を眺めた。


脳裏に、遭遇したことのある数十人の人物を思い浮かべる赤毛の男。返納祭の暇な時間、退屈しのぎにすり潰した薬草を摂取する嗜みがある。


「よくわかりませんが……でも情勢について知らないわけじゃないですよ」


若い行政官はにやりと、引っ張るような笑みになる。


「こう見えて出世の舗装ほそう道歩いてるんですから。この場にいるってことはそうでしょう?私にはあなたたちのような強さはありませんが、ここは強いんですよ」


自らの頭と股間を指さす、若い行政官の言葉は流浪の民のものだった。


赤毛の男は腕組みをする。


「知らんな。子どもですらもっとうまく話す」


拙さが残る訛りに、赤毛の男は鼻を鳴らした。


しかしその目は別の色を帯びている。頭を指し示したとき、その脳裏に琥珀の色を描いているようだった。


「冗談が上手くなりたいですよとほほ」


若い行政官は姿勢を正す。


ひそひそとかすれたような声を出した。


「ところで、イシュの行く末に興味はおありでしょうか?気分を害してしまったお詫びに国家機密を小声でお教えしますよ」


男は首を振った。


しばらく間を空けて、口を開く。


「ああ、ある」


「いやどっちですか」


男は少女の姿を思い描いていた。


「博愛公って誰のこと言ってる」


「うーん……閣下のことは……」


行政官は、琥珀の少女へ目線を投げた。


紺碧カルプラクト公の代わりに……とだけしかお伝えすることはできません」


若い行政官は、赤毛の男を覗き込んだ。


その顔は、湯気を立ち上らせているように険しい。


「難しいですか?これで私が出世街道のお偉いさんだって分かりましたかね」


「もういい」


赤毛の男は踵を返した。


「あ!待ってくださいよ話は終わってません」


「は?」


振り返った赤毛の男は行政官を睨みつける。


しかし行政官のその澄み切った目は、まっすぐ。


流浪の民を見渡すようだった。


「いつもありがとうございます。国家が承認した強盗だとか、食べ物や靴とか服とか物を生み出したりしない自己中な生き方とか言われてますし、労働をしないとか金持ちだとか埃被りとか罵られてますけど」


行政官は、親指立てた左手のひらを、胸骨と重なるよう胸に当てる。


最敬礼。


「あなた方こそ、日陰のない日照りあらんことを」


赤毛の徴税官は目を、強くしばたたかせる。


「ああ」


口元に笑みをたたえ、困ったような形に片眉上げて頷く。


行政官はしたり顔で鼻を鳴らし、満天星空の凍える暗い夜道へ進んでいった。


男は左端へ視線を向ける。そこに立っているのは琥珀の少女。


二の腕抱くような腕組みをしている少女は、中へ体を向け、夜空へとそっぽを向いている。


まだ固さ残るが、溶けてやわらかくなった薄緑の目。


宴の席へ戻る赤毛の男。


式次第を頭に思い浮かべるよう、あたりを見渡す。長机は五つ。机の天板はただ載せられたような造りになっており、ぐらぐらと不安定。


隣には義手の男。蜜色の目をみつめて頷けば、同じ色で頷き返す。


旨みを感じる匂いに鼻をくすぐられた。


左手側、正面へ視線を向ける。


湯気溢れる丸い壺上の大鍋から、食べ物の香りが広がっていた。


その鍋の前では、長が目を閉じ、場の静まりを待つかのように目を閉じている。


十数秒後。あたりは風の音だけとなった。


目が開かれる。


「勝手に占拠し、勝手に食べ物を拝借し、勝手に寝床とし、勝手にこの場において慰労の儀を執り行う」


長は大きく息を吸う。


「ご苦労であった。此度(の返納祭)は、かき混ぜるような動乱の最中開かれたことにより、血を流すほどの多忙な業務を完遂する運びとなった」


長は重い息を吐く。


「今ここに、ご先祖様おわすお天道様のもとへ帰った同胞の御霊を申し上げる」


空気がうねった。


名前がそらんじられる。


諳んじられるたび、必ずひとり、その長の重い息を受け止めたように、揺れ動いた。


それは、鼻を掻く、頭を掻く、口を噛む、二の腕を掴む、髪を抜く、などの仕草。


「207名、御霊となりお天道様へ帰った。死によって振り返ることはせず、その遺志を継いで、代わりに強くあろう」


長は空気を換えるように、あたたかな風を吹かせた。


「哀悼の念は断ちがたいが、別れあれば出会いもある」


義手の男はそれを合図に立ち上がり、後ろへ向かう。


琥珀の少女のもとへ。


少女は縮こまるように、胸の前、両手包むように握っている。


義手の男は手を差し出した。


少女は後ずさる。そのぶんだけ、義手の男は手を差し出す。


そっと指先を前に出した少女。


その手首を掴んだ義手の男は、長机まで引きずり込む。


少女は怯えるように首をすぼめた。


「“混血の始まり“に倣って、これより婚姻の儀を執り行う」


混血の始まりとは、流浪の民がそう呼ばれる所以となった出来事。


「砂漠と氷河のロスアリグ、琥珀とひまわりのタフィリア、前へ」


赤毛の男は席を立った。


手放された少女タフィリアは立ち止まる。


息が止まった。


交じり合う。


陽の光透かした瑞枝みずえの葉、その瞳。


陽の光透かした下枝しずえの葉、その瞳。


日照りを浴びる薄緑の葉。


日照りに隠れる、下枝しずえからはらりと落ちた枯れ葉。


赤毛の男は近づいて手を差し出した。


少女はその大きな手に、そっと右手を乗せる。


赤毛の男はそれを包み込むと、少女はそこに左手を重ねた。みなの前へ出る。


腕をvの字にし、wの字に手を握るような様。それは“誓いの結び”と呼ばれる。


少女はゆっくりと目を赤くしていき、口元を隠すように押さえた。


手を握る赤毛の男は、脳裏に父の言葉を思い浮かべる。


“結婚するとき、こういえばいい。お前のかあちゃんにはそう言った。いちころだぜぇ”


赤毛の男は同じ口の形を取った。


「たとえ死んだとしてもずっとそばにいてくれ」


少女は血の色で耳を赤くし、強く頷く。


「はい」


風が吹くような拍手巻き起こった。






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