第47話 空砕き
白金の女は、閉じた目で夜を眺める。
閉じた瞳には、その障壁炉を中心として、点在する街々に丸い囲い現れたことが映っていた。
その囲うような障壁の境目では、突然現れた壁へ、押しつぶされるように肉塊がひしめき合っている。
閉じた瞳開いた白金の女は、山々に囲まれた平原の、その凍える夜空へ飛び出した。
空に浮かぶ、腹が切り開かれてはらわたを脚のようにぶら下げた肉塊の上に着地。その肉塊は、馬、熊、猫、蛸、象などあらゆる生物の摂取口と排泄口がつながっているような様。
白金の女はじゃらりと全身の飾り物を鳴らす。
流浪の民の所有物は、血の絶たりなく先祖代々受け継がれてきたもの。白金の女は、それを重ねて、ゆらりと揺らす。
肩にかかっている飾り物から、涙のように磨かれた石を取り外した。
白金の女はそれを太陽のように掲げ、閃光をきらめかせる。
黒い海で水浸しだった平原が、盛り上がったように動きはじめた。
それは、すべてひとつひとつが真っ赤な大口をあける肉塊。
その太陽のような閃光の、こびりついて消えない残光を追いかけて、手を伸ばしているがごとし。
海原が沸騰するように、下から、肉塊が肉塊を踏みつけて、白金の残光へ這い上がる。
黒い海の迫る勢いは天変地異の威容。貫いて吹き上がるように、空浮かぶ肉塊ごと、その勢いに夜空へ打ちあがった。
膝を曲げた白金の女は、脚を高く上げる。静かな姿勢。
月へ脚を突き刺すかのように、回し蹴り。
その途中、横方向への動きが生まれたときだった。
ひゅ。
音が消える爆風。
それはイシュという国を吹き抜ける。
大地と天上を縦向きにひっくり返したように、黒い海が横へ滑り落ちた。
雲は濁流のように流れる。平原を囲む山は黒い水しぶきに削られていき、大地はめくり上がる。
イシュの都では、法の塔が細木のように傾き、貧した建物、老いた建物はなぎ倒され、夜警に就いていた流浪の民は壁に叩きつけられ、寝静まっていた者は寝返りをしたように寝台から転げ落ちた。
世界が横へ落ちていると錯覚させるその衝撃。
一輪へ突き刺すような一撃は、まさしく月を蹴破った。
粉々に砕け散った灰色の月。
それと同時に、空が砕けるように剥がれ落ち、満開の星々がその瞳を瞬かせる。
空砕き。
夜は薄れて、地平線の向こうにあけぼのの薄明がうすら灯った。




