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第44話 日陰

イシュの巨大な塀。西門


返納祭始め、流浪の民たちがよじ登った地点反対。


集まった流浪の民たちは、40人程度。みな大きな革鞄を背負っており、それには、税として徴収したまりょく納めた、四角い道具まどうぐが満杯に詰まっていた。


長を除き、義手の男、赤毛の男、背筋伸びた杖持ちの老人(ルノ)を筆頭に、獣のような目をした者たちが揃う。


その集団の正面、硝子の箱型灯火を手から引っさげたイシュの行政官と、琥珀の少女が立っている。少女の装いは、流浪の民の衣装ではなく、隣国において一般的な傍仕えのもの。長方形のような形であり、色はりんごの身を思わせる淡い着色。


流浪の民の集団から少女への視線の色は様々。


訝しむような色、無関心な無色、淡白な蜜色、苦々しい薄緑色。


行政官の、まりょく半減の疲れを醸し出している顔が、灯火で暗く浮かび上がる。


「わからないところはありませんよねしっかり説明しましたよ詳細は博愛キールリル公の忠実な従者タフィリアにじゃあ行かせていただきますので」


行政官は早口にまくし立て、灯火を地面に置き、街の中心のほうへ走り去った。


その護衛をするかのように、少し離れた位置にいた流浪の民が行政官の後ろをついてく。


叩きつける凍える風。


40数人一様に、息を整えていた。


動悸のように大きくなる心拍。


ひとつひとつ太陽である満天の星空は、夜に遮られている。


その暗さは、己の手を見ることさえ難しい。


「行政官!もう動くな一回止まれ!」

「しー!静かに!」


夜。それはまぶしさに手をかざす午睡ごすいが終わるとき。


西の地平線、夕薄明の残り陽が消え、凍える風、止まった。


耳に渦巻いていた音が消える。


心臓のえずきが聞こえた。


「しーっ!」


夜。それは冷たい目覚めの時。


じとり脂汗浮かび、臓腑縮こまる。


「動くな止まれ!」


風のように、まりょくが収束。あちらこちら、見境なく、あらゆるところ。


その力の収束にあてられ、イシュの都あらゆるものが震える。


夜。それは人々が床に就く時。


息を噛み殺し、鼻をすする音さえ塞ぎ込む。


その収束は全ての賜りものから熱を奪った。


「止まれ!」


夜。それは昼から追い出された者たちのかがやき。


その天上。


目を開けるように。


一輪の、灰色の満月が降臨した。


せき止められていた凍てつく暴風。それはすべてをなぎ倒すように吹き付ける。


耳に渦巻く風の爆音。


真っ暗な夜を太陽に代わって照らす灰色の月光。


義手が機能停止したように、火花を散らす。


「あ!あ!」


行政官の叫び声。


収束した熱は形を成す。夜のように黒く丸いいびつな肉塊。


きりきり、きりきり。


その肉塊は、行政官の腰から上をかじり取るように現れた。


顎裂けたような、真っ赤の光熱帯びるその大口。


きりきり、きりきり。


行政官の後ろに付いていた流浪の民が、腰の道具まどうぐを鎚と成し、現れたと同時に叩き飛ばす。


肉塊が黒い油のように重たく飛び散った。


きりきり、きりきり。


飛び散ったその肉塊はへばりついた場所に一部だけ残し、小さなねずみ、虫、鳥、犬の脚、うさぎの耳へと形を変えて素早く這い、飛び跳ね、溶け込んで元の位置へ戻る。


行政官の襟をつかんで引き戻した流浪の民は、そのまま肩に担いで走り去った。


収束した熱、黒い肉塊はありとあらゆるところに現れる。


風船のような体に、大小不揃いの目、開いた口から木のような体が飛び出し、その木には鹿のような角生やした芋虫が木の実のように成った肉塊。


きりきり、きりきり。


むしられた翼を胴体としたような体に、蜘蛛の脚が百足のように生え、鋭い爪先が歩くたびに折れる肉塊。


きりきり、きりきり。


何十匹の蛇がからまったような頭に、豚の胴体、鮫の尾びれ、その尾びれからふじつぼのように蝿の顔と猫の尻尾を生やした肉塊。


きりきり、きりきり。



塀及ぶ高さで浮かんでいる、二又に分かれた海鼠なまこ、その尻の部分から、魚、狼、鯨、蛙、あらゆる生物の肺、腸、肝、胆、腎、胃というはらわたが皮から破れるように飛び出して垂れ、赤子のいない胎の緒がからまったように巻き付いている肉塊。


きりきり、きりきり。


同じように浮かんでいる、鳥足を羽毛のように生やした馬陸やすで、その百足のような足の代わりに、三つの目が溶けるようにくっついた奇形の蝶の頭が生えている肉塊。


きりきり、きりきり。


肉塊が漏らす、吐瀉を飲み込むような歯ぎしりする夜泣き。


西へ追いやられた太陽へ手を伸ばす夜泣き。


耳を引き裂くその夜泣き。


赤毛の男は胸をおさえる。


「はあ、はあ」


痛む拍動が起きるたび、虹彩の溝が伸縮。


その痛みを消し飛ばすように、赤毛の男は叫ぶ。


胸にある内臓震わせるようなその大声。


「夜更かしの時間だぁぁ!寝落ちすんなよぉぉ!」


きりきり、きりきり。


40数人の足音。先人たちが残してきた、手の形をしたくぼみに、手を重ねてよじ登り、そこに足をかけて跳び上がる。


塀の上から肉塊がべたべたと落ちてきた。




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