第43話 道の上に吹く風
少女は赤毛の男の背中を追いかける。
ここは大通り。
建物を挟む大通りの溝は、濁流のように、夜の凍える風が吹き抜ける。
残り陽はますます薄れ、僅かに紫色。
赤毛の男は、斜め後ろの少女へ口を開いた。
「何してる」
少女は目を伏せた。
濁流のような風が耳で渦巻き、声を遮る。
赤毛の男は口を曲げ、大きな声を出した。
「何してる」
面をゆっくりと上げて、薄緑の目を見た少女。
少女は、手を伸ばしても届かない程度の距離で男と並び、口を男へ向けて声を出す。
「あたし」
強い風が、少女の声を吹き流した。
男は口を歪める。
「はぁ?聞こえん」
少女はより男へ近づいた。
「あたし、キールリル様に仕えてて」
男は顔をしかめた。
「聞こえん」
少女はむっとしたように、口を尖らせた。
「そんな元気ない!」
それは風に巻き取られない、大きな声。
赤毛の男は小さく鼻を鳴らす。
「で?」
「だから、キールリル様……旦那様に仕えてて、それで、ここに来てた」
少女は男へより近づいた。少し肩が揺れるだけで、互いに触れることができる。
赤毛の男は頭をぼりぼり掻き、わずかに顔をしかめた。
「あ、ごめんね……えっと、神殿と言うか、障壁炉まで連れて行くのが残った仕事だから」
赤毛の男は頷くだけだった。
少女は薄緑の目を見つめて、男と同じように前を見る。
「旦那様の領地に障壁炉がある……わかるよね?」
唾をのむように喉が一度動き、男は口を開く。
「目つき悪い奴のことだろ」
少女は頷く。
「その仕事終わったらやることなくなっちゃうっていうか……旦那様亡くなったから……」
そのとき、隊列を組んで歩く、簡易な金属の鎧を身に付けた人々が正面から。大通りの脇によける。
「いつ」
「ついさっき。あのとき渡した変な鍵が旦那様」
赤毛の男は嫌悪を表すかのように、片眉を上げ、鼻の横を皺寄せた。
「あれ、あたしがそうなるところだったんだよ……怖くて、やり返して、刺さっちゃって。でも……政治とか考えたら……それでよかった……共和派の話、覚えてる?」
男の表所は元に戻り、ゆるゆると首を振る。
少女は列を成して歩く人々を顎で指した。
「キールリル様の博愛騎士団だよ。共和派もふたつあるって言ったじゃん?内と外の」
赤毛の男はすれ違う人々の顔をじっくり見る。枯葉色ではなく、りんご色の目。隣の国の血であることを意味する。
「キールリル様はカッツ王に忠誠を誓っているけど、イシュ王とは遠い親戚でさ。外勢力と見せかけて、実はイシュ王側に立つ御方だったんだよ」
赤毛の男は臭いもの嗅いだような顔をする。
「………おれにはわからん。そういう難しいのは」
地平線の向こうは、かすかな色の識別さえつかない雑多で薄暗いものだけ。
夕薄明の残り陽はもうすでにわずかだった。