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第42話 活路その末路


長は風に声を乗せた。その風に従い、全ての流浪の民は巨大なイシュの塀、その西の場所へ集う。


機械仕掛けの人型が去った王宮跡地、皆、東から迫る夜を背に、陽が沈む西を向いていた。


長が口を開く。


「これより、賜りものを納めに障壁炉へと参る。風に耳を傾け、それにならえ」


夜。


それは、太陽と昼の恩寵が失われるとき。熱を奪う凍えの風が吹き、昼に眠る者が目を醒ます。


義手の男は、横たわる赤毛の男、その傍で座り込む琥珀の少女のもとへ歩いていた。


少女は、男の、胸骨があった部分の皮膚を鉤針で縫い終え、皮一枚でつながっている右手の縫合を始めていた。その近くには、血で青く染まった粗布が小山程度に積み上げられている。


その痛みに目を覚ましたかのように、薄緑の目が開かれた。


義手の男は柔らかい笑みを浮かべて見下ろす。


()。もうひと踏ん張り」


薄緑の目が、少女の枯葉色の瞳を見た。


縫合を終え、目を逸らした少女。赤毛の男は起き上がり、少女へ背を向けた。


義手の男へ口を開く。その薄緑の目は、淡白だった。


「疲れたな……」


「ああ。だがナーシェはどうする」


赤毛の男は、鼻の横を皺寄せ、唇を固く結ぶ。


優し気な目の義手の男は、にやにやとしていた。


長が3人のもとへ近づいてくる。


長は少女へ口を開いた。


「ナーシェを名乗るタフィリア。徴税の任を解く」


すぐにそこを去った長は、うなだれる仮面の女と、白眼の男のもとへ向かった。


肩をすくめる義手の男。


「聞かれてたか[風で盗み聞きされてたみたいだなお前たちのやり取り全部]。でもよかったな[おとがめなしってわけさ。あとはふたりだけの問題だ]」


赤毛の男は、風が示す方向に従い、塀へと向かう。


じっと、大きな背中を見つめる琥珀の少女。


ちょうどその時、青年たちの大きな笑い声が響いた。


ばらばらだった青年たちは肩を組みながら南のほうへと進む。


「じゃ皆さんおつかれちゃ~ん」


「てか(王様)可哀そうだったね。仮に正気残ってたらそのままでもよかったんじゃん?」


「は?お前子ども趣味ロリコンだろ」


「は?どゆこと」


「好きになる人が子供の時から変わらずに大人になってしまったからといってそれが許されるわけねぇだろ!それと一緒!」


「はい子ども趣味ロリコンあそーれ子ども趣味ロリコン


「やめろおおおおおお!」


青年たちは鬼ごっこを始め、遠くに走り去った。


「話は終わり!」


その時、仮面の女の金切り声が響いた。


そこには、長、仮面の女、白眼の男が顔を合わせている。


白眼の男が口を開く。


「国家存続のため、あり得る限りの選択を手にしなければならない」


仮面の女は仮面を取り、眉間皺寄った、刺すような目でその白眼を睨む。


「いいえ。(死ぬはずだったお前に)介入の余地はない」


「だが[キールリルは私に代わってその身を捧げた]……(共和派の何も知らない連中を)まとめるには」


「もう話は終わり!」


涙をぬぐった女は仮面をつけた。琥珀の少女へと一直線に迫る。


白眼の男は弱った目で女の小さな背中を見つめた。


「彼女と添い遂げてくれ」


長は頷く。


「ああ。そのための我らだ」


仮面の女は、少女へ詰め寄った。義手の男が腕を前へ出し、割って入る。


「どけ」


女の声は刃のようだった。高貴な訛りは消え、伝統というくびきの枷を外したその女の人としてのありようが、それそのものの訛りとして刃のようだった。


「話は俺が聞こう。こいつはまだ体調が悪い」


仮面の女が指を曲げる。


すると男の頭上に浮遊する剣が生成された。


「どけ」


口端が下がったような、苦し気な表情作る少女は、男を挟んで仮面の女へ、鞄から取り出した指輪を突き出した。


義手の男はそれを視界の端で捉える。振り返るように、その蜜色の目の裏へ指輪が投射された。共和派と思しき人々が持っていた、濁り石の指輪と同じもの。


女の喉が、灼熱のような声に震える。


「キールリルはどうした」


少女は目を伏せた。その枯葉色の瞳には、鋭い目の男の姿が浮かんでいる。


「旦那様は……肉の錠前となられました」


指を曲げた女は、新たに浮遊の剣を生成。少女の喉へ押し当てた。


義手の男の動きを阻むように、頭上にあった剣は少女と男の間に割って入る。


その青い血を示すような高貴な訛り。


「(あやつに仕えるお前ならそれが)どれほど愚かな嘘か弁えろ」


その青い血に平伏する、丁重な卑しい訛り。


「何も教えられておりません……あなた様が何も知らないように……孤高なお方でした」


喉に押し当てられた刃がより深く沈み込んだ。


「でも」


少女の、乱れた言葉遣い。


「“勧めの書”を愛読するようなはんとすべき、貴き青い血のお方でもありました」


浮遊の剣が、朽ちるように消えた。


女は顔の傷をむしるように、その仮面に爪を立てた。乾いた音が鳴り、顔の傷に沿ったように仮面ひび割れる。


そこに、白眼の男がそっと後ろから、震える肩に手をそえた。


「行こう[キールリルが扇動した共和派連中まとめなければ]」


白眼の男がその手でゆっくり引っ張ると、女は踵を返し、ふたりは縮こまる大鳥へ向かう。


なだめるようにその嘴をなでると、立ち上がる大鳥。人丈を超える趾に乗り、抱くように脚に捕まり体を預けた。


空高く舞い上がる。


白眼の男は北のほうへ、仮面の女が西のほうへ小さくなっていった。


それを眺めていた義手の男は、少女へと視線を戻す。


口を開いた。


優し気な声。


「どうする」


少女は目を伏せ、黙った。


濁り石の指輪を、少女は付けて、取り外して、それを繰り返す。


「わかんない」


座り込んでいた少女は立ち上がり歩いた。赤毛の男へ巻きつけていた長布を拾い、鞄へ収める。


赤毛の男の、その大きな背中を追いかけた。




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