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第41話 返納祭閉幕

橙色の太陽は西へと、東から迫る夜に押し出されていき、夕暮れが視界の端にちらつく。


王宮だった場所。それぞれの場所を線でつなぐと、五角形が作れるような位置関係。


その五角形の中心点に当たる場所で、赤毛の男はその場に倒れ込んだ。その薄緑の目は、めまいを起こしているように、小刻みに震えている。


壁があったところのがれき付近、五角形左下、そこにて着地をした琥珀の少女は、赤毛の男へ駆け寄った。


太陽が沈む。


赤毛の男の近くには、真っ青な肉の断面を晒した、3人の青年が這う虫のように、ぶつ切りの体をくねらせる。


地面に落ちた、自らの切れた舌を見つめながら、巻き毛の青年は口を開いた。


割れた顔がかぱかぱと動く。


「もっほひんぱいひてほっひのほほも[もっと心配してこっちのことも]」

「うはーまひえほっひはよ[うわーまじでどっちだよ]」


琥珀の少女は膝を曲げてぺたんと座り、赤毛の男の頬を両手でそっと包み込む。少女の細いその太ももの上に、頭をのせた。


太陽がさらに沈む。


青年たちは目を飛び出させるように、それをじっと見つめた。


「はゃおおおおおお[ぎゃおおおおおお]」

「おへも!おへも!ほほうびほーはいひはまふは[おれも!おれも!ごほうびちょーだい膝枕!]」


五角形右上、王宮の天井があったところまでそびえる、倒れたひまわり。そしてその八つ指の腕。


五角形、上の頂点部分では、義手の男、流浪の長、碧眼の聖職者が倒れており、仮面の女は重たい足取りで、倒れたひまわりのもとへ歩み寄る。


仮面の女は二の腕をぎゅうっと強く掴み、うなだれた。


義手の男、長が手を付いて起き上がり、あたりを見回す。まぶしい夕日に目を細めた。


碧眼の聖職者は、寝息を立てている。夕日がその皺寄れた額と割れた眼鏡を照らす。


橙色の大空に、三つの黒い点があった。それは大きくなっていき、ひまわりの太い茎で趾を留まらせてばさばさと巨大な翼を広げる。3羽の、竜が如き威容である大鳥であった。


返納祭の始めに姿を現したその大鳥は、尋ね人を探しているように、王宮跡地にいる人の姿をした存在全てに、鋭い目を行ったり来たりさせ始めた。


それと似たように、義手の男、長、倒れている青年たち、仮面の女は、それぞれに視線を送る。


長が一歩前へ進み、太陽へ、遠い空へと風を吹かせたその時。


五角形、左上の頂点部分でのことだった。積み上がったがれきに突き刺さる巨大な長方体が、重なり合う機構を展開し、動き出す。赤毛の男の捧げる言葉とともに落ちてきたそれ。


全ての視線がそこに集まった。


倒れたひまわりの半分に届く高さのそれが、光を帯びる。


表面と、展開した機構の間で、紫の光、稲妻の紋様のように走り出す。それは、青年たちが持つ四角の剣の刃にある模様と全く同じであった。


その長方体、複雑な機械仕掛けであるかのように、滑車のような機構で滑るように伸び縮みし、折りたたまれて厚みがあった部分は展開され、人型と成す。しかし陽の光を受けた影は人の形をしておらず、伸びた影が王宮を覆うほどだった。その、影と姿の不一致、その有り様は、3次元的姿が影に投影され、その空間に実在する人型が四次元的であることを示しているかのよう。


頭の形は正方体、尖った辺を顔の正面としていた。


ひまわりの茎を留まり木としていた大鳥がそこから離れてがれきの隅へ。まるで自らをねずみのような矮小な存在であると自覚したかのように、その機械仕掛けの人型を見て翼と首を縮こませる。


神子の声と呼ばれる、金属が擦れたような鈍い音が、その人型の頭から発せられた。


『――――――――――』


その音が意味するものとは、灰の討伐を讃えるものであった。


青年たちはうめき声を上げる。


「はおひへふははいゔぃおあふははま[治してくださいvjoʁɑstɑ様]」


「はんへおーおあはまははいんはよぉ……[なんでɔːɾoːɑ様じゃないんだよぉ!]」


義手の男は息を飲む。


その機械仕掛けの人型は、その義手と全く同じ有り様。


口を動かそうとするも、顎が砕けており、うめき声になる。


人型のそれが、青年たちを一瞥するように顔を向けたとき、たちまちに青年たちの体が、不可逆性を破ったよう、散らばった血と肉、被服が元の位置に戻った。


巻き毛の青年は背伸びをして立ち上がり、虎耳の青年は舌に付いたがれきの塵を吐き出す。老け顔の青年は、悪夢から目覚めたように、跳ねるように体を起こした。


「うおおお五体満足!舌残ってたらちゃんと喋れたのにな〜」

「ふう~さすがにちびった~ぁ」

「なんか恥ずかしくなってきた」


機械仕掛けの人型は、八つ指の腕へと、長い手足をゆらゆらとさせながら近づく。


肉塊の錠前が埋め込まれた肘の間で立ち止まった。


そこを根こそぐように、巨腕を掴んで引きちぎる。その剝けた肉はそのまま碧眼の男へと形を変えた。仮面の女がそこへ駆けて、脱いだ外套を男へ被せる。目を覚ました碧眼の男。その目は脱色し、白眼となっていた。


夜に押し出されていく太陽の光は、か細く、僅かなものになっていく。


その時、人型の体の正面が、琥珀の少女と、赤毛の男がいる場所へと向いた。


金属擦れたような鈍い音がその人型の頭から発せられる。


『―――――――――』


まるですべての方向から凝視しているようだった。


その威圧感に、喉がつぶれたような錯覚に陥る少女。


鈍い音は、頭を割るようにますます大きく。


魚眼の拡大鏡レンズのように、意識が人型の正方体に引きずり込まれる。


少女は砂時計の首飾りを強く握りしめた。


その首飾りが砕けるかというところに至る寸前、太陽は沈みきった。


人型から発せられていた音は消え、ひまわりも、巨腕も、機械仕掛けの人型も、始めからなかったように消えた。砕けた顎も、黒く焦げた皮膚も、割れた頭蓋も、元に戻っていた。


その場を照らすのは、雲と空で屈折した太陽の残りだけ。


支配的な押しつぶす気配から解放され、これからすべきことを思い出すように息を整える。


仮面の女、体を起こした白眼の男は、自らの身に起こったことを振り返るように残り陽を茫然と眺めていた。


それを沈むような暗い目で見た長は、一歩踏み出し、震える声を絞り出す。


その声は、風に乗ってイシュの国全土へと吹き抜けた。


「イシュ王陛下、謹んで御誄おんるい申し上げます」


はっとしたように、仮面の女は、その仮面の上から口を押さえて泣き崩れた。


白眼の男は、歯をくいしばり、嗚咽に乱れる息を噛み締める。


「御身に降りかかった埃との苛烈なる戦いの果て、ここにその御存在を喪うに至りましたこと、無念の極みと申し上げざるを得ません。御治世の折におけるその偉大なる威容と、王たる責務を貫かれたお姿は、いまなおこの地に深く刻まれております」


青年たちは、寝転がるまま、じっと長の言葉に耳を傾ける。


「陛下の御決断のもと、我らはイシュの地において徴税の務めを果たすべくここに遣わされ、民の糧と安寧、御国の礎を守るべき大いなる契約を頂いてまいりました。今ならわかります。風の知らせで聞き及んだ不合理な王法は、今日のためのものであったと。後ろ指をさされ、その重みを共にしながら、暗き月の脅威に立ち向かわれていた陛下の御覚悟に、我らは心を震わせた次第でございます」


夜の凍える風が東から吹き付ける。


「されど、今や御契約を結ばれた主は月の手に堕ち、その御意思をこれ以上に問うことは叶いません。ここに、長としての職務を全うし、御身とイシュの民との間に結ばれた契約を解消し、我らの務めの失効を告げるほかございません。 イシュの地に暮らす者らの運命を託された陛下の御信念は、埃によりその輪郭を曇らされながらも、未だこの地に微かなる希望として留まりましょう。それが消えぬよう、陛下の御業を継ぐ者が、また現れることを切に祈ります。 太陽の如きひまわりが地に落ちるその姿、そして陽の光を掴もうと伸ばされた陛下の御意志を、私たちが忘れることはありません。御霊が安らかなる静寂と日照り、輪廻の中にあらんことを。 謹んで、これまでの御恩に感謝を捧げます」


長が手を開いて上へ向けた。風として保たれていた、当時の契約、声が、遠い空へ吹き上がった。


写真機のような音、かしゃりと鳴る。


“睥睨の法”は消える虹のように霞んでいき、返納祭の終わりが告げられた。


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