第40話 日輪:月輪:瞳輪:花輪
起こされて。座るような体勢でうなだれる赤毛の男。
琥珀の少女はその大きな背中を、心臓を押し付けるように抱きしめる。
男の大きな手、その指がぴくりと跳ねた。
少女は柔らかな笑みを作る。
のそりと立ち上がった赤毛の男。
「ええええええええええ!」
青年ふたりは、顎を落さんばかりに口を開いた。
目、耳、口から飛び出した灰色の結晶を、赤毛の男は掴み、砕く。短くなったその結晶。
琥珀の少女は喉から血を出すような大声を出した。
「床穴開くまで壊して!天井とあべこべだから!太陽は足元!」
青年は首をかしげる。
「ひまわりでしょあれ!」
琥珀の少女は顔に巻いていた長布を取り、目を閉じ、息を止めた。赤毛の男へ、その長布を後ろから巻き付けたあと、崩れ落ちるように座り込む。
青年ふたりは膝を叩いた。
「そーゆーことか!おーいおじすけべ!今そっち行くからな」
青年たちは、ひまわりの下で転がり続ける胴だるまへ一直線に駆け出した。
赤毛の男は一歩踏み出すその手前。
大きな手を、小さな手が引っ張った。
少女は涙を流し、手の甲で広げるように拭う。
「ごめんなさい」
長布に、耳の模様はない。
赤毛の男はただ立っている。
少女は声の振動を伝えるように、大きな手の甲へ唇を近づけた。
「ごめんなさい」
うつむいた少女。涙が落ちる。
「あ痛!」
大きな手が、小さな額を爪弾いた。
顔を上げた少女。
涙が弾ける。
赤毛の男は、背骨を捻って後ろの少女を見つめて、前へ向いてねじれを戻した。
涙染みる目を細めて嗚咽をこぼす少女。
石床を蹴った赤毛の男は、ひまわりの真下へと飛び出した。
胴だるまの力によって、引きちぎられるように引っ張られる一輪のひまわり。しかし、ただそれだけ。
そこに、青年ふたりが駆けつけた。
「おいおじすけ。今からお前の秘密をひとつずつ軽い順にばらす」
ぴたり。
静けさが訪れた。
舞い上がった埃が、ゆっくりと落ちていく。
青年ふたりは、何もない場所全方位からいくつもの目に見つめられているような錯覚に陥る。唾をのんだ。
「お前は人生で3回愛の告白をして、10回振られた」
空気が、割れた硝子をこすり合わせたようにきしむ。
「7回、話しかけたとたんに振られた!そして」
熱くなる胸に手を当て、目を閉じる。
「10回、花を摘むお通じをのぞき見した」
「いや振られた話いらんやないかい」
体を縮こめるように、腕で胴と顔を守った。
圧縮。
押しつぶされる青年ふたり。
踏みつけられたように、石床が足の形に深く沈みこんだ。
沈み込んだ石床の境目、崖の縁で転がる肉だるま。
そして音を置き去りにして駆けてきた赤毛の男は、それの背中を強く蹴り飛ばした。
真上のひまわりへ飛んでいく肉だるま。だるまが衝突したひまわりは、首を大きく傾けさせられたように、その花弁を揺らす。
青年ふたりを見下ろす、赤毛の男の、長布の目。
青年ふたりの腕は、青、赤、紫、ひどく腫れあがっていた。
巻き毛は脂汗を浮かべて、笑みを作る。
「やべ、折れたかも。まだいけるか」
虎耳の青年は首を縦に振る。
「むりぃ~」
「どっちだよ」
青年ふたりの碧い目に、垂れ下がったひまわりの月光が降り注ぐ。
巨大な腕と手に縛られているように、そのひまわりはねじれ、動きを止めていた。
「あいつどこいった」
「わっかんね~」
しかし降り注ぐ月光は、膨大な熱とともにひまわりの瞳からこぼれ落ちた。
そのさんざめく熱は、まるで巨大な手受けに遮られたかのようにせき止められ、光だけが降り注ぐ。
「退避~!」
折れた腕をぶらぶらさせながら跳び上がり、踏みつけのへこみによって生じた崖へと昇る。
たんっと着地。
そのふたりの背後、胴だるまが後ろ指を指すように現れた。
「まじごめん」
それと同時、赤毛の男は音の壁を突き破ってその間に滑り込んだ。
強く蹴とばされる胴だるま。
風圧に、一本一本の髪の毛がばらばらとゆらめく。
青年たちは深い凹みへと誘うように、赤毛の男の腕を引っ張って崖から飛び降りる。
「助けてお兄ちゃん!」
底に降り立った3人。
青年ふたりは、折れた腕をぷらぷらさせながら膝をつく。
「助けてください!」
赤毛の男は、頷くように、胸へと、皮を指で破った。
深く、腕が中へと入り込む。
探るように、体の中をまさぐる手。
上、左、上、右、下、下。
ある決まった軌道をなぞった後。
さまようその手が、胸骨を掴んだ。
ぼきり。
握り込む力で、折れる。
胸骨が取り外され、ざらつく錆びた鉄のように、がたがたと下へ引き抜かれる。
赤い血の纏った、伸びていく、握る手に収まる棒状の骨。
胸から抜き切るころに、赤い血が青い血へと変じたその胸骨。
その骨の変哲のない硬さが、それだけで、ざらついた表面と僅かな突起に鋭さを与える。
胸骨のその形は、手で握り込むに丁度良い柄。そして棒のように伸びた部分は鋭利であった。
青年たちは、その有り様を直感したように、差し出されたその骨を、折れた腕を振って掴むように指へひっかける。
直後。へこみは、さらに深く沈んだ。
潰れるはずだった3人を暗示するかのように、代わりに、崖の上の胴だるまが平らに潰れた。同時、ふたりの指が、骨の棒に切り飛ばされたようにぽろぽろと転がる。
青ざめた青年ふたりは、男が握る胸骨の棒を、上から下までなぞるように見る。
「裁きの刃骨《ɸæχʕɔr》やんけ……」
「しかも返裂骨《ʔɔɸrɛχ》(かえれつこつ)」
青年ふたりは大きく息を吸った。
「2つ目のお前の秘密を言うー!」
虎耳の青年は大きく口を開けた。
「お前は馬にぃ!しゃぶ」
くぼみが大きな音を立ててさらに沈み込む。
手首を棒に触れさせていたふたりの青年の腕。それらは、肘から切られたようにすとんと真下に落ちた。
赤毛の男は淡々とした様子で胸骨を逆手で握り、上段で斜めに構えている。
「うげ!?俺たちばらばらになるほうが早いんじゃ」
巻き毛の青年は舌を出し、そのまま発話する。
「ぎゃあこっきかあだ」
虎耳の青年は大きく息を吸う。
ふたりは切れた腕を骨の棒に触れさせた。
「3つ目!お前は自分のおしっこを飲んだことが」
青年ふたりの脚、膝から下が切れた。ごとんと頭を打ち付けて倒れるふたり。
巻き毛の青年は舌を引っ込めた。
「まじかよ嘘にならんかった」
「きっしょ心底軽蔑する」
赤毛の男は、胸骨を足元に付ける。
かつん、と音がした。
青年たちはにじり寄り、その骨に顔で触れる。
巻き毛の青年は再び大きく息を吸った。
虎耳の青年は舌を出す。
「4つめ!お前は自分のうん」
再び轟音と共に石床がへこむ。
青年たちの太ももが切れたように、その体から離れた。動脈が切れたことにより、湧き水の如く赤い血がなみなみとこぼれてじっとりと青く広がる。
「うっそだろお前」
「がちできしょい食欲失せすぎて灰になりそう」
転がる青年たちは、頭を抱えるように、肘のない腕を上げた。すぐさま額を胸骨に触れさせる。
「どーするまじに考えないと」
「えーっとえーあーうーんむーこうー」
その時、動きを封じられていたひまわりが、もがくように震える。
花の瞳が口のように割れると、八つ指の腕が垂れ下がった。その垂れ下がる勢いそのままに、青年ふたり、赤毛の男を潰すように伸びた腕が落ちてきた。
蜘蛛のように広がる骨ばった八つの指。
「お前は自分の尻穴をな」
「お前は俺たちのことをあ」
時がゆっくりと進む。
すべてが硝子のように割れた。
青年たちの体は首から下が縦に真っ二つに裂け、顔は横に真っ二つ。根から切断された舌を口から吐き出す。
「ほへほっひはよ![これどっちだよ]」
「うほはほひっっっほ[うそだろきっっっしょ]」
体の内側から破裂したと錯覚するような衝撃。
突き抜けるようにへこむ。
石床が割れ、その亀裂は宙を走り、灰色の天上を粉々に砕いた。
全てのものが散り散りに吹き飛ぶ。
逆さまだった足元に、まぶしい夕日が降り注いだ。
反転。
皆が足を付けていたところは、王宮の天井。灰色の天上から降り注いでいたひまわりは、地面で首を伸ばしている。が、その巨体を支えきれず、潰れるように真下へ落ちる。
赤毛の男、義手の男、流浪の長、碧眼の聖職者、仮面の女、彼らの内から生えていた灰色の結晶が橙の陽の光を受け、ぱらぱらと、劈開して崩れ落ちる。それと同時、その結晶と同じように地へ向かって、頭を下にして落下した。
巨大な月のひまわり、その割れた瞳から生えた八つ指の腕が、夕日へ向かう。引きちぎれんばかりに腕と引き伸ばし、指を大きく開いた。
灰の結晶で五感を塞がれていた赤毛の男、その目、その口、その耳は、血の気を取り戻している。
地へ足を向けて落ちる少女は、赤毛の男へ向かって、金属の鍵がささった、肉塊の錠前を投げた。
それは正確に、赤毛の男の左手へ。
掴む。
吹きつける風に、男の顔に巻かれた長布がほどけて流された。
「ロスこれ埋め込んで!」
薄緑の瞳に映り込む、灰色のひまわり。
それは、太陽焦がれるように陽を受けて手を伸ばし、焼かれるように埃っぽい煙を大量に立ち上らせていた。
胸骨を強く握り込む赤毛の男。
その大きな手に、深く骨が突き刺さり、血が滴る。
赤毛被さる、淡白なその目は、ただひまわりとその巨腕を捉えていた。
「(埋め込むのは)腕だよ(ひまわりから)切り離して!」
深く刻まれたような瞳の虹彩が引き絞られ、その焦点が腕だけに定まる。
赤毛の男は、胸骨をより強く握った。握り込んだ分だけ、骨が手に深く切り込むように突き刺さる。
それでも強く握った。痛みに震える。
ぼきりと、胸骨が折れた。
それと同時、八つ指の腕が根元から両断。
そのとき仮面の女が、意識を取り戻したように大きく息を吸った。
素早く周囲を見回し、赤毛の男に目線が定まる。そこへ手を伸ばし、指を鉤爪のように曲げた。すると男の脚元に浮遊の剣が生成。
板のように、男はその刃に足をのせ、強く蹴る。進む先は八つ指の腕の肘関節。
ゆっくりとした時の流れの中、仮面の女の瞳に映ったもの。それは、太陽へと伸びた腕が、地に引っ張られて落ちていき、届かぬ様と、イシュ王と、碧眼の男の面影。
花びらのように広げられた指とその様はまさに、太陽の花ひまわり。
それはイシュという国の末路。
「(ɔːɾoːɑ様へ)捧げる」
その言葉で、遠い空の上から、長方体の金属が光の速さで落ちた。王宮の中央にて突き刺さる。
同時、赤毛の男は、左手の、鍵の付いた錠前を腕に叩きつけた。
半ば貫通して埋め込まれる。その衝撃に、腕は地へと叩き落とされた。
集中力の高まりによって悠遠と流れていた時間が、駆け足に動き出す。
がらがらと音を立てて崩れる王宮。天井も、壁も消えたただ広いだけの廃墟。
隠れるような埃は、陽の光に照らされて浮き彫りになる。
赤毛の男と仮面の女だけが立っており、みな床に伏せる。
青年ふたりは大声を出した。
「うおおおおおおおおおおおお!」
「うほおおおおおおおおおおお!」
青年だった胴だるまは、平らに潰れて青年たちの隣に落ちている。潰れた勢いで飛び出したように、千切れたはらわたがさらされている。その様は日向ぼっこをしているようであった。
琥珀の少女は離れた場所で、ぺたりと膝を折って座り込んでいる。
「……終わった」
写真機のような音、かしゃりと鳴る。
これらを絵画に遺したならば、1000年の節目まで語り継がれる厳かさがあった。




