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第39話 一輪のひまわり : 3

瞳からきらめきが、凍えと取り換えるように奪われる。


すべてが暗くなった。


夜。


枯れたひまわり一輪、夜に現れた。


一輪とは、太陽、月を表す。


弱々しい、枯れた月の色。


“その花は摘み取るべき”


“その花は摘み取られるべき”


激しくせき込む音。


“その花は摘み取らねばならない”


“その花は摘み取られねばならない”


激しくせき込む音。


“その花は摘み取られなければならないのか”


激しくせき込む音。


全身の力が抜けたように、膝をついてうずくまった。


血を吐くようにせき込む、碧眼の男。


男が握る拳は、握ることもできぬまま、りきむこわばりで震えている。


冷やかしの目を投げる青年たち。


イシュ王子の王冠模した帽子被る、老け顔が口を開きかけた時、巻き毛の青年がその口を背後から塞いだ。


咳で震える手は、ひまわりを摘み取るためその花弁のまわりをさまよう。


その様は、頭を下げているようだった。


嗚咽をこらえた、喉を詰まらせる息遣い。


枯れたひまわり、月の花。


骨歪む音を立てて人の体へと変じていく、灰色の花弁、灰色のその手、その指。


咳に震える手を、枯れた骨の花が、ぎゅっと、強く、やわらかく、掴みかかった。


砂時計が割れる音。


青年たちは青ざめた。


『こいつやべあそれだめ!』


青年たちの知覚から、あらゆる六感が消えた。


誰もいなくなっていた。かわりに、赤毛絡まる胸骨と、ひき肉挟まった義手だけが落ちている。


知覚がない、ありのままの、あるがまま。


それを意味付ける。


夜は灰色に染まって明るくなった。


止まった世界。


唯一動いているのは、灰色の花。骨ばった長い指の形取っていた、その花弁。


咳込む震えを収めるように、強く、冷たくあたたかく、包み込む。


『ああ、お天道つき様がみたい』


灰色だったもの。


夜は、その深い暗さを取り戻した。


ありのままのあるがままは、知覚でもってそのありさまを思惟しいされる。


降り注ぐ月の極光。


意識を取り戻したように、青年たちと、赤毛の男、義手の男はまばたきをした。


同じように光を浴びて現れる、長、聖職者、仮面の女。


見上げる。


その天上。


そこには、一輪の月が咲いていた。


「うわあああああああああ!」


頭を抱える巻き毛の青年。


膝を折る老け顔の青年。


丸い耳を塞いだ虎耳の青年。


赤毛の男と、義手の男はただそのひまわりを凝視した。


ひまわりの中央、管状花が裂けて、碧灰へきかいの瞳が現れる。その瞳を突き破って、内側から地面へと届く巨大な腕が垂れ落ちる。その巨腕、両手を重ねたようであり、親指と小指が癒着し、八つの指となっていた。


青年たちは指と義手を交互に見る。


その指は似ていた。義手にある、八つの突起に。


八つ指の腕は木の根のように、地面へ指を広げた。


青年たちは叫ぶ。


「見ざる聞かざる言わざる!」

「目閉じろ耳塞げ息止めろ!」

「感じろーーーーーーーー!」


長は突風吹かせる。


八つの指、大きな力が放たれる一瞬の間。


天上天下、天と地から灰色の蔓が全てを貫く。


突風がその蔓を押しのけた。


青年は頬をがりがりにこけさせて叫ぶ。


「あびゃー?!」


その突風がなければ、ここにいるすべての人は隙間なく串刺しだった。


まるで蔓の壁に閉じ込められたように、すべてを蔓が覆いつくす。


その圧迫感に息を飲んだ時、何もなかったかのようにすべてが開けた。


碧灰の瞳へと、八つ指の腕が引っ込む。


月のように輝いたその降り注ぐいちりんの光。


醜いつきの、刺すようなまぶしさは、失明を意味した。


光を見た瞳すべてに、灰色の結晶石が突き刺さったように、目の内側から生える。


長の黒い瞳、赤毛の赤い瞳、義手の蜜の瞳、聖職者の黄色い瞳。


暗中模索。ふらふらと、光を求めて手を伸ばす。暗闇に手を突っ込むように。


目から頬へと、まっすぐ線を引くそれぞれの血。


全身の肉を、少しずつ削ぎ落されるような緩慢な死の怖気。


青年たちは目を閉じていた。そして仮面の女は、その仮面によって光を遮っていた。仮面の下、りんごと枯葉の瞳は真っ暗の中。青年の閉じた瞳が見るのも、同じ真っ暗。


ひまわりの瞳が裂けた。歯茎露出する、溶けて細くなった歯が現れる。


その隙間から息吹がこぼれた。その吐息、埃を舞い上げる。


埃は、みなを咳込ませた。


息をする。突き刺さるような、喉の痛み。


長の口、赤毛の口、義手の口、聖職者の口、仮面の女の口から、灰色の結晶石が突き刺さったように、喉の内側から生えた。


喉に皮の風船を入れて、膨らませたような圧迫感。顎が外れた音。


動けば動くほど、窒息の足音が体の内側から迫ってくる。


全身の肉を、少しずつ削ぎ落されるような緩慢な死の怖気。


ぐったりと、体を横たわらせる。


仮面下で、その目は右往左往、代わりに息をするかのように暴れていた。


口の僅かな隙間からしみ出る、歯が内から押し抜けたような血の痛み。口端から垂れてまっすぐ線を引くそれぞれの血。


目を閉じ、息を止めている青年たち。




ひまわりの瞳、その細った歯が歯ぎしりをする。


きりきり、きりきり。


突き刺さるような鋭い音。


長の切れ耳、赤毛の丸耳、義手の貝耳、聖職者の皺耳、仮面の女の折れ耳から、灰色の結晶石が突き刺さったように、頭の内側から生えた。


深い水の中へ頭を押し込まれたような閉塞。


外から音が消えた。聞こえるのは、激しく動く心臓だけ。


外れた顎の隣、耳の穴。結晶石突き出した勢いでひび割れたその骨の穴。耳たぶでまっすぐ線を引く血から、音を思い出すように滴りを感じ取る。


全身の肉を、少しずつ削ぎ落されるような緩慢な死の怖気。


内側から忍び寄る、窒息する心臓の拍動。


息ができず、聞こえず見えず。


代わりに、真っ暗が見える。


代わりに、ぬるくなっていく拍動が聞こえる。


しかし代わらず、息苦しい。


いつまでも、生き苦しい。


ずっと、いきぐるしい。


いきぐるしい。


自己が解けて消える中でも、僅かに感じられる月の光。


明るみを照らすのが太陽なら、暗がりを照らすのが月。


暗いところでは、お天道様よりお月様が美しい。





「あーあ」


青年たちは目を閉じ、息を止め、耳を塞いでいた。


青年たちは腰に巻き付けていた帯を外し、長布とする。そしてその顔に巻き付けた。


その長布は、顔の部位が描かれているようだった。


閉じた目、閉じた口、手で塞がれた耳。


しかしそれぞれ、閉じた目に瞳の模様があり、閉じた口は唇が歯であるかのような縦線走り、耳塞ぐ手の模様は耳を模している。


「さて」


巻き毛の青年、老け顔の青年、虎耳の青年は横に並ぶ。


互いの首の、特に、つぎはぐような、金属の輪で留められた横一線の傷痕。


三人の中で最も首が長い者が一歩前へ出る。


四肢を広げた老け顔の青年は首を差し出した。


青年たちは鼓舞するように唄を歌う。


たんたんたんたんたんたんたんたん。


8分の240拍子。


「せーっの」


たんたんたんたん手を叩く。


たんたたたーたー

「はぁー息吸って!」


たーたたたったー

「!あー埃っぽい」


たたったったた

「旨い空気を」


たたたたたー

「吸いたいなぁー!」


たんたたたーたー

「だったら掃き掃」


たーたたたったー

「!除ぃーが肝心」


たたったったた

「戻って来いよ」


たたたたたった

「日帰り切符」


たんたたたーたー

「大きなげっぷ」


たーたたたった

「空気が食べたい」


たたったったた

「片道切符に」


たたたたたー

「息《行き》はないぃー!」


手を振り上げ、剣を生成。


その首の境目へ、刃を振り下ろした。


両断。


素早く2つの刃で、肩、脚を切り落とす。


ゆっくりとしたときの流れを感じる老け顔の青年。


断面の皮が、波のようにぷるぷると揺れている感覚。


近くなっていく地面。


にやりと、笑みを浮かべる。


その体は、付けられた枷を外した。


落ちた頭を両手で受け止めた巻き毛の青年。


ぼとりと転がった四肢。


紐を緩めて腰から布の馬取り外し、その馬の首を入り口として袋へ、ばらばらになった四肢と頭を入れる。


ぎゅっと固く紐を結んだ。


空気の揺らめき。


その無尽蔵にも思える力によって、その輪郭が歪んでいる。


頭、腕、脚と呼ぶ枷を外した体。


だるまのように転がるその体は、やおらまっすぐになる。まるで、脚で力強く立ち、人差し指を上へと向けているような姿勢。


だらりと垂れ下がるひまわり、睥睨するその瞳。


ど真ん中を殴られたように、碧灰の瞳はコの字に折りたたまれた。


天上を突き抜けた衝撃は、大地をも大きく揺るがす。


波打つ石床、顔を覆う長布の下で、唖然と口を開ける青年ふたり。


目の前の光景を疑うように、長布に描かれた瞳を腕でこする。


「え……?(目の術陣)壊れた?(切り札切ったし)これで仕事終わりだろ?」


「いや、まじか……ちょっと真剣にさ……俺たちの墓ってここじゃね?」


「え?こんなとこじゃ太陽に還れないじゃん」


巻き毛の青年はぼりぼりと首をかきむしる。


「ほらぼさっとすんな。お前じじい拾え」


「やだ」


虎耳の青年は、馬の付け尾を一本引っこ抜く。すると巻物状の、2本棒へと変じた。引っ張って広げると、全員載せられる担架となる。


青年たちは仰向けに倒れる者たち全員を、その姿勢のまま担架へと載せた。


ちらりと、頭のないだるまのような体と、ひまわりを見る青年たち。


破けた瞳から、八つ指の腕がずり落ちた。


八つ指は、衝撃で揺れる地面の上を転がるように暴れ、そして胴だるまを押しつぶすように指を伸ばす。


すると、より巨大な手に握手されたかのように、指は縮こまってばきりと折れた。


担架を持って走り出す青年ふたり。


「落とすなよ」


「いちいち言うなばか」


舌打ち。


まるで足を踏み鳴らしたように、石床がぼこぼことくぼんでへこみ、ひまわりは首絞められているかのように引っ張られる。


「え……?まじで何が起こってる?[なんで千切れんの]」


「うっせえぼけ」


舌打ち。


「んだよくそぼけ」


舌打ち。


「ああああああ!もう!けつ穴舐めて落ち着けあほぼけかすばかぼけぼけ。ひまわりの象徴だろ。なんか考えろよ」


その時、青年たちが進む直線状、安全に担架を降ろせるほど遠い場所で。


小さく見える人影がゆっくりと、灰色の空から落ちてきた。


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