第38話 一輪のひまわり : 2
そよ風が吹いた。
その気配の風に対して、向かい風が吹く。
その、追い風。
仁王立ち、太い腕を組む長がふたりの前に現れた。
蜜色の目、橙色の目に、光が戻る。
「おおぉ……[かっこつけすぎ]」
圧倒的暴威が放たれる。
稲妻が横切るように走った。
それは3人をさらう。
天地が崩れるかのような轟音と揺れ、その熱線の遥かかなた。
仁王立ちの長。
大剣地面に刺し、柄に手を置く碧眼の男。
仰向けに倒れた赤毛の男と義手の男。
長の背中は大きいが、碧眼の男のそれは、小さく、脆い気配を帯びている。埃に咳込む姿は、より小さく丸まっているように見えた。
「げほっげほ」
「どうやって(入った)?」
ここは術陣の中。構築的術陣への侵入は、壁のすり抜けへ挑む程度に、容易ではない。
「酒の肴にとっておけ」
石床から、3つの頭が飛び出る。
虎耳、老け顔、巻き毛。
「(あの子)くっそかわいいやばい見てるだけでイキそうだったいまから息子の気持ちを代弁するぜ。おかあさーーん!」
「その程度か俺はすでに住所変更手続き済ましたぜ。あの(子)脇に……な」
「ぜんっぜん大したことない俺はもう来世先行き確定切符を魂で購入した。命生まれる場所へと……な……あの子のしきゅ」
立ち上がった赤毛の男は、3人の頭を蹴とばす。
「ふんぎゃ」
「あれ?もしかしておたくも唾つけてます?」
「ふ……いいだろう。受けて勃つ」
揺れは収まり、それぞれを捉えたように蔓がうごめく。
長が口を開いた。
「早い者勝ちだお前たち」
それは、灰を真っ先に打ち取り、最も貢献した者がイシュの行く末を選べるということ。かしゃり、写真機の音が鳴る。
ひまわりから伸びる蔓の数が増え続け、11から15へ、そして30に。
石床から頭を出す、巻き毛の青年が唇を鳥のように尖らせた。
「誰が見てくれんのさすけべ親父」
ぎろりと青年を見下ろす長。
舌をちろりと出し、寄り目でとぼける青年。
虎耳がぴくりと動き、すんすん鼻が動く。
「におう。におうぞ。なんか乳袋の匂いがする」
すると皆の前、黒誤の服を身に付けた女が、写真機の光に照らされたように一瞬現れた。その女の瞳の中、機械仕掛けであり、写真機の絞り構造が多層的にある。
異界の目を通せば、リネンのシャツを身に付け、ミディスカートから長い革のブーツを履いた新聞記者に見えた。
虎耳、老け顔、巻き毛の青年は埋もれた体を出すと、鼻を広げ、両腕を上げて力こぶを作った。
革ひもの尻尾、帽子の王冠と付けものの偽脚、股間の馬がぶるんと揺れる。
「抱き放題まじであるぞこれ」
「ふっ。いっちょやりますか」
「……この戦いを、終わらせに来た」
ひまわりは光輪を戴冠させた。
圧倒的力の奔流、それが突風として吹き付ける。
「税一番の使いどころだ。使用許可を出す」
長は、腰の革鞄から、四角い道具を9個後ろへまとめて放り投げた。
それは鎚へと変化する前のもの。力の総量を示すように、赤色を放っている。
赤毛の男は、義手の男へ、その機械仕掛けの腕を返した。
格子だけの腕にそれを嵌めると、複雑な機構で埋め尽くされていく。
「うは胸熱」
青年たちは自らが身に着ける前に、それを配り始めた。
「どうぞどうぞ先輩方ご贔屓よろしくお願い申し上げますよへへへ写真映りが大事ですからね」
みな、それぞれの腰帯に、四角い道具を留めた。碧眼の男は、太陽とひまわり絡み合った模様の鎧を生成、服の下へと溶け込む。
そして弾ける光輪。
碧眼の男は皆に雷電を帯びさせた。
爆発をすり抜けて、ひまわりの真下へ稲妻が走る。
暴威を吐き出すひまわりのその真下、長、赤毛の男、義手の男、碧眼の男、巻き毛、老け顔、虎耳の青年が雷電帯びて現れた。
「え?!うっ」
「めまいががががががが」
「気分悪ぼぼぼぼぼぼぼ」
吐瀉に膝をつく青年たち。
地面から見上げる義手の男は機構から8つの突起を伸ばす。それは、蔓に叩かれる暇があるほど隙のある動き。ひまわり目掛けて跳び上がる赤毛の男。
30の蔓が不規則に、鞭のようにしなって降り下ろされる。
地に足をつけて両手で大剣構える碧眼の男。赤毛の男より速く、頭上を薙ぐ。聖別された雷電、紫電が走った。蔓は焦げたように萎え、埃のように散っていく。
せき込む碧眼の男。
「げほっげほ」
直後、新たな蔓が15伸びた。
義手から紫の熱線が放たれる。反動で石床に脚が刺さった。盾とするように、蔓を固めるひまわり。跳び上がっていた赤毛の男が、その蔓を蹴り飛ばした。その威力に、音速の壁を越えて蔓が横へ吹き飛ぶ。
ひまわりの中央、全体の半分を紫の熱線が覆った。
埃のような煙が漏れ出すひまわり。しかし、形は保たれている。雷電が、宙に舞う赤毛の男を地へ連れ戻した。
目が回ったように視線をさまよわせる赤毛の男。せき込む碧眼の男。
「げほげほ」
熱線の反動でめり込んだ脚を石床から引き抜く義手の男。吐瀉を洗い流すように唾を吐く青年たち3人。
「ぺっぺっ。酔って出遅れちまったじゃねぇか雷おじさんこれからこんなことするってちゃんと言えよ!」
「そーだ」
「報連相!」
青年たちを見下ろす碧い目。咳で揺れるその目の色は渋い。
四つん這いだった青年たちは、曲げた舌を出し、豚のように鼻を指で押し上げ、白目を剝き、男へにじり寄る。
碧眼の男は横向きに大剣を構えた。
「あ!?」
青年たちの向こう側へ、紫電走らせ横薙ぐ。
巻き毛はしゃがみ込み、老け顔、虎耳は膝を曲げて仰向けに倒れ込む。
大剣は石床から飛び出た蔓を断ち切った。埃が舞う。
「げほっげほげほ」
「ほうれんそう!」
「てか風おじさんなんもしてんじゃん」
目を閉じた長は腕組んで、仁王立ち。
「残り(の奴ら)来るの時間かかりすぎじゃね」
青年たちは頭の中、灰を討伐するための手記を思い浮かべる。虫食われたように穴だらけのその手記。おぼろげな記憶を頼りに、手順を思い出す。
「え~っと」
「なんだっけ?」
「(大事なことだから)ちゃんと確認しようぜ」
青年たちは腰帯の小鞄を開け、手帳を取ると、馬に見えるように整列、それを開く。
赤毛被さる赤色の目が、青年たちへと蔓が忍び寄っていることを捉えた。
ため息。
赤い目はひまわりに向き直る。
3人を貫くように飛び出す蔓。
弾性あるものが弾かれたように、3人は、馬の姿形のままくっついて吹っ飛んでいった。
みな、目をひそめて彼らを一瞥。
すべての蔓が、音速を超えた爆音響かせて馬の3人を袋叩きに。
石床が粉々になっていく。
目に留まらぬ速さで何度も何度も蔓が叩きつけ、そして槍のような蔓が突き立つ。
雷電が、天上のひまわりの根元へ向かって走った。
ぼそぼそとした青年たちの音読。
「時間をかけたら不利。短期で臨め」
「独りで臨むな。数こそ強さ」
「何の象徴であるか見極めろ。賢く挑め」
根元へ向かって走る雷電はいつまで経ってもそこに辿り着かない。ついに潰えた雷電。そこには、無防備に宙を浮かぶ碧眼の男。ひまわり、そのひと房が男を見つめるように面を向けていた。小さな光輪が収束する。
赤毛の男は、蔓から袋叩きにされている青年たちへ目を向けた。
「聖別された力は薄い紙ですら妨げられる。障害を取り除け」
「聖別を付与する術備えよ。いかに弱くとも」
「大まかに、前方の陣、後方の陣を組め。詳らかに、盾、突破、突撃、支援の陣を組め」
赤毛の男は、蔓にぶたれる最中に割り込み、馬でつながった3人を、碧眼の男へと蹴り上げる。
その蹴る勢い殺さず回し蹴り。蔓は音速の壁を越えて吹き飛び、石床に叩きつけられた。
手帳を閉じ、面を上げる3人。
「よしかんぺき」
「どえええええええええ?!」
盾のようにがしりと、碧眼の男に両手で掴まれる3人。
小さな光輪が弾けた。
「うおおおおおおおおおおおお」
「動くなよずれるなよびびんなよ」
熱線に飲み込まれる。
視界は真っ白。
目を凝らせば豆粒の小ささまで。4人の気配が熱線に押されて遠のいていく。
義手の男は、埃で痛む喉で咳ばらいした。
「(戻るまで)しのぐぞ」
義手の腕は、放熱をするように機械仕掛けが開き切っていた。
そして、四角い道具は赤から橙へと一段落ちている。
赤毛の男は頭を掻いた。
「何回いける」
「あんま効いてないからな。効く威力で2回接射」
15のひまわりにそれぞれ光輪が収束する。
長が口を開いた。
「待ってろ」
吹く風が強まり、みなの髪がばらつくようにはためく。
義手の機構が元に戻った。
ひまわりへ向かって跳び上がる赤毛の男と、義手の男。
弾ける光輪。熱線が放たれる。
そのとき吹きつけた、埃祓う烈風。
するとその烈風の流れに沿って、熱線はくの字に大きく曲がって逸れた。
奥から雷電走る。
蛙のように口を膨らませる青ざめた青年たちと、せき込む碧眼の男が花弁の近く、ひまわりを二対で挟み込むように雷電纏って現れた。
「げろりそう」
「がぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁんぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「ぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおお」
それを待ち構えていた蔓。槍のように迫り、鞭のように暴れる。
ここで、狭く跳弾するように動いて全ての蔓を蹴り飛ばす赤毛の男。
左の義手、反動を相殺するために出力。右の義手、8つの突起が広げられ接射。
吐瀉撒き散らしながら、紫帯びた四角の剣を花のがくへと降り下ろす青年たち。
紫電纏う、大剣の一閃。
中央から外側へ、熱線がひまわり5つ飲み込む。
3つの四角の剣、それぞれひとつ。
紫電の一閃、4つ。
見上げる長の黒い瞳に映るもの。
曲がる15の熱線のうち12が消え、赤の熱線が地上へ、紫の熱線が灰色の空へ、天地引き裂く様。
紫電がひまわりの束右側を覆い、はらりと花弁が落ちていく様。
他より大きく発達した3つの花を残して、埃落ちるように朽ちていくひまわり。熱線で焼かれたものを除き、8つのひまわりから種が巻き散らされる。
雷電走り、落雷。
全員、地に足を付けて降り立った。
「おげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うぶ、おぼ、ぼおぼぼぼぼおおおお」
「うぅぅぅぅぅ。げぼっぉぉぉぉぉぉっおぉぉおぉ」
赤毛の男は、あまりの臭いに鼻をつまんだ。
耳を赤くした虎耳の青年は、吐きながら声を出す。
「おぼぼ、酸っぱいさかおぼぼぼぼぼ魚おぼ食ったんでぇぇぇぇぇぇ」
立ち上がった巻き毛は、きりっと眉を吊り上げる表情を作る。
「こいつうんこ漏らしたんすよ井戸で」
「ああああああああああああああああ!」
「盾俺たち突破俺たち突撃俺たち支援俺たち!おまけ突破赤毛おまけ突撃かみなりおじさん機械腕おまけ支援風おじさん!分担通りにやれよ!」
長は目を閉じ、せき込む碧眼の男は大剣地面へ刺し、赤毛の男は半目で睨み、義手の男は尻を掻く。
叫ぶ虎耳は人型の虎へと変じ、巻き毛はその尻尾を引っ張ってに元の姿へ戻し、老け顔はきりっと澄ました顔で人差し指を突き出した。
巻き毛が口を開く。
「風おじさん。うちらみたいな専門家に任せませんかねぇ」
「そこ専門家みたいなうちらだろ」
「どうでもいいわい!」
ほうれい線異様に際立たせる顔を作った巻き毛。
長はかっと目を開く。
直後、その足元の石床から、鍋蓋をずらして開けるように人の腕が伸びた。
口を固く結ぶ長。
「ふたりだけか」
仮面の女と、碧眼の聖職者が現れた。
「(キルリールのあの子)………躊躇っている」
碧眼の聖職者、その老人。彼は教会で義手の男を叩き切ろうとし、赤毛の男に叩きつけられた。
聖職者へ、義手の男と赤毛の男の注意が向く。
「大丈夫なのか」
「すまんかったあんとき」
首はねるかのような目力で、ふたりを睨む聖職者。眼鏡をかける。
「耳も目も悪いもので……なんとおっしゃいましたか?どちらさまで?」
仮面の女と聖職者は、長から四角い道具を受け取り、女は腰帯に留め、聖職者は左手で持つ。
巻き散らされた種が芽吹き、急速に伸びていく。
仮面の女は紫の術陣を編み、空のひまわりと座標を重ねるように石床へ展開。3つの浮遊する剣が頂点を作り、三角形と成す。
聖職者は耳から小さな棒を取ると、半透明、橙色の長い刃帯びる杖と成した。
巻き毛の青年は、ひまわりの中央部分を指す。
「あれなんか不穏じゃね?」
3つ残ったひまわりに囲まれているもの。それは、17のひまわりと同じ大きさの周囲を思わせる、巨大なつぼみ。
「かぜおじさん!ほら。専門家に任せなって!もう1個箱ちょうだいさぁーね!」
剣を生成した巻き毛の青年は、切り上げるため斜め下に構える。
じっと上から下まで、青年を眺めた長。
「追徴課税の覚悟はできたか」
「おうよ人類のためならそんなの怖くねぇ!終わらせてやんよ!」
鞄から四角い道具を足元へ投げる長。青年はそれを腰に留めた。
「おい良いとこどりすんなよ」
鼻を人差し指で指す虎耳と老け顔の青年。
種から芽吹いた蔓が、間近まで。
眼鏡の聖職者が橙色の刃を構える。鞭撻振るうように杖の刃を軽々、すべてを切り落とす。
青年の構えた剣が振るわれた。腰の道具が赤から水色へと変じ、そしてその剣身直線状が空になったとき、刃が視界を埋め尽くすほど大きくなる。
感嘆の息を漏らす碧眼の男。
それに、にやりと笑う巻き毛の青年。
口を丸くする赤毛の男と義手の男。
その剛腕で振るわれる剣。
あまりにも巨大な刃が、3つのひまわりのうちひとつを切り裂き、つぼみに弾かれた。
「は?」
「あ~あ」
「うぇぇぇぇぇぇい無駄追徴課税ふぉおおおおおおおおおお」
光の粒となって消える刃。収束する力解けたときの暴風が吹き抜ける。
「あばばばばばばば」
首を横に振る長の目は冷たい。
「追徴!課税!」
「追徴!課税!」
肩を落とした赤毛の男は、足元で大きく広がる術陣を眺め、息を整える。
この術陣が意味すること。それは、すべてに聖別の力が付与されるということ。
よってあらゆるものは灰を滅すことができる。
ひまわりが動き出した。
大輪3つ。花とつぼみにそれぞれ光輪が収束。
その光輪に、さらに大きな光輪が収束した。
天地が大きくたわんで揺れる。
「追徴!ん?来るなこれ」
石床が粉々に割れ、大木思わせる蔓が15、鞭のように、鋼鉄思わせる蔓が15、槍のように飛び出した。
聖別の術陣が消え去り、皆は太い蔓に空中へと打ち上げれる。
青年たちは剣を生成し、急所狙い澄ます槍の蔓を弾く。火花が散り、体勢は天地ひっくり返ったように不安定。
体勢上下逆さまに、赤毛の男は槍の蔓を蹴り飛ばし。
義手の男はその硬い腕で弾く。
仮面の女の盾として、眼鏡の聖職者はその橙色の刃で蔓を切り捨て、長は風に溶け、碧眼の男は雷電纏ってひまわりの大輪その隣に現れた。
しかし、光輪の圧力がせき込む碧眼の男を押し出す。弾かれたような豪速で吹き飛んだ。
その落下点に待ち構えていた、蔓の針山。
それらは咳き込む男へさらに針を伸ばした。
巻き毛の青年はにやり笑う。
「まかしとけい!」
巻き毛の青年は不安定な体勢そのままに、剣を手に生成、刃を男へ届くほど伸ばした。
一回転、振るわれた刃は針山の蔓を切る。
二回転、切られて空中留まる蔓剣の身で叩き飛ばす。
三回転、石床から根こそぎ切り離す。
四回転、石床のがれきを蔓もろとも叩き飛ばす。
断面見える石床へ、叩きつけられる碧眼の男。直ちに起き上がって身を翻す。
地面に潜む、切られた蔓が男のいた場所を貫いた。
「あやべしくった」
あらゆる接近を拒むように、太い蔓が壁のように突き出して碧眼の男を囲む。
碧眼が、強気な笑みで細まった。
そよ風が吹く。
せき込む碧眼の男、その隣、腕組んだ長が現れ、すべての蔓が風で吹き揺らされた。
びたびたと風にゆすられる蔓。
「うぇーい!」
「というわけでぇ」
音頭を取る老け顔の青年。
「聖別できる一瞬の隙で」
仮面の女が着地。
「イキましょうか!4秒!」
ひまわりと座標が重ねて、聖別の術陣展開。女へと迫る蔓は全て眼鏡の聖職者が切り落とす。
赤毛の男が石床を蹴る。その威力、硬い地面が水のように振る舞うほど。ひまわりへ最接近。しかし、大きな光輪がその勢いを殺す。
進む勢い、止まった。
「さぁぁぁんぅ!」
義手の男が雷電とともに、赤毛の男の足元に現れる。
足の裏を合わせるふたり。地を向いた義手から突起が伸び、反動の強い熱線が放たれる。
押し上げられた。その足裏を蹴る赤毛の男。
ひまわりの隣零距離。
「にいいぃぃぃぃ!」
ひまわりめがけ、その蹴りは刃のように振るわれる。聖別を帯びたその脚。
轟音。
天が縦にずれたと錯覚する衝撃。
半分千切れてつながったひまわりの首が、大きく吹き飛ぶ。
「いちぃぃぃぃぃぃ!」
半分千切れたひまわりへと雷電纏って接近した青年たち三人は、光輪に押しのけられながら、長い剣を生成。
「げぼぼぼぼぼ」
吐瀉撒き散らしながら、三枚重ねの剣は16本目のひまわりを切り飛ばした。
青年たちは光輪の圧力を受けて斜めへ吹き飛び、赤毛の男も同じく地面へ叩きつけられる。
ひまわりに残ったのは、ひとつのつぼみとひとつの頭だけ。
「ぜろぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「もうなんも出ねえええええ」
口から噴水を吐く青年たち。
それと同時、仮面の女と聖職者が、地面下からの太い蔓に打ち上げられ、聖別の術陣が消える。
そのふたりを押しつぶすように、別の太い蔓が降り下ろされた。
赤毛被さる赤い目がそれを捉えた時、ひまわりの光輪は弾ける兆しを見せ始めた。
老け顔が叫ぶ。
「自分の身は自分で!」
その言葉に、眼鏡の聖職者と仮面の女は顔をこわばらせる。
赤毛の男は右足を石床の切れ目に突き刺して蹴り上げ、巨大な盾をめくりあげた。
下へ引っ張るように歪んだ口から小さく声が漏れる。
「税収無駄遣いさせらんねぇだろ吐瀉餓鬼」
蹴り上げられた、六角形の石床に視線が集まる。
雷電纏い始めた碧眼の男は、赤毛の男と視線を合わせた。
雷電は仮面の女と聖職者をさらってめくれ上がった盾のもとへと運び、義手の男は義手から力を噴出させ、そこに集う。
叫ぶ青年たち。
「あー!やっぱなし俺たちも!」
壁のような石床へ、目を回すように見上げる仮面の女。しかし、はっと顔色を変えたようにその盾に手のひらを押し付ける。その手から力が流れ出し、黄色い光の線が走る。複雑な術陣が転写された。3つの浮遊する剣が頂点となり三角形で支える。
術陣が完成した直後。
光輪が弾ける。
「うわー!」
3人集まった青年たちは馬のような姿勢を取る。
「これで安全!」
「っぱ向こうに合わせようぜ」
「みんなあっちいるし」
巻き毛、虎耳の青年は盾のほうへ顔を向ける。
ふたりは、老け顔の青年を蹴って、盾の後ろへ瞬時に移動した。
残された老け顔。
「え」
光輪の弾ける熱波に飲み込まれた。
その熱波の衝撃に合わせて、義手の男は盾の中央を右腕で支え、左腕から反動の熱線を放つ。
青年2人が滑り込んできた。
「痛ってぇぇぇ!」
盾を底辺として、長い三角形の安全地帯があった。そこにいるのは、長と、老け顔の青年を除いた七人。
息つく暇ができた。しかし息をすることは、埃吸い込むことを意味する。
「げほっげほ」
誰もが、肩の力を抜いていた。
その隙を狙い、安全地帯の石床を割って、太い蔓、鋭い蔓が現れる。
眼鏡の聖職者は目を鋭くした。
橙色の杖によってそれらは両断。
老いた聖職者はふたりだけの青年たちに首を傾げた。
「あとひとりは、お前さんたち?」
肩をすくめる青年ふたり。
「知らね」
後ろを指す虎耳の青年。
老いた聖職者は感嘆の息を漏らす。
「さすが……中央大聖殿」
青年たちは、唇、鼻、まぶた、眉、眉間、額を顔の中心に集めるような苦い表情になる。
「おじいちゃんこそ、老後も現役って感じでお元気ですねぇ~」
「いえいえ私など、ただ死に損なっているだけでございます。常に死地へ赴くあなた様方には及びますまい」
「そんなことないですよ!ほらおちんちん!」
巻き毛の青年は手を重ね合わせた小山を作ると、股間から伸びるように付ける。
「てっ、ついてないやろがい!」
「取られたんがな!」
「ぎゃはははははは!じゃあ人から取ってつけるか!」
「犠牲者増やしてどうすんねん!」
「だははははははは!」
腹を抱えて笑う巻き毛の青年に、老いた聖職者は眉根をひそめる。
せき込む碧眼の男は、術陣を維持し続ける仮面の女の背中を眺めていた。
赤毛の男も同じく横目で見る。
“次は無理だろう“
仮面の女の気配は腰の道具によって一定に保たれていたが、出力に乱れがある。
仮面で隠れているが、それでさえ、苦悶の表情を浮かべていることがうかがえた。
そう考えている赤毛の男、それに気づいた碧眼の男は首を振る。
「構うな」
赤毛の男は睨むように目を合わせる。
「守られるべき力のない生まれだと?そこまでとはな氷河の血。我々貴き血が、統治のためにすべきことだ」
心の中、青血の貴族と、端っこにいる、貧民たちが想起される。
その心象風景を消し去るように、光輪の暴威が収まり、術陣が解ける。それと同時盾が弾け飛んだ。
その破片は致命になり得る。
弾けたと同時、仮面の女は己を守るように自身の長衣を大きく広げて術陣を転写、防ぐ。
残りはただぶつかって砕けた。
今彼らの目に映るもの。
ひまわり、つぼみを除いてあとひとつ。
赤毛の男は胸骨に手を当てる。
柄を握るかのように、手が形作られていた。
「ほぉああああああああ!」
そのとき気圧されるような巨大な気配。熱気が後ろから漂う。
「生意気こいてすみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!」
後方から、火の赤い煙をふかして進む、ひまわりの花弁と同じ大きさの、隕石と呼ぶべきもの。
熱波を伴うそれに乗りながら、跪き、額をすりつける、老け顔の青年。
隕石を見上げて巻き毛は頭を抱える。
「おまえこんなことに使うなよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うるせぇぇぇえ!いいとこ魅せれてないんだよまだ俺はぁぁぁぁぁぁ!」
ひまわりに光輪が収束し、太い蔓が石床から伸び、絡みついて隕石を阻んだ。
しかし、それは速度を落とさず突き進み続ける。
光輪の威圧をものともせず、隕石はひまわりに接触。
「ɔːɾoːɑ(オーロア)様ばんざああああああ」
破裂する瞬間、中から紫の光が溢れる。
「い」
まばゆい光。その閃光、直視できない強烈さ。
衝撃は、爆縮を起こし、あらゆるものが引き寄せられる。
吸い込まれた埃、力。
拡散。
坂を転がる石のようにすべてが吹き飛ばされた。
「くそやろおおおおおおおおおおおお!」
鼓膜破ける音。
熱波に赤くなる肌。
その暴風はあらゆるものを熱する。
「はああ嫌な予感するくそやろう」
皆、立ち上がる。
上を向く瞳。
落ちる老け顔の青年。
ひまわりのあったところ、つぼみも消え、そこには何もなかった。
消えた気配。
ぴたり、消えた風。
「お?!うそ?まじ?!」
風のない静けさが訪れた。
「ふおおおおおおおお!」
「追徴課税を忘れるな、うぇい!追徴課税を忘れるな、うぇい!」
「新聞屋のおっぱいは?どこだぁぁぁぁぁ俺の写真みせろおおおおおおお!」
長が現れた。その腕は、固く組まれている。
赤毛の男は、その様子に顔をしかめた。
長の黒い目が、赤毛へと向く。
「風が動かん」
蜜色の目が、ひまわりのあった場所を見上げた。
碧眼の男が口を小さく動かす。
「何がある」
その隣、新聞屋として制服身に付けた女が突如、そこにいたかのように現れた。
「おっぱいだあああああああ」
せき込む碧眼の男へ差し出されたもの。それは写真。
蹴り放つ赤毛の男と熱線放つ義手の男。
紫電の大剣を横に払う碧眼の男。
腕を組む長。
四角の剣を伸ばす巻き毛の青年。
人型の獣へと変じている虎耳の青年。
隕石に乗った老け顔の写真。
と、その隕石がひまわりへと衝突する瞬間真横から撮った写真。
老け顔の青年は、その隕石の影響全くないきれいな服を汚すように、いもむしのごとく這い寄る。
「写真みせてくださいいいいいいいいい」
せき込む碧眼の男は口を押さえる。
「いくらで売る?私の写真を買いたい。けほっ」
早口をおさえる、ゆっくりとした、震える声。
新聞屋の女はにやり笑うと、そこになかったかのように姿を消した。
碧眼の男は苦虫を噛み潰したように、歯を食いしばる。
「いいいいいい。お、暗くなってきた」
明度が下がっていく。
まるで日没。