第35話 前を向いて捩れが戻る
王宮前、正面から見れば長方体を横倒したような、奥行きはないが広大な建物。上から見れば、丁字型の、中央からまたひとつの長方体が伸びたような形。
前面に緑や花豊かな庭が、平原のように広がっている。
「口きけるか?どうした」
「ああ………………」
門のような、横から通り抜けられる奇妙な長い金属の柵。ここが正門だというような飾りの柵付近に立つ義手の男と、担がれている赤毛の男。
「水飲んだらちょっと落ち着けるか?」
「……………」
義手の男の目が、右上を向く。その仕草は、今まで立ち入ってきた王宮の水処を思い出すよう。
跳び上がった。
王宮の建物近く、その左端にそれらしきものを目視。
空いている手で力を噴出し、そこへ滑空する。
その井戸は、水をくみ上げるための機械仕掛け。後ろには、長い縄で繋がった桶でもすくいあげられる、大穴を塞ぐ木蓋があった。
担いでいたものどさりと下し、桶を探して見回すが、見当たらない。
機械仕掛けの後ろの木蓋を開けて、紐を引っ張り、井土下の桶を手繰り寄せる。
3つの気配。
井戸の下から。
男は距離を取り、井戸を注視しながら目を水平に動かし、首を捻って全方位を見回す。
「やっほっお~~~~!!」
蓋が爆発したように吹き飛んだ。
井戸から飛び出す3人の人影。
真上に近いほど見上げる蜜色の瞳。
彼らの着地点には、赤毛の男がいる。距離を取り、顎下げて目で捉えられるようにした。
3人の人影は、曲芸のように体を回転させて優雅に着地。
その細身に張り付くような被覆は、柔らかくきめ細やかな金属の糸で編まれたようなもの。
綿詰めた布製の馬の頭を股間からはやした巻き毛の青年を先頭に。
イシュ王子の冠帽子被る、老け顔の青年を真ん中に。
馬の尻尾模したもの垂れ下げた、虎耳の青年を後尾に。
3人立っているだけだが、馬に見えるかもしれない成りが出来上がっていた。
あるひとつの特徴が、蜜色の目を釘付けにする。
青年たちの首には、縫い合わせたような傷痕と、縫合として糸のように使われた金属の輪があった。
老け顔が口を開く。
「どうどうどう!朕こそがイシュの王子なり」
義手の男の顔は険しくなり、口を引きつらせた。
「おい全然うけてねぇどん引きじゃんかよ最低だなお前」
「口くっさお前。豚の尻穴くさい」
「嗅いだことあんのかよぼけおめぇ」
「こちとら農夫の息子じゃけぇ舐めんな」
「っと、準備運動は終わったぜぇい」
その会話の間に、彼らの力循環量は増大、圧迫感あるほど気配が膨らんでいた。
先頭が股間の馬を揺らすと同時、真ん中の老け顔も帽子を揺らす。
「剥き出しでぱっと見でもわかりやすい!俺の勝ちな。偽腕!ごほん。貴殿を、母なる父に対する反逆の罪で処刑する!」
「ばーんーーーー!」
「どかーーーーーーん!」
馬の後尾、虎耳の青年は腰を縦に振って尻尾を揺らす。
義手の男の眉間は、ますます皺寄った。
「おい!赤毛どこ」
「あ、ここ」
「ん?なにぃぃぃ?!」
彼らの足元に、赤毛の男がぐったりとしている。
「即刻処刑ぃぃいぃ!」
井戸の蛇口から滴が落ちる。
馬の首を股間から生やす、巻き毛の青年はその手に四角い剣を生成した。
顔色が豹変し、蜜色の目が大きく開かれる。
剣。それは、持てる者限られた権威の象徴。その形と碧い目は、教会の討伐隊であることを示している。
剣身に三又の黄色い光走るその剣。
赤毛の肩を切り飛ばすように下から振り上げられた。
蜜色の目は、赤毛の男が動き出すことを期待して、じっと見つめる。
その気配はいっこうに訪れない。
義手の男は地面を蹴り、鋭く前へ。硬い左手のひらで、掴んで受け止める。
力の激しい衝突の証である火花が散った。
「ほいさぁぁぁ!」
老け顔の青年が、同じ剣を生成、刃を掴む左腕狙って降り下ろされる。
男は体を巧みに動かし、剣を掴み続けながら左前腕でその刃受け止めた。
「あちょおおおお!」
虎耳の青年は左手に剣を生成、左回りしながら寝転がり、その勢いで男の左脚へと横薙ぐ。
左手を動かせば、その隙を狙って刃は体を切るだろう。
男は背中を晒すような姿勢で半回転、左手側から来るそれを右手で受け止めた。
蛇口から落ちた滴が、地面ではねた。これらの攻防は、その数瞬に行われたこと。
だんだん、だん。
金属ぶつかり合った音に、耳を塞ぐように背中向けた赤毛の男。
「寝てたお前にもう一度申し伝えよう!貴殿らを母なる父に対する反逆の罪で処刑する!お?おお?!」
剣を引こうとした彼ら。しかし動かない。義手の隙間に刃が挟まっており、がちゃがちゃと音を立てるのみ。
「えっぐ凄腕やば」
背中を向けていた赤毛の男、その耳が、まるで目の代わりとなっているように、ごく僅かに動いた。
滴落ちる。
剣を手放した青年たち。剣は消えずに残り続ける。
空の手で降り下ろす動作をそれぞれ、正面、右、左へとする巻き髪、老け顔、虎耳。
その最中、空だった手に、同じ四角い剣が生成された。
挟まっていた剣を払い、両腕で3つの刃受け止める義手の男。
直後、彼らは残りの空いた手に再び剣を生成。腹、太もも、胸へ振るう。
男は腕に火花散らしながら下がり、刃を避けた。
落ちた滴地面に溶ける。
「おいロスさすがにちゃんとしてくれ」
赤毛の男はいまだに背中を向けていた。
虎耳の青年はにたにたと笑う。
「なんかあれだな、あれ、フられたときの老け爺みたいだな」
「あーそんなこと言っちゃうんだあーばらしちゃおっかなーお前鶏に」
「わあああああ!わああああああ!言うなーーーーー!」
その時、薄緑の目がにやっと細まった。
しだいに、口もにや~っと吊り上がる。
ついに、笑いを誤魔化すかのように咳き込んだ。
「お、ウケてんじゃんやったなお前」
立ち上がった赤毛の男。正面を向く。
弱々しいが、攻撃的な笑みを浮かべていた。
「あほらしい。鶏にハメちまったんだな」
虎耳の青年の顔が、溶けた鉄のように真っ赤になる。
「ああああああああああああああああ!」
「うっわえっぐお前きっしょがちできしょいうっわきも。まじきもいがちで終わってる」
立ち上がった赤毛の男に、胡乱な目を投げる義手の男。
「何があった………?」
「なんだよ。らしくない顔してんな」
変わらず力のない声だったが、祭開催直後の意趣返しであることに義手の男は笑みを浮かべた。
「うああああああああ!殺す!全員殺す!」
虎耳の青年の体が、3倍に膨れ上がる。それはまるで虎の如き威容だった。
老け顔の青年と、巻き毛の青年は、徴税官ふたりの傍に並び立つ。
「ちょっとおふたりさん。大変恐れ多く、差し出がましくてふてぶてしい一生のお願いがございます。少々お力お借りさせていただけないでしょうか」
義手の男は腕を組み、赤毛の男はあっけにとられたように口をすぼめる。
王宮の入口へと体の向きを変えたふたり。
「じゃあな」
そのふたりに立ちはだかるように、行手をふさいだ青年ふたり。
「あ!お待ちください!」
「うおおおおおおおおおお!」
虎の巨人が、青年ふたりへ剣を下から振り上げる。
並んでいた青年ふたりは磁石の反発のように、間を空けた。
直線状のものが両断され、王宮よりはるかに高い砂埃を吹き上げる。
明確に隙が生まれた。
赤毛の男はふたりの青年へ蹴りを繰り出す。
老け顔の青年は咄嗟に右腕で受け止め、左手で叩いて受け流す。赤毛の男はそれを読んでいたように、受け流されたと同時、体捻って膝を曲げる、かかと蹴り。鎌のようなその蹴りに、ぐらりと頭を揺らす。
追撃。
回し蹴りを腹に打ち込み、巻き毛の青年へ吹き飛ばす。それを躱しながら巻き毛の青年は剣を生成した。
しかしそれは隙となる。
剣の間合い内側へすでに踏み込んでいた赤毛の男。
顎を打ち抜く飛び膝蹴り。
顎と迫る膝の間へ、手のひらを滑り込ませた巻き毛の青年。
その防御を貫通したように衝撃脳天を突き抜ける。
白目を剥いて倒れる巻き毛。粉のように消えた剣。
我を失ったように叫んでいた虎の巨人は、倒れるふたりの姿を見て猫のように爪を舐める。
義手の男と赤毛の男は、王宮の入り口へと駆け出した。