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第29話 粘土の仮面:生皮の仮面


風に並ぶ速さゆえ、赤毛の男だけが先に法の塔へたどり着いた。


塔に出入口らしいものはないが、ひとりの流浪の民が壁の傍に立っている。


その者は、赤毛の男の視線に気づくと手のひらを扇いで誘う。


「裏手から入れる」


男は塔の反対側まで進む。その壁に触れてまりょくを流した


すると何か金属同士ぶつかる音がした。手で押すと、壁は扉のように開かれた。


灯火の薄暗い明りに照らされた目の前には螺旋階段。そこを登ろうと足を階段にかけたとき、下からたんたんと足音があがってくる。


床がぱかりと、四角い縁取りでせり上がった。


現れたのは義手の男。


赤毛の男はその蜜色の目と視線を合わせる。


「下なのかよ」


きゅっと小さく肩をすくめた義手の男。


「あぁうんそう。で話は聞いてる。もうどうにもならんな」


「はあ、(もうちょいでかい国なら)もう帰らされてる頃だったろうによ」


義手の男は頷くと、ふとしたように首をかしげる。


「ん?ナーシェは?」


ふたりは列作って螺旋階段を下る。


「待ってられなかった」


「(循環させたまりょく抜くのももったいないしな)かわいそうだがナーシェも強くなれば……」


義手の男は口をつぐんだ。


赤毛の男は片眉をあげる。


「……無理あるとか思ってんのか?」


義手の男の口は、錆びたように鈍く開く。


「さすがにな」


赤毛の男は口をへの字に曲げる。


「でもあいつ頭いいだろ。そういう強さもある」


義手の男は下唇を巻いた。


「そうかもな」


ついに黙り始めた頃、人の気配がした。それはふたつ。


すぐに目視された。

険しい表情の長と、胸板ほどある本を片手で開き、螺旋階段の支柱を指でなぞっている男。


その者は女のように長い髪を、腰のあたり、盃のような留め具で束ねている。その風貌から、数ある流浪の民の中でも珍しい血と故郷を持った者であることがうかがえた。


「なにしてんだ」


「“睥睨する法”直してるらしい」


赤毛の男の声に、長髪の男は振り返る。


「お~待ってましたよここお願いしても?[力まりょく頂戴しても?]」


挨拶と名乗りがないことは"勧めの書"という一般規範から外れた行為だが、流浪の民同士の間で挨拶と名乗りはむしろ不自然。


「どれくらい」


「光るまで」


それに従い、長髪の男が指し示す場所に手のひらを当てる。


循環させずまりょくを送るため、熱などの浪費は少ない。これにおいて求められる能力とは、より無駄なくそれを行うこと。


まりょくの移動は、体から熱消えていくような特異の感覚を与えられる。


柱の術陣へ向き直った長髪の男が口を開く。


「それはそうと、新米ちゃんどこ?」


「誰のこと?」


「ん?ナーシェしかいないじゃないですか」


「もうすぐで来る。どうした」


柱の術陣を眺める表情に変わりはないが、声は苦々しい。


「いやあ楽だって聞いてこっち来てるんですよ。ある程度大変になっても、まさかこの本使わされることがあるなんて。文句もいちいち面と向かって言いたくなるってもんですよ」


赤毛の男は眉をひそめた。


「はぁ?」


「最初又聞きだったんですよこの話。そしたらなんと新米ちゃんがこの話広げてたんです」


赤毛の男の目の奥は困惑で揺らいでいる。


「んで直接聞いてみたら人が多いほど安全になるとかなんとか。いや~らしくないな~とかって私思ってるって感じで」


突然饒舌に口を動かしだす長髪の男、その様子の変化に長は目を細め、義手の男も同じ目をしているものの固唾をのんでいた。


長髪の男は喉をきゅっと締める。


「………あ」


ちょうどその時、まりょくが満たされ、支柱が振動を始めた。その激しさ、触れていれば骨に響くほどの痛みが起こる。


赤毛の男はさっと支柱から手を離した。


「これで(違法な術陣使われる)面倒なくなる………ふう~頭疲れた目が痛い。ん、待った、ああ~そんなことないようです邪魔されてますね。書き換えが始まりません」


「はぁぁ?」


長髪の男はまぶたの上から目を揉む。螺旋階段を登っていった。


外から大きなまりょくの気配が漂ってきている。


皆言葉なしに、長以外、同じようにまりょくを高めた。


ふたりは長髪の男を追いかける。


長髪の男が塔を出て、全身が、傾く日の光にさらされた瞬間だった。


その目に映ったもの。


見張り番をしていた流浪の民が、ひとりの仮面をした者へと鎚を振りかぶる光景。


最も目を引いたもの。


それは、浮遊するひとつめ、浮遊したふたつめを、悠々と指先で動かす仮面の者だった。


その仮面の者、身なりは、身分を隠す意図があるような、足まで覆う質素な薄肌色の長い外套。


降り下ろされる鎚は、仮面の者が操る浮遊するつるぎに受け止められる。その一瞬の隙を突かれて、流浪の民のがら空きの胴体へ、浮遊した剣が突き刺さった。


悶えるように背中を丸くして後退る流浪の民。その手の甲の棒は残り一つ。


塔から飛び出した義手の男。


鎚を片手に、義手の男は一直線、仮面の者へ殴り掛かる。浮遊する剣が義手に向き直った。


ノアームは、仮面の視界から外れるため、這うような姿勢でなめらかに動く。その動きで背後を取った。


仮面は義手の姿を追いかけて、首をひねりながら浮遊する剣横薙ぐ。刃は虚しく空を横切った。


すでにノアームは、仮面の後頭部側を位置取っているからだ。


刃が空を切ったと同時、鎚の頭は、その背中へ。


仮面の者は人差し指を曲げる。すると浮遊した剣はその鎚の頭とぶつかり合った。


義手の男はそれをものともせず。


鎚をおとりに、浮遊した剣すり抜けて義手の拳が仮面の横面を殴りつけた。木の棒のように吹き飛ぶ。


義手の男は警戒を促すように、あえて声を出した。


「手ごたえない」


仮面の者はふわり、華麗な受け身を取り、まっすぐ立った。殴られた仮面の箇所には、厚塗りをするように分厚い粘土が生成されていた。残骸がぱらぱらと落ちていく。


その身のこなしと浮遊するまりょく金属つるぎ


"恐らく青血の貴族であることが推測できる。

特に浮遊する金属が決定的。たとえそれができる才能ある農奴や騎士だとしても、貴族の間で伝わる技術がなければそれそのものを駆使できない"


「立ち去れ。お前たちの行為は窃盗である」


高くも低くもない声。そして貴族訛りの、独特な抑揚を持った、教会語。


流浪の民たちはそれに口を閉ざしている。


代わりに、赤毛の男と義手の男は鎚を構えた。


「徴収する」


赤毛の男は動かず、じっと仮面の者の隙をうかがい、ノアームは正面から距離を詰めた。後ろへ下がりながら仮面の者は、そのつるぎと同じようにふわりと浮く。


追いかけて、逃げる、その速さは鳥の急降下に匹敵する鋭さ。


そしてその間合い。


鎚は届かず、されど刃は届く、達人の間合い。その距離が常に保たれていた。


刃がノアームの首筋へ。それらは義手に叩かれ、砕ける。


仮面の者は砕かれたことに、感嘆の息を静かにこぼした。


義手の男に追いかけられながら、仮面の者の、周囲の空気がゆらめく。


つるぎがもうひとつ生成された。浮遊するひとつめ、浮遊したふたつめ、浮遊のみっつめ。そして剣の幅は倍増。


つるぎが落ちる鳥の羽のように、複雑な舞でノアームへと迫る。


男は刃を殴るが、砕けず。


時が止まったように、互いの視線が交錯した。


攻勢一転。仮面の者が追いかけ、ノアームが逃げる。


首筋を狙う刃を右腕で弾くと同時に腹へ刃が、ただちに左腕で弾くと直後脚へ刃が。


脚への刃を、靴底の金属で回って蹴るように両足持ち上げて躱す。それだけでなく、その足で浮遊する剣をも弾く。


仮面の者がノアームへ手をかざす。そこに術陣が発生、まりょくの黄色い熱線打ち出された。


それは今この一瞬、ノアーム自らの回し蹴りの動きによって、視界で捉えられない、隙を突いた一撃。


ところが、仮面に背中向けるノアームは鎚で熱線を受け、まりょくを吸収した。


常に攻防一体。


ふたたび感嘆の息を漏らす仮面の者。


しかし仮面の者を鎚で殴れるほどの余裕はない。


その熱線によって隙が生まれた。浮遊の剣、その刃はノアームの頬を皮一枚の薄さで裂いた。避けることができなければ、鼻から頭を両断されていた。


集中力の高まりによって、時の流れが鈍ったようになめらかになる。


これまでは時間稼ぎ。


義手の男は後方を一瞥。


すでに赤毛の男のまりょくは、仮面の者を上回る循環量に達していた。


高まる集中力によって、ゆるやかだった時の流れが加速する。


赤毛かぶさる目は、仮面の者の腹に定まった。


赤毛の男は空気突き破る勢いとともに、槍のような蹴りで仮面の者へ接近した。


蹴りが腹に刺さる直前、そこでようやく、接近に気付いたように仮面がはっと揺れる。


装甲のように粘土が生成される。


それをものともせず、腹へ深く蹴りが突き刺さった。仮面下から呻き声。義手に握られた鎚がその曲がった背中狙って振られたが、浮遊するつるぎがその鎚を受け止める。同時に、浮遊した剣と浮遊の剣が切り返した。義手の男は鎚でその刃ふたつを弾く。


赤毛の男の頭上にいくつもの術陣が生成、熱線が雨のように降り注ぐ。ひらひらと躱して赤毛が舞い踊った。


その間浮遊する剣は義手の男に付きまとい、牽制。


そうして時間を稼いだ痛みに呻く仮面の者は、足元に丸い術陣を形成、竜に見紛う大きさである粘土の蛇を生成、その頭に立つ。


大蛇の尻尾は、その巨体に見合う長さがあり、鋭い。蛇は尾の刃を振り回しながら鞭のようにのたうち回った。法の塔は避けて、建物あらゆるものが傾き、尾の刃に深い溝を刻まれる。


建物はその暴威に耐えているが、赤毛の男、義手の男にとっては脅威。


蹴りが腹に突き刺さって、大蛇の生成までわずか4秒。


赤毛の男は、全身を蛇の尾で打ち付けられた。


「おーいなんだこりゃー!」


尻尾に弾き飛ばされ、空中をきりもみ回転しながら赤毛の男は苛立つ声で叫んだ。その勢い、法の塔が小さく見えるほど。


遠く、小さく見える大蛇を睨みながら、体勢を整え着地。


「打ち上げる(からそこ狙え)」


義手の男の大声。


薄緑の目がその動きを捉えた。義手の男は暴れる大蛇の下あごにしがみつき、肘からまりょくを噴出させて空高く飛び上がる。


頭の上に立っていた人影、仮面の者はうろたえたかのように、周囲を見回し、癖のように仮面の上から、口に手を当てて次の一手を思案している。


赤毛の男は深く腰を落とした。


地面破裂するほどの、強烈な跳び上がり。


"そこだ"


その跳び上がりを、一直線のまっすぐな煙が追いかけるほどの勢い。鎚を携えた赤毛の男は、投げられた槍のように遥か高く跳び上がる。


仮面の者の腹に狙いを定めた。しかし分厚い粘土の壁が生成される。


突き破るも勢いを殺された。


そこを狙って、浮遊する剣左から、浮遊した剣右から、浮遊の剣は上から切りかかってくる。


『ピ――ッ』


かべ越え前、大鳥を堕とした琥珀の少女の笛がつんざく。


頭痛どころか、脳をかき混ぜられるような耳鳴り。


赤毛の男の脳裏に、琥珀色の髪と、大きな目、その下にあるほくろがちらつく。


鎚で刃受け止め、その間に。


"こいつには効かん"


と、少女と視線を交わす。


それを悟った琥珀の少女はすでに、大砲のような大きな筒、塀での休憩中に撃ったものを胸に抱えていた。


よたよたと、苦悶の表情を浮かべながら狙いを定める。


どかんと音が鳴り響き、仮面の者を狙って撃ち出された。


「ばか!」


直後それを蛇が尾で防ぐ。だがその尾は衝撃に粉砕され、雲をも散らす強烈な爆風に、浮遊するつるぎは斜め上へと吹き飛んだ。


"あぶねぇだろ!"


一瞥をすれば、投石をするような紐で少女は何かを振り回している。


大蛇だけでなく、皆落下しているため、偏差を計算しなければ届かない。


投げた。


それは正確。


だがしかし遅い。


義手の男は機転を効かせる。掴んでいる大蛇の顎を揺らして、間接的に仮面の者を殴りつけた。


体勢を崩す仮面の者、大蛇。


5秒かけて、ついに投擲とうてき物が届いた。


赤毛の男にぴりっとした勘が脳裏を走り、目を閉じる。義手の男は投擲物の正体を知るために直視。


大蛇の頭に到達した投擲物から、強烈な光が放たれた。


閉じても痛みを覚えるほどの閃光。


"だが仮面の者は、その仮面で光を遮っているはず"


"ノアームは目をやられている"


"これは賭け"


"だが速さ勝負では負けない"


吹き飛んだ剣3つが、赤毛の頭を突き刺すように戻ってくる。


大蛇の顎を掴んでいる義手の男は、赤毛の男へ引き寄せた。


赤毛はためく薄緑の目の前に、仮面の者。


少女は大砲を再び撃ち込み、1秒足らずでただちに炸裂。


戻ってきた浮遊の剣は再び吹き飛ばされる。


赤毛の男は仮面の横腹へ鎚を振るった。


直撃。


力が抜けたように、大蛇から落ちていく仮面の者。


赤毛の男はそれに手を伸ばす。


義手の男はそれを見ると、掴んだ蛇の顎を握り直し落下、空を裂きながら二回転。


地面へ叩きつける直前、場が凍ったような静寂訪れる。


その瞬間、蛇の頭は地面へ叩き潰された。


砕け散った石畳、ちりが衝撃に運ばれて一体を覆う。


イシュの都に地を鳴らす轟音響いた。


少女が拳を突き上げたとき、届いた衝撃の風に琥珀色の短髪がはためく。


「よっしゃぁぁぁっ」


腹から出る、細い喉を通った野太い声。





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