第17話 押し入り: 2
屋敷の扉はほとんど開けれられ、寝台のある小部屋であれば人が横たわっている。
ふたりの目の前には、巨人がくぐれるような木製の二枚扉。
「中にこんなでかいの作ってどういうつもりなの?」
「なんでもいいだろ」
赤毛の男は柔らかく息を吐く。
「うし」
琥珀の少女はその表情に小首をかしげる。
「え」
「今扉ごとぶっとばされなかったからな」
「そんな金かかってもったいないことする?でもそゆことね経験が違うわ」
赤毛の男は扉を叩く。大きさに対し、小さなその取手へ、おそるおそるそっと指先を近づけた。
琥珀の少女は細めた目で見上げる。
「んなことするぐらいなら」
「うっせえ」
冷たい取手を握り込み、引く。
開かれた扉。奥に、黒髪に白髪混ざる男、茄子色の髪の女、茄子色の髪の少年、茄子色の髪の少女がいた。
男は箱のような机に両肘をついてうつむいており、その後ろ、女は立っており、碧眼の少年少女はその女にぴたりと身を寄せている。
彼らの鮮やかな服装は社会的身分の高さを示しており、静かだが強大な力の気配は、強者を思わせる圧力があった。
赤毛の男は目元が緩んだような笑みを作り、硬貨を取り出す。
「徴収に来たロスアリグ」
琥珀の少女は目をきらめかせるような表情を作り、よりすり減った硬貨を持って出入口の前に立つ。
「ナーシェです」
扉に見合ったこの広い部屋は青い絨毯が敷かれており、その模様は術陣を思わせる幾何学。
赤毛の男は中央二歩手前の地点で立ち止まり、顎に手を当てる。
「カルブラクト当主」
うつむく男は顔を上げ、その碧眼でじとりと赤毛の男を眺める。
「カルプラクト」
より高貴であることを示す訛り。厳かであり、驕りなし。
赤毛の男は頭をぼりぼり掻く。
「ああ……失礼したカルプラクト当主。今から徴収する」
硬貨をしまうふたり。
赤毛の男は腰の道具に触れ、それを鎚と成した。
「うむ」
赤毛の男は目を鋭くして周囲を見回す。
碧眼の男はため息を吐きながら首を振った。
「抵抗する気はない」
琥珀の少女はにやにやとした口を引き締めるよう唇を横一線にする。
「だよね。もともとそういう決まりだもんね」
碧眼の男が頷く。
「ご苦労。うちの者が手を煩わせたようだ」
“しっかり手綱を握れ”
そう訴える目で男はじとりと睨まれた。
赤毛の男は鎚を片手でだらりと構える。
「こっち来てくれ」
後ろに控える女は、腰回りに張り付く少年少女を払いのけるように動き、男の椅子を引く。碧眼の男は立ち上がり、赤毛の男へと歩く。残りの三人はそれに続いた。
赤毛の男は両手で鎚の柄を持ち、男の背中を軽く叩く。膝をつく碧眼の男、しかしまっすぐ立ち上がった。鎚の色は薄緑から黄色へと変じる。
魔力の濃度によって、それに対応した光がある。小さい順に、青、水色、緑、黄緑、黄色、橙色、赤、黒。
少女は口を丸くすぼめる。
「わお~すご」
言葉とは裏腹に、どっと汗が噴き出るような異常事態。
鎚で叩けば、個人差ある力の総量、体内から体外へ一度に通れる量に関係なく、気絶、または意識朦朧とする。
すぐに困った顔を作る少女。頭によぎるのは、規定の“昏倒させる”について。赤毛の男をちらりとみるが、その薄緑の目は先を憂いて苦汗を醸し出している。
赤毛の男は、力の気配が膨らみ始めた茄子色髪の女の背中を叩く。そのまま崩れ落ちた。薄緑の目が少年へと向く。少年は口を曲げて走り出そうとした。
碧眼の男が大口を開けて叫んだ。
「しっかりせんか!」
びくりと動きを止め、嫌悪と苦痛の目で碧眼の男をうかがう少年。
「何でちんこひげの言いなりになるの」
「黙りなさい」
赤毛の男は眉をひそめた。
琥珀の少女は耳打ちをするような声を出す。
「王様のこと。なんていうか……見ればわかる」
「なんでちんこひげの下につくの。収穫、税収、力もなにもかもこっちが上なのに。隠してるせいで周りに舐められて。しかも全部いいなりで!」
「何度言わせれば分かる阿呆!」
「背徳くそじじい!こんなきったないやつらも家にいれてさ!」
怒気に空気が揺らめいた。
「しゃべるな」
静かな怒声に、碧眼の少年はびくりと震えてうつむく。
赤毛の男はやれやれと一歩近づいた。
その時少年は赤毛の男へ跳びかかる。首を折るように顎目掛けて蹴り下から上へ。
後ろへ体を傾けると、鋭い蹴りが赤い前髪をふわりと揺らす。
直後碧眼の男は少年をげんこつで叩き潰した。勢いよく頭を打った少年、その体は床で短く跳ねる。
動かなくなった。
「うわ〜」
「おいおい……」
そう見えたのも束の間、のろのろとした動きで頭をさすり始めた少年。
その隙に赤毛の男はその小さな背中を叩いた。
しんと静まる。
琥珀の少女は口に手を当てた。
「うっげ」
碧眼の男はほとんど口を動かさずに小さく呟く。
「まったく」
赤毛の男は残った少女へと目を向ける。腰のあたりでぎゅっと服を握り、少年と同じ顔をしていたが、じっとしていた。
その細い背中が叩かれる。
ひたり。
少女は膝を曲げ、座るように気を失った。
琥珀の少女は声をあげる。
「めっちゃいい子」
それと同時。
碧眼の男は力を収束させ、金属のような防具を被服の上から生成、それは透明になり服の内側へ溶け込む。
琥珀の少女はぽかんと口を開けた。
「あれ?」
徴収によって半減して、そうする余裕があることに。
赤毛の男は眉をひそめる。
「おい」
碧眼の男は遠くを見た。
「我が家族のため成すべきことがある」
「おいナーシェ!」
扉に立ちふさがる少女、その道具を鎚と成す。
同時に少女は片手を鞄へ突っ込んだ。その手には種のようなもの。その種は少女の歯で二つに割られ、引き伸ばされる。粘着性の黄色い帯が割れた種から出る。
すべて無駄だった。
碧眼の男は稲妻の如き力を纏い、轟きひとつ。
大きな扉が破れたかと思えば、男が消えていた。
「あーあ」
力の波動でがしゃがしゃんと割れた窓。
「くそ」
男の頭の中、いくつかの似たような前例がぐるぐると思い浮かぶ。
「だるいな」
規則とは、運用の目的に基づくか、前例を繰り返さないために作られる。
「あの人が共和派だったら?[起こしとくから面倒になったじゃん]」
「回りくどい[おれだけのせいか?]。うざってぇ」
「はあ、まあたぶん心配ないかも。あれ見て」
顎で指されたのは、壁に掛けられた剣。
この国の王家を表す紋章があった。イシュを象徴する、平らな大地に突き立つ、ひまわりの茎を剣にしたその意匠。
男は頭をかく。
「どっちにしろだろ。行くぞ」
「はいはーい」
泥棒の気配を探りながら、ふたりは駆け出して扉のなくなった部屋を出た。