第12話 心の枷:強者の枷
大通りのその先、そこにつながるのは教会。
人の目で遠くから見れば四角柱の集合に見え、交差する中央を最も高く、階段状にそれらを並べた十字状の建物。
その建造物の、天のように高い天井、剣を下から覗き上げたような長い礼拝堂。
そこへ、義手の男は革帯でまとめた人間の束を石床へ降ろす。
「頼んだ」
男は腰曲がった聖職者へ柔らかい眼差しを下向きに投げた。
青と白が重なり合った法衣を纏うその聖職者は、皺よれて垂れた頬を笑みに引き上げる。
「ええお任せください」
その首飾りは、十字架ではなく一字架、縦の長方体。
周囲には多くの足音。
流浪の民たちは、義手の男が下ろした人束を脇に抱えて、壁右奥の扉をくぐり消えていく。
「あなた様や。この老いぼれにお耳貸してくださいませんか」
「なんだ」
腰曲がりの聖職者へ、義手の男は尻を掻きながら振り向いた。
聖職者は垂れた眉をハの字に引き上げて言葉を失う。
「あ、ああ、失礼、ごほん、ただ聞いてもらえるだけでよいのです」
「わかった」
腰曲がりの聖職者は、耳に挟んだ煙草を取るように、細く小さな木製の棒をそこから取る。
植物成長を早送りしたように大きくなった。
そして自らを支える杖と成す。
「あなたたち流浪の民を含め、わたしたちは戴く王こそ違えど見上げるものは同じ太陽であります」
腰曲がりの聖職者は杖を付いて、義手の男に背中を見せながら奥の壁、天へと登る力が芸術的に描かれた、その壁へ向かって歩く。
「その太陽、御天道様の下でわたくしたちは何をやっているのでしょう。見上げるだけで、足元と隣にいる友人をおろそかにしていると思いませんか」
義手の男は黙って相槌を打つ。
「あらかじめ断っておきますがわたしの、太陽への気持ちを疑わないでください」
腰曲がりの聖職者は振り向き、義手の男と向き合う。
「“太陽の書”に書かれていることがございます。礼拝のため教会へ来る機会がほとんどないあなたたちでも知っているでしょう。“悪しき月を戴かず。その善なる太陽を戴けよ。されば安寧のための力が授けられん”」
義手の男は尻を掻いた。
「一般的に、戴くということは太陽から閉じた目を離してはいけないというふうに解釈されています。しかし解釈、曲げられかねない解釈なのです。原文で書かれた"太陽の書"にはそのような意味を含んだ言葉はどこにもない。恣意的に翻訳されているのです」
腰曲がりの聖職者は杖で線を引くように、その先端で模様を規則的に石床へと描く。
「目を閉じて見上げてばかりでは、“勧めの書”にある、力持つ者がそれなき者を守ることはできない。守るべきその者すら気づくことができないのは言うまでもないのですよ」
その模様は重ねるように何度も杖の先端でなぞられる。
「ただこの考え、受け入れられるものではないようです。わたしの友人や皆にこの気持ちを話すと、まるで“埃被り”の背信を疑うような横目で見られたのです」
何度もなぞられた石床には、力に方向を持たせて流すことができる程度の、浅い溝ができていた。
「一度御天道様から目を離して周囲の弱き人を守るだけなのです。決して背いたりなどしない。王の定める法など、御天道様が授けてくださった“太陽の書”、“勧めの書”に優越するわけがない。王法に背くことは王権授けた御天道様への背信と宣うなどおこがましいにもほどが………」
荒い声がしりすぼむ。
腰曲がりの老人は唾飛ばす口を閉ざし、重く息を吐いた。
「見苦しいところをお見せしてしまい失礼しました」
「気にするな。俺は聞いてる」
腰曲がりの聖職者は目尻を下げ、笑みで口端に皺を増やした。
「なんと言葉を尽くせば良いのか……それでは………わたしの独り言を聞いたお気持ちを伺ってもよろしいでしょうか」
腰曲がりの聖職者は、杖を動かしていた、皺しわの手を止めている。
「お前の話を聞いて、今まで見聞きした違和感のある出来事に理解が及んだ。俺たちはときどき足元を見ているが、王法の下ではそうもいかなかったのかってな」
腰曲がりの聖職者は表情をより和らげる。
「そうですか。であるなら王法に定められて行われているこの徴収はいますぐやめるべきだと思っているのですね」
腰曲がりの聖職者は杖で石床を突いた。
杖通して石床の傷へと力が流れ込み、それは六角形の術陣と成す。
「ぐっ………?!」
その術陣は天井へ反転、増殖して点滅と共にそこを埋め尽くし、義手の男は押し潰れたように床へ伏せた。
衝突した勢いに床がひび割れる。
「わかっております。あなたたちは契約に基づいてこの返納祭を執り行っている。それを考慮する余地はあります。契約をないがしろにすることは、御天道様が許されないでしょう」
腰曲がりの聖職者は強く床を杖で突いた。
「ですがその契約をする前に拒否することはできたでしょう。なぜしなかった。あなたたちは弱者から、守るべき者から、御天道様が授けてくださった御力を奪うと知っていたにも関わらず!」
その義手は鏡のようにきらめいている。
「御力を欲したのですね。王はあなたたちに特権を与えました。力を押収されない特権です。それに目がくらんだ。御力におぼれた。そして見上げるばかりで足元に倒れる友人を見て見ぬふりをした!王法がそう定めているからと、それを盾にして見過ごした!」
聖職者は杖を剣と成した。それは黄色く透明に透けた、人丈の二倍ある魔力の刃。
「あなたのその腕は、持たざる者のために分配するべき力を持っている。それを皆のために手放しなさい!」
直剣が振り上げられた。
「ノア~~~~~~ム!」
教会の大扉が弾くように開け放たれる。
薄く膨らんだ平たい革袋を持った琥珀の少女、鎚を手にした赤毛の男は腰曲がりの聖職者へ向かって剣身のような筋道を駆けた。
「その強欲を!」
義手の男めがけ、刃は縦に振り下ろされる。
その圧力で起きた突風は壁に衝突し、天井まで吹き上がった。
「うらああ!」
琥珀の少女は義手の男の背中へ、腕に抱えた薄く平たい革袋を水平に、回るかざぐるまのように投げつけた。
男の背中へ到達。
刃はその革袋の上から義手の男を叩き切る。
「じじい!」
赤毛の男は高い天井へ跳びつき、声を張り上げた。
聖職者は大きく跳び下がり、刃の切っ先を下げて赤毛捉えるも、老いた目にはぼやけて映っている。
少女は見上げる聖職者へ向かって、短剣を左手に、鎚を右手に突進。
半透明の青い力によって腕の長さにまで伸びた短剣は、聖職者の肩めがけ突き出される。
少女を捉えた聖職者、老いた目でも、その距離であればよく見えた。
聖職者は後ろへ体を倒し下がる。
下げた黄の刃の先端は青い刃を叩き上げた。
半透明の黄の刃は空いた少女の脇腹へ滑る。
赤毛の男は天井を蹴り、聖職者へ弾丸のように接近した。
「きゃ!」
琥珀の少女は黄の刃と己の間に、右手で持った鎚の柄を差し込む。
その黄の刃は琥珀の少女をなぎ倒した。少女は滑るように床へと転がる。
男の、薄緑の目が一瞬、気が散ったように逸れた。
聖職者は目を上へ動かすと同時に、刃を斜め上右から左へ振るう。
その碧い瞳は、鎚を両手で握りしめた赤毛の男を捉えた。
男は黄の刃の間合いの内側へ。
男は左腕側から迫る半透明の刃を鎚の柄で受け止める。
一度動きを止め、赤毛の男に押される刃。
聖職者は、男のその柄握る指めがけ叩くように刃を手首で動かした。
男は持ち手を変え、指を柄から遠ざけ、全て捌く。
男は、盾で押し込むように左前腕で聖職者の胸へ体当たりをした。
「ぬぐ………」
聖職者は背骨を石床に叩きつけられ、肋骨は波打つように沈み、体の端である後頭部は揺れるように幾度も揺さぶられる。
男は聖職者から体を離し、しゃがみこんで、その首元へ指を当てながら目を覗き込む。
「くそ………これ生きてるか」
義手の男は立ち上がり、少女はそこへ駆けつけた。
「助かったよお!てか怪我とかない?」
赤毛の男の罵声。
「年寄り舐めんな。長生きには理由がある」
ふたりは倒れる聖職者の下へ足早に歩く。
「ああ………ああ………信念を貫く力が足りませんでした、黒の主よ。わたしは誤りを見出したとでもまやかされるのでしょうか我らが白の主よ………」
聖職者のうつろな碧眼は皺つくまぶたに半ば覆われる。
少女は膝に手を付いて屈み、その碧眼を上から覗いた。
「強いと手加減難しいね。てか結構やばかったのに傷一つないよ。何でできてるのかな」
「お前ひやひやさせやがって」
「そんなことより褒めてくれてよろしくてよ?(海の)水()の革袋)なかったらノアーム大けがだったじゃん」
薄緑の目に映ったこと。それは、少女が黄の刃を防いだ時。最後の棒線がなくなるだけではすまず、二の刃で真っ二つになってもおかしくなかった。
片膝を付いてしゃがむ赤毛の男は少女を見上げて睨む。
琥珀の少女はからかう笑みを作り、薄い唇と大きな目を細めた。
「ん……あれ?!ナーシェのこと心配してくれるの」
男はため息をつく。
「心配っていうかよ、場合によっちゃあ態勢立て直しきかんぞ。それにノアームもよお」
義手の男は右手で尻を掻いた。
「すまん」
礼拝堂、奥の扉からいくつかの流浪の民が現れ、ひとりそこから顔を覗かせる。
「制圧した」
赤毛の男は立ち上がり右腕をまっすぐ上げる。
「(このおじいさん)連れてくよ」
「手伝う」
少女は聖職者の後頭部を左手で下から支え、背中を右腕で押し上げる。それに合わせて義手の男は聖職者の両脇に手を入れて立ちあがり、老人の背中を少女が支えた。
義手の男は背中で聖職者を抱え、現れた流浪の民と共に奥の扉へ歩く。
「はあ………」
赤毛の男は片手で顔を覆い、閉じた目で視線を落とす。
「ねえ」
少女は二の字に腕を組み、その右手の平で左肘を下から支える。
「何だ」
赤毛の男は顔を覆う手を降ろして眉を吊り上げ、琥珀の少女は口ごもる。
「ブルツの返納祭みたいになるんじゃないかなって………」
赤毛の男は首を振った。
「どうなろうが契約通りやるだけだ。それ以上でもそれ未満でもなく」
赤毛の男は教会の出入口へ向かって歩く。
琥珀の少女はその背中を見つめる。
「………契約通りね。いいこと言うじゃん」
琥珀の少女は三日月のような笑みに口を歪めた。




