第8話 力と金 蔑視と嫉視
大通り。
それは、街あるいは都市の要。金と人が大きく流動するこの場所。
流動するそれらふたつに力は含まれておらず。しかし金は時に力と交換ができるもの。金の流れは力の流れと見なせるときあり、その逆もまたしかり。
いくつもある大通り沿いの建物、一階、それらのおよそ半数で普遍的に行われていること。それは徴税官と、それに抵抗する者の衝突。
「大人しくすれば、すり傷すらつけない」
普段は商店として営まれている一階。そこの家具類は全て取り去られており、人間ふたり壁にぶつかるような不自由がなく、そうやって揉み合える程度に広々としている。
「おれたちには自分の財産を守る権利がある」
それぞれの訛りはあるものの、互いに流ちょうな教会語。
片や鎚を手に、片や短剣を手に、睨み合う。
「お前家族なんかいないだろ」
平均的な体格をした、黒い短髪の短剣持つ者は流浪の民へ唾を飛ばす。
その者の、イシュの民であることを示す枯葉色の目は、震えている。
「いない」
流浪の民は淡白に口を動かした。
「だろうな」
短剣持つ者は鼻で嗤う。
「返納祭の後は(お前らが見逃したやつらに)家を荒らされる。力奪われて、ただ盗られるのを這いつくばってみているしかできない。知ってたか。知らねえよなあ強いから。(明日になりゃ)金も力も両手で持ちきれないぐらいになってさっさと帰るんだからな」
流浪の民は静かに息を吐く。
「そんなことはない。(俺たちは)力だけを納める」
「おれは司祭様から聞いたんだ。でたらめ言うな」
短剣持つ者は流浪の民の動きを注意深く見ている。その注視する対象は、力の動き。
「金のことも嘘だ。おれたちは日々(慎ましく)生きるだけの労いを物で受け取るだけだ」
「嘘つきはお前だ。だったら何でそんな贅沢なもん持ってる」
短剣持つ者は流浪の民が身に付ける、金属の指輪、宝石の付いた首飾り、木製の耳飾りを指さした。
「先祖代々受け継いでいるものだ」
「それに!」
感情的に、“無理解”を意味する仕草、手のひらを上にし、指を相手へ指すような動きが繰り返される。
「お前らは女をさらう!」
ふらふらと舞う蝿が1匹。
壁に張り付き、前足をこする。
すりすり。すりすり。
「どういう………?ああ、そういう」
もう1匹、蝿がふらふらと舞う。
すりすり。すりすり。
「俺の幼馴染も!結婚が決まってたのにわけわからんお前らに誘拐されて」
「言いづらいが…………」
言葉を選ぶように、口の中で舌が転がる。
「(太陽の書の)“許されずとも認められた愛“………だったのでは」
ふらふらと舞い上がった蝿2匹は絡み合う。
すりすり。すりすり。
「お、俺が先にずっと好きだったのに!俺がずっとそいつを守ってきたのに!」
「ああ………(勧めの書のとおり)強くあれていればそんなことにならなかったと思うが………」
「くそったれおちょくってんのか!」
短剣持つ者は身をかがめて大きく踏み込み、腰へ抱き着くように流浪の民へ突進した。
流浪の民はその顔へ足を突き出す。
短剣の先端はその足底へ。
短剣は金属の壁へぶつかったように硬く弾かれ、その手から離れた。
弾いた勢い殺さず、その者の顔を蹴りつける。しなるように首が揺らいだ。
背中を鎚で叩く流浪の民。
鎚の、力を奪う仕掛けが作動する。
「はああ!」
しかし短剣持たざる者は倒れない。
「そりゃどういう………」
その声は、あまりの驚愕に心から漏れたようだった。
流浪の民は大きく後ろへ、おおげさに跳び下がり、背中を壁にぶつける。
壁へ追い込まれたように見える流浪の民。
そこへ短剣持たざる者は身をかがめて突進する。
接触、その寸前、流浪の民はひねって体を翻し、壁を蹴った。短剣持たざる者の頭上を通り過ぎる。
着地と同時に鎚を再びその背中へ叩きつけた。
「く…………」
足腰に力がなくなったようにその者は脚をよろめかせる。意識はまだ保たれていた。
その者の被服は水気に色を濃くしている。
「加減が難しくなる。暴れるのも気絶も我慢しないでくれ。こいつは人を殺せる」
「だったら………このまま放っとけ」
流浪の民は目を閉じ、胸に手を当てる。
「それはできない。徴収した証として、昏倒させることが規則で定められている」
「規則……規則!そんな冷たいこと!人の心がないのか!おれには家族がいる。返納祭のあと……どうやって家族を守ればいいんだ。お前らは守るものがないから―――」
もう一度、流浪の民は短剣持たざる者を鎚で肩から殴り倒す。
「腐敗を知らないお前たちの王を信じろ。イシュ王はお前たちの安寧を保っている。そのための徴収だ」
流浪の民は倒れた者へ近づき、しゃがみ、革手袋を外しその服を指で触る。
砂状のものを、つまみ落とすように指が擦り合わされた。湿り気を帯びていた指。
指でこすられたその液体は僅かに潮気を放っている。
流浪の民は顔をしかめて立ち上がり、建物奥の登り階段へ向かった。
男根がまるで畑のようにわんさか生えている下品な絵と、思わずうなるほどの写実的な猫の絵などが、壁を黒板のようにして、白い石灰の落書きが刻まれている。
「わんわんわんわん!」
分かり易く頭へ青い丸印をつけられた犬が三匹、牙を剝いて階段の上から降りてきた。
頭の中、任された担当区域の帳簿をめくる。ここ一帯は、そもそも青い血はいない。
貴族の所有物なら手出しできないが、そうでないなら何があっても罰はない。
「はあ……(根拠のない噂に踊らされて)ばかだなほんと」
流浪の民は一匹の犬の頭を蹴りつけた。
すると残りは戦意を失って逃げていく。
「きゃうううん!」
「お前らは邪魔くさい癖に税収の足しにもならん」
痛みで暴れる犬を跨いで、階段を登る。