婚約者について考えました……さすがに意識してくれるよね?
公務が一段落つくと、アルフォント家の様子を内密に探らせた使者が戻って、俺の前にひざまずいた。
「ご報告致します。クラリス様は乗馬レッスン中に落馬いたしまして……」
「おい! 落馬って……どういうことだ。大丈夫なのか!?」
いきなり衝撃的な言葉を聞き、俺は狼狽え、声を荒らげる。
落馬!? 落馬って……命に関わるじゃないか!
「ご安心下さい。クラリス様の命に別状はございません」
「……ケガは?」
とりあえず無事だったみたいだが、馬から落ちたんだ、大ケガをしているんじゃないか?
「かすり傷です」
「かすり傷?」
馬から落ちて、かすり傷?
そんなバカな。
「馬から落ちたのにか?」
「はい」
「よほど、上手に落ちたのか?」
上手な落馬の仕方って……よくわからないけど。
「いえ、落馬中に魔法が発現し、自身の身を守ったそうです」
なる……ほど。
すごいタイミングで発現したんだな……あいつらしいっちゃ、あいつらしいが。
おかげで命は助かったし、ケガもせずにすんだ。
不幸中の幸いだな。
俺は胸を撫で下ろし、椅子に座った。
良かった……
「今から、アルフォント家に行く。準備を」
「なりません」
俺が指示を出すと同時に、そばで控えていたナクサスの反対する声が被せ気味に聞こえた。
えっ? なんで? しかもソッコー却下すぎません?
「クラリス様ほどの魔力持ちの発現は、相当、身体に負担がかかります。クラリス様は意識を失ったそうです。今、王子が訪問しても、クラリス様とは会えません。むしろ、邪魔です」
「そ、そうか……」
俺はナクサスの理路整然とした台詞にタジタジしながら、まぁ……そうだな。今日はクラリスも大変だろうし……心配だが仕方ない。と思い直した。
……に、しても、邪魔は言いすぎだろ! 邪魔は!!
「気を失ったとの事だが、それは大丈夫なのか?」
「はい。先程、目覚められたようです」
「……ならいい。なにか異変があったら知らせろ」
「はい」
恭しく、頭を下げるナクサスに俺は思う。
なんで、俺よりもお前の方がクラリスの事、知ってるわけ?
「王子の側近として当たり前の事ですよ」
俺の心の声を察したのか、ナクサスは顔を上げ、ふっと鼻で笑い、先程、俺が飲んだ紅茶のカップを片付け始める。
お前が超優秀なのは認めるが、態度がいちいち厭味ったらしいんだよ!
「お茶のおかわり、いかがいたしますか?」
「いらない。それより、明日はアルフォント家に行くから準備を。今日は下がれ」
「はい」
ナクサスと使用人を下がらせ、俺はやっと一人になった。
そして、婚約者となった想い人の事をあれこれ考える。
かすり傷だとのこと……クラリスの顔を見るまでは安心できないな。
だけど、俺の心配などよそに「いつもの事です。ヘイキ、ヘイキ」と笑っているのだろう。
本当にあいつはさ……
クラリスの笑顔を頭に浮かべ、クスリと笑う。
クラリスは普通の令嬢……とは言い難い。
令嬢スマイルに立ち居振る舞いは公爵令嬢として相応しく、公の場ではソツなくこなしているが、気の置けない友人である俺達の前では……
ああ、友人としか認識されてないと、認めてしまっている自分が悲しい。
はぁぁぁ……
まぁ……その俺達とは、ピクニックしたり、魚釣りしたり、競争したり、剣勝負したり……って、それはもう公爵令嬢だからとか関係なく、女性がやることじゃないだろ!
どこの世界に男の頭を木の棒で叩き、
「勝ったぁ!」
と大喜びする令嬢がいるんだよっっ!
いや、剣勝負で負けたからって、言ってるわけじゃないからな。断じて。
でも、無邪気に大喜びするクラリスも……かわいいなぁと思ってしまうわけで……
いや、なんだ、うん、まぁ、そういう事なんだよ。うん。
それに、クラリスはよく笑う。
時には、明るく元気良く。時には、とても楽しそうに。そして、時には優しく、穏やかに。
それはまるで春の木漏れ日のような温かさで俺は幸福感に満たされる。
あの笑顔を守り、独り占めしたい。
多少強引ではあったものの、婚約したことで俺とクラリスの関係は友人ではなくなった。
さすがのクラリスも俺を男としてみてくれる……はず。
きっと。おそらく。たぶん。