RE:Side-OR3 迫ル赤壁
〜 ザッザッザッザッザッザッザッザッ……! 〜
「オバアちゃん、ハヤいね〜!」
「無駄口叩かず、サッサと走るワサッ!」
――こんな会話を繰り広げるオルセットとベルガは現在、ベルガの自宅と村の中央を繋ぐ道を走っていた……。えっ? 前回から話が飛躍しすぎ? まぁ、待ちたまえ。誰がその経緯を話さないなんて言っただろうか?
丁度、今から話そうと思ってたんだ。落ち着きたまえ……。
【むっ、村に盗賊がッ! ”赤壁の奴ら”が来やがったんだよッ!?】
そう叫ぶは、前回のラストに扉を蹴破る勢いで入り込んできた男。
息を切らし、顔はおろか彼の着込むチェニックなどが汗でビッショリとなっているその姿から、余程火急な出来事なのだろう……。だが、唐突に駆け込まれたこの家の主にとっては、あまり関係ない事であった。
【……グスッ、うるッさいだワサねェ……?】――右手で素早く涙を拭い去り、背中の玄関側に居る男に苛立たしい態度を向けるベルガ。【……そんな事、ボケ老人で嫌われ者なアタしゃよりも……イキのいい冒険者らに頼めば、済む話じゃあないワサァ?】――両肘を抱え、右足をトントンと上下させながら文句を言うベルガ。
一応、この時のオルセットとは言えば……この二人の対応に付いて行けず、女の子座りをしたままポカンとしていた……。
【くっ、そっ、そこで獣女とイチャ付いていた、変態ババアが偉そうに言ってんじゃあねェよッ!】――ベルガの態度に腹が立ったのか、怒鳴る男。【オレの親父から聞いてんだぞッ!? 村の外れに住まわせてやる代わりにッ! 村が危機に陥ったら必ず! 救援に向かうってッ!?】――彼女に指差しをしながら男は怒鳴る……!
【……アタしゃも、危機に陥ったら……って話だがワサね……?】――組んでいた両腕を崩すベルガ。【それにアタしゃは、あの村どころか……ロクに村の手伝いもせず、アチコチで遊び呆けてるって噂の”村長のドラ息子”でさえ、盗賊に八つ裂きにされようが……どうでもいい事なんだワサが……?】――背中に隠していたのか……!? 何処からともなく弓矢を取り出し、村長のドラ息子だと言う男に目掛けて構え始めるベルガ……!?
【用はそれを言いに来ただけだワサ? ならとっとと帰るなり、村を捨てるなり、勝手にするワサッ! アタしゃらは、後ろのバカを治すので忙しいんだワサ。 サッサと帰んないなら……!】――そう言いつつ、ドラ息子の眉間に狙いを定め弓を引き絞り始める……ッ!?
【わわわ、分かったッ! 分かったってッ!】――慌てて両手を前に出して全力で振りながら、止めるドラ息子。【去るからッ! こっから去るからよッ! ……その前に、チョッピリでも話を聞いてくれッ!】――そう言えば、”猿顔”にも見えなくない少々無精髭を生やしたドラ息子は、頭も左右にブルブルと震わせ始めながら必死に懇願していた。
【……サッサと話すワサ】――ヤレヤレと肩を竦めた後、弓を下ろすベルガ。
【あっ、ありがてェッ! さって……何から話すべきか……】――舐めたような男の態度を見たベルガが、スッと再び弓を引き絞り始める……!?
【わわわ、分かったッ! 要点を話す! 要点だけ話すからッ!】――ベルガの弓矢が再び降ろされる……。【たっ、頼れるのはバアさんだけなんだよッ! いつもスップリ森から無事に帰ってきているアンタだけがッ!】――ジャスチャーを交えながら話した後、最後の方で両掌をベルガに向けながら語る猿が……ドラ息子君。
【……本当に冒険者どもは役に立たないワサか? 後、近くの城塞都市への救援要請は?】――訝しげに尋ねるベルガ。
【出すも何も、どちらも帰って来ねェんだよ!?】――お手上げだ……と言わんばかりに、両手を上げながら言うドラ息子。【数日前から盗賊を見掛ける機会が増えたから、領主様の住む城塞都市へと親父が使いを出したし……それに盗賊の討伐だって以前から出してるし……今日、冒険者供に緊急依頼も出したッ!】――困り顔で必死に語るドラ息子。
【けど、どっちも帰って来ねェ……いやぁ、冒険者の方は何人かが村の広場で暴れる盗賊に挑んだんだが……返り討ちにされてからは……どいつもコイツも腰抜けになっちまって……!】――俯きながら、両手の拳を握り締めるドラ息子……。【だから頼むよ婆さんッ! アンタも一応、この村に住んでんだろッ!? この村の一員なら……この村を思って『思った事どころか、クソ程にも思い入れなんてないワサ』……ハァッ!?】――突然バッサリと会話を挟んで来るベルガに、思わず間抜けな声を出してしまうドラ息子。
【アタしゃが村に買い物へ来る度に、コソコソと村人供が陰口を叩いているのを……アタしゃが知らないとでも思ってるワサか……?】――本人は知らないのか、ベルガの言い分に”ヘッ!?”となってしまうドラ息子。【フン、それにアタしゃが今まで村に何か迷惑を掛けた事があるかい?】――挑発するようにベルガは言うが、ドラ息子君の反応は変わらぬままだ。
【それなら、ただ森外れに住んでるだけの……ババアで……変人の……アタしゃでさえ、そこのお嬢ちゃんと同じくらいに人並みに扱って貰えないんじゃあ、お前さんらに対する”義理”も”ヘッタクレ”もクソ程にもないワサ……ッ!】――”分かったなら、とっとと帰えんなぁッ!”……と言わんばかりの睨み様と、ドスの効いた声で威嚇するように言うベルガであった……。
【そっ、そりゃあねェだろッ!?】――ドラ息子は憤慨する。【村の中に住んでないとはいえ、あそこに来る行商人と取引をしている以上! ババァッ! テメェは……ッ!?】――”ヒュンッ! カッ!”ドラ息子の頬に矢が掠め、玄関の枠に深々と刺さると同時に彼を黙らせる。
【……それが、お前さんが人に物を頼む時の態度だワサか……?】――矢を放った直後の姿勢のまま、冷ややかに呟くベルガ。【次は眉間だワサ……嫌なら、とっとと回れ右してここからサッサと出て行くだワサァ……ッ!】――静かな怒りを秘めながら、素早く矢を番えては引き絞りつつ彼女は話す。
【……どうすりゃあいいんだよ】――恐怖からか、反射的に両手を目の高さぐらいに上げていたドラ息子が呟く。【じゃあ、どうすりゃあいいってんだよッ!? アンタ以外に頼れなかったら、誰が親父の仇を取ってくれるって言うんだよッ!?】――手を下ろし、顔を俯かせ、肩を震わせていた彼が涙を浮かべながら吠える。
【自分でやればいいでしょうが……】――呆れた物言いをしつつも、ベルガの弓を引き絞る力が少し強まる……。
【それが出来れりゃ、とっくにやっているよッ! けど、”奇妙な筒”を掲げながら、【これを作った奴を出せッ!】……って、話どころか金でさえも解決出来ず、怒鳴り散らしているような奴らだぞッ!?】――”奇妙な筒”……その一言を聞いた瞬間、呆然としていたオルセットの耳が一瞬、”ピクリ”と動くのであった……!
【……フン、話は勿論、金でさえも……だワサか。オマケに”奇妙な筒”とは……】――訝しげながらも、弓を引き絞る力を緩める事なく呟くベルガ。
【……おッ!? バッ、ババア! ちょっとは興味が……『ないだワサね、全く』】――再び、バッサリと切られてしまうドラ息子。
【そんな学ばないから、”ドラ息子”って呼ばれてるんだワサ……もうイイだワサか?】――”出てけ”という風に首を軽く振りながら、再度出て行くように促すベルガ。
しかしヤケになり始めたのか、彼がベルガに詰め寄ろうとするが……”ギリギリッ”という一際大きい弓を引き絞る音を聞かされ、怖気ついては足が止まってしまう。流石に命には変えられないと思ったのか……ガックリと大きく上半身を項垂れさせながら、トボトボと玄関へと歩を進めて行く……【マってッ!】――が、今まで口を閉じていたオルセットが、唐突に声を上げる。
【ねェ! ドラムスコッ! その”ヘンなツツ”って、こんな感じじゃあなかったッ!?】――盛大に名前を勘違いしているようだが、右手を”フリピス”っぽい形にし、必死に彼に問いただそうとするオルセット。
【ちょ、オルセットちゃ……『誰がドラ息子だッ!? このッ獣野郎が……ッ!?』……下がるワサよ?】――オルセットにだけは言われたくなかったのか、突然激昂しながら反転し、拳を振りかざそうとしてくるが……彼女の間にサッと割って入ったベルガに、眉間を狙われている事を再確認しては渋々、スゴスゴとドラ息子は下がって行く。【……眉間をブチ抜かれたくなかったら、答えるワサ】――オルセットからの熱い眼差しから何かを感じたのか、軽いタメ息の後にそう促すベルガ。
【チッ、何で獣女の質問なんか『サッサと答えるワサ……ッ!』……分かったよ……】――愚痴を呟くも渋々、了承するドラ息子。【……そんな感じだった気はする】――肉球が垣間見えるオルセットの右手を見ながら、彼は答える。
【やっぱり……!】――確信めいた口調で呟くオルセット。
【……で? それを知ってどうするんだワサ?】――弓を引き絞ったまま、首だけを動かして返事を求めるベルガ。
【オバアちゃん、おネガいッ! ジュウを取り返すのをテツダってッ!】――唐突にベルガに目を合わせ、必死に頼み込むオルセット。
【ちょ、ちょっと待つワサ! どう言う事だワサか?】――ギョッとするベルガ。
【ボスを助けたトキに、ボスからモラったモノなんだけど……実は……その……ニげる時にオとしちゃったみたいで……】――途中から少し目を逸らし、モジモジと歯切れ悪く言うオルセット。【けど……大事なんだ! ボスからモラったモノだし……それに……なんか……ボスがオバアちゃんイガイに、見せたくない気がしたから……】――直接、彼の口からは聞いてなかったモノの”隠してあった事実”と”イヤそうな奴に拾われた罪悪感”を直感などで感じていたのだろう……。最後は尻すぼみになるも、取り返したい事を熱く語るオルセット。
【……フゥ、しゃあないワサねェ……。おいッ! ドラ息子ッ! 『ハイィィッ!?』】――射られた経験からか、直立不動の姿勢でベルガの怒声に応えるドラ息子君。【赤壁の奴らは、今何処にいるワサァ!?】――続け様に質問をするベルガ。
【……なっ、なぁ……? ちゃんと言うからさぁ……? バアさん? 頼むからその弓矢を下ろして……『ドラ息子ってバカにされたのと同じ感覚を、今アタしゃは感じてるワサがァ?』……アッ、ハイ、言います】――一瞬、オルセットの方を向きながら怒りの込もった口調で話すベルガに、どうやらドラ息子君は諦めを悟ったようである……。
【クソッ、何で俺ばっかこんな目に……!】――一瞬、そっぽを向いてはブツブツと呟くドラ息子。
【面倒でも、アタしゃの大事な客人がバカにされたんだワサ。まさか、そんな事も”学んでいない”なんて……ブツクサの後に言うんじゃあないワサよねェ……?】――キチンと耳に入っていたのか、苛立ちをより募らせた表情で弓を更に引き絞るベルガ……!?
【分かったってッ! あのクソどもは、”村の中央広場”だ!】――ヤケクソに言うドラ息子。
【サッサと言えワサァ……】――呆れ気味にドラ息子に言いつつ弓矢を降ろす一方、目的地が分かった途端にテキパキと部屋を回っては、準備を始めるベルガ。
【……なぁ? 『んっ?』】――緊張が解けたのか、唐突に残されたオルセットに声を掛けるドラ息子。【説得……ありがとな。まさか、獣女でもこんなイイ奴が……『ニャッ!』……イッタンダァッ!?】――何とッ!? 彼女はイイ感じに物を言いそうだったドラ息子君の腹を”ミドルキック”で蹴り飛ばし、ベルガ家の軒先近くまでゴロゴロと転がしたのであるッ!?
【……ベツに、ドラムスコのためじゃあないし……】――転がって行った彼の元へと歩み寄るオルセット……っと、おっ!? コレは……ッ!?
【……そもそも”ボスのため”だから。と言う〜か……キミ、さっきから”オバアちゃん”や”ボク”をバカにしていたし、キライ】――残念ッ! ”ツンデレ”のド定番な台詞かと思えば……軽蔑感全開な”表情”と”冷ややかな声”で、無様に尻を上げながらのうつ伏せに止まっていた彼を、彼女は見下していたのであった……!
【何してるだワサか?】――準備を終えたのか、某ゲームの”アサシン教団”のような緑色のフード付きローブをマトって、オルセットの背後に現れるベルガ。
【……お返し。ラフベルにはデキなかったから……】――残念そうな口調で語るが、足元の対象への表情は崩さないオルセット。
【……そう、ありがとワサね。けど、これ以上言っても結局学ばないだろうワサから、サッサと行くワサよ】――そう言うと、玄関扉近くの壁を弄るベルガ。すると”ガコンッ!”……と、内側の閂を掛ける仕掛けでもあったのか、鍵穴のないドアでもビックリするぐらいにシッカリと”セ◯ム”を施す彼女。【ホラ! ボ〜っと見てないで早く行くワサよ!】――そして、容赦無くドラ息子の突き出た尻を駆ける足で踏み付けつつ、オルセットの先を駆けて行くのであった……!
【……しないとは思うケド……ボスやオバアちゃんのイエに、”ヒドイコト”しないでよね……?】――そう足元に転がるモノに言うと、何を思ったかは知らないが……ベルガと同じように、足元のモノを彼女以上の勢いで踏み付けながら、離れて行く彼女をオルセットは驚異的なスピードで追いかけて行くのであった……ッ!
【……くっ、くそぉ……! あの……女共め……ッ!】――彼女が走り去った後に足元に……まぁ、ドラ息子君が恨みがましい呟きをしてから気絶してしまうのだが……しかし、大丈夫であろう! うんッ!
「ッ! 隠れるだワサ! 『ウワァァッ!?』」
――おっと、私が語っている間にどうやらオルセットとベルガの二人は、村の中央広場付近に辿り着いたようだ。しかしながら……おおよそ数十メートル手前、そこでベルガに押し込まれるように近くの”茂み”へとオルセット達は姿を隠す……。
「イタタッ……ちょっとォ! オバアちゃ、ムグッ!?」
「シッ! 黙るだワサ……ッ!」
――大声で抗議しようとしたオルセットの口を左手で覆い塞ぎながら、右手人差し指を口前に当て”シィィー”と、静かにするようにベルガは促す。不満を隠せず、髪についた葉っぱや小枝をワシャワシャと掻き落としながら彼女を睨むオルセットだったが……村の中央広場へと向ける真剣な眼差しを前に、どうやら”好奇心”が勝ってしまったようだ。
「あれがトウゾク?」
「……何で分かったワサァ?」
「ムラビト? よりもイヤなニオイがするから」
「……面白い見分け方だワサねェ……。
まぁ、あの怒鳴り散らして剣とかの武器を持っているのが、アタしゃらの”敵”だって事は間違いないワサ」
――東のベルガの家から来たオルセット達から見て、北側……。
つまりは、彼女達の右手前方にベルガ言う”敵”の姿があったのである。
どの輩も、ボロく汚く個性溢れる服装や容姿、手入れのなってない剣や手斧に槍々と……失礼。槍など装備をしていたが、【クサイ。ホント、クサイ……!】――と、唯一共通している事を言うのは鼻が利くオルセットだ。
そんな彼らが繰り返し怒鳴り、恫喝や強要をしているのは彼らの居る反対側……広場中央の樹木の周辺で屯する村人達であった……。どの住民も怯えや泣き、焦燥などの表情に染まり切り、話を一向に聞いてくれない盗賊供相手に非常に困っているようであった……。
話の方は聞くに堪えない幼稚で陳腐な内容の繰り返しなため、割愛させてもらうが……一応は言っておこう。
村人と盗賊との境界線……空白となっている一線には、幾重もの”物”が転がっていた……。差し出したが、拒絶されたであろう銅貨や銀貨。同じく無常にも中身が溢れてゆく”酒瓶らしき陶器”や、散らばったパンや果実などの”食料”。そして……”無数の亡骸”だ。
オルセット達が駆け付けるまでに、相当揉めていたのであろう……。村人、冒険者、盗賊……どれも等しく驚きや苦悶に満ちた表情で、その体から地面に”赤い花”を咲かせながら倒れていた……。
「見たとこ、ザッと”三十人”ぐらいだワサか……。
……後、民家の屋根にも”弓持ち”が数人居るとは……随分本気で来ただワサね……」
「じゃあ、取り返そうよ!」
――”本気? アタしゃの呟き、聞いてたワサか!?”……とでも言いたそうな表情で目が据わり、隣に居るオルセットの方へと顔を向けるベルガ。
「……どうやってワサ?」
「……えっ? その……オバアちゃんが……」
「アタしゃは手伝うだけワサよ?」
「えッ!? やっ、ヤッつけてくれない……の?」
「……当たり前だワサァ。
そもそも、お嬢ちゃんが”ジュウを取り返したい”って言ったんだワサでしょうが」
「えっ、でっ……でも!」
「アタしゃは”ラフベル”でも、お嬢ちゃんが慕っているあの”バカ”でもないワサ。
……自分で取り返す気がないなら、アタしゃは帰るワサよ?」
――【あぁ! 待っ、ムグゥッ!?】――ベルガを引き止めようと右腕を掴むが、素早く反対の手で口を塞がれてしまうオルセット。
「……フン、叫びたきゃ好きに叫べばイイワサ……。
けどそうすりゃあ、あっという間にお前さんはあの盗賊供の注目の的……。
そしてその後、今のお前さんじゃあ運良く捌けても半分か……あるいは、アッサリと足が竦んでは囲まれて……どうしようも出来ずにポックリと終わるだろうワサねェ……」
「ムゥ〜! プハァッ! そっ、そそっ、そんなァコト……ない〜よッ!」
「……その言葉も、その両脚も……どっちもガタブルに震えないようになってから、行動に移すんだワサね……?」
――口を塞ぐベルガの手を振り切り、自信満々げに言うオルセットだったが……容赦無くベルガにその自信が見え見えの”虚勢”だと、バッサリ言われてしまうのであった……。勿論オルセットは、上半身を折り畳むが如き勢いで盛大に落ち込んでしまう……。
「ハァ……あのバカを”守りたい”ってここまで来た気持ちは、素直に褒めたいモンだワサ……。けどそもそも、そんな”臆病”な調子で、”自分から動こうとしない”なら、この先あのバカを”守りたい”だの”助けたい”だのなんて……二度と、思わない方が良いワサ……」
「ッ!? そっ、そんな事……ッ!」
「……だったら何で、まだ”声”が震えてるだワサ? 何で、”脚”もまだ震え続けてるだワサァ……?
あの光景を見ても、ギャーギャーとゴブリン並に下品な声を上げて、さっきから無茶な要求を通そうしているクソ供が……ッ! 善良な村人や冒険者にでも見えるだワサかッ!?」
――ここまでのオルセット達の会話は、離れた盗賊達に聞こえないよう抑えながら話していたのだが……今しがた発したベルガの声は、ギリギリと言ってイイ程の怒声に成り掛けていた……。
その原因と言えるのは恐らく、彼女が指さした方向とは全く違う視線……勘の良いオルセットだからこそ気づけた”ベルガの視線”……。その先に見つめていた無数の亡骸に紛れる、少ないない”小さな亡骸”……。
【クソ程にも思い入れなんてないワサ】――そうドラ息子に言い切った彼女であったが、それでも”割り切れない物”があったと言う事なのだろう……。
その一方、オルセットはと言うと……彼女の視線の先にあった”無数の亡骸”を見つめていたのだが、”突然の頭痛”に襲われる……ッ! 二匹の蝶……変わるモヤ……重なるモヤ……ジョジョにモヤの形が……断片的かつ断続的に、彼女の脳裏に次々と現れる”フラッシュバック”……!
直感に優れたオルセットでも、これを”勘”だけで理解し切るのは不可能であった……。だが、脳へと無数の針が突き刺さるような激痛を辛うじて堪え、彼女は両耳を抑え広場を背にしてその場にしゃがみ込んでしまうが、何とか声を絞り出す……!
「ダメ……ッ! ヒトだけは……ダメェ……ッ!」
――先程とは打って変わって、”臆病”だけでは形容し難い程の怯え様……!
これにはベルガも一瞬、目を見張ってしまったが……慰めている時間はなかった。
遅かれ早かれ、オルセットに行動を起こさせるようにしなければ……最悪の場合、自分達があの亡骸達の仲間入りになってしまうのかもしれないのだから……。
「……お嬢ちゃん、よく聴くだワサ。
お嬢ちゃんは、マグズリーとかの”魔物”はともかく……この先で嫌でも会うあの盗賊みたいな”クソな人間”も、あのバカに頼り切る……いや、守ってもらおうとしてるのかい?」
「……えっ?」
――軽く膝を曲げて覗き込むように視線を合わせてくるベルガに対し……恐る恐る顔を上げ、未だ極度の”怯え”によって引きツってしまっていた顔を、オルセットは見せるのであった……。
「事情はよく知らないワサが、お嬢ちゃんがメチャメチャ”臆病”なのは良く分かったワサ……。
けど、今の状況みたいに……あのバカは死に掛けていて、お嬢ちゃんは”悪党の人間”相手には、臆病過ぎて動けない……。今をどうにか出来ても……今後はこれで、どうやってあのバカを”助けたい”、”守りたい”が出来ると、本気で思ってるんだワサか?」
「……ぼっ、ボスはシなない……! ボスは……シなないモンッ! ヤクソク……してくれたモンッ!」
――”フラッシュバック”の影響が強すぎたのか……軽い錯乱状態に陥ってしまったらしいオルセット。その性か、事実とは異なる”記憶錯誤”をうわ言のように繰り返していた……。だが、ベルガは説得の手を緩めなかった……。
何故なら、彼女達の背後では刻一刻と怒声などの音量が増していき……今にも新たな”亡骸”が出来てしまいそうな、”火が燻る火薬庫”の如き状態であったのだから……!
「あのバカは”無敵じゃあない”事ぐらい、今お嬢ちゃんの隣にあのバカが居ない事で分かりきっている事だワサァ……?」
「……」
「……本当にあのバカの事を大切にしていきたいって、思ってんなら……まずは、”臆病”だとか”死なない”だとか甘ッタレた事言ってないで、あのバカが居なくとも”一人で戦える”ようにならないといけないワサァ……ッ!」
――オルセットの両肩に手を置き、無理矢理にでも彼女と目を合わせるベルガ。
「本当なら……今のお嬢ちゃんには”無理しないで”って言うんだワサだろうけど……。生憎、今そんな事で甘やかして死なれたりでもたら……今後のアタしゃの寝覚めが悪くなるだろうワサ……。
だから、あの盗賊を”殺せ”……とまでは言わないワサ。殴るなり、蹴るなり……あの盗賊供をブチのめす……ってのは、出来るだワサか……?」
「でも……でも……! ヒトは……ッ!」
「お嬢ちゃんッ!
……臆病なままでいいのかい? マグズリーに出せた”勇気”も……嘘にしちまっていいのかい……?」
――俯くように目を逸らし、黙ったままでいるオルセット……。
「ラフベルのように……大切な人を失ってもいいのかい?」
「……」
「いいかい? 良くお聞き。
この世界はね、バカだろうと上手く行けば生きて行く事は出来る。
けどねェ……バカのままじゃあ、自分は守れても他の誰も守れはしないって事は、覚えとくだワサよ……?」
「……ボクは……」
「……んっ?」
「……ボクは……バカじゃあない。
ずっと……オクビョウだって言われたくもない……!」
――顔を上げ、ベルガを真っ直ぐと見つめるオルセットの瞳は、まるで”闘志の炎”が燃えがるかのような輝きを放ち始めていた……ッ!
「……イイ目をしているだワサ。……なら、これも覚えとくだワサ……」
――静かに頷くオルセット……。
「アタしゃから聞いてきた事……これから先、あのバカとかから聞くであろう事……! 聞いて、学んで……全部全部、オルセットちゃんの血肉にして行くんだワサよ……ッ!」
「……チニクに……?」
「……バカって呼ばれないようにするんだワサ……よッ!」
「ウワァァッ!?」
〜 ドサァッ! 〜
――ベルガに突き飛ばされ、茂みから飛び出してしまうオルセット。
「イタタ……ちょ、ちょオバァ【あのバカを守りたいなら……あんな盗賊供ぐらい、軽くブチのめして踏み台にしていくワサよォッ!】……モォォゥ……」
――うつ伏せの状態から背後の茂みを睨むオルセットであったが、挟まれたベルガの言葉によって毒気を抜かれてしまう。【分かってる……分かってるよ……!】――そんな事を心中に思いながら、彼女は立ち上がる。
そして自身のチェニックワンピースを軽く叩いては、【……行ってくるね、オバアちゃん】――と背後の茂みに向けて呟き、自ら渦中へと向かうのであった……ッ!
「……フゥ、ねェ、ちょっとォォッ!」
「「「「ハァ?」」」」「「「「「アァァ〜ンッンッ!?」」」」」
――幾重に重なる”疑問符”と”恫喝”。
その2つの勢力の中央端で、オルセットは高々と声を上げていた……。
一斉に彼女に注がれるその視線の一方は再び”疑問”的であったが、もう一方は”疑問”は勿論……多くの”敵意”に若干の”好色”までもが混ざり込んでいたモノだった……。
「な〜んでこんなトコに、獣人なんてのがいるんだ?」
「いや、それよりも……王国で獣人を見かけるのは久しぶりじゃあないか?
それに……あんな顔をした猫野郎なんていたか……?」
「バ〜カ、酒の飲み過ぎで忘れてるだけだって! 一々あの変態領主に売り飛ばした獣共の顔なんて覚えてられっかよ〜!」
「へへッ、生意気にも一丁前に、人様のボロい服を着ておめかししてくるなんて……おい獣ォ! 今日オレの”夜のお世話”でもしてくれるってかッ!? ギャァハハハハハハッ!」
――”疑問”の視線ばかりを注ぐ”村人”達が声を掛けようかと迷う一方、様々な視線を注いでいた”盗賊”達は、さっそくオルセットを人として見ないばかりか、有る事無い事を各々が勝手に捲し立てるばかりであった……。
勿論、彼女はこれを冷ややか……だけでは形容し難い”据わった目”で見ていた。
「ねぇ……ちょっとォォッ!」
――文字通り、目を見開く程の怒声をオルセットが盗賊達にブチかます。
「ッ!? 何だよッ!? 獣の分際で人間様に吠えてんじゃあねェぞッ!?」
「そっ……ソレェッ!」
――まぁただ……まだオルセットの両脚が”若干震えている事”は容赦して欲しいと言うべきか……。それでも、最前列に居るとある盗賊が持っていた”フリピス”をビシッと指差しつつ、声を上げられる勇気は認めて欲しい。
そして、持っていた”フリピス”を指摘された盗賊は、訝しげに持っていた”フリピス”を胸の前で眺めた後……彼女の元へとゆっくりと近づいて来た……。
「これがどうしたのかね?」
――眼前に”フリピス”を掲げ、近づきながら質問をする盗賊。
「そっ、ソレ……ボスのだからッ! かっ、返してッ!」
「ボス……ほぉ、それがこの武器の”製作者の名前”か?」
――取り返したい思いが先走り過ぎたのか……右手を突き出すように伸ばし、安易にボスの名前を出してしまうオルセット……。だが無理もない。
今の彼女はその事が”失態”であることすら知らないのだから……。
「そっ、そう。モリで……ボクがオとしちゃったんだ。
ぼっ、ボクの大事なモノでもあるんだ、返してよ……ッ!」
「成る程成る程……。いいだろう。返そうじゃあないか……」
――どこかネットリとした口調で話していた盗賊は、オルセットの正面まで来ると立ち止まる。その不気味さからか、内股気味になっていたオルセットの脚がより縮こまる……。
「じゃ、じゃあ……『ただし、条件がある』……えっ?」
――唐突に会話を挟みつつ、盗賊はオルセットよりも大きな身長を活かし……ゆったりとその顔を彼女の頭頂部にある耳元へと寄せる……!
「君が、そのボスと言う輩の居る場所へと連れてってくれたまえ……。そうすれば、この武器は返すと約束しよう……」
――粘っこい吐息と共に吐き出された言葉に、オルセットは一瞬だが震えてしまっていた……。
「……さぁ? どうなのかね? 連れてってくれれば、速やかに私達も帰っていこうと思うのだが……?」
――オルセットの耳に邪悪な息を掛けた盗賊はササッと下がると、周囲に良く聞こえるように声を上げる。【出たよ、副団長の悪癖ィ……】、【シィ! 声を出すな! 古参じゃあ無い奴がそんな事を喋るとでも思ってるのか!?】――などなどと、何故か声を潜める盗賊達。
【あの獣が目的……?】、【なら、サッサと連れてってくれれば……!】――などなどとジョジョに村人達の声が大きくなってゆく……!
「……どうしたのかね? こんな”チンケな武器”よりも……この村を救う事が、君の目的じゃあないのかね……?」
――あからさまな挑発を前にしても……その内容に、村人達が無責任なブーイングを浴びせても……盗賊供のコソコソとした嘲笑を耳にしても……オルセットは動じる事はなかった。
なんせ……今聞こえる全ての事は、彼女にとってどうでも良い事なのだ。
唐突な”頭の痛み”によって、隠れていた際に思い忘れていたのだが、遠目に眺めていた盗賊と村人のちょっとした泥沼の争いを見ていても……何も思わなかったのだ。まぁ、”記憶喪失”に加え……”種族の違い”などもあるだろう。
それでも【ウルサイし、クサイし、イヤなカンジがするなぁ……アソコ】――と思おうとしていた彼女にどうか”恐怖”を抱かないで欲しい……。
これを例えるなら……そうッ! ”テレビ画面の向こう側の事件や災害”を見ている感覚に近い程度にしか……”ボスやベルガの二人”と比べ、”彼女の中の価値観”では興味共に低いモノであったのだ……! だからこそなのだろう……。
「スゥゥゥ……ネェッ!?」
――ドンドンと増してゆく両勢力の喧騒に、苛立ちが募っていたのか……その喧騒以上の一喝で、まずは周囲を黙らせるオルセット。
「ねェ、そこのニンゲン」
「なっ、何でしょうか……」
――フリピスを持っていた盗賊はオルセットの唐突で不可解な行動に、若干口元をヒクつかせながら何とか冷静に応答する。
「ボクがボスのところにツれてって……何するつもり?」
「……そんな事ですか。勿論、この武器の作り方を教えて……」
「……ウソだ」
「ハァッ!?」
「理由は分かんない。……けど、バカにしたブキを何で作りたいと思ってるの……!?」
――まぁ、流石に”オツムの弱いオルセット”相手でも舐め過ぎであろう……。
彼女の直感が働き、その”嫌悪感”と”会話の違和感”に気付けたのは……チョッピリ”彼女の成長”が垣間見れるのではないだろうか……。
そして”副隊長”と呼ばれていた盗賊は、聞こえないつもりで舌打ちをしていたが……それを彼女が認識しない筈もなく、今まで”臆病”によって引っ込んでしまっていた彼女の”闘志”を、ジョジョに募らせ始める……!
「ねェ、答えて。
ボスにその”ジュウ”のツクリカタをキいた後……ボスに何をするつもり?」
「ジュウ……ジュウですか……成る程。
ところで、私達を連れて行く気は……『ナイって』……チッ」
「ねぇ、それよりも何でボクのシツモンをムシするの? チャンと答えてッ!」
――どうやらこの世界でも”質問を質問で返すなあーっ!”は、失礼な事であると認識されているらしい。
「そうですねェ……では、君の脚をヘシ折ってからお教えしましょうかッ!」
――そう叫ぶと、腰に下げていた他の盗賊たちより明らかに質や手入れの良い、厳つくゴツゴツした逆さ瓢箪のような”戦棍”を抜き取り、右片手で素早くオルセットの脚へと振り払うッ! だが、その一撃は彼女のバックステップならぬ、相手の腰の高さ程まである”バックジャンプ”で容易く空振りに終わってしまう……。
【ふっ、副隊長の一撃が!?】、【しっ、疾風の一撃を躱すなんて……!?】――そんな品位を下げるような驚愕の声が上がるが、まぁ安心して欲しい……。空振った一撃は、地面に転がっていた亡骸にヒットした際に、他四、五体の亡骸をまとめて転がすには十分な威力があった。そのため、一応は”必殺”……と言える一撃なのだろう……人間相手では。
「……ボクをコロそうとしたね……ッ!?」
――明確な怒りを孕んだ声で、キッ! ……と、オルセットが副隊長の盗賊を睨み付ける。
「クソッ! 下手に出れば、調子に乗りやがってェェッ!」
――先程までの真摯な態度は何処へやら……趣味(?)が無意味になってしまい、やっと盗賊”らしい”態度を見せ始めた副隊長。しかしどう言えば良いのだろうか……。棍棒を掲げ、怒声を浴びせながらオルセットに向けるその眼は……怒りに支配されきってないようであった……。
「ちょっと素早く人間様よりも動けるからって、勝った気でいるなッ! ヤレェェェッ!」
「「「「ウォォォォォッ!」」」」
――20人近く居る盗賊が、副隊長の号令によって一斉にオルセットの元へと殺到する……ッ! 当然、村人達は【巻き込まれるのはゴメンだ!】――と言わんばかりに、我先にと広場から散るように逃げ出していくのであった……。
【にっ、ニげちゃダメだ……ニげちゃダメだ……! ボスだって……!】――一方、威勢の良い啖呵を切ったオルセットだったが、実際は自身の脚が”逃走”しないようにするのに精一杯で、どうやって戦えばいいのか……と言う事は、全くのノープランであった……!
だがしかし、ここで唐突に彼女の直感が”後ロヲ見ロッ!”……と、彼女に命令を下す……ッ!
〜 ヒュンッ! 〜
「ッ!?」
――振り向いた先に見たのは、オルセットの眼前へと迫る”一本の矢”……ッ!
【ウソ……ッ!?】――盗賊供の急な接近か、はたまた彼女の躊躇が原因なのか……それを追求する間もなく、彼女のスピードを持ってしても避けられないと直感で判ってしまった矢は彼女の眉間に……ッ!
〜 ……ヒュンッ! べキィッ! 〜
「ッ!? ニャァァンッ!」
――その刹那、眉間に吸い込まれる筈だった矢は……真横から飛来した”別の矢”に真っ二つに圧し折られてしまうのであった……ッ! そして”シャガメッ!”……と、間髪入れずにオルセットの直感が彼女に命令を飛ばすッ!
〜 ……ヒュンヒュンヒュンヒュン……グサァッ! 〜
「ウグッ!?」
――矢には”矢羽”という、矢を真っ直ぐに飛ばすために必要な羽が付いている。これは、現代のほとんどの銃では当たり前のように銃身に刻まれる”ライフリング”という溝の効果のように、放った矢を回転させるために必要なのだ。
つまり、”安定装置”がなくなった矢はオルセットの眉間目掛け、まっすぐ飛ぶ筈もなく……まぁ、それ以前にしゃがんで避けられてしまったのもあってか乱回転する”鏃”が、最前線で特攻を仕掛ける一人の盗賊さんの脚に突き刺さり……?
〜 ……ドテンッ! ガッ! 〜
「ドワァァァァァッ!?」
〜 ……ドドドドドドドテンッ! 〜
――正にドミノ倒しッ! 脚に傷を負い転んでしまった盗賊を起点に後続数名の盗賊もまとめ、前のめりに転がってしまうのであった……ッ!
「今だよッ! お嬢ちゃんッ! その転んだマヌケ供を蹴っ飛ばしてやんなッ!」
――その聞き覚えのある叫びに、オルセットはハッと瞬時に全てを悟る……ッ!
両手を頭にしゃがみ躱していた滑稽な姿が嘘のように、しゃがんでいた時もバッチリ聞いていた、”盗賊の雪崩”が起きた音の方に瞬時に殺到すると……ッ!?
〜 ……ザザザザザザザザッ! ……ブゥンッ! 〜
「ニャァラァァァァァッ!」
〜 ……ゲッシャァァァァッ! ゴロゴロゴロゴロ……ドゴッ! 〜
「ドワァァァアァァァアァァァッ!?」
――団子状の盗賊の山目掛け、容赦のない”サッカーボールキック”ッ!
以前の”ウルエナ”張りまでは行かなかったが、それでも呆然としていた副隊長の護衛(いや、取り巻きか?)数人を巻き添えに、広場中央の樹木の幹へとスッ飛んで行くのであった……ッ!
当然、ブチ当たった後は全員が”KO”状態となっていた……!
「う……嘘だろ……ッ!?」
――余程、先程の”奇襲作戦”に自信があったのか……今のオルセットがピンピンとしている光景に、空いた口が塞がらない副隊長……。
〜 ……ヒュンッ! ……グサァッ! 〜
「ウッ!?」
〜 ……ドサァッ! 〜
「「ッ!?」」
――副隊長が目を見張った変化から何かを感じ取ったのか……オルセットもその視線の方向に振り返る。すると、彼女の後方にあった民家の傍で手に”弓”を、背中に”矢筒”を、そして”目以外を布で覆った男”が頭に矢が刺さった状態で倒れていた。
【……そっか、さっきはアイツが……!】――どうやら彼女も、先程の突撃の意図を何となく理解したようである。
そして、彼女が理解している間に”覆面奇襲男”が落ちた反対側の民家でも、同じように頭に矢が刺さった”覆面奇襲男”がドサリと屋根から転落してくるのであった……。
【ばっ、馬鹿な……ッ!? あの間抜けそうな獣に、協力者がいるとでも言うのか……ッ!?】――到底信じられないと言う表情で、続けて倒れた”覆面奇襲男”の方を見ながら副隊長が呟く。
「……オバアちゃんが……タスけてくれた……」
――恐らく、悔しいのであろう。
【ボスを助けたい!】――と意気込みつつも、まだまだ自身の「臆病さ」に翻弄される自分に……。ベルガの助けを受けなければ、今の海を割ったモーゼの如き”サッカーボールキック”も、マトモに出せなかったであろう自分に……。
……彼女の左右で、ボールの巻き添えにならず唖然や呆然としていた盗賊達にも目もくれず……オルセットは、自分の胸辺りに伸ばした手を見つめながら呟いていた……。
「ボサッとすんな! お嬢ちゃんッ!
今すぐそこの木偶の坊供をブチのめしちまいなッ!」
「ッ!? やっぱり居たのか……ッ! おい、お前らッ! ボサッとするなッ!
今すぐそこに突っ立てる二、三人は、奇襲部隊を殺った斥候野郎を探し出して、八つ裂きにしろッ!」
――オルセットには判っていたが、先程とは別の位置から彼女への叱咤をベルガは飛ばしていた。しかし、副隊長はこの二度目の叱咤でベルガの存在が確証に至ったようで、オルセットの左右に残った手下共に怒声を浴びせ、ベルガの抹殺に乗り出すのであった……!
「ッ! ……ボクだって……ッ!」
――勿論、ボスや自分が世話になった恩人のピンチを、オルセットは見逃す筈がなかった……ッ!
「マテェェェェェェェェェェェェェェッ!」
「「「ッ!?」」」
〜 ザッギュゥゥゥゥンッ! ドゴォォォォッ! 〜
「ホブオォォォォッ!?」
――獅子の咆哮のように響く怒声に、思わず振り返ってしまう抹殺盗賊三人組。
しかし、彼らがオルセットを目視したのはほぼ眼前ッ! そして、間髪入れずに驚異的な速度でブチかまされた”体当たり”によって、中央で走っていた盗賊は後方の民家の壁に飛んで行き、叩き付けられては気を失ってしまうのであった……!
【なっ、何だよッ!? コイツッ!? ブヘェッ!?】――消失マジックの如き速さを前に、仲間が瞬時に無力化された事をようやく認識した彼女の左側に居た盗賊だが……それ以上の発言も、腰の短剣を引き抜く暇も無く、彼女の”右ストレート”で顔面を殴られ呆気なく意識を失ってしまう……。
【ヒィィィッ!? スクリュートのアニィッ!?】――そしてまた、彼女の右側に居た小太りで手斧持ちな盗賊も、今し方殴られた仲間の仇を取れる事もなく……彼女の”振り向き様の左裏拳”で側頭部を殴られた事によって、涅槃仏の如く地面に沈められるのであった……。
【アレッ? いつのマにやっつけたんだろう……?】――どうやら、今の裏拳は意図しない”マグレ当たり”だったようだ……。
「あぁクソッ! 何をボサッとしてるッ!? 半殺しでも良いッ! サッサとそこの獣女を捕らえろォォッ! そして、斥候野郎を探し出しせェェッ!」
――未だこの状況に思考がフリーズ状態だった”サッカーボールにならなかった組”も、ようやく副隊長の怒声によって動き出すのであった……!
【あぁッ!? ちょっとマってッ!?】――そう言うオルセットの視線先には、先程よりも増員された村周囲の雑木林へと駆ける”五人組の盗賊”の姿が……! 勿論、オルセットはそうはさせまいと駆け付けようとするが、”転ガレッ!”……と、唐突に彼女の直感が告げるッ!
〜 ゴロン! ブゥゥゥゥンッ! スカァッ! 〜
「クソォォッ!? 何で分かったッ!?」
――前転後、背後でオルセットが見たのは……先程彼女に居た場所に、一メートルはあろう両手剣を振り下ろしていた盗賊だった。
【イヤァ……何で? ……って、言われても……】――本人も良く分かっていない様子で、しゃがんだまま何故か受け応えてしまうオルセット。
【うるせェッ! 聞いてねェんだよッ! クソ獣がァァァッ!】――どうやら、両手剣の盗賊の琴線に触れてしまったようで彼女へ怒声を浴びせながら、大上段に剣を構えつつ突撃するッ! この時の彼女は、せっかく答えたのに怒られてしまった事に動揺したのか、【えっ? エッ? エェェッ!?】――と混乱して動けなくなっていた……!?
〜 キュゥォォォォンッ! 〜
――動揺の末、オルセットが思わず目を閉じてしまったその時ッ! 彼女の頭上を”赤い何か”が高速で飛んで行く……ッ!
〜 ブスッ……バァコォォォンッ!〜
「なっ、何だァァァッ!?」
「ッ!? うわァァァァッ!? バスタンの頭がフッ飛んでるゥゥゥゥゥッ!?」
――オルセットの頭上を飛んで行った物……それは、”真っ赤に輝く矢”であった! 赤き矢は、バスタンと呼ばれた両手剣の盗賊の額に深々と突き刺さると……矢自体が赤い閃光を発しつつ、まるで風船が弾け飛んだが如く、男の頭を吹っ飛ばしていたのだッ!
しかしながら、それは爆弾の爆発で発するような”熱波”を発する事は一切なく……だが”強力な衝撃波”で、約半径五メートル以内居たモノ全てを吹っ飛ばしていた……ッ!
勿論、バスタンの接近によって範囲内に居てしまったオルセットもだ。
ゴロゴロと何度も後転しまう程のとんだ巻き添えだったが……偶然なのか、奴に続いていた盗賊とは十分に距離を取る事が出来たのである。
「イタタタ……何だったの? 今の……?」
「どうだいッ! アタしゃからの贈り物はッ!?」
「オバアちゃんッ!?」
「分かってると思うが、赤壁供ォォッ!
お前さんらがこの広場に入った時から……もうお前さんらはアタしゃの獲物だワサァ……ッ!」
「なっ、何だよこの声……!?」
「さっきから、何処に居やがるんだよッ!?」
――盗賊供が困惑するのも無理はない。何故なら、右方向から聞こえていたかと思えば……次は左方向からと、全く”声”による方向探知がアテにならなかったからのである……!
「けど……アタしゃに狙われず、逃げたいだろう?
なら、お前さんらが獣だと馬鹿にするそこのお嬢ちゃんぐらい、サッサと倒して見せるだワサァ……ッ!」
――【えっ!? ちょ、オバアちゃんッ!?】――とオルセットが驚く暇もなく……一斉に盗賊達の視線が、彼女の元へと集中する……ッ!
「ただし、この広場から一歩でも逃げようものなら……殺す。
そこで頭がブッ飛んじまったマヌケのように……即座に撃ち殺してやるからねェ……ッ!?」
――このベルガの不遜な発言に、ついに堪忍袋の尾でも切れたのか……ワナワナと肩を震わせていた副隊長が怒号を上げるのであった。
「こっ、こんな事ォォッ!? 分かってるのかァァッ!?
我々はッ! 百近い団員数を誇る”赤壁盗賊団”だぞッ!? 近隣のマケット領主もッ! 討伐を躊躇する程の戦力を持つ我々だぞッ!? そんな我々の要求も飲まず、思い上がっては盾突きやがってッ! その”代償”が、この村に来ないとでも思っているのかッ!?」
「……来たきゃ勝手に来ればイイワサァ……。
別に、アタしゃらはこの村にクソ程も思い入れなんて物は持ってないワサァ……」
「……なッ!?」
「けどねェ? そんな事をするつもりなら、その前にお前さんらの隠れ家に行って……全員が何も知らない内に、アタしゃが撃ち殺してやるワサからねェ……ッ!?」
「ッ!?」
――ベルガから発せられた得体の知れない”威圧感”が、副隊長は勿論……その部下となる盗賊達の首をも締め付けていた……!
【……チッ、チクショウッ! こんな事やってられるかァァァッ! ……アベッ!?】――その重圧感に耐えきれなかったのか……部下の盗賊の一人が村に訪れた方向へと全力で逃亡したところ、その逃げる背目掛け何処からともなく、”緑の矢”が飛来するッ! そして、空中で無数の分身を生み出しては、その盗賊の全身を蜂の巣にしてしまうのであった……!
それが皮切りとなったのか……副隊長は目を剥いて震え出す。
「まっ、まさか……我々が相手しているのは……数十年前……帝国抗戦で活躍したと言われてる……あの冒険者……ッ!?」
――まるで元王国の兵士だったように、唐突に訳の分からない事を呟いては戦慄する副隊長。
「そんなの誰だワサァ? お前さんらが相手してんのは、取るに足らないハズの”獣のお嬢ちゃん”と……毎日狩りをして暮らしているだけの、”ただのババア”だワサァ……?」
「そっ、そんな奴らが居てたまるかァァァッ!?」
「認めたくないのなら勝手にするだワサ……で? どうするんだワサ……?」
――相変わらず方向が定まらないベルガの声に、動揺を隠しきれない部下の盗賊達……。だが、もう引くに引けなくなってしまったのだろう。ワナワナと肩を震わせていた副隊長はと言うと……?
「やっ、殺れッ! 殺れェェェェッ!
捕縛なんてもうどうでも良いッ! あの獣をブッ殺せェェェェェッ!」
「「「「「ウッ、ウオォォォォォォッ!」」」」」
「エェェェェェェェェェェェェェェェッ!?」
「怯むなお嬢ちゃんッ!
さっきは巻き込んだのは済まなかったワサが、上手くも戦えてたワサァッ! 今こそ、あのツッコんで来るバカ供相手でも、勇気を見せる時なんじゃあないかワサァッ!?」
――副隊長の破れかぶれの怒号が響く中……どうやら、ベルガはほぼ徹底的に広場に居る盗賊達を、オルセットの成長の出しにする腹積もりのようだ。
【……モゥ、気をツけてよね……】――ベルガの対応に、軽く拗ねてしまうオルセットだったが……それでも褒められた事は嬉しいようで、衝撃波で体勢を崩されるも何とか持ち直した盗賊達目掛け、突撃していくのであった……ッ!
そして、それ以降に行われたのは、数十人近い数の暴力に挫ける事なく……その脅威的な脚力を活かして相手を翻弄し続ける彼女の姿であった……ッ!
それは記憶喪失になっているにも関わらず、意外にも素人とは思えない鋭いキレの”パンチ”や”キック”を繰り出しながら、次々に盗賊達を”再起不能”にして行くオルセット……ッ!
ただ……何かしらの武術を嗜んでいた事はないようで、一つ一つの動作は素早くキレがあるがどうも”素人っぽさ”が抜けきらず、”ぎこちなさ”と”攻撃手段の少なさ”が目立ってのが欠点ではあったが……。
あぁホラッ、今もバランスを崩した大振りで盗賊を殴り飛ばした後に……転ばないように後ろを向くと、近づいて来た盗賊に慌てて”ミドルキック”を腹に叩き込むなど、どうもアラが目立って仕方がない。
だが、危なっかしくとも確実に言えるのは……ドンドンと彼女に”勇気”と”闘志”が芽生え始めている事だッ!
「ニャラァァッ!」
「オベッカァァッ!?」
「やっ、ヤれてる……! ボク、デキてる……ッ!」
――今も、一人の盗賊を跳び箱の如く飛び越えるように翻弄しては、その先に居た盗賊に”落下飛び蹴り”をオルセットは喰らわせていた。
どうやら”格闘のセンス”があるらしい彼女は、自身が【……ボク、タタカえている! ボスをマモれている!】――と言った風に、両手の拳を胸の前で握り締めては、ジョジョに伸びる自身の成長を素直に喜んでいた……ッ!
「今だッ! 取り押さえろッ!」
――しかし”油断大敵”という言葉を、この時のオルセットはまだ知らなかったようだ……。
彼女が喜ぶの束の間、こっそり背後に接近していた一人が彼女を”羽交い締め”したのを皮切りに……他の盗賊二人が、ガッチリと彼女の両脚に組みついて動けなくしたのである……ッ!
実は次々に”再起不能”へと盗賊達を追い込む一方、彼女は周囲を取り囲まれていたのだ。そして、何度か自主的に部下の盗賊達は彼女の動きを止めようと、攻撃の合間に試行錯誤もしていたのだが……成功したとしても、彼女の”STR”を前にアッサリと振り解かれていたのだ。
だが、この光景を離れて見ていた副隊長は、このまま黙って指をくわえるばかりではなかった……! 戦闘中の部下を何度か呼びつけ、状況や戦法を聞き取り続けては……ついに上記のように彼女の捕縛に成功したのだ……ッ!
「良くやったお前達ッ!
いいか? そのまましっかり抑えてろォ……? 後はオレが殺る……ッ!」
――副隊長はそう言うと、腰に下げていた”厳つい逆さ瓢箪のような戦棍”を再び引っ張り出す。すると、柄の下部に取り付けられた帯を掴んではブンブンと振り回し……鬼気迫る眼にニヤけ面と、不気味な表情を浮かべながら動けないオルセットへとゆっくりと近づいて行くのであった……ッ!
【ハナして! ハナしてよォッ!】――自らの四肢を必死に捩らせ、脱出を試みるオルセット……。しかしながら、思った以上に複数人による拘束は強固なモノであるようで、四肢の内の一つが上手く解けそうな事があっても、何とかしがみ付かれては立て直されてしまうのであった……。
【……アタしゃは”助ける”だけだワサよ?】――オルセットの”助けて!”と言う視線が偶然にも合ったのか、ベルガの声が響く。【それに……そのぐらいのピンチも一人で乗り越えられないで、まだあのバカを”助ける”だのって言いたいんだワサかぁ……?】――厳しいベルガの言葉が続けて響くのであった……!
【そっ、そんなァッ!? ボク、ウゴけないんだよォッ!?】――ベルガがいるらしき方向に顔を向けつつ、必死に懇願するオルセット。
【お嬢ちゃんがあのバカを”助けたい”と思う気持ちはそんなモノだワサかッ!? 本当に思っているなら……どんな手を使っても、諦めずにそのピンチを脱せるハズだワサァッ!】――だが、あえてなのかベルガはオルセットの懇願を突っぱねてしまう……!?
「ハッ! やっぱ所詮は獣って事かッ!」
――そう言いつつ、先程オルセットの向いた視線へと空いた左手で指を指す。すると、まだ余っていた数人の盗賊が副隊長に向けて何やら頷いた後、近場の雑木林の中へと消えて行く……。副隊長が逃したのかと思われたが……草木を静かに掻き分ける音が、オルセットの向いた先へとジョジョに集まって行くのだった……!
「残念だったなぁ! 獣ォッ!
結局、テメェは人間様の”気まぐれ”に遊ばれてただけなんだよ……ッ!」
――先程の必死な表情は何処へやら……勝ち誇ったような表情で一旦、足を止めては悠々と饒舌に語る副隊長。
「ウルサイッ! ウルサァァァイッ!
オバアちゃんのコトを何も知らないクセにッ! カッテなコトを言うなァァァッ!」
「ハハッ、憐れだなぁ……。
利用されるしか価値のない亜人の獣が、お気楽にも人間様を信じているなんてなぁ……?」
「信じてトウゼンだモンッ!
ボスとオバアちゃんは、おマエらみたいなワルいニンゲンから、ボクをタスけてくれたんだッ!」
「ホゥ? 利用されるって事も考えなしにか?」
「……えっ?」
「ハハッ! だがまぁ、こんだけ腕っ節が強くかろうと……そんなバカみたいな話し方しか出来ないオツムじゃあ、いつかは捨てられて終わりだろうなぁッ!?」
――その言葉を聞いて、オルセットはガックリと項垂れてしまうのだった……。
……えっ? ”ボスがボクをリヨウしてた”……みたいに考えてたのかだって? いやいやありえない。彼女に限っては、そんなまどろっこしい考えをするには……言い方は悪いが、まだまだオツムが足りない。
じゃあ何か? ……それは”怒り”だ。【ホンット、シらないクセに……! ボスとオバアちゃんをバカにするなァァァァァッ!】――という、たった一つのシンプルな答えだった。
うだうだと”利用”だの”裏切り”だのを考えるよりも先に……ド直球に信じているボス達を馬鹿にされた事に、何よりも腹が立っていたのだッ! 故に、戸惑った末に……ではなく、(彼女にとっては)”お門違い過ぎる話”に呆れ返ったからこそ、思わず項垂れてしまっていたのだ……!
「捨てられたオレ達だからこそ分かる事なんだよ……。だから安心しな? ただ捨てられるんじゃあなく、お前を有効活用してやる……! 我ら赤壁盗賊団の、大いなる野望の”糧”となってなァッ!」
――未だ勝ちを信じきってるかのように饒舌に語り、再び接近を始める副隊長。
しかしながら奴は、その饒舌さが逆に自身の首を締めていたとは思いもしないだろう……。何故ならその語りの間に、オルセットは項垂れた事によってある物を見つけていたのだ……!
彼女が見つけたある物……それは、"彼女が倒した盗賊"か"今は亡き冒険者"かが持っていたであろう、木製の”丸盾”が彼女の足元に落ちていのだ。
本来であれば、攻撃を受け流したり、タイミング良く弾いたりする事で、敵の隙を晒させるのが主な使い方の小さな盾なのだが……無論、彼女はそんな使い方を知らなかった。
【蹴リ飛バセ……ッ!】――だが、どうやら”彼女の直感”は、この機会のみの最適解は知っていたようである……ッ!
「……ハナしてッ!」
〜 ブゥゥンッ! ダンッ! ダンッ! ブゥゥンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! 〜
――しかし、その前に両脚に組みついた生暖かい息を掛けて来る、拘束具を何とかしなくてはならなかった。そこでオルセットは地団駄を踏むかのように”右脚”を上下に動かし始めたのだ……!
「うわぁ!? オイッ! 急に暴れるなってッ!」
〜 ダンッ! ダンッ! ブゥゥンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! 〜
「ハッ! 威勢は良いが無意味な行為だッ!」
――迫る副隊長が嘲笑う。
〜 ブゥゥンッ! ダンッ! ブゥゥンッ! ダンッ! 〜
「……おいッ! いい加減に無駄な足掻きは……」
〜 ブゥゥンッ! スポッ! 〜
「「へっ!?」」
〜 ダンゲシャァァァッ! 〜
「フミュッツケェェェッ!?」
――必死にしがみ付き、その間に組み付いていた腕に汗が出ていたかは知らないが……彼女の右脚を押さえていた拘束具から、彼女の脚は”スポ〜ン!”と抜け出し、そのまま【嘘だろ……!?】――と言う間抜け面をしていた拘束具の側頭部を、叩き割るような勢いで”踏み潰す”のであったッ!
【クソッ!? おいッ!】――しかしながら、副隊長よ……? 今更、異常に気付き駆けつけようとも……既に遅いッ!
〜 スッ、ブゥゥンッ! スコォォォンッ! 〜
「ウォッタテッ!?」
――すかさずオルセットは、自由になった右脚で丸盾の持ち手となる”ベルト”に素早く足を掛けた後……まるで”ゲゲゲな少年が履く下駄”の如く、副長目掛けて蹴り飛ばしたのだッ!
これには完全に予想外だったのか、振り回していた”戦棍”を防御に回す暇もなく……副隊長は顔面に丸盾をブチ当てられ、その衝撃でバナナの皮を踏むが如く転んでは、その場で動かなくなってしまうのだった……ッ!
【【ふっ、副長……ッ!?】】――この逆転劇を前に、彼女を拘束していた拘束具達は驚かない筈がない。それ故か、二人の拘束していた腕が僅かな間、緩んでしまう……。
勿論、彼女はそれを見逃さない。大きく前のめりになった後、素早く仰け反っての”頭突き”を羽交い締めしている拘束具の顔面にブチ込み、上半身の自由を取り戻すッ!
そして、続けて様に3人もヤられた事に怖気ついたのか、尻餅を着くように彼女の左脚から離れた後……四つん這いにその場から逃げようとする拘束……もとい盗賊。その情けなさに思わず”ププッ”と彼女は吹き出しつつも、丸見えな尻目掛け容赦無い”サッカーボールキック”を叩き込み、その先の雑木林に生える樹木へとブッ飛ばしたのであった……ッ!
「……ハァァァァ。やっ、やった……! ボクにも……デキたァ……ッ!」
――心身共に結構な疲労が蓄積したのか、額に汗を浮かべながら両膝に手を付け息を整えるオルセット。
「お疲れだワサァ、オルセットちゃん」
――そう言いつつ、オルセットの背後の茂みから悠々と弓を手に持って出てくるベルガ。意外にもその姿は抹殺部隊を送られたのにも関わらず、傷一つも負ってはいないようにピンピンとしていたのであった……!
「だっ、ダイジョウブだったの!? オバアちゃんッ!?」
「フンッ、あんな”兵隊崩れ”や”ゴロツキ”の数十人を相手するよりも……十匹のマグズリーをまとめて相手する方が、まだ歯応えがあるワサァ……」
――そう言いつつ、服に付いた葉っぱや小枝を”パッパ”と軽く払い落とすベルガ。
「……ヘ〜タイ?」
「……別に気にしなくて良いワサァ……。それよりも、お嬢ちゃん?
コイツらをブチのめしたまでは良いけど、何か忘れているんじゃあないだワサ?」
「……えっ、何か……って……?」
――”ポリポリ”と頬を掻きながら懸命に思い出そうとするオルセットを見たベルガは、何を思ったのかタメ息を吐いてしまう……。すると、急に弓に矢を番えては、盗賊達が来たと思われる村の”北側の道”目掛け……矢を放つのであった……!?
〜 ヒュゥゥゥンッ、ブスッ! 〜
「ギャアァァッ!?」
――【チッ、やっぱただの盗賊って訳じゃあないだワサねェ……】――およそ”百メートル”は優に超える先で逃走する透明だった盗賊目掛け、その右肩に矢を命中させつつも少し悔しそうに呟くベルガ。【ホラッ、そこでボサッとアングリ口を開けてないで、返す物、返して貰ったらどうだワサ?】――弓の構えを解きつつも、彼女の技と逃亡する盗賊の存在にビックリしていたオルセットに、そう促す。
【そっ、そうだ! ボスのジュウッ!】――思考を再起動させたオルセットが、”フリピス”を持っていた副隊長が倒れた場所に振り向くが……そこには、彼女に伸されて倒れている筈だった奴の姿は何処にもなかった……。 【えっ、って事は……!? アァァァァアァァァァッ!】――どうやら彼女の直感が、ベルガが出した”謎掛け”を解いてくれたようだ。
「待ちな、お嬢ちゃん」
〜 ザッギュゥゥ……ガシッ! ……ドテンッ! 〜
――チョッピリ私も驚いてしまったが、オルセットが”消失マジックの如きスピード”を出した瞬間……彼女の腕を掴んでは、止めてしまうベルガ。そしてまぁ、ある意味お約束のように”尻餅”を着いては、その場で足止めを喰らってしまうオルセット……。
「イタタタ……! ちょっとッ! オバアちゃんッ! ボクをトめないでよッ! アイツがニげちゃうッ!」
「……追うのは良いけど、一つだけ……守って欲しい事があるだワサァ……」
「なっ、何ィ?」
――チラチラと遠ざかって行く盗賊の背中を横目に、焦る気持ちからか苛付いた返事を返すオルセット。
「いいかい、お嬢ちゃん? 今のお嬢ちゃんのスピードなら、あのクズにも容易く追い付けるだろうワサ……。けど、あの副隊長とか言う盗賊を追い詰めても……絶対に、”ジュウ”を取り戻す以上の事はしないで欲しいワサ。
況してや、あの”バカを捕らえた”とかを言われても、絶対に信じちゃあいけないワサよ?」
「……えっ? ボスはオバアちゃんの家にイるでしょ?」
「……じゃあ聞くが、今も大丈夫……って、お嬢ちゃんは言い切れるだワサか?」
「……えっ? じゃあ……オバアちゃんッ! 急いでボスのところにッ!」
「落ち着くだワサァッ! 例えばの話だワサァッ!」
――北から東へと、急旋回するように走り出そうとしたオルセットの手をガッチリ掴みながら、叫ぶベルガ。そして案の定、再び尻餅を着いたお尻を擦りながらオルセットは怒鳴る。
「じゃあ、何なのッ!?」
「……自分を守る事もチャンと考えろって事だワサ。あのバカの事ばかり考えるじゃあなくてね?」
「そんな事ッ! 【あのバカが傷付いたら、お嬢ちゃんが悲しむように……お嬢ちゃんが傷付いたら、きっとあのバカも悲しむ事があってもワサか……?】……ッ!?」
「だからワサ……ねッ? 分かっただワサか?」
――そう言いつつ、オルセットの両肩を軽く叩くように両手を乗せるベルガ。
【……分かったよ、オバアちゃん……】――まだ焦る気持ちがあるのか、軽く目を背けたまま素っ気無く応えるオルセット。
「良し、あのバカの事はアタしゃがしっかりと守っておくから……気をつけるんだよ?」
「……うん、ボスをおネガいね……。オバアちゃん……ッ!」
――そう言った後、オルセットは村の入り口となる北方面の道へと……目にも止まらぬ速さで、逃亡した盗賊を追いかけて行くのであった……! 彼女が見えなくなるまで様子を、まるで娘か孫を見守るような視線で眺めていたベルガであったのだが……。
「……ゴホ、ゴホッ!
ゴハァッ、ゴホォッ! ゴホォッ! ゴホォッ! ゴハァッ!」
――突然、右手で口を抑え……ジョジョにその体が”くの字”に曲がって行く!?
少しして、咳の収まったベルガがゆっくりと……その掌を見てみると……?
「……ハァ、ハァ、ハァ……まだ、まだだワサ……!」
――そう呟く彼女の視線の先には真っ赤に染まった……吐血によって汚れきった掌があったのだ……ッ! そして、何を思ったのか……自身の”うなじ”をもう片方の手で擦る……。
それはゆるく結われた”ローポニーテール”よって、僅かにしか見えなかったが……少なくともその部分の肌は”紫色”に染まりきり、僅かながらも腫れ上がっているようであった……!
「……ハァ、ハァ、ハァ……最後の冒険くらい……アタしゃに……選ばせろ……だワサッ!」
――そう言って何とか息を整えた彼女は、腰のポーチから”小さな木瓶”を取り出すと、コルク栓を開けては中身を一気に飲み干す……! すると、ジョジョに過呼吸気味だった息は安定して行き……曲がっていた体も真っ直ぐになって行く……。
「さて……お嬢ちゃんは見事やり切っただワサ。なんなら、後始末ぐらい……”老い先短いババア”がやっとかなきゃいけないワサねェ……?」
――そう行ったベルガは、村の広場を見渡す。
そこには、軒並みオルセットによって”KO”された盗賊達が未だ転がっていたのである。まぁ、何をしたかと言えば……足元近くに居た”まだ息のある盗賊”の頭目掛け、突然矢をブチ込んだのだッ!?
そして、それを皮切りに……子供が散らかした玩具を片付ける母親のように、次々と”見逃されていた”盗賊達にトドメを刺して行くのであった……。
その後の彼女が去った後の広場の砂利は、所々血には染まれど……それを流していた盗賊達は、跡形もなく消えていた……。
<異傭なるTips> ベルガの技
彼女が”師匠”と呼ぶ存在から弓などの技を習ったベルガは、”弓”や”矢”に魔力を流す事で、様々な効果を持った”矢”を放ったり、”弓”や”弦”自体の強度を上げて打撃武器として近接戦闘、あるいは強力な矢を放つような戦法を得意とする。
<ティラピッド・アロー>
目にも留まらぬ速さで矢を番え、放つ。
あるいは、弓を握る手に”複数の矢”を一緒に握り、そこから素早く給弾しながらまるで連射するかのように放つ。魔力を使った技ではない、純粋な弓矢の技である。
<コンプター・アロー>
敵が放った矢を掴み取り、その矢で素早く撃ち返す技。
魔力を使った技ではない、純粋な弓矢の技である。
因みにベルガは、【アタしゃの師匠なら、数十本の矢を冷静に受け止めた後、まとめて返せる】――と、まだまだ自分の腕は低いと語る。
<エスキュビ・アロー>
敵の攻撃を躱しつつ、その流れから無駄のない体捌きで矢を番えた後に反撃する技。
時に後転した後だったり、時にサイドステップした後だったりと、躱し方によって撃ち方もほぼ毎回異なる。魔力を使った技ではない、純粋な弓矢の技である。
<オビジ・アロー>
赤く発光する魔法で出来た矢を放つ。
ヒットした対象は、凄まじい衝撃波を喰らって吹っ飛ぶ。
また、地面や地形などヒットすると周囲を吹っ飛ばす”広範囲攻撃”に変化する。
<ペネトラシオン・アロー>
弦が魔力によって黄色く発光し、元の見た目以上に弦が伸びた後に放たれる矢。
矢を硬質化させる魔法が弦を通じて矢に込められており、”木盾”や”革鎧”は容易く破壊され、”金属製の防具”でさえも穴を開ける。また、通常に放つ矢よりも格段に射程も伸びており、人体にヒットした際は放たれた距離に応じて数人を纏めて仕留める凶弾とも化している。
現代で言えば、「狙撃用or対物ライフル弾」のような物と言えるだろう。
<ディフジョン・アロー>
緑色に発光する魔法で出来た矢を放つ。
敵にヒットする寸前に、放たれた矢から複数の”緑色の魔力矢”が出現し、相手を蜂の巣にする。
また、拡散するタイミングは放った射手の意思で自在に変える事も可能で、放った瞬間に拡散すれば、即席の”盾”として飛び道具を撃ち落とす事も出来る。
現代で言えば、「ショットガン」のような物と言えるだろう。
更に応用で、空に向けて放ち、文字通り”矢の雨を降らす”ような芸当も可能のようだ。
<スケリート・ボウ>
弓を魔力によって鉄並みに硬質化させ、打撃武器と化す。
打撃武器と化した弓は、人を撲殺出来る程の十分な硬さを持ちながらも、元の弓の重さとほぼ変わらない軽さで素早く振り回す事が可能。
この弓を主体とした近接格闘と、矢を即席の”ダガーナイフ”として扱う事で、ベルガは近接戦闘もこなす。
オルセットが戦っている最中、ベルガ抹殺に駆り出された盗賊や、中央広場周辺の雑木林に潜伏していた奇襲部隊の盗賊を狩るのに対して、作中で見せた”赤き矢”こと「オビジ・アロー」や”緑の矢”こと「ディフジョン・アロー」以外も使用していたようだ。
また、【チクショウッ! 何で技や魔法を叫ばずに攻撃してくるんだよ!?】――と追い詰められて叫ぶ盗賊に対し、【一々攻撃手段を叫んで教えるなんて事__何処のマヌケが決めたんだい?】――と、冷ややかに返す一幕もあったそうな__。