RE:Side-OR1 決死ノ鬼ゴッコ
〜ユサッ、ユサユサッ、ユサユサユサユサ……ッ! 〜
「ボスゥッ! 起きてよォッ! ボォスゥゥッ!?」
――粗い息を繰り返し、左脇腹を両手で抱えてウズクマるボス……。
その横で、涙目に彼を揺り起こそうと必死になるオルセット……。
唐突過ぎる事の余り、混乱している彼女は未だ気づけていないが……”前回の擬音”から、何となく状況を察している”◯者の皆さん”も多い事だろう……!
〜 ……グン……マァァァァァァァァァァァ……ッ!
ブゥゥゥンッ! ブゥゥゥンッ! ブゥゥゥンッ! 〜
……そう、ボスの再三に渡る”頭部への銃撃”を喰らい、沈黙したにも関わらず……マグズリーは生きていたのであるッ! 今も尚、僅かに届かぬ位置に居るオルセット達に復讐せんと……その剛腕たる左腕を振り回しながら、右腕で地面から体を押し上げ、背中に伸し掛かる樹木を退けようしているのだ……!
その生命力は凄まじいの一言に尽きるが……彼から受けた傷によって、衰弱しているのも確かなのだろう……。
だがッ、目前の彼女達を捉えるその目は、沈黙する以前に怒りの余りか充血していたのだが……今はそれ以上に、”復讐の炎”に包まれたが如くに真っ赤に染まっていたのであるッ!
〜ユサッ、ユサユサッ、ユサユサユサユサ……ッ! 〜
「ボスゥッ! 起きてよォッ! ボォスゥゥッ!?」
――「どうしよう……!? ボクが気づいていれば……ッ!」
肩を貸されて歩いてたオルセットと、肩を貸していたボス。
パッと見、第三者の視点から見れば……余力があるように見えるのは”ボス”であろう。……だが、実際は違っていた。”種族の差”と言うのは、彼が思っていた以上に開いていた物らしい。
思考にまでは至っていなかったが、心中で語る彼女の言葉には上記のような”後悔”ばかりであった……! 「ボクが早く気づいて、ボスを引っ張っていれば……!」、「ボクがユり動かす事以外にもデキれば……!」、「ボクが、ボクが……! 今にもアソコから抜け出しそうなアイツに、立ち向かうユウキとかがあれば……ッ!」
……”ボスの脇腹”から止め処もなく流れ出る血液を前に……現実逃避したい思いもあるのか、彼を揺すり続ける腕が止まる事のない中で彼女は思っていた……。
「……うっ、ウゥゥゥゥン……」
「ボスゥ? ボスゥッ!」
――オルセットの必死の呼びかけが通じたのか……ボスは苦悶の表情を浮かべつつも、半目を開けた状態で何とかオルセットの方へと顔を向けた。
「……オル……セット……か?」
「そっ、そうだよ……ボスゥ?」
「……はっ、ハハ……。良かった……お前は……無事だったか……」
――力無く、空元気に笑うボス。
「ボスゥ、気が付いたなら……早く逃げよう! 早く立って……!」
――脇腹を抑えるボスの片手を握り、強引にでも立たせようとするオルセット。
しかしながら、人間を超えている彼女の力でも、彼の体は鉛のように重く感じられ……僅かに持ち上げただけで彼の苦しむ声が増すのを聞くと、すぐに離してしまうのであった……。
「……気持ちは……嬉しいが……お前だけで……逃げ、ろ……オルセット……」
「いっ……イヤだよォッ! ボスがイないと、ボクはイヤだよォォォッ!」
「おっ、落ち着け……! お、オルセット……! ……ウゥゥゥッ!」
――無理に叫び、再び苦悶の声を上げるボスを前に……チョッピリだけ、オルセットの頭が冷える。溢れる涙と溢れ始めた鼻水がジョジョに増して行く彼女を他所に、彼は荒い息をしながらも話す。
「ハァハァ……怪我して……お荷物なぁ……オレと一緒に……逃げる……より……! お前……一人で……逃げた方が……勝てるんだよ……!」
「……勝てる?」
「……「逃げるが勝ち」……って……言葉が……あるんだよ……。
今回……みたいな……勝てない……相手に……対してはな……?」
「……勝てない相手?」
「……いいか? オレら……二人が……ヤラレ……ちまったら……負け……なんだよ……! ……オルセット……お前……だけでも……! 逃げ切れたら……」
「……イヤだよ……」
「……!?」
「イヤだって言ってるでしょッ!? ボスゥッ!
そんなの”勝ち”じゃあないよッ!」
――息も絶え絶えに言葉を紡ごうとするボスに割り込み、涙ながらに怒鳴るオルセット。
……物理的にも、心情的にも”耳が痛い”と思うボス。
しかしながら……未だに続き、今にも抜け出してきそうな横からの怨怒の咆哮が、”彼女の切望”を許してはくれない事を彼は痛烈に理解していた……ッ!
理解していたが故に……! 欠けた脇腹以上の、抉れるような痛みを”胸”に感じていたのだ……ッ!
「……オレだって……本当は……死にたくねェよ……! 英雄にも……なりてェよ……! ……それに……もっとお前と……この世界を……旅してみたかったよ……!」……だからこそ彼は……ッ!
〜 ……ポワァァァァァァ……バシュン! 〜
「……えっ?」
――仰向けの腹に乗せていたボスの右手に、今では既にお馴染みな”フリピス”が赤い光が弾けたと共に現れる。
「何で……それを……?」弱々しく弾けた音を聞き、現れた”フリピス”を見つめながら思うオルセット。
「……これ……を……!」
――血塗れな震える右手で、オルセットへと”フリピス”を渡そうとするボス。
「オレの……最後の……魔力で……出した……フリ…ピスだ……!」
「えっ!?」
――”魔力切れになった状態のボス”の事を、ベルガから聞いていたオルセットは「……ウソ……!?」というような視線で瞠目してしまう……!
「……生きろ……オルセット……ッ!
それを……使ってでも……ッ! 絶対に……ッ!」
「……い……イヤ! ボスゥッ! ……」
〜 バシッ! グッ、ドンッ! 〜
――意識が朦朧とし始めるのを感じたボスは、オルセットが何かを言い切る前に彼女の右手に無理矢理”フリピス”を握らせた後……彼女をマグズリーから離すように両手で突き飛ばすのであった。
〜 ……グン……マァァァァァァァァァァァ……ッ!
ググググググ……ドスンッ! ……グン……マァァァァァァァァァァァッ!
ブゥゥゥンッ! バキャァッ! ブゥゥゥンッ! べキャァッ! ブゥゥゥンッ! ボカァッ! 〜
――彼女にとっては”突き飛ばされた事”や”尻餅をついてしまった事”は、大した事のない痛みだった……。
……だが、反射的にそれらの事で顔をシカめてしまう以上に……目の前で”再起完了”を果たし、ただ何故か今まで伸し掛かっていた樹木に八つ当たりを仕掛けている、荒ぶるマグズリーを前に……! 瀕死の重症でうつ伏せに倒れているボスを前に……ッ!
……何も出来ない自分に、絶望し掛かっていた……ッ!
「……イヤ……イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤァァァァァァ……ッ!
ボスゥッ! ボスゥッ! ボスゥゥゥッ! イヤァァァァァァ……ッ!」
――「頭が真っ白になっていた」……端的にオルセットの状態を言えば、そういう事になるだろう。
ボスに渡された”切り札”に一瞬、目が行くも……それだけであった。
それだけ、短いながらも彼女の中では……”ボス”の存在は、今にも鼓膜が裂けそうな程の慟哭を真っ先に上げてしまう程に、彼女の思考を変えていたのだった……ッ!
彼と会う以前の彼女なら……残らず叫ばずに、真っ先に逃走を決意する”臆病なオルセット”の存在が……揺らぎ始めている程に……ッ!
〜 ブゥゥゥンッ! バキャァッ! ブゥゥゥンッ! べキャァッ! ブゥゥゥンッ! ピタッ! ……グン……マァァァ……ッ? 〜
――しかし、現実は残酷である……!
オルセットの勇気が奮い立とうとする以前に……彼女の叫びによって、八つ当たりしていたマグズリーの注意が、彼女の方に向いてしまったのである……ッ!
……無意識とは言えど、自ら退路を断つという凡ミス……ッ!
だがッ! 未だ彼女の悲痛の叫びは、鳴り止む兆候が見えないのである……ッ!
「……うっ、ウゥゥゥゥ……ッ!」
――そんな中、”魔力切れ”も相まって倒れていたボスが意識を取り戻す……!
未だ朦朧とする意識の中、目覚めた直後に目の前で彼を呼び続けるオルセットを見るのだが……ほぼ同時に、背後からの”知りたくもない振動”を感じた彼は……?
「ハァハァハァ……あっ、ありがとうなぁッ! オルセットォォォォッ!」
「ッ!? ボスゥッ!」
――何と! ほぼ虫の息であるにも関わらず、オルセット以上の叫びを上げたのであるッ!?
「みっ、短かったけど……ッ! お前との一時は……ッ! た……楽しかったぞォォォォッ! ……ッ! ゴフウゥゥゥゥゥッ!」
……既に、体が限界だったのであろう……。
叫び終わるとほぼ同時に、軽く血を吐いた後……僅かに上げていた上体が再び地に伏してしまうボス。
「……ッ!」
――叫びたいのに声が出ない。
正に、オルセットが今に思っていた事であった……!
「助けたくても助けられない……!」、「体が動かないボクなのに……!」、「叫ぶ事しか出来ないボクなのに……!」
〜 ……グン……マァァァ……ッ? ……ノシッ、ノシッ、ノシッ……! 〜
――「逃げないボクのために……ボクより大きな声で……まだ…ボクを逃がそうと……ッ!」
八つ当たりの際、砕け散って少し離れていた樹木を攻撃していたマグズリーは……少々フラつきながらも、死神にも等しき足音を立てながらゆっくりとボスに近づいて来ていた。
目一杯に眼を見開き……顔や空いた口が絶望に歪み……震える右手の銃はマグズリー目掛けて伸びるも、狙いを定めるどころの話じゃあなかった……。
あと一歩……!
それなのに、”オルセットの勇気”は未だ姿を現そうとしない……ッ!
「……あ……ありがとうな……オルセット……生き……ろよ……絶対……!」
……人間であれば、絶対に聞き取る事のない呟きであっただろう。
しかし……優れた聴覚を持つ”獣人”であるオルセットは、ボスが静かに涙しながら言った呟きを微かながらも、確かに聞き取っていた……ッ!
〜 プッツン 〜
――そして、オルセットの中で……切れた。
彼女の心の中の……”何か”が切れた……決定的な何かが……ッ!
〜 ……グン……マァァァァァァァァァァァ……ッ! 〜
――だが、彼女の心の変化にお構いなく……。
十分にボスに近づいたマグズリーは、復讐を果たそうと立ち上がる……ッ!
〜 キンッ! シュボッ! ズバンッ! ビスゥゥッ!〜
――しかしッ! その剛腕たる右前足がボスに振り下ろされるよりも早く、何処からともなく銃声が上がる……ッ!
〜 ッ!? ……グン……マァァァァァァァァァァァ……ッ! 〜
――「何ダァ? コレハァ……?」……ボスの今までの銃撃を喰らってきたマグズリーが、抱いていた心境はこんな感じであった……。痛くはあるが……致命傷にも及ばない……お粗末な狙い……!
それでも……撃たれた影響か、ボスへと剛腕を振り下ろすのを一瞬、躊躇してしまうマグズリー。
しかしだ! しかしながら! それが命取りであった……ッ!
「……ボスに……!」
〜 ……スクッ、タッ、タッタッタッザッザッザッザザザザザザ……ッ! 〜
「手をッ!」
〜 バッ! 〜
「出すなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
〜 ……ドッゲシャァァァァァァァァッ!
ゴロンゴロンゴロンゴロンゴロン……バタンッ! 〜
――助走、駆け足、爆速ダッシュ……そこから倒れ伏すボスを飛び越しての”ドロップキック”をッ! あの”臆病なオルセット”と自嘲していた彼女はッ! 雄叫びと共にマグズリーの腹にブチ込んだのであるッ!
人間では熊相手の格闘では太刀打ち出来ないのは確かであろう……だがッ! 彼女はッ! ”500kg近く”あると思われる奴をッ! 数回も後転させたのであるッ!
〜 ……クルン、スタッ! クルッザッ、ザッ、ザッ…… 〜
――マグズリーを蹴り飛ばしつつ後方宙返りしたオルセットは、猫の”エジプト座り”のように両手両足を地面に突いて軽やかに着地するッ!
……そして、その手には未だ銃口からほんのりと白煙を上らせる”フリピス”を彼女は握り締め……ゆっくりと立ち上がると、ボスの方へとクルッと方向転換して歩いて行くのであった……!
「……ボスゥ、起きてよ……ボスゥ……!」
――再びボスの元で屈みつつ、子供を起こすような静かかつ優しい声で、彼を揺り起こそうとするオルセット。しかし……ボスはピクリとも起きる気配がない。
そして何を思ったのか、軽くタメ息を発しつつも未だ血が流れる彼に肩を貸し、起こし上げる……。
「……ヨイ、ショっと。安心して、ボスゥ……。
ボクが……ボクがオバアちゃんの家まで連れてってあげるからね……!
そうすれば……きっと、きっとオバアちゃんが持っている”クスリ”で……!」
――ウンともスンとも言わないボスに、優しい涙声で語り掛けるオルセット……。
〜 ドコンッ! ……グンマァァァァァァァァァァァッ! 〜
――しかし、現実はどこまでも非情な物だ……!
軽い揺れで車を容易く吹っ飛ばせる”モンケン”並かと思われる、彼女のドロップキックを喰らいながらも、マグズリーは気を失う所かまだ生きていたのだ……!
仰向けから腹筋するように起き上がった直後……両前足で地面を叩きつけ、その反動で後ろ足を弾ませて四足歩行の状態へと移行すると、怒りの咆哮を上げた奴は真っ直ぐにオルセット達を睨みつけていた……ッ!
「ッ!? ……しっかりツカまっててね、ボスゥ……!」
――マグズリーが起き上がった事に一瞬驚くオルセット。
だが、ボスに優しく語りかけた後……すぐに表情を引き締めると、彼を素早く”おんぶ”に近い形で背負っては走り出すのであった……ッ!
無論、それをやられっぱなしの”恨み辛み”が重なったマグズリーが、両手を振って見送る筈はない……!
再び怒りの咆哮を上げた奴は復讐を果たすべく、既に広場から姿を消した二人に向かって全力疾走して行くのであった……!
〜 ……ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ……! 〜
「ニャァ、ニャァ、ニャァ……! ドコに……逃げれば……ッ!」
――「ウゥ……いつもなら……! こんなに遅くないのに……!」
……そう胸中に思い浮かべながら、ただひたすらにオルセットは走っていた。
……えっ? 彼女なら、あっという間じゃあないかって? ……そんな訳ない。
〜 ……ザッザッザッ……グンマァァァァァァァァァァァッ! 〜
――現に、いつもの”消失マジック”を披露しているのなら……今のような咆哮を彼女が耳を塞ぎたい程にハッキリと聞く筈なんてないのだから……!
〜 ……ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ……! 〜
――背中に背負う重体のボス。
依然として、脇腹から流れ出る血の量が変わらない彼は意識不明な事もあり……垂れ下がった柳の枝の如く、交差もせずに肩に掛けただけの腕では、オルセットのスピードに振り落とされるのは確実だろう……。
……それを落ちないように、彼女がぎこちなくも何とか気を遣っていたのもそうだが……それ以前の”蓄積された疲労”も、種族の壁を超えて彼女のスピードアップを阻害していた……!
〜 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! 〜
「ニャァ、ニャァ、ニャァ、ニャァ……お、おばあちゃんチ?
……い、いやッ……ニャ、ニャ、ニャ、ニャ……こんなの、ツれて行ったら……!」
――大量の薪を背負っても、歩いていた時はいざ知らず……。
軽口すら叩けないようなこの状況の中、短い間隔で呼吸を繰り返すオルセットの体力は、限界に差し迫っていた……!
今の逃走する彼女のスピードはいつもの”消失マジックの如き速さ”と比べると、圧倒的に遅かったのである……ッ!
それでも、”人類史上最速のスプリンター”と呼ばれた「ウサイン・ボ◯ト」よりも速く、180cm近くもある細身な偉丈夫のボスを背負っても尚であったッ!
だがそれでも、決死の逆襲を仕掛ける”マグズリー”とは……2〜3mもないような目と鼻の先の距離に近い、”ギリギリの逃走劇”を繰り広げていたのだ……!
〜 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! 〜
「ニャァ、ニャァ、ニャァ……! モウッ! どっかに……行ってよッ!」
――オルセットは何とかマグズリーの追跡を振り切ろうと、あらゆる手を尽くした。
相手がスッ転ばないかと、ジグザクに生えた木々の間を駆け抜けたり……。
一瞬、より早く走って岩や大きな木の幹に隠れてみたり……。
木に向かって走り、激突寸前に直角に急カーブしては、急には止まれない奴を木にブツけてみたり……。
……だが、それでも無駄だったのだ。ボスに再三も頭を撃たれた事や、彼女の”モンケン並のドロップキック”を喰らって尚……(死に掛けではあるが)凄まじい執念で彼女達を追跡していたのだ……!
〜 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! 〜
「ニャァ、ニャァ、ニャァ……! モウッ! シツコスギッ!」
――撃たれて生き返る!? そんな馬鹿な!?
……と思ったアナタ。実はあり得なくはない事なのだ。
世の中不思議なものだが、「首なし鶏」なんて頭を失っても生きていた生物が、昔のアメリカに居たモンなのである。だがそれ以前に熊は、現実の狩猟でも突撃して来た際に頭部に強力な”ライフル弾”を命中させても、怯まずに突っ込んでくる事があるのだ。
人間の頭蓋骨は”脳ミソを守るヘルメット”となっている。
そして、この話は単純に”熊の頭蓋骨”は……人間の頭蓋骨よりも何十倍も頑丈と言う事なのである。
〜 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! 〜
「ニャァ、ニャァ、ニャァ……! それなら……ッ!」
――どれぐらい頑丈かと言えば、日本の警察が使っている”38口径の回転式拳銃”程度では、豆鉄砲も同然である。
では、ゲームや映画などで活躍している中でよく聞くであろう、「357マグナム弾」や「44マグナム弾」は? ……答えは「弾倉が空になる程撃っても、倒し切れるかどうか」と言ったところだ。
じゃあ、拳銃がダメなら猟銃は? コレは扱う”弾”にもよるが、「ようやく及第点」と言った所になるであろう。
それでも、当たり所が悪ければ突進を続けてくるのだ……!
……数人の猟師が一斉射撃し、蜂の巣になる程撃ってしてようやくスッ転んで止まるくらいに……!
〜 ……ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ……! 〜
「ニャァ、ニャァ、ニャァ……! あの岩に……!」
――だが、それでも生きている事はある……!
運良く拳銃などで頭蓋骨を砕けたとしても……人間と熊とじゃあ「脳ミソの”位置”と”大きさ”が違う」。ザックリ言えば、「眼球の頭上に”おんぶした形”のように大きく発達した、人間の脳ミソ」に対して……「眉間の奥深くにある”拉げた蒲鉾”ぐらいにしかない、ちっぽけな熊の脳ミソ」……。
つまりは、「熊は頭に命中しても、位置や大きさの関係上……脳ミソに当たる確率が低い」ッ! ……”脳死”させる事は至難の技なのであるッ!
〜 ……ザッザッザッザッザッザッ! キキキィィッ! ダッシュッ! 〜
「ニャァ、ニャァ、ニャァ……! ブツけて……ッ!」
――これを踏まえて話は戻るが、今回のボスの場合……恐らく、放った2発の弾丸は”マグズリーの頭蓋骨”に弾かれ、3発目にしてようやく骨を砕いて"有効なダメージ"を与えられたのであろう。
そして、そのダメージのショックか何かでマグズリーは気絶、オルセットを救助している間に目覚めたマグズリーが、戦場から立ち去ろうとするボス達に”不意打ち”を喰らわせた後……最後の力を振り絞って二人に逆襲を仕掛けている……と言った所なのだろう……。
〜 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! ドコンッ! 〜
「ニャァ、ニャァ、ニャァ……! やったぁぁ……ッ!」
〜 ……ザッザッザッザッザッザッ……ガッ! 〜
「ッ!? ウワァッ!」
〜 ……スッコロ、ズザザザザザァァッ! 〜
――おっと、私が解説している間にオルセット君は再び”急カーブ戦法”によって、マグズリーを激突させる事に成功したようだ。しかしながら……どうやら走りながら後方を確認していたため、足元がお留守になってしまったのだろう……。
そして、ボスを落とさないよう普段よりも”前のめり”に走っていたのも相まって、顔面から地面へと転んで行ってしまったのである……ッ!
「……イッ、タタタァァァ……」
〜 ……グンマァ、グンマァ、グンマァ……グンマァァァァァァァァァァァッ! 〜
「ッ!? ニャァ、ニャァ……ウソッ!? まだ動けるのッ!?」
――復讐心に飲まれ尽く、オルセットの浅知恵に引っ掛かっていたマグズリーであったが……その復讐心は本物としか言いようがなかった……!
何せ、現在の奴の顔面は銃撃によるダメージの蓄積と岩にブツかった影響か……右半分が拉げ、そこから吹き出した血で顔半分が真っ赤に染まっていたのである……!
熊ではあるが……その容姿は、正に”復讐鬼”と言わんばかりの染まり様……!
しかもだ。そうなっても、残り僅かであろう己の”命の灯火”を燃やし尽くす覚悟で、奴は彼女たち目掛けて怒りの咆哮を上げるのである……ッ!
その光景に思わず息を呑む彼女。
喧しい程の警鐘を鳴らす本能に引き起こされ、急いで立ち上がろうとするも……妙に背中が軽い……?
「……? ボスゥ? ……ッ! ボスゥッ!?」
――一瞬、恐慌状態に陥るも……周囲を見渡したオルセットがボスを見つけるのに、数秒も掛からなかった。理由は単純……先ほど転んだ際に、彼の体は少しばかり前へと放り出されていたからだ。
ほぼ一瞬で駆け寄る彼女。見つかった事に安堵するも、地面に投げ出された衝撃か……彼の表情が再び苦悶に歪むのを見て、すぐさま彼を引き起こそうとする……!
〜 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! ……グンマァァァァァァァァァァァッ! 〜
「ウゥゥ……! ボスゥ……しっかりして……ッ!」
――倒れ伏すボスに肩を貸し、必死に起こそうと躍起になるオルセット。
……相変わらずだが彼は返事をせず、聞こえるのは安定しない微かな呼吸音だけ……。しかしながら、彼女にはこのままチンタラと彼を起こしている場合じゃあない事は、背後から迫る疾走音によって、彼女の足りない”オツム”でも嫌と言う程に理解していた……ッ!
「……どうしよう!? ケってもダメ、ブツけてもダメ……! どうすれば……!?」
狼狽え掛けてしまっている彼女の心中。だが……その心中の独白とは裏腹に、彼女は諦めてはいなかった……!
「自分だけ逃げる」という手段を捨てている以上、絶体絶命な状況の中……その「諦めない心」が、この運命を手繰り寄せたのかもしれない……ッ!
「……ッ! そうだ!
ボスがあの”ギョウショウニン”って、ニンゲンから買ったナイフ……! ……アレなら……ッ!」
――何かに気づき呟くオルセットは、何故か再びボスを素早くそっと地面に寝かせるのであった……!?
そして、うつ伏せに寝かせた彼の”腰”から、一本のナイフの素早く引き抜く!
〜 グッ、シャンッ! クルッ! 〜
――そう、先程うつ伏せの状態で投げ出されていたボスをオルセットは見ていたからこそ、彼女は彼の買っていた”ナイフ”の存在を思い出せていたのである!
ムンズと掴んだナイフを右手に彼を背にして、怒り狂うマグズリーの方へと向いて対峙する彼女……!
〜 ……ガクガクブルブル……! 〜
――「……チガう! チガうッ! ……やるんだ、やるんだよボクは……ッ! こっ、ここで逃げたら……ダレが、ダレがボスを助けられるんだ……ッ!?」
対峙した直後……是までの奮闘が嘘のように、彼女の脚は震えて動けなかった。
まるで数十年物の錆が付いた、彼女の「ユウキ」と「カクゴ」の”心のスイッチ”がようやく入ったと言うのに……彼女の下半身は再び「オクビョウ」のスイッチが独りでに入ってしまったかのように、”ガックガク”に震え出していたのだ……!
しかしながら彼女は堪える……!
脚から腕へ……腕から手へ……手から指先まで……浸透するかのように、”震え”を伝染させる自身の”オクビョウさ”を握り潰さんばかりに、両手を握り締めながら……ッ!
〜 ……タッ、タッタッタッザッザッザッザザザザザザ……ッ! 〜
――先程のオルセットの”作戦”によって、”100m”近く離れていたのにも関わらず……彼女は震える両脚を必死に動かし、迫り来るマグズリー目掛けて駆ける! 奴に目掛け、彼女は駆けて行く……ッ!
〜 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! ……グンマァァァァァァァァァァァッ! 〜
――無論、オルセット達への復讐に燃えるマグズリーにとっては、願ってもないチャンス……! 何故、彼女そうしたのかも考える事なく……迫る彼女に対し、奴も加速して行く……ッ!
〜 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! ……グンマァァァァァァァァァァァッ! ブゥゥンッ! ……スカッ!〜
――十分にお互いが接近した瞬間、マグズリーは己の剛腕を”フックパンチ”のように振るうッ! ……が、その後に感じたのは肉が破裂する音どころか……骨を砕く感触でもなかった……ッ!
〜 ……ヒュゥゥゥ〜ン……。 〜
「ニャアァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
〜 ……グサァァッ! 〜
――感じたのはそう……首筋に感じる鋭い痛み……ッ!
それは、フックパンチが振われる直前……垂直気味に”2、3m”近く跳び上がったオルセットが、マグズリーに突き立てた”ボスのナイフ”であったのだッ!
「……ニャア、ニャア、ニャア……と、止まった……?」
――唐突に訪れる静寂……!
首筋に突き立てられたナイフによって、ついにマグズリーの命は尽き果て……!
〜 ……グンマァァァァァァァァァァァッ! 〜
「……エッ? うわわぁ、ワアァァァッ!?」
〜 ……ドッタンッ! バッタンッ! ドッタン……ッ! 〜
……尽き果てていなかったのだ。
オルセットの渾身の一撃は、マグズリーにとっては致命傷ではなかった……!
とびきり厚い”脂肪”や”筋肉”に阻まれ……呼吸器官や頸動脈などの、「重要気管」を傷付けるまでには至っていなかったのである……!
〜 ……ドッタンッ! バッタンッ! ドッタン……ッ! 〜
「ウワワァ!? 止まれッ! 止まれェェェッ!」
――”暴れ牛”ならぬ、”暴れ熊”に騎乗するハメになってしまったオルセットは、必死に突き立てたナイフの柄を手綱を握るかの如く、両手でしっかりと掴む……ッ! それと同時に、僅かながらも刺さったナイフが傷を抉っていたのだが……それでも彼女が振り子の如く左右に振り回されたり、転がる奴に瞬間的に押し潰されたり、木に叩き付けられたりして、揉みクチャにされる事は止まらない……ッ!
〜 ……ドッタンッ! バッタンッ! ドッタン……ッ! 〜
「止まれッ! 止まれェェェッ!」
――しかし、オルセットは堪える……!
このまま自分が諦めれば……! 振り落とされれば……!
考えたくも無い結末を迎えるよりも……と、必死に喰らい付くッ!
〜 ……グンマァァァァァァァァァァァッ!
……ドッタンッ! バッタンッ! ドッタン……ッ! 〜
……オルセットを叩き付けているマグズリーも、意外だが奴なりに強く思っていた。
ただし……ナイフを刺された事だけじゃあない。
奴は……長らく”この森の王者”として君臨していた自分が、この一日という期間で”何度も虚仮にされた事”に、途方もない向かっ腹を立てていたのである……!
だからこそ、やろうと思えば直ぐにでも背中の獲物を取り除けるのだが……徹底的に痛めつけてから復讐を果たそうと言う魂胆で、首筋の痛みを堪えながら動いていたのだ……!
〜 ……ドッタンッ! バッタンッ! ドッタン……ッ!
……グッ、グサッ! グサッ! ……ザッシュッ! ……ザッシュッ!〜
――「ボスは……ボクを助けてくれたんだ……ッ! だったらボクにだって……ッ!」……そう、心中で意気込むオルセットだって負けちゃあいない。
揉みクチャにされ続ける最中……このままじゃあ埒が明かないと思ったのか彼女は、今にも振り落とされそうな中で、必死に左手で奴の毛をムンズと掴むッ! そうして何とか振り落とされないようにすると、必死の思いで叫びつつ……もう片方の手で何度もナイフを奴の首筋に突き立てるのであった……ッ!
「止まれッ! 止まれェェェッ! 止まれェェェェェッ!」
〜 ……ドッタンッ! バッタンッ! ドッタン……ッ!
……ザッシュッ! グサッ! ザッシュッ! ……グサッ! グサッ!〜
――しかし、それでも止まらない……!
イヤ……本来は止まる筈がなかったのだ。
オルセットは知らなかったが、彼女が持つ武器の攻撃力は……斬撃が「10」、刺突で「100」なのだ。
対するマグズリーの”DE”は、「120」……ッ!
彼女以外が、このナイフを使って斬ったり突き立てようにも……まず、奴の皮膚に傷すら付かないモノであったのだ……! ……それを深々と突き立てていた……!
彼女の必死な思いもあるが、彼女の振り下ろす”STR”もあってこそ……”奴の命”を少しずつ、少しずつ……! 確実に削っていたのだ……!
〜 ……ザッシュッ! ザッシュッ! ザッシュッ! ……グサッ!
……ドッタンッ! バッタンッ! ドッタンッ! ……ブゥゥンッ! 〜
「……あっ……!」
〜 ドサッ、ゴロゴロゴロ……! 〜
――されども、オルセットの「ボスを助けたい」という思いは……たった今叶わなくなった。
彼女の刺突連打によって、マグズリーの首周りが真っ赤に染まった頃……奴が全身を使い、首を大きく振るわせたのだ。すると、その時にナイフを振り掲げていた彼女の反対の手が”スポーンッ!”……と、何の前触れナシにスッポ抜けてしまったのである……!
「……ウソ……!? 何で!? さっきまでは離さなかったのに……!?」
宙に投げ出され、その後に地面に叩きつけられて横転する彼女は、呆然と思っていた。恐らく、彼女の”手汗”か……はたまた”出血した奴の血”かで、手が滑ってしまったのだろう……。
〜 ……グンマァァァ……。 ノシッ、ノシッ、ノシッ、ノシッ…… 〜
――「良イ様ダ」……そう言ってるかのような一瞥を、マグズリーは背後に転がるオルセットへと向けると……覚束無い足取りでゆっくりとボスの方へと歩みを進めて行く……。
「……ッ! い…イヤッ! やめてェッ!」
〜 ダッ! ……バタンッ! 〜
「……ウェッ!? ウソ……体が……!?」
――立ち上がって駆け出そうとした瞬間……オルセットの意思とは無関係に、彼女は倒れてしまった……。人間よりも優れた肉体を持つとは言え、ついにオルセットの体も限界を迎えてしまったのだ。
ここまで全力で走ってきた”脚”が……マグズリーの”戯れ”によって執拗に痛め付けられて来た”体”が……最低限の命を守る彼女の”生存本能”が……! 「ここまでだ」と、最終通知を告げて来ていたのである……!
「……動いて、動いてよ……ッ!」
……必死にその通知を跳ね除けようとする彼女。
だが、現実とは本当に残酷な物である。
手足は”臆病さ”とは関係なく震え……無理に動かそうとする度に、彼女が経験した事のない痛みが襲うばかり……。それどころか、全く言う事の聞かない肉体を相手している間に……一歩、また一歩とマグズリーは、着々とボスの元へ歩みを進めて行く……ッ!
「……イヤ、イヤッ! ボスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
――「ボクが……ボクが、”オクビョウ”なんて言わず……もっと早く……ボスを助けてれば……! もっと早く……走っていれば……! こんな事……なかったのかなぁ……?」
獅子の咆哮の如き叫びを上げるも、一向に止まらないマグズリーをオルセットは悲痛な眼差しで見つめながら思っていた。……何せ、この叫びが彼女の”喉”に止めを刺したのである。
体も動かず、ボスを助けたい思いを上げる事すら出来ない……! そうになってまで、「諦めない」という心を彼女はまだ持ち合わせていなかったのだ……。
このような考えに陥るのも、無理はないだろう……。
ボスを助けられない悔しさからか、頬に一筋の濡れた感触を感じた後……止めど目なく目から涙を溢れさせる彼女。
「……ダレか、ダレか……助けて……!」
――ボスどころか、誰にも届かないような掠れた声でオルセットが呟く……。
涙と共にこの言葉が地面へと吸い込まれて行く中でも、マグズリーは止まらなかった。彼女の意識も朦朧とし始める……。
そうして、奴がボスの元へと辿り着き……止めを刺そうと立ち上がる……!
〜 ……グン……マァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!
……ヒュゥゥゥゥゥゥン…… 〜
――マグズリーが苦し紛れに咆哮を上げる中、飛来する一つの風切り音。
それは、直立した奴へと真っ直ぐに飛んで行き……?
〜 グサッ! 〜
――静かに……だが深々と突き刺さるのであった……!
〜 ……グラッ、ドタァァァァァァァン! 〜
――そうして、到頭恐るべき執念を見せつけたマグズリーは、人間の”大の字”に近い形で地面に倒れ伏すのであった……!
「……ッ!?」
――その倒れっぷりは、意識を手放しかけていたオルセットを叩き起こす程でだった。
何が起こったのかと、必死に首を動かして確認すると……何とあの散々手こずったマグズリーが倒れているじゃあないか!?
「……や、やったの……? ボクが……!?」……何とも言えないような嬉しさが、沸々と込み上げるのを感じる彼女。
「全く……喧しい叫びで狩りの邪魔をされたと思って来てみれば……」
――そんな中、オルセットは何処か聞き覚えのある声と共に、自身の眼前へと”誰かの両足”が迫ってくるのを視認した。因みに顔は、現状の首の可動域では到底見れなかったため、判断が付かなかった。
「……毛皮の売れないマグズリーに、死に掛けになったお馬鹿さんが二人……」
「……だ、ダレ……?」
――横たわる彼女の顔を覗くように、その声の主が彼女の視界へと現れる。
「……全く、こんな老ぼれよりも物忘れが酷いなんて……先が思いやられるワサねぇ……?」
「……おっ、オバアちゃん……ッ!?」
――そう、倒れ伏すオルセットには全身像が見えなったが……腰に数本の矢が入った”矢筒”を装備し、革製と思わしき質素な”ワンショルダーバック”を背負い、右手には良く手入れされた”ロングボウ”をオバアちゃん……「ベルガ」は握り締めていた。
疲れからか、表情筋が余り仕事をしていない中……精一杯の驚きを顔に浮かべるオルセットであったが、そんな彼女をベルガは気難しい表情で見つめる。
「ど……どうして、ここに?」
「……冒険者ギルドから一向にオマエさん達が帰ってこないから、食料調達ついでに森に入っていたんだワサ。そんで、さっきも言った通り……追いかけていた”パルト・ディアー”が、誰かさんの叫びで逃げちまったモンだから、文句の一つでも言おうと此処に来たんだワサ」
「それで……オバアちゃんが、マグズリーをやっつけて……」
「普段と違って、隙塗れでおかしいとは思ったワサけどねェ……?
けど、まさか……様子見で放った一発で、仕留め切れるとは思いもしなかったワサ」
――そう言うベルガは、背後に仰向けに倒れ伏すマグズリーに刺さる矢に一瞥する……。
……余談だが、実はベルガが命中させた所が、正に”熊の急所”であるのだ。
熊が直立した際の”両前足のド真ん中”……そこにライフル弾でも容易く止まらない熊を、一撃で仕留められる”心臓”があるのだ……! 恐らくだが、彼女は何度かマグズリーの狩猟に成功しているのであろう。
そうでなければ、普段よりもゆっくりしていたとは言え……直立した僅かな隙を狙って急所を撃ち抜くなんて芸当は、現実の熟練猟師でさえ至難過ぎる技なのである……ッ!
「けど……良く……やっつけ……られたねェ……?」
「アイツは首を落とすか、今みたいな急所を射抜かない限り……どれだけダメージを与えようと、攻撃してきた全ての相手を始末するまで止まる事のない魔物だからねェ……?」
「……」
――一瞬、オルセットの表情が真っ青になる。
だが、ベルガはそんな彼女の表情を見ると……見なかったつもりにするのか、”フフン”と口元に微笑を浮かべ……?
「……アタしゃ、余程の事がない限り……他人を褒めるなんて事はしないワサが……」
――そういうベルガは、空いた左手でオルセットの耳も含めて頭を優しく撫で……?
「……良く生きてたねェ……お前さん達……。
アタしゃの昔の頃でも、倒すのが難しかった魔物を相手に……良く生き残ってたよ……」
――そう言いつつ、オルセットの頭を撫で続けるベルガ。
そんな中、オルセットは再び両目に涙が込み上げるのを感じていた……。
「無力」……とは違った、「悔しさ」がまだ残る「嬉しさ」を含んだ涙だ。
「……良かった……! 良かった……ッ! ボスが……ッ! 助かった……ッ!」
……その言葉は紡がれる事なく……涙となって、地面に吸い込まれて行く……。
その様子を見て、ベルガは黙ったまま腰に付けていた大きめのポーチから、”木製の小瓶”を取り出し彼女に飲ませようと……また一悶着あるのだが……。
これから先の”ボス”と”オルセット”の運命は、また次のお話で語る事にしよう……。
<異傭なるTips> 執念
広義には「ある一つのことを深く思いつめる心」、「執着してそこから動かない心」を意味する言葉。
その言葉を解釈した、”パッシブスキル”の「執念」は下記のような物になる。
・攻撃を受けると、その攻撃をした相手を命尽きるまで覚えている事が出来る。
・効果範囲は”半径100m”。範囲に入ると自動通知。
・更に、スキルを持つ対象が”絶命”に至るダメージを負うと、「HP:1」の状態で堪える。
・そして、その対象の急所を破壊されない限り……対象を「HP:1」にさせた相手を仕留めるまで、どんな攻撃を受けても死亡する事はなくなる。
(注:体を粉々にされたり、拘束されて餓死に追い詰められるなど……一部例外はあります)
一つの”定義”はあっても、人の数だけ”解釈”は生まれる。
その”解釈”の数だけ、同じ言葉でも別の意味になるのかもしれない……。