RE:Mission-10 行商人ト交流セヨ
〜 ヒソヒソ…… 〜
「おっ、おい……オルセットぉぉ……待ってくれよォォ……!」
〜 ヒソヒソヒソ…… 〜
「もう、だらしないよぉ? ボスゥ。
オバアちゃんが言っていた広場までもう少しなんだから、ガンバッテよ〜」
〜 ヒソヒソヒソヒソ…… 〜
「いや……オルセットは楽かもしれないけど……筋トレしていたオレでも……!
キツイんだよ……!? この……”薪”の量は……ッ!」
――二人が背負いしチョモランマ……もとい、籠に積まれた薪の山の重さに、ボスは普段の足跡の深さが2、3倍になったんじゃないかと思う程の覚束無い足取りで進んでいた……。
だが、その一方でオルセットはほぼ普段と変わらない足取りであった。
……その背中にボスの軽く二倍近い……籠から溢れ、紐で縛り付けてようやく一まとめにされている薪達を物ともせずにだ……ッ!?
恐らく、未だ自覚していないであろう彼女の獣人という、種族”だからこそ為せる技なのかもしれないのだろう……。
この光景を前にボスも、「いや……江戸時代じゃあ、女性でも60kgもあるらしい米俵を一気に5個も担いでいる写真を見た事があるからなぁ」……と、”昔の人は強かった”的な事を思い出し、内心苦笑せざるを得なかった……。
〜 ヒソヒソヒソヒソヒソ……ねぇ、アイツら……。 〜
――二人は、村の中央広場へと歩き続ける一方……オルセットの頭頂部付近にある”黒い耳”が、ピクッと動く。
〜 ヒソヒソヒソヒソヒソヒソ……あぁ、あの変わり者の”ベルガの偏屈ババア”の所に駆け込んだ……。 〜
――彼女の快活な足取りが、ジョジョにその快活さを失っていく……。
〜 ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ……本当、獣人を助けるなんてどうかしているぜ……。 〜
――やがて、彼女の足取りはパッタリと止まってしまう……。
〜ヒソヒソヒソヒソヒソヒソ……本当だよ、一週間くらい前にあの男がオレん家に助けを求めて来た時なんかは……!
……だよな〜? しつこく食い下がって、本当迷惑だったよな……。
……ねぇねぇママ〜? あのオンナのヒト、アタマにおミミがツいているよぉ〜?
……こら、見ちゃダメよ……! あんな汚らわしい……人じゃあない”種族”を見るんじゃあありません……!
……偏屈イカレ婆さんはそもそも……何であの変な格好をした男は、獣人なんて助けたんだ……?
……ホント、イカれてるよな〜? 王都であんな事件が起こったんじゃあ……この国で、亜人と一緒に居るのは自殺行為も同然なのになぁ〜?
……あぁ、そうだよなぁ〜? 王家に仕えていた、ラッキーなハズの亜人が…… 〜
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……やっと……追いついた……!
……んっ? どうしたんだ? オルセット? そんな俯いて?」
「……ッ!? うっ、ううんッ!? 何でもないよボスゥ!
ただチョッピリ……疲れちゃって……」
――オルセットの真横にようやく辿り着き、彼女の様子がおかしいと思ったボスは声を掛ける。彼女は一瞬、ビクッと全身を震わせたが……素早く顔を上げると、疲れた表情ながらも”笑顔”を彼に見せるのであった……。
「……そうか?
オレが言うのもなんだけど……無理せずゆっくり進んでも良いんだぞ?」
「ううん、大丈夫だよ……。早く行こう、ボスゥ!」
「あぁ……」
――そう言うと、二人は再び歩み出す……。
だが……以前と同じように前へとガンガン進むのではなく、オルセットは何故かボスの覚束無い足取りに、足並みを合わせ始めたのであった……!?
「……ねぇ、ボスゥ?」
――正面を向いたまま少し俯き、彼女が呟く。
「んッ? どうした?」
「……ボスはぁ……ボクの事……好き?」
「……えっ?」
――突然の愛の告白に、オルセットの横顔を見ながら聞いていたボスは、戸惑いを隠せず……思わず目を見開いて、間抜けな表情を晒してしまっていた……。
「お、オルセット? 流石にオレ達は、会って一週間程度の付き合いだぞ?
なっ、なのに、そんな性急にオレ達の……その……男女間の仲の結果的な物の答えを求めるというのは……!?」
――「いやもう何”イミフ”な事を言っちまってんだよッ!? 恋愛学の権威か何かかよッ!? オレはッ!?」……と、私が言いたい事を既に心中で代弁してくれていたボスだったが、オルセットの反応は非常に淡白であった。
「……何言ってるの? ボスゥ?」
「えっ? ……じゃあ、何が”好き”なんだ?」
「……何がって?」
――一瞬、ボスはズッコケそうになる。
しかしながら、ここで本当にズッコケては薪が四方八方に散らばったり、自身の腰や脚が大ダメージを受け兼ねなかったので、なんとか踏ん張ったのであった。
そして、オルセットの”世間知らず”に「好きの”主語”」と「好きの”意味”」を補足して行く……!
そうして、彼女は浮かない顔をしながらも再び彼に質問して行くのであった……。
「ボクが……ボクが、”ニンゲン”じゃあなくてもだよ……」
「……”種族”の事か?」
――非常にゆっくりとした歩み中、ボスは髪に隠れた彼女の横顔を見つめながら確認する。
「……そう、たぶん”シュゾク”の事……。ボスも前に言ってくれていた……」
「急にどうしたんだよ? 今更そんな事を言って?」
――一向に視線を合わせずに話すオルセットを心配するボスであったが、彼女は再び足を止めた……。
「……”ボス”と”オバアちゃん”だけなの? ……おかしい……のは?」
「……”オレ”と”ベルガ婆さん”だけ……?」
――オルセットの言葉からボスは足も止め、ふと周囲を見渡した。
すると、ボス達に向けられていた視線や声は次々に鳴りを潜めていった……。
ある者は視線を逸らし……ある者は元々の話し相手へと視線を戻し……ある者は密偵の如く、家の物陰へと身を隠すのであった……。
勿論……獣人でない彼には数十メートル離れた彼らのささやき声は、一切聞こえなかった。
だが、見渡した際に垣間見た”村人達の不審な行動”を見ていた事から、彼はこの村に漂う雰囲気に何処となく覚えがあった……。
……そう、彼がこの異世界に来る前に幾度となく”嫌悪感”を感じていた……”差別の視線”だ……。
……眉間の表情筋が強張り、思わず胸ポケットに忍ばせている”フリピス”に手を伸ばしたい衝動に駆られそうになるが……そんな事は”英雄”のする事じゃあないと、自身を踏み止めた。
そして、その場で跳ねるように籠を背負い直し、彼は彼女の一歩前に出たのであった……。
「……ほっとけ。
この村の奴らが、どんな事を言っていたとしてもな……?」
「ッ!? ぼ、ボスゥ! それじゃあ答えになってな……」
「少なくとも……オレは、お前が”人間”じゃあなくても好きだぞッ! ……ット!」
――ボスは言い終わる瞬間、振り向き様に彼女に向けて両手の親指、中指、人差し指を伸ばし、”拳銃”の様に見立てながら、彼女の方に対角線状に揃えて向けるのであった……。
……早い話が、「ダン○ィ坂野」の”アレンジスタイル”をしながら、ニカっと彼女に歯を見せつつ笑ったのであった……!
「……」
「あっ、あれッ……?」
……まぁ、ここが地球であればその”古すぎるネタ”のチョイスと、微妙過ぎる”噛まし方”に、良くて”失笑”が起これば儲け物だろうが……。
「……プッ、アッハッハッハッハッハァァァ〜何それボスゥ〜ッ!? 変なの〜ッ!」
……意外や意外、腹を抱える程の大爆笑であった……ッ!?
……まぁ、異世界……だからなのだろう。
……新鮮味があったと言えばいいのか……。
「ハァァァ〜ハァァ〜ハァ……何だか、どうでも良くなっちゃったなぁ……」
「おっ? そ、そうか?」
「うん、早く行こう! ボスゥッ!」
――オルセットはそう言うと今度は言葉通りに、軽やかにボスを追い抜いていく。
「差別意識かぁ……何とか何ねぇかなぁ」……彼女の元気が持ち直した様子を見て安堵する一方、今自分が居る国には根強い”亜人への差別意識”がある事に眉を潜め、何処か悲しい気持ちになってしまうボス。
「ケモ耳と尻尾がある以外、他は人間と変わりない感じなのになぁ」……先行く彼女の背中を眺めていた彼は、軽く首を左右に振った後……速足で何とか彼女に追いつこうとするのだった……。
そして、追いついた後に息を切らしながらもこう言ったそうだ。
……「流されんな、自分の意思はしっかり持て」……と、この言葉に対してび彼女の”世間知らず”が再び出てしまったが、それに捕捉を入れつつも彼は彼女を励ますのであった……。
無論、彼女の”世間知らず”が出てしまった程なので、彼女はこの言葉の”真意”を知るまでには至るかは定かではないが……少なくとも、”ボスに励まされている事”は理解し、彼に微笑みを見せるのであった……。
〜 ポン、ポロン……ポン、ポポン……ポンッ、ポポロン…… 〜
「……何だろう、この音……?」
「どうした? オルセット?」
――木々に囲まれ、森の一部と同化したかのようなベルガ家から続く土道を辿った先……ボス達が目標としていた、”村の中央広場”があった。
そこまでに続いていた、道中の左右に広がる”雑草達の緑の絨毯”や立ち並ぶ”雑木林”、そしてオルセットに軽蔑の言葉や眼差しを送っていた人々が住んでいた点在する”木造建築の家々”以外、殺風景に近い土道とは違って「中央広場」と言うのに、相応しかっただろう。
杉……だろうか? 広場の中央には、ボス達が目一杯に見上げないと天辺が見えない”針葉樹”らしき樹木がそびえ立ち、そこを中心に波紋のように砂利が敷き詰められていたのだ。そしてその周囲には、「トルガ村」の家々らしき木造の家々がまばらに立ち並んでいた。
……とは言っても、波紋状に広がる砂利道の縁にピッタリと沿った家はほとんどなく、もしも現代の区画整理の役人が来ていたら胃痛が慢性的になりそうな程、どれも気ままな方向に玄関を構えていたのである。
そんな広場の東側付近に現在、ボス達は入ってきた訳だが……。
中央広場に差し掛かる細い土道に入ろうとした時に、彼女は先程の”トアル音”を「中央広場の樹木」の付近から捉えていたのだ。
〜 ……ポポポンッ、ポロン……ポン、ポロン……ポンッ、ポポロン…… 〜
「ほぉ……いい音色じゃあねェか」
――そう言いつつも、ボスとオルセットは樹木の元へと向かう。
先程までジワジワと汗を掻くような気温だったのが、少し涼しくなって来ていたからか……周囲を見渡しながら歩いていた彼の目に、何人かの村人達と目が合う。
しかしながら何もボスと目が合った後に、彼に追従するオルセットへと視線が逸れる度、揃いも揃って”不愉快な表情”を彼に見せ、彼女を不愉快にさせた道中の村人とほぼ同じよう様な行動をするばかりであった。
そうでない大人や子供も極少数いたが……ボスはやるせない怒りが募るばかりだった……。
「……車輪の跡? ……オレらがこの村に入ってきた道から?」
それでも、彼が胸ポケットに納めている”銃”を引き抜かないのは、彼の理性もそうだが……この流れる音色の癒しもあった。
そして、その音色の主人が来たと思われる北側にある横幅が広い道……ボス達が初めてこの村に訪れる際に通った土道に、クッキリとした”二本の轍”と”馬らしきの足跡”が周囲を見渡していたボスの目に留まってもいた。
車の轍ではそう珍しくもないが、現代ではほとんど見ないであろう”大八車”や”リヤカー”のようなその轍を目で追うと、樹木の側に止めてあった西部劇に出てきそうな”幌付き荷馬車”にボスの視線は辿り着いた訳だ。
……ただ何故かパッと見、辺りを見回しても……引いてきた筈の馬がいない事は、今は考えなかったが……。
「……なるほど。
あの木の根元でストリートライブしている奴が、”行商人”っぽいなぁ……」
「……ストリートぉ、ライブゥ?」
「あぁ……今のは気にしなくていいぞ? オルセット?」
――首を傾げるオルセットを他所に、ボスは声を掛ける前に一頻りにその”行商人”らしきミュージシャンを観察し始めた……。
彼が最初に抱いた印象としては、「……地味だよなぁ」……とまぁ、相も変わらず失礼な物である。
だがまぁ……無理もない。”ドラ○エ”などの伝統的なRPGで出てきそうな、ポッチャリとした恰幅の良い体格でも、”お金持ってます!”……と自己主張するような服装でもなかったのである……。
端的に言えば、色違いの土気色に統一された上下に、深緑の革製ベスト……まるで「村人A」と呼ばれそうな程に、パッとしない地味な服装なのだ。
「……寝てるのかなぁ?」
「……そうか? 目が帽子で隠れてて見えないんだが……?」
「うん、寝息っぽい音も聞こえる……」
――オルセットの聴覚の良さに、思わず「へぇ〜」と言う呟きが漏れ出るボス。
昼間の稼ぎ時でも過ぎて一息付いていたのか……その人物は、”茶色の皮帽子”に”細い荒縄”が数回巻きつけられ、そこに”白い一枚の羽”が差してある……そう! まるで「ピーターパン」が被っていそうな”羽付き帽子”で目を隠している、何処となく怪しい風貌の男が居たのだ。
その男は、大木の幹を背にもたれかかって物憂げな雰囲気で、両手に抱える楽器を演奏していた。
ボスは一瞬、ド忘れしてはいたが……それは西洋の琵琶の一種、所謂「リュート」に似た小さな弦楽器を弾いていたのだ。
「……いい音色だな? まだ店は開いているか?」
――大木の木陰から刺す日差しによって、心地良く”うたた寝”していなくもないように見えていたボスは、軽く冗談を交えつつもリュートの人物へと尋ねた。
「……ッ!? あっ、あぁぁ……お客さんか。
すまない、弾いている内にウトウトしてしまっていたよ……」
――どうやら本当に寝ていたらしく、急に声を掛けられたリュートの人物は一瞬、ビクッと反応した後……ズレた帽子を直しながらボスの方へと視線を向けた。
すると、現れた面貌は意外な程に凛々しく、簡潔に言えば”イケメン”であった。
……嫌、しかしながら人は選ぶだろう。元は綺麗であったであろう、ヨーロッパ系のモデルに近い”白さの肌”に”馬顔”、ボサボサだが帽子の隙間から伸びる”金髪”……そして、”切れ長な垂れ目”である。
栄養不足なのか、行商による疲れとなのかは知らないが、蓄積し続けた疲労と思われる”目の隈とシワ”もあって、より詳しく言うなら……”雰囲気イケメン”とでも言うのだろうか……?
「こちらこそ、起こして済まないな。
オレはジャック。アンタの名前は?」
――「えっ? ボスゥ、名前が……!?」……と言わせる前に、オルセットの口に右手の人差し指を押し当てるボス。勿論、彼女は不服な表情をするが……今回は察しが良かったのか、それ以上は何も言わなかった。
「あぁ、紹介が遅れたな? すまない。
オレは”マケットのダース”だ」
――その顔つきに妙に似合う”薄ら笑い”がデフォルトなのか定かではないが、陽気な口調で自己紹介するダース。
一方で、一瞬目が点になりつつ「……”ベーダー”って、続きそうな名前だなぁ」……とボスは思いつつも?
「……何を”12個まとめ売り”しているんだ?」
……と、とりあえず”トボけて”みる事にしたようだ。
「おいおい……冗談はよしてくれよ?
出身地の名前の後に、自分の名前を名乗るのは当たり前だろ?」
――再び目が点になるボスであったが、少ししてある事を思い出した。
それは、ポーランドの小説が元となった「ダークファンタジーゲーム」の”実況動画”であった。
彼は未プレイでありその小説も読んだ事はなかったが、その動画の実況主が原作の大ファンらしく、彼も小説の世界に入り込んだかと錯覚してしまいそうな熱の入った解説とプレイ動画に、終始ワクワクさせられたモノだ。
そして、何故コレを急に思い出したかと思えば……それがダースの言ったまんま、そのゲームの登場人物達が自己紹介の際に言っていた記憶があったからだ。
「じゃあオレも”日本のジャック”……いや、やめておこう……流石に世界観に合わねェわ……」と、改めて”郷に入っては郷に従え”を実績しようかと思ったが、やめたようだ。
また同時に、「そういえば……ベルガ婆さんとの初対面時、出身地を言ってなかったけど……トルガ村じゃあないのか?」……とも思っていたが、脳内会議しても埒が明かない判断したボスは、この些細な疑問を心のメモに書き留めた後、予め決めておいた”設定”を言うのであった。
「あぁ……済まないな?
実は……ここまで来る途中に事故か何かにあった性で、オレらはあんまり”記憶”がないんだ。
だから……出身地とか、一般常識とかが……その、あやふやで……」
「あリャリャぁ〜それは災難だったねェ……。
不謹慎かもしれないが、何があったんだ?」
――陽気かつ、軽快な口調でボス達を慰めるダース。
コレはボスの勝手な脳内イメージであったが、”異世界人は常識が違う故にズケズケと事情を聞きたがる”……と思っており、ダースもその例には漏れなかったが……ボスは嫌悪感を抱けなかった。
「……悪いな。
どうやらそれも、記憶を忘れた場所に落っことしてきちまったよ……」
――何故かって? ……それは「不謹慎かもしれないが」と、”丁寧な断り文句”を入れていたからだ。
もし、これを無しにダースがボスに事情を聞こうものなら、彼の”行商人嫌い”も相まって”ヘソを曲げた雑な回答”しかしなかっただろう。
その証拠に、彼の微妙なジョークが今日も軽快にスベっているであろう……?
……軽快にスベってねェ〜よッ!?
「そりゃあ残念。
聞かせてくれたらチョッピリは、”割引サービス”でもしようかと思っていたんだがなぁ……」
――軽く俯きつつ首を左右に振りながら、肩をすくめるダース。
ボスは愛嬌とは思っていたものの、続く”軽薄な接客”に軽く眉を顰めてしまう。
しかしながら”文句”や”表情に出す”よりも、いい加減肩に掛かる疲労が限界に近くなってきたので、商談を始めようと切り出すのであった。
「ところで、話を戻すが店はまだやっているのか?
この背中の売りモンに、そろそろ肩をヤラレそうでたまらないんだが……」
「おお、そうだったな! すまないすまない……。
こちとら、”行商人”ってなモンでお客さんの会話とかから、”商売のニオイ”なんかを探すのが大事でねェ……。つい話し込んでしまったが、大・丈・夫ッ。
休憩時間はもう終わりだ。早速、その薪を見せてくれないか?」
――そう言いながら、ダースは弦楽器を背後の樹木に立て掛けた。
そうして「ココ! ココ!」……と誘導するように、両手の人差し指と親指を伸ばして”拳銃”のような形に、細かく上下に動かしてボスとオルセットに指示するのであった。
……ひょうきん、と言うか……想像以上の陽気さに、何故かボスは隣に立っていた彼女に視線を合わせてしまう。彼女も思わず視線を合わせるが無論、意図は分かっていなかったので数秒後には「……ボスゥ?」と小さく呟きつつ、首を傾げてしまうが……。
「……まぁ、薪を置こう」……と何処か観念したような声で彼女に促し、二人は籠ごと薪を置くのであった……。
薪が置かれた後、ダースは軽く揉み手すると慣れた手付きで次々と薪を籠から出して行き、自身の目の前あたりの砂利道の上に、正方形状になるよう並べて行く。
その際に「ニィ、シィ、ロゥ」……と何やら呟いていたので、恐らく並べると同時に薪の数も数えていたのだろう。数分後に全ての薪を並び終え、額に浮かべた汗を手の甲で拭い払うとボスへと向き直る……。
「お待たせェ、お客さん! 随分と良質な薪だねェ?
良ければ、何処で採ってきたか教えてくれないかなぁ……?
……この後、なんか買うなら負けるからさぁ?」
――左手を口元に添え、内緒話をするような仕草でサービスを促すダース。
「……教えるも何も、オレらは”ベルガ”って婆さんのお使いで来たんだよ」
「……なんだ、あの婆さんのトコの奴かよ……」
――あからさまにガックリと項垂れるダース。
「……コイツ、商人として大丈夫なのか?」……と、そろそろ彼の愛嬌に”我慢の限界”という物が、熱を帯びてきたのを感じるボス。そして良く分からないモノの、彼の態度に感応されたか……ダースに”ジト目”を向けるオルセット……。
……まぁ、軽くダースを擁護するなら……ボスは”日本のサービス精神”に慣れ過ぎているのもあるだろう。……それでも流石に、コレだけは不快感を感じずにはいられないモノだが……。
「……アレ?
でも何で数年間も”一人暮らし”をしていた婆さんが、急に人を……」
「……なぁ? お取り込み中にすまないが、買うのか? 買わないのか?
それとも、その丁寧に並べた薪をオレらに幾らで売りつけるかを、考えてでもいるのか?」
――ブツブツと思案するダースに対し、あからさまにイラついた口調で尋ねるボス。オルセットは……”ジト目”を継続中である。
「いやいやいやいやいやいやッ!? とんでもないッ!
数えやすいように並べただけだけなのに、何で買ってもいない私がジャックさん達に、売り付けようなんてするんですかッ!?」
「……済まないが、そうも軽薄な態度を続けられると、そっちが思ってなくても疑っちまうんだよ……?」
「そうなのぉ? ぼ……ジャックゥ?」
――一瞬、ボスに睨みつけられて萎縮した後、何とか言い直すオルセット。
一方でボスは、少し表情を和らげた後にダースへと首を向き直し……?
「……少なくとも、オレはな?」
「……はぁ、怖いお客さんですねェ……。分かりましたよ……。
えぇっと、お会計ですね? ”384本分”の薪で”粒金貨3枚”に、”半銀貨2枚”です」
――ダースは腰に下げてあった大きめのポーチから、金貨と銀貨をボスに渡す。
しかしながら、左手に乗った一粒の金貨を右手で眼前へと摘み上げるボスの表情は、何処か訝しげであった……。
「3万2千バル? ……おかしいなぁ?
良質なハズなのに、1束が”1000バル”ってのはチャンと相場通りになってるのか?」
――一瞬、ギョッとしてしまうダース。
恐らく、今まではあまり頭を使う事のない一般客ばかりだったのだろう……即座に表情を取り繕い、慌ててボスに弁解をし始めた。
「い、いやだなぁ〜ジャックさん? こちとら行商人ですよ?
方々を旅するにだけにあって、それだけで資金はカツカツなんですから〜。
高く買いたいですけど……私に店を畳めと……?」
「じゃあ良いよ、昨日高く買ってくれるって言ってた”行商人”が居たから、ソイツに買ってもらうわ」
――そう言って、クルリとダースに対し背中を向けてしまった。
しかしながら、態度も含めそれは……ウソである。
ベルガから「1000〜3000br程で売れる」と聞かされた以上、その”最低価格”でしか売れない事に納得しきれないボスは思ったのだ。
……「ここは一発、お気に入りの漫画で学んだ”値段交渉”を試してみるか……!」……と!
そう思う一方でまたも、ボスの”ウソ”に問いかけようとするオルセットを丁寧に黙らせつつ、ダースの態度を一瞬チラっと見た彼は、ニヤリと不適な微笑を浮かべていた。
……彼は口をアングリと開けつつ、驚愕していたのだ。
まるで「そ、そんな!? オレ以外、こんな辺鄙な村に来る筈がないじゃあないかッ!?」……とでも、語っているかのように……。
「ど、どんな方ですか!? その人はぁ!?」
「あぁ悪りィ、名前は聞き忘れたよ。
……て言うか、さっきから図々しくないか?
オレが気にし過ぎかもしれないが、さっきから客への態度が”最悪”と言って良い程だし……」
「ほ、他の店や行商人よりずっとマシですよッ! 私はッ!?
他なんかもっと無愛想で……」
「それにッ! ……ベルガ婆さんからは、そこの薪は毎回”その言い値の3倍”ぐらいは買い取ってくれるって聞いたんだが……?」
「ですから、それは私の目利きに間違いはないですよッ!
それに、さっきも言いましたよね? 私は行商人の身であるが故に……」
「まるで分かってねェなぁッ! ダースさんよぉッ!?」
――自身の”ペース”に巻き込める雰囲気ではないと思ったのか、急な大声を出すボス。
その効果はテキメンで、ダースは一瞬ビクッと驚いて黙った後……突如、奇行に走り出したボスに瞠目する事しかできなかった。
「あのなぁ、もしもの話だが……オレが未来で大儲けして、専属の”商人”や”商会”を探しているとかでも言ってたらどうする? ……アンタが今やっている事は、そんなデカイ魚を”些細な接客態度”や”ケチな性分”で逃すような事だぞ? そんな事……もったいないと思わないか?」
「……魚は、海のある”西側の教国方面”でしか獲れないのは分かりますが……。
それが、”接客態度”や”私の性分”と何の関係があるんですか?」
――急な真顔で話すダースに一瞬、ズッコケそうになるボス。
今までの口調から急変した事……よりも、”逃した魚は大きい”という諺が、正確に伝わってなかったようで慌てて弁解を挟む。
「違う違う! 確かに魚は好物だから食いたいけど、そう言う事じゃあない。
デカイ魚……”逃した魚は大きい”ってのは、”過去を振り返った時に失ったものに実際よりも大きな価値を感じ、後悔する”……って意味の例えだよ。オレの故郷のな?」
「……出身地は忘れているのに?」
「……人生は不思議な物だよ、ダース君?
ここで出会ったのも何かの縁……という奴を無駄にしないためにも、今こそ君の誠意を見せて欲しいだけどなぁ……?」
「……ジャックさん、何を言って……」
〜 パァン! 〜
「さぁ! ここから始めて行こうッ! 9万6千ッ!」
――柏手を打つ様に両手を合わせて音を鳴らしたボスが、意気揚々に大声で言う。ダース、オルセットと共に呆然としてしまうが、素早く再起動したダースがボスに申し立てる……!
「ジャックさん、しつこいですよ!?
さっきも言いましたけど、あの値段は間違いなく……」
「じゃあ、オレはさっき言った行商人に売るだけだなぁ……9万6千」
「ッ!? ねっ、値段交渉になってませんよッ!? ……3万8千400!」
「そりゃあそうさ、オレはアンタの”誠意”が見たくて言っているんだよ? ……9万6千」
「お客さんが見せてるのは、”横暴”って奴ですけどねッ!? ……4万4千800!」
「おいおい失礼だなぁ、冷やかしだけで済ませたくないだろう? ……9万6千」
「お客さんも折れないと、この薪を買う事を突っぱねますよッ!?
……5万7千600! これが限界ですッ!」
――息も切れ切れに、叩きつけるように言うダース。
しかしながら、ボスはそれでも涼しい顔のままであった……!?
「そうか? じゃあ言いたくなかったんだけどなぁ……。
オレはあの婆さんと結構仲が良くてな? お前に売らないように婆さんに頼む事だって出来るんだぞ? ……9万6千」
「……正気で言っています?」
「オレはさっきから正気だぞ?
……アンタの接客態度に、チョッピリ腹は立ててるけどな?
それに考えてみろ……最初の値段で売っていたら、今でも暮らしが厳しい婆さんがより厳しくなるかもしれないからこそ、目の前のケチな商人よりも、高く買ってくれる良心的な商人に行こうかなぁ〜とぉ……悩んでんだけどなぁ……?」
――どう見ても”態とらしい”態度で、悩む素振りを見せるボス。
一方のダースは、薪を数えていた時から変わらぬ立ち膝の状態で、わなわなと身を震わせつつ……?
「あ……あの婆さんの所の薪だから、この値段なんですよ!?
この村の住人たちよりも、ズゥ〜と高いぐらいに買ってるんですよッ!?」
――その一言を聞きつけた一部の村人が、妬ましい視線をダースの方に向けたかどうかは定かではないが……。熱の入った口調に圧されたのか、ボスは顰めていた表情を少し緩めると……?
「……そう言うなら、商人としての粋ってモンを見せてみなよ。
そうすれば……大枚を叩いた後でも、オレはたっぷりと買い物をしていくと思うんだけどなぁ……?」
「……」
「……まさか、商人なのに損得勘定が出来ない訳じゃあ……ないよな?」
「分かりましたよッ! 買います! 買いますからッ!
最高単価の”半銀貨3枚”で買いますから!」
「……イヨッ、太っ腹ッ! ありがとうな!」
「全く、その”強引さ”があるなら……私じゃなくて、自分で商売した方が儲かりそうじゃあ……」
「なぁんか言ったか?」
「ッ!? いっ、いやいやいやいや……その代わり、先程言ってた”値引きサービス”とかは一切無しですからね!
……はい! 9万6千バルッ!」
――絶対聞こえてそうだったが、ダースの呟き愚痴を聞かなかった事にしたボス。
その後は速やかに、ダースから追加の”粒金貨6枚”と”半銀貨4枚”を受け取り、満足そうな表情をボスは浮かべるのであった……。
しかしながら、それだけで満足して帰るのがボス達の目的ではない。
今後一週間程……失敗してしまった狩りの成果を補填する分の食料を買うのが、本来の彼らの第一目標であるのだから……。
そんな彼は、ジャケットの胸ポケットに受け取った金を仕舞うと、ベルガから聞いていた”購入すべき食材”を指を折りつつダースに伝えて行く。
そこでのやり取りは、彼の呟き愚痴を少々叩きつつも黙々と荷車から積荷を下ろしていただけで、特に代わり映えもしないため、割愛させて頂くが……一方のボスは不思議に思う事があった。
自身に宿る”言語スキル”の性か、ベルガ婆さんから聞いた重さの単位が馴染み深い”重力単位系”だったとか、独自の数え方とかでもあるのかと思えば、聞こえてきたのはこれまた馴染み深い”十進法”によるモノだったとか……。
そもそもその”言語スキル”があるからこそ、ベルガ婆さんやオルセット達の声が”口パクの合っていない日本語”に聞こえてくるのだろうかとか……。
……人から見ると分からないが、細かいながらも色々と気になる事があると、熟考し易い癖がボスにはあるようだ。
まぁ、それでも些細な事で……現在、最も彼が熟考している事がある。
それは数分後、購入した食料の入った麻製らしき袋を受け取り、ふと何を思ったのか袋の中を覗いて「スキャン」のスキルを発動させたのだ。
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<リンゴォ>
水々しく赤々と実った果実。
名前は「ウォーダリア」特有の物だが、地球の”リンゴ”と遜色ない物である。
品種改良のされていない原種であり、生息環境の影響で日本で最大の生産量を誇る「ふじ」というリンゴと比べると、大きさは一回り程小ぶりであり、味は甘酸っぱい。その性か、この世界でも好き嫌いが分かれる。
尚、この世界の大気には魔力の源となる「マナ」という物質が存在しているおかげで、どんな食料を食べても微量だが、魔力が回復する。
<基本性能>
(SR) 50
(CA) 1個
(ME) <MP回復+1%>、<耐毒3%(60秒)>
(DE) >重量+0.01kg<
(ED) 168h,24m,42s
<注!>「基本性能」は、その食料を”完食”した時のみ”100%”発揮されます。
(残した場合は、残量に比例して”回復量”や”効果”が減少してしまいます……)
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――このように、ベルガから聞いていた「食材の名前」はどれも”ギャグ”としか思えないような物ばかりであったからだ。……だが、彼女が話している表情は真面目そのものであったため、そうと思うしかなかった。
そういう思いがあったからか、ふと「スキャン」を行い……下記のような考察もしているのであった……。
……ナルホド。
婆さんの話にもあったが、「マナ」って物質が果実や生き物などに浸透? ……しているおかげで、食料を食べれば”MP”が回復するのか……。
回復量は、「MP最大値の○%」!?
……つまりは、オレがコレを食うとたったの”3”ぐらいしか、MPは回復しない訳か……。銃の出し過ぎや、弾の補給なんかでMP切れになった際は最悪……”暴飲暴食”すれば、”MP”は稼げそうだ……けど、太りそうだなぁ……。
……「h=時間」、「m=分」、「s=秒」か? 婆さん家じゃあ、食料や料理に「スキャン」する事は気にも留めなかったけど、”消費期限”があるのは細か過ぎんなぁ……。
後は、「スタミナ回復量」? 何だコレは……?
……あぁ、ナルホド。スキャン結果によれば、走ったり、跳んだり、格闘したりするなどの”あらゆる行動”を行う事で消費されていく事で減少していく「スタミナゲージ」という数値があり、ソレが回復する量だそうだ。
その回復方法が「食料」を食べる事……まぁ、単純明快ながら「食事」をすれば回復するらしい。
そんでコレが満タンな状態だと、傷を負ってもHPがジワジワと回復したり、素手の攻撃力が僅かながらも上がるらしい。ただし、その逆でゼロの状態で無理やり運動したり、長時間が経過すればする程、HPがジワジワと減少していくらしい……。
いかにもゲームらしい概念だが、現実でも「餓死」や「過労死」、「自然治癒力」の概念を考えると、意外にも理に……というか自然の理に適ったゲージだとは思う。
……あれ? ちょっと待てよ?
「スタミナゲージ」って、何処に表示されてんだよッ!? おいッ!?
「どうだ? それらで間違いないよな?」
――ダースの声に、現実に引き戻されたボスは慌てて返事を返す。
「あ、ああ……大丈夫だ。今確認してたからな……」
「……ホントか? ボンヤリしてて?」
「大丈夫だよぉ? これがボ……ジャックのクセだからねェ〜」
「……フ〜ン。ところで、お嬢ちゃんは亜人なのかい?」
「アジン?」
「ホラ、嬢ちゃんみたいな人間っぽいのに、”耳”や”尻尾”なんかが付いていて人間じゃあない人達の事だよ〜」
「……人間じゃあない……」
――呟くと共に、あからさまに俯き、意気消沈してしまうオルセット。
「おい、気を付けてくれ。彼女が気にしている事なんだよ!」
「……カノ、ジョ?」
――名前を呼んでくれないボスに思わず呟き、何処かより一層に違和感を感じるオルセット。
「へぇ〜? ところでジャックさん? お宅は彼女の……何なんだい?」
――そう言いながら、ダースは右手で”人差し指と中指の間に親指を挟んで握る動作”をボスに見せつけた。
ボスはその”動作”を瞬時に理解できなかったが……ダースの何処か”卑猥そうな”表情を薄く浮かべていたのを見た瞬間、慌てて返事を返す事にしたようであった……。
……意味? それは各自で調べて欲しい。
私は何故その”動作”が、”この異世界”あるのか……謎過ぎた衝撃を受けて、一々説明している訳にもいかないのだ……!
「し……知り合いだよッ!
知り合い、知り合い! ただの知り合いだからッ!」
――沸騰した薬缶を彷彿させるような勢いで、オルセットとの”ゴニョゴニョな関係”を必死に否定するボス。……援護射撃するならば、彼は彼女と一緒にいる間、そんな”ゴニョゴニョな行為”にさえ一度たりとも及ばなかったのだが……ボス周辺と、その隣に居た”彼女との温度差”は明らかに違っていた。
無論、必死になっていた彼には全く気付けなかったが……。
「ふ〜ん、そうかそうか……彼女とは、知り合い……ねぇ?」
「なっ、何なんだよッ!? いきなり変な詮索をしやがってッ!?」
「別に? オレは気になったから聞いただけさ」
「……蒸し返させてもらうけど! それが客に物を言う態度かよッ!?」
「じゃあ、オレも言わせて貰うが……オレの接客態度にケチを付けて来たのは誰だったけなぁ……? ジャックさん?」
「うっ……」
――強引だったとは言え、多少負い目には思っていたのか……僅かに狼狽えるボス。
「まぁ、これ以上口喧嘩を売り買いしていても、何の儲けにもならないからなぁ……。
と言うわけで……ジャックさん? アンタはオレに薪を売ってくれたんだ……。
けどなぁ、今の食料程度だけじゃあ……オレの”買い物”も無駄になる。ならアンタだって、俺の商品をもっと買ってくれてもいいんじゃあないかなぁ……って、思うのがオレの道理なワケよ? 分かる?」
「……態度もそうだが、口も回るなぁ……お前……」
「へこたれる事があっても、商売をやめたら行商人も終わりなもんでねぇ……? で、どうなんだい? ジャックさん?」
――強かというか……掴みどころがないと言うか……。
買い叩こうとしたのを未然に防いでやったのに、ダメージがないかの如く商魂を見せつけるダースに心中、”呆れ”と共に何処か”感心”を覚えてしまうボス。
「まぁ、大儲けはともかく……専属の”商人”や”商会”を探すなんて方便を言っちまったが、コイツと再び関わり合うかどうかは……」……なんて事も思っていたようだが……?
「……あ、あのぉ……?」
「ん? どうしたんだい? 嬢ちゃん?」
「……じゃ、ジャックは武器を探している……こ、ここで売っている?」
――先程のダースの一言もあってか、彼に苦手意識を抱いていたのか……視線を逸らしながら、しどろもどろに尋ねるオルセット。
「おぉぉ! あるぜあるぜ! 王国全土を方々歩き回って集めに集めた、自慢の品々が! 帝国製よりも切れる長剣! 大鬼の鉄拳をも防ぐ盾! それからぁ……」
「……御託はいいから、サッサと出してくれ。このまま帰っちまうぞ?」
――腕組みをしながら、イラついた口調でダースを嗜めるボス。
「じゃ、ジャック……! それじゃあ……!」
「……安心しろ、万が一買えなくても全力でお前を守ってやるさ……」
――そう言いつつボスは、オルセットの頭を撫でるが……彼女は黙ったまま、どこか浮かない表情を浮かべるばかりであった……。
「いやぁ……失敬失敬。
やっぱ、言葉よりも商品だよねェ……? 分かった分かった、チョイとお待ちなさいなって……」
――まるで小躍りでもしてるかのように、軽快な足取りで再び荷車に舞い戻るダース。「……どうしたんだ? オルセット……? さっきから浮かない顔をして……?」……と、時たま武器防具らしき”擦れあう金属音”や木箱や樽などが”ぶつかり合う音”が聞こえてくる中、原因がイマイチ掴めずに内心、戸惑っていたボス……。
それを他所に数分後……ボスの眼前の床には、キレイに陳列された武器防具の数々が並べられていた。
「さぁ、どれが欲しいんだい? 何れも筆舌し難い逸品さッ!」
……先程の”薪の一件”もあったため、ボスは静かに「スキャン」のスキルを発動させた……。
~ウィィ~ン、ピピピピピ!~
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<ショートソード>
全長90cm、刃渡り50cm、厚さ3cmの小ぶりな片手剣。
無名の作者によって打たれた王国製の代物で、量産品ながらも王国内では中々の一品。
だが、冶金技術に秀でたドワーフは勿論、帝国製の量産品と比べてしまうと、その出来栄えはその2つの足元にも及ばない。
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<基本性能>
(A) 150(柄による打撃は、¨10¨、刺突は”300”)
(F) C+
(EN) 150(低品質の鉄製)
(DE) >重量+1kg<、>移動速度−2%<、
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……”骨董銃”とは言え、”フリピス”と比べても……威力低いなぁ……。
え〜と? 次にパッと見分かりにくそうな表記は……っと。
……あぁ、この表記の攻撃速度にある「C+」……大まかな速さなのか。
スキャン結果画面は”F”とかの項目をタッチすると”補足”が表示される。
……んで、それを見ると武器や扱う人によっては「STR」か「AGI」によって、多少前後するらしい。因みに指標が出ていたので読んでみると……?
E・E+・D・D+・C・C+・C+・B・B+・A・A+・S・S+……と細やかな分類ながらも、分かるようでまだ大雑把っぽい表現だなぁ……。
後、ドワーフがいるのか! そんで帝国は工業でも盛んな国なのかねェ……?
……と言うか、やっぱりセールストークかよ……。ドワーフどころか、帝国にすら劣っているって……。
――そう内心思いつつ、黙ったまま並べられた武器を見回し始めるボス。
しかしながら種類はあれど、どれも似たり寄ったりな性能のようで一通り見終わった彼は、今度は”防具”の方を「スキャン」し始めたようだ……。
~ウィィ~ン、ピピピピピ!~
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<ソフト・レザーアーマー(胸)>
低位の魔物のなめし皮を重ねて作られた、軽装の胸当て。
金属製の鎧と比べると防御力は心許ないが……その反面に軽く、装備者の動きを阻害しにくい。お金に余裕のない駆け出し冒険者や歩兵、射手などが好んで使用する安価な鎧の代表である。
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<基本性能>
(D) 10
(EN) 100/100
(ME) <耐衝撃5%>、<耐斬撃8%>
(DE) >重量+1.5kg<、>移動速度−3%<、>照準速度−2%<
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……見るのも飽きてきたし、最後に手近に目についたこの防具はっと……。
……対象になる攻撃の受けたダメージに対して、「〇〇%カット」という感じかぁ……。
つまりは、この皮鎧は「100ダメージ」の”打撃”攻撃を受けた場合は「95ダメージ」。「100ダメージ」の”斬撃”攻撃を受けた場合は、「92ダメージ」まで軽減してくれるという訳だ。
後、見りゃあ判るが<胸>って表記がある事は、”頭”や”腕”とかもある「シリーズ物な装備」なのか? だとすれば、”単体での防御力の低さ”は納得するけど……「移動速度低下」とかのデバフが積み重なっていくのはなぁ……。
……しかし ”刺突”とかの「他の攻撃」や、”炎”とかの”属性攻撃”はどうなってんだ……?
「なぁ、ダース?」
「おぉ、決まったか? ジャックさん?」
「ここにある「レザーアーマー」、”耐火性”や”刺突耐性”はあるのか?」
「……タイカセイ? シトツタイセイ? 何だいそりゃあ?」
――「言語スキル」のボキャブラリーの低さに、「仕事しろよ! 翻訳スキルッ!」……と、思わず心中で毒付いてしまう。……日頃、オルセットの相手だけで手一杯なのかもしれない……。
「……”炎”とか、”何かに刺される事”に、この鎧は耐えられるのかって事だよ……」
「あっはっはっはっ! 面白い冗談だなぁ、ジャックさん!?
この革鎧が、そんなお高い金属鎧に見えるってのかい?」
「……茶化し続けてると、マジで帰るぞ?」
――低い声を出しつつ、凄むボス。
「そっ、それは勘弁して欲しいなぁ……。
ところでぇ……何か御眼鏡に適うものは、あったかい?」
――一瞬怯むも、早急に商談へと戻り尋ねるダース。
ボスとしては、一通り見せてもらった物の……ダースが扱う武器防具類の何も、心を揺さぶられる程の物はなかったのである……。
だから、一応の目的も果たせたし買わずに帰る……と言うのも、何となくだが腑に落ちなかった。
……と言う訳もあり……?
「そうだなぁ……じゃあ、このナイフでも貰うか」
~ウィィ~ン、ピピピピピ!~
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<ナイフ>
全長20cm、刃渡り10cm、厚さ3cm、両刃の小ぶりなダガーナイフ。
相も変わらず”無名”だが、鋳鉄製の多い王国製の品々の中では珍しい鍛造製であり、丁寧な研ぎもされている。しかしながら悲しいかな、”王国製”というレッテルを貼り付けられてしまったが故に、ここまで流れ着いてしまったようだ……。
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<基本性能>
(A) 10(柄による打撃は、¨2¨、刺突は”100”)
(F) B+
(EN) 200(低品質の鉄製)
(DE) >重量+0.3kg<
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――何処か物悲しい背景を表示する「スキャン」に、ツッコミを入れたかったボス。何せ、先程流し見するように拝見していた際は、「基本性能」の部分しか見てこなかったため……と話が逸れ過ぎるところだった……。
まぁ、端的に彼がこのナイフを選んだ理由を言えば、「重量」意外……目立った”デメリット”がなかったからである。
それに、鋳鉄製が多いというセオリーを外れて、量産に向かないモノの頑丈な品になりやすい”鍛造製”になっている所が、ボスの”ロマン”をくすぐらせたようだ。
「……ナイフ? そんなのでいいのかい?」
――そうだぞボスゥ? フォークはどうした?
ディナーの時間にはまだ早いぞぉ?
……フォークがあっても、非常時以外は武器に使いたくないけどな……。
「……鞘付きだしな。
それに、オレはそこにある短剣だとか、長剣はほとんど使った事がないからな」
「えっ、じゃあどうやってここまで……」
「聞かれても、覚えてねェって言っただろう?」
「……」
「まぁ、強いて言えばオレは”飛び道具”が得意なんだよ。
だから、基本的には遠距離で戦うんだけど、懐に入られたら……って事を考えてコイツなワケだ。ただ……”どう言う物”かは、教えられないけどな?」
――そう言いつつ、口元に右手の人差し指の頂点を添える。
その仕草を訝しげに思いつつも、目だけを動かしボスの”得物”が何なのかを探ろうとするダース。
まぁ、先程はチョッピリ茶化してしまったが、ボスの言っている事は間違いじゃあない。
「接近戦では、”ナイフ”の方が素早い」と、”何処かの大統領エージェント”が言ったり……「近接戦闘では”ハンドガン”よりも”ナイフ”が有利な場合もある」と、”とある伝説の兵士”も言っていた程だ。
それ以前にボスも、基本的には”フリピス”を鈍器にして戦う予定は微塵にもない……。
「フ〜ン、じゃあそれで良いのかい?」
「あぁ、コレにする。……で? 幾らだ?」
「……粒金貨5枚」
「はっ!? 50000brゥッ!? そんなに高いのかッ!?」
「買う奴が居なかっただけで、そのナイフは地味に良いヤツなんだぞ?
……まさか、オレが間抜けだとでも思っていたか?」
――不適に笑みを浮かべるダースに、思わずボスは少したじろいでしまう。
まぁ、無理もない。ボス、オルセット、カルカの朝昼晩……”一日分の食料”を「一週間分」買って、薪を売った代金を合わせたボスの現在の所持金は、「13万3千br」。そこから”ナイフの代金”を引けば、「8万3千br」。
……薪による儲けは吹っ飛んでしまうのであった……。
なら、回れ右して……と言う訳にもいかなかった。
ベルガのヘソクリ(?)を使ってしまう事を申し訳なく思っていたが、その反面……近接戦闘で使う武器も欲しかったのは事実……。連射の効かない”フリピス”を持っているからこそ、もしもの備えは地味に欲しかったのである。
「……くっ!」
「どうするんだい、ジャックさん?
これは最後の一品でねぇ……ここで買ってかなきゃ、もう二度とお目に掛かれない品だよぉ?」
――単語は出なかったモノの、”限定品”というワードがボスの心を更に揺さぶる……ッ!
「あぁ! 分かったよ! 買う! 買うぜッ!」
「毎度ありィィィッ!
いや〜お客さんいい買い物したねぇ〜? へへへ……」
――買わされた薪以上の代金を受け取って、ホクホクそうなダース。
一方のボスは、少々悔しそうな顔をしながらも、購入したナイフを”腰のベルト”に装着していた。
右手で抜けるように装着され、丁度抜いた際に”逆手持ち”になるような感じである。ついでに、装着した後にナイフを抜き取っては構え、軽く振り回しもしていた。
「ほぉ〜。見た事ない”構え”や”振り方”だなぁ……」
「……我流だよ。特に教わった人もいない」
――無論、地球の”動画”や”雑誌”の事は言えないための方便である……。
「……カッコイイ……!」
「……ん? そうか? じゃあ、オルセットにも……」
「ソイツは売り切れだぞ? さっきも言ったろ?」
――振り向くボスに、片眉を上げながら言うダース。
先程まで意気消沈していたのが嘘のように、静かながらも目を輝かせていたオルセットに申し訳なく思ってしまう……。
「……悪かったな、オレは別のを買うから……お前はコレを……」
「……ううん、ぼ……ジャックが使って……」
「えっ? でも、それじゃあお前の護身用が……」
「……いいんだよ。
ボクよりも……ジャックが買った物なんだから、ジャックが使って」
――オルセットの奇妙な白々しさを感じ取り、腑に落ちない気分になるボス。
なら、別のを……と提案するも、これも拒否されてしまう。
先程から彼女の態度がおかしくなっているのを不安に思いつつも、彼はナイフを仕舞おうとするが……?
「ところで、気になる事があったんだが……」
「……ん?」
――ナイフを仕舞う手が寸前で止まり、ボスの視線がダースへと向く。
「そこの亜人のお嬢さん……何で”首輪”をしていないんだい?」
〜 ダッ! ガッ、ダッダッダッ、ドサァッ! ブゥゥン! ピタァァッ! 〜
「ヒィィィィィッ!?」
「……おい? テメェは”奴隷商”なのか……!?」
――ほぼ一瞬であった……!
ダースの不吉な発言が終わった瞬間、ボスはダースに突撃し……彼の首を左腕で押さえつけつつ、背後の樹木に叩きつけたのだッ! しかも、彼が暴れないようにするためか……買ったばかりのナイフを逆手に持ち、彼の眼前に突きつけていたのだった……ッ!
「な……何の事かサッパリ……!?」
「トボけんなッ!
あの荷馬車の積荷の中に、こっそり奴隷でも隠しでもしていて……。
そんで、どっかオレが油断したタイミングを狙って……オレの知り合いを連れ去ろうとでもしたんだろゥッ!?」
「そっ、そんなとんでもない事は……!」
「吐け! 吐きやがれッ!
それとも何だぁ……? その高慢ちきな目ん玉を、朝食の目玉焼きの黄身をプッチとでも潰すように、その右目でも潰されたいとでも思っているのかぁ……ッ!?」
「ヒィィッ!? だっ、誰か! 誰か助け……うっ!?」
――圧迫する首への圧が、一瞬跳ね上がり……叫ぼうとした声がくぐもってしまうダース。
「おい? オレだって今の状況は恥ずかしいし、本当はしたくはなかったよ?
けどなぁ? 俺の知り合いに手ェ出そうとする、クソ野郎が居るなら……!」
「ボスゥ! やめてよぉぉぉッ!」
――ジョジョに振り上がって行く、ナイフを持つ手がピタリと止まる。
勿論、この静かなる修羅場の沈黙を破ったのは、オルセットであった。
「やめてよぉ、ボスゥ……! どうして、そんなヒドイ事するの……?」
「ぼっ、ボスゥ? ジャックってのは……」
――鬼のような形相で、「アダ名だよ! 黙っとけッ!」と呟いて圧を掛け、ダースを黙らせるボス。しかしながら、このような状況になっては弁解するのは必然だろう。
……首を抑える左腕の力を少し強めた後、振り上げていたナイフを下ろし……オルセットの方へと振り向いた。
「……ひどいも何もって、さっきからお前がコイツに対して嫌な顔をしていたろ? それに……急に”首輪”なんて話をするから、オレは……!」
「……確かに、ボスがイヤに思ってたから……ボクもイヤに思ってたよ……。
けど……アソコの馬車から人の”ニオイ”も”音”もしないのに、そんな事をしないでよぉぉ!」
「……えっ? そっ、そうなのか……?」
――一瞬、面喰らってしまい、背後のオルセットへと向けていた視線を急遽ダースへと向け直すボス。
「ほっ、本当ですよ! さっきから言っているじゃあないですかッ!?」
「……じゃあ、積荷の中身を見せてもらっても大丈夫だよな?」
「……えっ? そっ、それは……」
「本当に”奴隷”を積み込んでないなら、オレに見せたって問題ないだろ?
それとも何だ? 奴隷以上に”疾しい物”でもあるのか?」
――視線を逸らし、黙り込んでしまうダース。
「よし、良い返事だ。
”沈黙はYES”って、どっかの誰かさんが言っていたしな?」
「ちょ、そんな事は聞いて……ぐっ!?」
――押さえつけていた左腕に一瞬、力を込めた後……ボスはそそくさとダースの荷車へと乗り込んでしまう。少しして、木箱などを開ける音やその中身を検める音が微かに聞こえ始め、押さえつけられた首に右手を当てて呼吸を整えていたダースは、ボスの行動によってガタガタと揺れる荷車を苦々しい表情で見つめるのであった……。
一方のオルセットは、ボスが乗り込む瞬間に「ボスゥ……」と呆れたような口調で言った後は、どこか不安げな表情で揺れる馬車を見つめていたのであった……。
待つ事、数十分後……幌の影から姿を現し、荷車から降りてきたボスは……?
「すみませんでしたッ!」
……と、それはそれは見事な土下座を決めたのであった……!
「「……えっ?」」
――無論、地球出身じゃあないダースとオルセットは、”土下座”の意味を知らず……二人揃って戸惑うばかりであった……!
「ちょ、じゃ……ボスさん? それは……何なんですか?」
「そっ、そうだよぉ……ボスゥ。何してんの……?」
「……土下座です」
……”平身低頭”を心中で貫いているのか……土下座のまま、微動だにせず返答するボス。
「ドゲ……ザ?」
「……オレの故郷で、最も「すみませんでした」……っていう気持ちを表現する時に行う動作だよ……」
「はぁ……」
――オルセットに続いて、どう返答すれば良いか戸惑うダース。
だが、そんな二人にお構いなしにボスはスクッと立ち上がり、スタスタと淀みなくダースの元へと歩み寄って行く……!?
「と言うわけで……ダース、コレ……」
「えっ?」
――唐突に右手に何かを握らされた感触がしたダースは、その右手を開いてみた。するとそこには……粒金貨が”3枚”、掌にあったのであった……。
「めっ、迷惑料って事でな……? 何とか……それで穏便にしてくれないか?」
「……えっ? イヤっ、穏便も何もオレは……」
「いいから取っておいてくれ! 悪かった!」
――ダースは何かを伝えようとするも、ボスに右手を固く握らされてしまう……。
その後、オルセットに買った食料を詰め込んだ籠を持って帰るように指示すると、彼自身もさっさと食糧の詰まった籠を背負った。
「ちょ、ボスゥ! ボクの服はッ!?」
「バカヤロウ……! 声を控えろ……!
迷惑掛けた店で、これ以上図々しく買い物なんて出来ねェよ!」
「あっ、あのぅ……」
「ではダースさん! いい買い物だったよ! またなッ!」
――そう言うとボスは、踏み止まろうとするオルセットの背中を押しながら、そそくさと足早に広場から去って行ってしまうのであった……。
一時は何処か喧しい”非日常”が訪れていた村の中央広場……だが、ボス達が去った事でいつもの”日常”を取り戻した村人達は、ほとんどが広場へと向けていた奇異の視線を収め、各々の”日常”へと戻って行くのであった……。
しかしながら、ただ一人……中央広場に残された何処か奇妙な行商人、ダースは違っていた……。
「……好奇心からだったんだけどなぁ……」
――右掌に乗せられた、三枚の粒金貨を物憂げに見つめながら呟くダース。
それは後悔なのか……? 自分が痛い目にあったのはまるで、”身から出た錆”だとでも言いたいのか……? 気になる物であるが、それ以上は流石の私でも分からない……。
なので、ここはボス達が見えなくなった後……叩きつけられた際に落とした帽子を拾い、汚れをはたき落とした後に被り直したダースが、ノソノソと店仕舞いをした後……何を思ったのか、再び樹木の幹に寄り掛かり、物憂げにリュートを弾き出した所で一旦、区切ろう……。
〜 バンッ! 〜
「誰が登録するかッ! こんなクソ冒険者ギルドがァッ!」
――しかしながら、実は話はここで終わりじゃあない。
数十分後……場面は変わって、ここは「トルガ村」の中央広場から西にある、誰もが一度は聞いたことがあるであろう「冒険者ギルド」……。
数時間前に、「食料を買ったら、一旦家に置いた後……冒険者ギルドに行っときな」……とベルガに言われていたボス達は、彼女への”借金対策”も兼ねてこの場所に来ていた訳だが……。
「……ケホッ、ケホッ……!」
「あぁ……大丈夫かオルセット……?」
「……」
「……ホラ、これで顔とかを拭いときな?」
――西部劇によく出る”ウエスタンドア”を蹴り開け、店内へと罵声を浴びせながら出てきたボス。その真横を重い足取りでトボトボと歩くオルセット……。
しかしながら、黙りこくる彼女の様子は買い物をしていた時とは、あからさまに違っていた……。
それもその筈、彼女は頭から”ズブ濡れ”であったのだ……しかも、右頬が僅かに”赤く腫れ上がった”状態で……。
そんな彼女の目の前に、彼の青いハンカチが差し出されるも……少しの間、彼女は無反応であった。濡れた前髪に目元が隠され、毛先から滴り落ちる水滴も相まって……明らかに穏やかじゃあない雰囲気であったが、何とか彼女はハンカチを受け取った。
しかし……いつもの”元気ハツラツさ”が、剥離してしまったかのような今の彼女の雰囲気に……ボスは内心、恐れを抱かずには居られなかった……。
「きっと……合わなかったんだよ。……ここだけは……な?」
――横並びにゆっくりと冒険者ギルドから離れて行くボスとオルセット。
しかし、彼女は依然として口を固く閉ざしたままであった……。
「……だからさぁ、婆さんには申し訳ないけど……借金はしばらく待ってもらおうぜ」
「……」
「それでなぁ? 一旦、この村を出るんだ。
それで、別の冒険者ギルドがあるって言う、近場の”城塞都市”とか……そこがダメなら、”王都”の方で冒険者になれば良いんだよ!」
――ガッツポーズをしながら熱弁するボス。
だがしかし、オルセットの態度は依然として変わらない……。
「……そう、落ち込むなよ。
唐突過ぎて、対処出来なくてゴメンだけど……酒ブッ掛けられたり、偶然獣人嫌いな奴に近いちまって……引っ叩かれちまったりしちまったけどさ? 出来れば……忘れようぜ!」
「……」
「ここで冒険者になれなくても、他の場所でなりゃいいんだ。
それで、二人一緒に冒険者になれば……」
「……ねぇ」
「んっ?」
「ボスは……ボスは、ボクの事……どう思ってるの?」
……ボスの歩みが止まる。続けて、オルセットも止まった。
気が動転したのか、彼は即座に返事を返す事が出来なかった……。
「なっ、何を言ってんだよ……オルセット?」
「……笑ってないよね? アイツらみたいに?」
「……えっ?」
「あのボウケンシャ達みたいにだよ……。
それに、ここに来るまでにヒソヒソ言っていた、村人達も……」
「……気にするなって言った事だろう? そんなこ……」
「ボスには聞こえなかったんだろうけどねッ!? バカにされてたんだよボク達はッ!? ここに来るまでもそう! あのボウケンシャ達にだってそうッ!」
「おっ、おい……オルセット……?」
「ボクが……ボクが、バカにされる事はイヤだったけど……!
それ以上に! 何でボクが居るだけで、ボスがバカにされなくっちゃあいけないのさッ!?」
――最初に叫ばれた時……いや、それ以上かもしれない勢いの叫びに、思わずたじろぐボス。
「ボスは……ボスはボクの事を助けてくれたのに……!
”アジン”だからって、気にしないって言ってくれるニンゲンなのに……!
……何でみんなは悪く言うのさ……ッ!? 何で、ボクと一緒に”ボウケンシャトウロク”するなら、ボスは”ボウケンシャ”になれないのさッ!?
何でボスが、ツカまるなんて事にならなきゃいけないのさッ!?」
「落ち着けって! オルセット……!
たまたまここがダメで……ヤバイ所だったかもしれないんだから、さっき言ったみたいに……!」
「イヤだよッ!
ボスが一緒にボウケンシャになりたいって言うなら、ボクは今すぐになりたいよッ!」
――嬉しくは思うも、何処か感情任せに……そう! 脈絡が見当たらないモノになり掛けているオルセットの話に、頭が痛くなりかけるボス。
「おいおい……そう思ってくれるのは嬉しいけどさ……。
そんな子供染みた理由が通らないからこそ……」
「……ホラ、やっぱり……」
「……はっ!?」
「……ねぇ、ボスゥ……ボク達、ナカマだよね?」
――「いや、もう意味分かんねェよ」……と、唐突な話の飛躍に頭痛を感じ始めたボス。
「ちょっと待て! オルセット! 落ち着け!
話が分かんなくなったぞ!? 何で唐突にそんな話に行くんだ!?」
「ボクが聞いているんでしょッ!? ボスゥッ!? 答えてよッ!
何で、あのダースって言う人と話している時は、ボクの事を名前で呼んでくれなかったのさッ!?
何で、知り合いだって言ったのさッ!?」
――”質問を質問で返すなあーっ!!”……と何やらボスは一瞬、思っていたようだが「そう言う事か」……とも納得していた。
「いや……言わなくて悪かったよ、オルセット……」
「何がッ!? 何を言わなかったのさッ!?」
「落ち着け、落ち着けって……オルセット……。
聞きたいなら、声のボリュームを落としてくれ……」
――「ボリューム?」……と首を傾げるオルセットにすかさず補足を入れつつ、両手を胸の前で小さく前後させ……馬を落ち着かせるかのように”どうどう”的な仕草をするボス。
「考えてもみろよ……。
もしもあのダースが、オレ達の命を狙ってるような奴に雇われている……みたいな事があったら、”名前”とか”関係”を知られているのは、不利な事なんだよ」
「……フリな事?」
「そう。例えば、オレ達が何処かに出かけていた際……その行先を”悪い奴”が村人達に聞いたとする」
「……ウン……」
「その悪い奴が、ダースから聞いた”ジャック”とか”知り合い”で、村人達に聞くんだけど……誰しもが”知らない”って、言うハズだ。分かるか?」
「……ウン、何で?」
「……村人達は、オレらが”ボス”と”オルセット”って、名前しか知らないハズだからだ」
「……アァァ……!」
「だろ? 誰か分からなければ、居場所も分からない……。
説明が遅れて悪かったけど、これが”偽名”ってメッチャ基礎的な情報戦の一つなんだよ」
「……ギメイ? ジョウホウセン……?」
――「世間知らず、入りました〜!」……と、居酒屋店員の注文を叫ぶ声が、ボスの中で幻聴として聞こえた瞬間に、彼は間髪入れずに補足した。
「だから、ダースには悪いけど……しばらくは”赤の他人”のままにしときたいのさ。……納得出来たか?」
「……全然……」
「……えッ!?」
「ギメイとか……ジョウホウセン? は何となく分かったけどさぁ……ボスゥ?
そうじゃあないんだよ……」
「……じゃあ、何なんだよ……ッ!?」
「ボスは……ボクを……”ナカマ”だと……思っている?」
――不安げな表情でボスを見つめるオルセット。
彼女にとっては余程大事な事なのだろう……その証拠に、未だ受け取ったハンカチは乾いたままだ……。
一方のボスは、蒸し返される質問に少々動揺してしまったのか……?
「な……何を言っているんだよ、オルセット……? 勿論だ……」
「……ウソだ」
「何でッ!?」
……獲物を狙う獅子のような鋭い目つきで、真っ向からボスの発言をバッサリと斬り捨てるオルセット。
「理由は分かんない。……けど、ボスがウソを言っている気がする……!」
「……んな、根拠もない事を……!」
――なんて事をボスは言っているが、実は当たっていた。
彼はオルセットを仲間にしたいとは思っているが、現状は仲間ではない……と思ってもいたのだ。
唐突に出た彼女の「仲間になってもOK」発言に、咄嗟に返したのだが……言葉の端に隠れていた”嘘”を、恐らく……彼女の直感的なナニカに見抜かれたのだろう。
「……じゃあ何で、口の形がいつもと違うの?
いつもより汗臭いニオイがしているの……!?」
――それと、意外にも観察眼なども良いみたいだ……。
「……」
「……”チンモクはYES"……ってさっき言ってたよね? ボスゥ……!」
「……ッ!?」
「何でさ……何でさ、ボスゥ……何で……?」
――とうとうオルセットは泣き出してしまった……。
両目を抑える両手の甲から、ジョジョに……ジョジョに溢れる量を増して行く涙……。何で”アジン”は馬鹿にされるのか……”命の恩人”が馬鹿にされなきゃいけないのか……それ以上に、”仲間”と思われていなかったのか……まだまだ言いたい事もあるのだろうが、それ以上に彼女の涙が溢れる……。
「女の涙に男は弱い」……とはよく言われるものだが、ボスもその例から逃れる事は出来ないようである……。どうにかしたい気持ちは、ジョジョに彼女の肩に迫ろうとする”両手”が物語っていたのだが……?
……その手が一向に触れる事はなかった。どうにかしたいのだが、そのまま両手を上に降参もしたい程に”お手上げ”であったのだ……。
……数分後、ようやく気持ちが落ち着いてきたのか……彼女の両眼を抑えていた両手が、ダラリと力なく下された……。
「……もういい」
――しこたま底冷えたような声で、オルセットが呟く。
「……へっ!?」
「ボクが弱いから、ボクがバカにされる程に弱いから……ボスはボクを”ナカマ”って認めたくないんでしょ……!?」
「ちょ、なんでそんな考えになるんだよッ!?」
「もう”一人ボッチ”はイヤなんだよッ! ボクは!」
――俯き、両手で頭を抱えながら叫ぶオルセット。
「……ッ!?」
「記憶はないけど……タブンずっと、ボクは”一人ぼっち”だった……。
けど……けど、ボスに助けてもらって……ボクにヤサシクしてくれて……ウレシかった……。
すっごく、ウレシかったんだよッ!」
「……」
「だから……ボスが”エイユウ”を目指しているって言ってくれたように……ボクも逃げたくない……!」
「……逃げたくない?」
「ぼっ、ボクも……”オクビョウ”を理由に……!
ぼっ、ボスと別れて……! また……一人ボッチ”には……!」
「……おい、オルセット。オレはそんな風には……!」
〜 ザッギュゥゥゥゥンッ! 〜
――ボスが何かを言い切るよりも早く……突如、土煙が舞い上がる……!
突然の事に、咳き込みつつも両腕で両眼付近をガードしていたボスだが、視界が晴れた時には彼女の姿は既になかった……。
「ゴホ、ゴホッ! おいッ! オルセットッ!?
……あぁッ! クソッ! アイツ、速すぎるんだよッ!」
――悪態を吐きつつも、ボスは彼女が走り抜けて行ったと思われる”土煙”を頼りに走り出す……ッ!
「……追いついたら、オルセットに”仲間だ”……って事をチャンと言おう。
それに、”弱い”って気にしてるなら……拙いオレだけど、鍛えてやろう……!
それ以上に……オレだってお前と同じなんだよ……! オルセット……ッ!」
――切れ切れになりそうな息も気にせず、そう呟き「頼むから……! ベルガ婆さんのところに帰っててくれよ!」……と願いつつも、ボスはひた走る……!
……初めての、異世界での”絆”を失いたくない一心で……ッ!
<異傭なるTips> ウォーダリア・フード・セレクション1
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<パァープリカ>
日に当たると、鮮やかな反射をする楝色の野菜。
地球上にある「ピーマン」は、熟すと”赤”や”黄色”の鮮やかな色に変色し、その中でも肉厚な果実になっているものを「パプリカ」と呼ぶのだが……。
この世界ではその「ピーマン」の状態であるのが、「パァープリカ」である。
市場では不人気な野菜の代名詞の一つであるが、その原因がなんと言っても”色”である。
その茄子よりも淡く、鮮やかな”楝色”の綺麗さとは反面に、「毒を持って育ったのでは__」と多くの民衆に誤解されており、更には茄子に似た”食感”と”独特のえぐみ”、そこに”ピーマンの如き苦さ”が加わっているためか、中々人気が出ない。
では何故栽培されているかと言えば、熟し、色によって甘味が違う「赤パァープリカ」や「黄パァープリカ」が人気なためである。
しかしながら、人気のなさの原因の一つとして”調理方法”が悪いためでもある。
実際、うまく調理できた場合は”えぐみ”が消え、ほのかに残る”苦味”と”食べ応えのある食感”で、単体でも中々なボリュームを感じさせてくる意外性No.1(かも知しれない)な野菜である……!
因みに、この鮮やかな”楝色”を出しているのは、「ブルーベリー」などに含まれる「アントシアニン」に近い物と予想され、現地でも一部の物好きには”視力改善”効果があると伝わっているそうだとか。
尚、しつこいかもしれないが__。
この世界の大気には魔力の源となる「マナ」という物質が存在しているおかげで、どんな食料を食べても微量だが、魔力が回復する。
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<基本性能>
(SR) 30
(CA) 1個
(ME) <MP回復+2%>、<耐毒5%(60秒)><視力強化+1%(30秒)>
(DE) >重量+0.01kg<、>嘔吐50%(生食時)<
(ED) 72h
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