押し付ける愛は破滅する
お手軽なスッキリ感を楽しんでいただけると幸いです。
良ければどの部分に感情が揺れたか、教えていただけると嬉しいです。笑い所などありましたら是非!
※日間異世界〔恋愛〕ランキング4位を取る事ができました。本当にありがとうございます。夢のようです。
誤字脱字などのご報告ありがとうごさいます。
参考になる言い回しなどもあり、とても勉強になります。
「――お前のような女は俺にはいらぬ!婚約も勿論破棄だ!さっさと消えろ愚図が!」
王立学園高等部の学術祭最終日。
国を代表するイベントの一つでもあるこの日、毎年皆が楽しみにしている優秀賞を決める場に
嵐のように乱入してきた数名の男女は、そのまま壇上へと進み、今まさに優秀賞の褒美を手渡そうとしていた学園長からマイクを奪った。
その流れるような傍若無人な姿を皆が呆気に取られている中、マイクを片手に中心に立つ男は、
学園長から褒美を受け取るはずだった女生徒に、罵詈雑言を投げつける。
体は貧相なくせに娼婦に多い赤毛をしているから娼婦になったらどうだ、だの。
いつもお前の口やかましい説教が耳障りだった、だの。自分が勉学を得意としているからって自分にも押し付けてくる高慢な性格が醜い、個人の交友関係にも口を出す心の狭さが嫌い、などなど本当はもっと口汚い言葉の数々だったのだが…。
そのあまりの酷さに来客の貴婦人方や、受賞者達から悲鳴や泣き声、気絶してしまう方々が出たほどだ。
「―――言いたいことはそれだけですの。」
あまりにも突然なことに、騒動を治めることができる者がいないまま誰もが狼狽える中、暴言を一方的に浴びせられた壇上の女生徒は、怯えた様子もなく毅然とした姿で言い返した。
「な、なんだと!?」
「ですから、私に言いたいことはそれだけなのか、と聞いておりますのよ。ハミエル王子。」
「貴様!俺に向かってまだそのような口の利き方を!なんて生意気なんだ!俺を誰だと思っているんだ!」
「王子、とお呼びいたしました。」
「黙れ黙れ黙れ!お前は昔からそうだ!俺の事を馬鹿にしやがって!何がマリアだ、貴様なぞが聖母の名を名乗るなど烏滸がましい!お前など悪魔とでも名乗っていろ!」
壇上の女生徒―――ユステル伯爵のご令嬢マリア様。
学園に通う者なら誰もが知る聖母の名に相応しい、優等生の中の優等生。
対するは情けないことに我が国の第三王子のハミエル王子。
その後ろに控える側近が三人と、王子に肩を抱かれるようにして隣に立つ一人の女生徒。
「私の名前が聖母の名であろうと、悪魔であろうと、動植物であろうと王子には関係ございませんわ。
ところでこのような素晴らしい日にゾロゾロと…いったい何でしょうか。迷惑行為でしてよ。」
「ふん!悪質な貴様が学園の優秀賞だと、そんなバカげたことはあるまい。不正があったに決まっているからな、こうして真偽を正に来たまでよ!」
「左様でございますか、ご苦労なことでございますね。しかしながら、お一人でいらっしゃる覚悟もなかったようですが…。」
マリア様がちらりと王子の後ろに控える側近へ視線を向けると、待ってましたと言わんばかりにそれぞれが口を開くがまたもや講堂に響く暴言の数々に、先ほどは耐えた方々も我慢の限界を超えた様子で次々と倒れてる音と悲鳴という地獄絵図となってしまった。
「なんて下品な。それが宰相様や騎士団長、魔術師長のご子息の言葉とは思えません。いったいどのような教育を受けられたのか…嘆かわしいですわね。」
そのあまりの酷さにマリア様のお言葉に意識がある人全てが、同意しているこの状態を、壇上の彼らは目に入らないよう続けて暴言を吐く始末。
舞台の下でようやく頭が動いてきた様子の教師や兵士達が、この騒動を治めようと右往左往しているが
壇上にて口論しているのは、自国の王子や宰相の息子である。おいそれと触れることは勿論、口を利くことも躊躇う程の身分差のため、どうしたらいいかとただ蠢くだけである。
「それで、私の不正を暴くために、どうしてそちらの女生徒をお連れに?」
マリア様は王子の後ろで子犬のようにキャンキャン喚いている者から、王子の横に立つ女生徒へと矛先を抜けた。
「勿論!貴様が横取りしようとした賞を、本来受け取るはずだった本人だからに決まっているだろうが、そんなことも分からぬのか!」
「左様でございますか。貴女、お名前は?」
「エンジェルだ!」
「王子には聞いておりませぬ。それにそんな名前聞いたことがありませんわ…」
「俺の天使だから、エンジェルと言ったまで!しかし、初めましてと言わんばかりだな白々しい。
貴様は俺の寵愛がエンジェルに向かったからと、彼女を害そうと計画した悪魔が!」
「私が?何故そのような…。」
「俺からの愛が失われたら貴様が王妃になれないからであろう!」
「王妃?失礼、王子は継承権をお持ちだったのですか? 第一王子や第二王子はどちらもご結婚され、
どちらも王子と王女がお育ちですし、次の王は第一王子であると、ついこの間王から国民へのお言葉を賜ったばかりでございますのに?」
「なんだとッ!貴様どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むのだ!」
「真実ですわ。」
国民であれば子供すら知っている事実を言われただけで、顔を真っ赤にさせ一人憤慨する王子など、
哀れを通りこして無の感情しか覚えない。
第一王子や第二王子は聡明で思慮深いと評判なのになぜ…と誰もが思う。
「ふ、ふん!まぁいい。今更何を言ってももう手遅れだ。貴様との因縁を断ち切り、俺は幸せの道を進むのだからな。俺のエンジェルと共に!」
エンジェル。そう言って王子は肩を抱いていた女生徒への向き直り、甘い笑顔を向ける。
「エンジェル、俺の天使よ。この俺の気持ちを受け取ってくれるね?」
エンジェル、そう呼ばれた女生徒は壇上に上がる時から俯くいていた顔を未だ上げずに、小さく体を震えさせるだけだ。
王子の瞳の色だろうと思われる真っ赤なドレスを着ている。
祝いの場だといえ、学び舎のイベントで大きく開いたハートカットの胸元に、腰まで開いているのではと疑う程に大きく開いた背中。フリルやレース、刺繍や小さな宝石によってこれでもかと彩られた豪華なドレスはこの場では相応しくない装いともいえるだろう。
「―――っ、――――よ」
「すまないエンジェル、もっと大きな声でお願いしたい。」
「誰がっ、エンジェルよ!!」
うつむいていた女生徒は声を張り上げた瞬間に、王子の頬に高い音を打ち出した。
その瞬間は誰もが予想しない展開で、被害者となった王子は無様にも舞台へと倒れ伏す。
目も口も大きく開いたまま固まるその表情は驚愕以外何も浮かんでいない。
「天使だなんて、なんて恥ずかしい呼び名で呼ぶのよ!寒気がするわ!ネーミングセンスなさすぎなのよ愚図が!私の名前は、ミリアよ!仮にも言い寄ってる女の名前くらい覚えなさいよハゲが!」
女生徒、ミリア・レーベル男爵令嬢。
男爵位といってもこの国では、男爵や子爵は金とそこそこの知識があれば手に入れられる資格のような扱いだ。毎年領土に応じた納税と定期的に行われる筆記試験さえこなせば誰でも取得できる。
爵位がない平民よりも金と知識を持っている平民。そう考えた方が早いとされるほどに、男爵位や子爵位は平民出が多い。
この国で貴族と呼ばれるのは、王族を抜いた候爵家と伯爵家、そして臣下へと下った王族のみが名乗る公爵家のみだ。
「僕はミリアの名前覚えているよ!だって僕のミリアだもん。」
「勿論私もですよ、愛しいミリア。」
「ああ。誰が愛おしい姫君の名前を忘れようか。」
王子を張り倒した後も憤慨するミリア様をなだめるように、側近達は口々にその名前を呼び始める。
「うるさいわね!アンタ達もいい加減にしてよ!姫とか、愛おしいとか、誰々のとか普通に名前呼べないの!?病気なの!?先生や親に対しても、僕のお母さんとか、嫌味が多い先生とか、金持ちの学園長とか、そういう風に呼んでないじゃない!私だけ変な呼び方して雰囲気に酔ってるんじゃないわよ童貞共が!」
頬は叩かれていないが、それと同じ位の衝撃を受け硬直する彼らにミリア様の追撃は緩まない。
「それに何なのよこのドレス!馬鹿じゃないの!TPOって言葉を知らないの?普通学校行事なんだから、どんな時でも制服でしょうが!見なさいよ、マリア様も他の受賞者も、髪飾り変えたり、軽く化粧しているけど制服だし!なんなら、アンタ達だって着崩しまくってて原型ないけど、一応制服なのに私だけ、こんな似合わない真っ赤なドレスで、恥ずかしいったらないわ!!」
「そ、そんなことない。そのドレスは私の色だ!とても似合っている!」
ゆるゆると正気に戻りかけている王子の慰めの言葉も、彼女にとっては燃料の一つ。
「はぁ?バカじゃないの!私の髪色を見なさいよ!薄いピンクに見えなくもないけどほぼ薄赤茶色よ!こんな淡い色の髪に、生地もレースもフリルも赤一色のドレスが似合うわけないじゃない!私一人だけ火事のような存在よ!このピアスも!ネックレスも!靴も!コーディネート考えなさいよ!」
「ぴ、ピアスは私の色です…。」
「ネックレスは僕の色だよ、に、似合ってるよミリア。」
「靴は俺の…。」
「そんなの聞いてないわよ!コーディネートを考えろっていってんのよ!真っ赤なドレスに、合わせるピアスが黄色で!ネックレスは黄緑色で!ヒールが青ってバカじゃないの!クリスマスツリーにでもなった気分だわ!揃って小さい頃から決められた婚約者がいて贈り物もしている、とか自慢してたくせに、なんてセンスがないのかしら!本当に贈り物してたの?いいえ、こんな不細工にされるくらいなら婚約者の方に贈り物なんてしない方が正解だわ!女心なんて一欠片も分かってないくせに、自分を真剣に見てくれる女性はいない、なんて浸ってんじゃないわよ一人よがりの童貞!」
ミリア様のお怒りに会場の誰もが同意するばかりだ。
あまりにも酷い組み合わせのドレスを着て人前に出ないといけないなど、女性としてとても屈辱だっただろう。
先ほどまで王子と言い争っていたマリア様まで、ミリア様へ哀れみの視線を向けている。
「あの、ミリア様?」
「そんな!私如きにマリア様が様付けする必要なんてありません!ミリアと、そうお呼びください。」
「そ、そう。ではミリア、確認したいのですが貴女は王子の恋人ではないのですか?」
「私が!?あり得ません!こんな奴ら反吐がでます!散々つき纏われて、入学してから一年半もたつのにまだ友達がいないんです!授業もちゃんと出たいのに、ふらっときて勝手に私を連れ出すから全然授業受けられないし!勉強する時間も邪魔してくるから成績だって低いままだし!事あるごとに私の、手とか髪とか肩とか触ってくるし、本当に邪魔だし嫌いだし気持ち悪いんです!!」
たまりにたまった怒りが噴き出す姿に誰もが息をのみ、ミリア様へ疑いの目を向けていたことを恥じる。一般的に考えて、平民とも呼べる女生徒が、王族や伯爵家に逆らえるわけないのだと。
「まぁ…貴女…苦労していたのね。」
「しかもですよ!何かとドレスとか服とか贈ってきて、どんなデザインが良いかとしつこく、しつっっこく聞かれたから、あまり胸が目立たないやつをってお願いしたんですよ!そしたら隠すよりも出した方が目立たないとか言って!こんなにカットが深いドレス送り付けてくるし!着るまで部屋の前からどかないとか言うし、着たら着たでやたら触ってくるし、急にこんなところに連れてくるし最悪ですよ!最低!」
ミリア様から聞かされる真実に、壇上で所在なくまごつく四人の男子生徒へ冷たい視線が刺さる。
家族や恋人でもない相手の体に触れることは、マナー違反中のマナー違反だ。
贈り物だって身に着けるものを贈るには家族の了承なども含めて事前に挨拶が必要だし、着衣を脅すなんて有り得ない。
そんな事を高爵位の子息達が知らないはずもない…。彼らへの批判はザワザワと波のように講堂へと響く。
先ほどまでは興奮していて冷静さを欠いていた様子の四人は、自分達への突き刺さる侮蔑の視線とざわめきに真っ青な表情でうつむき、壇上から逃げ出そうとじりじりと後ずさる。
「ミリアさん…貴女の事を誤解していたわ。謝りますわ。」
「いいえ!あんな状態なら誰でも疑うでしょう、私だったら女だけじゃなく男もまとめて殺してやりますよ。それをマリア様は何もせずに見守るだけなんて、本当に聖母様のような優しさに涙が出ます。」
「買いかぶりすぎだわ。」
ほんわかと和解し始めたミリア様とマリア様に、会場全体が和やかな空気となるが、問題は解決されたわけではないのは誰もが知っている。
「では王子、この騒動は王子の暴走であると陛下にお伝えしておきますわね。」
「ま、まてマリア。和解したのであれば、問題なかろう。このまま授賞式を進めればいいではないか。」
「意味がわかりませんわ。王子、言い訳などはすべてそちらのお仲間と共に陛下にお伝えください。」
マリア様が軽く腕をふると蠢いていた兵士達はきびきびとした動きで、四人を捕らえ城へと連行していく。
「ミリアさん。こんなことになってしまったけど、良ければ今度一緒にお茶でもどうかしら?」
「良いんですか!!是非ご一緒させてください!」
その後は予定通りマリア様が優秀賞を受賞され、その姿を最前列でミリア様が見守っていた。
勿論あの赤いドレス姿のままで。