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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕には犬が飼えない

作者: 夏坂希林


風呂上がりにベランダで、一服ふかすのがここ最近の習慣だ。と言っても、タワーマンションの林の中、地上四階から見える景色なんて寂しいものだけれど、求めているのは風邪であって夜景ではない。今日も、いつものようにベランダへ出て、そして言葉を失った。


帰宅時、僕は鍵を開けて入ってきた。ということは、きちんと施錠して出かけたということになる。換気扇に頼りきりで、普段から窓は開けないし、そもそもここは四階だ。侵入するのは、そう簡単なことではないはずだ。


見知らぬ犬が、ベランダに居る。なんだ、どうやって入ったんだ、このわんちゃんは。大きなシベリアンハスキーだ。水色の瞳と焦茶の瞳を持っている。そいつはきちんとお座りをしてこちらを見ている。赤い首輪がついているけれど、連絡先などの情報はなかった。


「どこから来たの、きみ」


とりあえず撫でると、至極のふわふわに捕らわれて抜け出せない。このところ犬病の発作が酷かった。犬が飼いたくて仕方がない。ショップを覗いては指を噛み、散歩の後姿を眺めては泪をのんだ。そんな日常に突如この僥倖。ひとまず部屋にあげることにする。


「おいで、シロ」しかしハスキーは動かない。「どうしたんだ?」


無防備に腹を見せる様子からも警戒しているようには見えない。


「おまえ、甘えん坊なんだな」おやつでもおあげたくなったが、他人様の犬にむやみやたらと餌付けするのもどうかと思い、やめた。


「またな、シロ」とりあえず今日は眠ろう。明日になれば、電柱に『この子を探しています』なんて貼り紙が出るかもしれない。


そして翌朝。ベランダにシロは、あのシベリアンハスキーはいなかった。その代わり、自分の怠惰と無頓着を突きつけられた。ベランダは泥で酷く汚れていた。今まで気にしたことも無かったけれど、またシロが来た時、綺麗な方がいいと思って掃除した。しかしなかなか落ちない。仕方なく段ボールを敷いてみた。気持ちの問題だ、こういうのは。


それから一応、近所の電柱を確認してみたけれど、貼り紙は無かった。そうして帰宅すると、既にシロは来ていた。


「シロぉー!」やっぱり犬、飼っちゃおうかな。本当に。また来てくれるなんて思っていなかった。期待はしていたけど。感激の再開が少し落ち着くと肌寒くなってきた。景色は悪いがビル風なら一丁前だ。コートを求めてクローゼットを開く。


すると、またも言葉を失うことになった。ハンガーにかかった服に並んで、ヒトがぶら下がっていた。首に縄が食い込んで、体中からあらゆるものが流れ出ている。けれどおかしい。どれだけ深く息をしても、いつもと変わらない柔軟剤の匂いしかしないのだ。そこで納得した。この遺体と、シロについて。幽霊やらその類を信じないので、事故物件に住んでいる。恐らくそれが答えだろう。この人がどんな思いで命を絶ったか知らないが、甘えん坊のシロをああやって置いていくのは許せない。だから僕は、犬が飼えない。遺体の隣にかかっていたパーカーをきて、シロの元へ向かう。せめてこの子が成仏するまでは、ここにいよう。

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