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ディーレクトゥス  作者: えのきだけ
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謎の剣


「一佐、お父さん。ちょっと私、銀行行ってくるわね」


「わかったー。着いて行くよ」


 母さんが一人で出かけることはこの家ではほとんどない。何故なら……


「待て、一佐。もう母さんも一人でも大丈夫だろ」


「そうなってほしいけど、銀行なんか行ってきてお金を全部落としてくるかもしれないだろ?」


「お前なぁ、さすがにそれは……無くはないけどもういいんじゃないか?」


「ちょっと何よ? 私はポンコツなんかじゃないわよ?」


「父さん、母さんを見てよ」


 僕が指さす方を父さんが見る。僕の指の先にはポンコツじゃないと言い張っているが、靴を左右逆に履いてバランス悪そうに立っている母さんがいる。


「仕方ないか……」


「もー、別についてこなくてもいいのに」


「はいはい、早く行こ」


 準備と言っても着替えるくらいで、すぐに母さんと一緒に銀行に向かった。


「最近寒くなってきたけど、いいお天気ね」


 外で歩いている途中でも堂々と体を伸ばす母さんを見て呆れるが、もう見慣れてしまい、反論する気も起きない。 


「最近、学校楽しい? ま、お友達と遊んでるし楽しいか」


「まぁ、楽しいよ。勉強はちょっと苦手だけど頑張ってるよ」


「そう、人生なんてね、楽しいことだけしてたら何とかなってるものだから楽しいことはちゃんと楽しくやらなきゃだめよ?」


「はいはい、もう聞き飽きちゃったよそれ」


「何言ってるのよ。初めてよ? こんなこと言ったの」


「さすがにボケるのはまだ早いからしっかりしてくれよ」


 まだ三十代でボケることがあるのだろうかと考えたが、前例に関係なく母さんはなりそうでちょっと怖い。


「一佐、はい、これ」


 そう言って母さんは突然、僕に手紙と何か小さいものが入っている便箋を渡してきた。


「何これ? どうしたの急に」


「それ、誕生日プレゼント。だけど困ったときに開けて。今とかは絶対に開けちゃダメ。わかった?」


「わ、わかった……」


 いつにもまして真面目な顔をしている母さん。しかしその顔は五秒ともたず、いつもの言いたくはないが間抜けな顔に戻ってしまった。

 そんな母さんに呆れつつ歩いているとすぐに銀行に着いた。銀行の中はかなり混んでいた。


「ちょっと待つと思うけど何か暇潰しになる物持ってきた?」


「ゲーム機持ってきたから大丈夫」


「そう、ならお母さんは本読んでよ」


 椅子に座りゲームを始めるが数分で飽き始めてしまう。だんだん体がむずむずしてきて運動したくなってくる。


「どうしたの一佐?」


「ゲーム飽きちゃった」


「うーん、そっか。じゃあ、外で遊んできな。お母さんは大丈夫だから」


「本当に?」


「大丈夫よ。ほら、行ってきなさい」


 微笑む顔は慈愛に満ち溢れているが、読んでいる本を逆さまに持っている有様。逆さまの本をどうやって母さんは読んでいるのだろうか。

 そんな母さんを置いて行けるわけもなく、その場で我慢することを決意。


「いや、やっぱり心配だからいるよ」


 飽きてしまったゲームを再び始める。が、やはりすぐに飽きてしまう。隣では相変わらず逆さまの本を読んでいる母さん。


 落ち着かなく周りを見回していると銀行の入り口から随分体格がいい男が入ってきたのと同時に、


「おい!てめぇら、今すぐ静かにしろ!このバッグに金を詰めやがれ!」

 男が銀行員にバッグを投げる。それを受け取る前に銀行員が警察を呼ぶスイッチを押し、赤いランプがつく。


「てめぇ、何押してんだよぉ!」


 耳を劈くような音が響く。近くには何かが落ちる音がし、直後、悲鳴が上がる。スイッチを押した銀行員は胸から血を流して倒れた。

 思考が鈍る。状況がうまく理解できない。銀行強盗? 拳銃? 人が死んだ?


「おめぇら、こっちに集まって座れ……早くしろ、撃つぞ!」


 屈強な男はひどく興奮していて、しきりに大声を出している。銀行内にいた人たちはおとなしく言われた通りに移動する。

 強盗犯が今度は別の銀行員にバッグを渡し、お金を詰めさせる。


 緊張で時計の音がいつもの何十倍くらいに聞こえる気がする。母さんでさえもこの状況を危機的に感じているようでさらに焦る。


 ちょうど強盗犯が入ってきてから二分が経った頃、外でサイレンの音が鳴っていることに気づいた。


「チっ、くそ、もう来やがったか」


 強盗犯が警察の方へと歩いて行く。その背後を人質にされていた夫婦らしき人の夫が無謀にも襲った。しかし屈強な見た目は伊達ではなくねじ伏せられてしまい、警察の前で見せしめに殺され、妻の方も撃たれた。


 どうにかしないととは思うが体がうまく動かない。心臓の音がどんどんと大きくなり、体が震え

る。


「おとなしくするのよ、一佐」


「う、うん」


「おい! しゃべるなって言ったよなぁ! 誰だよしゃべった奴はよぉ」


 強盗犯と目があう。強盗犯の目はこの状況を楽しんでいるようにも見えた。強盗犯は下卑た笑みを浮かべてから僕の隣に視線を移し、「子連れかぁ」とつぶやく。


「止めて。この子を殺したらあなた、殺すわよ?」


 母さんが強盗犯の前に立つ。さっきまでの様子とはまるで違い、正面から睨みつけている。


「へへ、大丈夫だよ。ガキは殺したら駄目だからなぁ!」


「あなた、自分の発言には責任を持ちなさいよ……」


 直後、四度目の銃声が響いた。僕の目の前で真っ赤な鮮血が飛び散った。目の前から母さんの体が倒れてくる。銀行内が再び悲鳴に包まれ、強盗犯が醜い笑い声をあげている。

 しかしその醜い笑いは強制的に終了させられた。仰け反るほど笑っていた強盗犯の腹の部分からは黒光りする金属のようなものが生えている。強盗犯も力なく倒れた。後ろから強盗犯を殺したのは父さんだった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「……ん! ……君! 栄君!」


「ん? ああ、佐藤……」


「危ない! 早く逃げて!」


「え?」


 瞬時に周りを確認すると、僕を囲うようにたくさんの水滴が浮かんでいる。それらを必死にしゃがんでよけ、急いで佐藤がいる方へと逃げる。


 あの感覚。昨日、輝石にやられて、意識がなかったときと同じだ。それに順番こそ逆だが昨日のものとつながっている。あれは夢なんかじゃなくて僕の過去だ。


「栄君の動きが急に止まったから急いで私も能力を栄君にかけたの。うまくいったみたいでよかったわ。」


「ああ、助かった。またやられたら頼む」


 僕は佐藤を守るように少女の前に立つ。少女は可愛らしく首をかしげながら、

「さっきは危なかったねぇ、お兄ちゃん」


「まったくだ。佐藤がいなきゃ今頃、発狂してたかもな」


「嘘つきぃ、お兄ちゃんの中に醜い記憶が全然なかったから困っちゃうわぁ」


 少女が顎に人差し指をあて、困ったような動きをしてから、また水を飛ばしてくる。


 少女の能力に関しては佐藤の能力で打ち消すことができる。水を躱す余裕もある。が、決め手が足りない。佐藤じゃ近づくことはできないし、竹刀なんかじゃ少女の周りにある水で受け止められてしまう。

 絶えず飛んでくる水をよけながらそんなことを考えている間にも少女の能力で何回も夢を見る。


 さっきの続きだ。


 強盗犯は血まみれで倒れていて人質が安堵の声を漏らしながら、解放されていく。警察が到着し、処理していく。母さんは即死で言葉を交わす時間さえ残されていなかった。強盗犯に刺さっていた謎の金属は父さんの手にあったが二度目に見たときにはなぜか消えていた。


 その記憶を思い出しているときに頭に何かが引っ掛かった。この記憶にはおかしいところがある──金属だ。父さんの手に握られていて強盗犯の腹を裂いた黒っぽい剣。あんなものがあるのならば……


「栄君!」


「……ありがとう、佐藤」


 水を躱しながら考え、少女の能力にはまり、佐藤の能力で戻る。もうこの流れを数回繰り返している。そのたびに思考が一段階戻ってしまう。


「もー、うっとしいわね。あなたから殺してあげるわぁ」


 少女が右腕を前に突き出すと、僕を襲っていた水が急激に方向を変え、佐藤の

方へと向かっていった。


「佐藤、危ない!」


 そう叫んで振り返ると佐藤がいた場所に土煙が上がっている。あの水を真正面からくらったら間違いなく即死だ。全身の血の気がスッと引いて行く。


「さ、佐藤!」


「何よ。流石にあれくらいは私でも避けられるわよ」


 土煙の奥には佐藤がケロッとした表情で立っている。


「よ、よかった」


 とはいえ、さっきまで僕に向けられていた量の水がすべて佐藤に向いたら、流石に避けきれない。標的が僕に戻ったとしても避けることはできるが反撃ができない以上じり貧になってしまう。

 僕は佐藤の方へ移動し、耳打ちする。


「今、標的が佐藤に向いてる。さすがにこのままじゃどうしようもないから、僕が花弁を使う。土を使って壁を作るから佐藤はそこに隠れてくれ」


「それはいいけどどうやって倒すの?」


「確信はないけど多分、武器も作り出せる。それでどうにかするよ。もし途中でまたあの子の能力にかかったら直してくれ。壁は僕の五メートル後ろに作る」


「……信じていいのね」


「ああ」


 僕は力強く頷いた。

 人から頼られることに慣れてない僕にとって佐藤の期待はかなりのプレッシャーだが今はそれが心地いい。期待に応えたいと心が叫んでいる。


「じゃ、行ってくる」


「ええ、行ってらっしゃい」


 改めて少女を見据える。少女は傘をくるくるとまわし、待ちくたびれたように、


「お話は終わったぁ? どうせ花弁を使うんでしょうけどお兄ちゃんに勝ち目なんてないと思うわぁ」


「心配するなら僕じゃなくて自分の心配をしな」


 逸る鼓動を深呼吸で鎮めつつ、ポケットから花弁を取り出す。


「花弁よ、汝の力、我に授けよ」


 その呪文を唱えた瞬間に、半径五メートルにある土が手足のように操れるようになる。まずは佐藤を守るために僕の後ろちょうど五メートルの位置に土で壁を作り上げる。後ろで佐藤の驚く声が聴こえ、ちゃんと壁ができたことを確認。

 次に武器を作り上げる前に正面から飛んでくる水の軌道を一瞬で予測し、体をねじって躱す。水が予測と寸分狂わずに飛び、そのぎりぎりを体が通る。その間も意識が夢と現を行き来する。


 そうだ。僕は四年前、力がなくて母さんを、銀行に来てた夫婦を、銀行員を救えなかった。

 三日前の夜は力があったにもかかわらず選択を間違えて学校のみんなを救えなかった。

 三度、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。


「|Sanctus gladio《サンクトゥス、グラーディオ》」


 白光が世界を塗りつぶす。世界が消えると錯覚しそうなほど強いその光は僕の手に収束し、形を変える。既視感はあるが、これと同じものは見たことがない。

 雲の様で、波の様で、太陽のような純白の聖剣。


 僕は無の状態から生成された純白の剣を手に、絶えず飛んでくる水を躱し続け、少女との距離を詰めていく。


 今までで一番、頭が熱く冷えていた。


「花弁っていうのは重ねて使ったらもっと強くなるのよぉ!」


 少女の周りに今までとは比にならないほど大量の水が発生する。それをそのまま雨粒ほどのサイズに細かくし、僕に向かって飛ばしてきた。

 横殴りに降り注ぐ破壊の雨に向かって僕は避ける素振りすら見せずに真っ向から一度だけ剣を振る。するとあれほどあった水は僕の一振りの剣から発せられた光にのまれ、消し飛んだ。そのまま、唖然としている少女との距離を詰め切り、僕は躊躇うことなく少女の首元に剣を当てる。


「今すぐ花弁を捨てて降伏しろ。しないなら首を切る」


 自分でも驚くくらい低い声が出た。少女は観念したのか、この状況でも変わらない間延びした声で「わかったわぁ」と言い、可愛らしく手を鳴らした。


 五枚の内、残っていた最後の一枚の花弁を使わせると僕たちから少し離れた位置に水が発生してはすぐに霧散し、虹が見えた。戦闘を終えたからか純白の剣は既に消滅していた。


 戦いを終えた達成感があふれていくのと同時に、いつもの自分でない何かがいた気がして恥ずかしくなる。

 降っていた霙は少女が花弁を使ったからか本物の雨に変わっていた。


「じゃ、じゃあ気を付けて帰りな」


「お兄ちゃん、変なのぉ。さっきまであんなに怖かったのに今じゃ全然なんだものぉ」


「ほんとびっくりよ。栄君の花弁がこんななんて」


「佐藤、よかった。無事だったか」


「ええ、あの壁のおかげでね……それよりこのまま帰しちゃっていいの?」


「このままってどういうことだよ。もうこの子はフロースじゃないんだし、何かする必要もないと思う」


「まぁ、栄君がそれでいいならいいけど……」


「あのぉ、私をお姉ちゃんの家に連れて行ってほしいのだけどぉ」


 傘が雨をはじく音を立てながら、二人の顔をうかがってた少女が口を開いた。


「どうしてよ」


 佐藤が眉を顰める。少女はそれを気にもしない様子で、


「紫のお兄ちゃんって私と協力してたのぉ。お兄ちゃんが赤のフロースと戦ったときに見つけてちょっかいをかけたんだけどぉ、紫のお兄ちゃんに怒られちゃったのぉ」


 キャッキャとははしゃぎながら唐突に他のフロースを始めた少女。そのまま踊るように華麗なステップを踏み始める。


「紫のお兄ちゃんは変身できて、この前は猫に化けてお姉ちゃんの家を突き止めたって言ってたわぁ」


「あの猫……フロースだったのか」


「この会話もあのお兄ちゃんはきっと聞いてるわぁ。お兄ちゃんは情報を漏らした私を殺しに来る。私はもうフロースじゃないし、このままだったら殺されちゃうわぁ」


「あなた、それを言わなければ何もされなかったじゃない。どういうつもり?」


 佐藤の表情はますます険しくなる一方。僕も少女の考えを見抜こうと瞳を覗くが、ただ会話を楽しんでいる幼気な少女にしか見えなかった。


「そうねぇ。紫のお兄ちゃんのことを言わなければ何もなかったけれど、私はお兄ちゃんとお姉ちゃんのこと気に入ったし、一緒にいたいって思っちゃったからこうして話して、一緒にいるしかないようにしたってわけぇ」


 あっけらかんとよくわからないことを言い切る少女。その言い分には呆れるしかないが、どうやら、このままだと紫のフロースに殺されてしまうから匿ってほしいということらしい。僕はそこまでお人好しではないが、殺されるかもしれない少女を放っておくのも気分が悪い。


「僕は悪意はないように見えるし別にいいと思うんだけど……あそこは佐藤の家だし佐藤が決めてくれ」


「うーん、私としては反対だけどこのままにしておくのもねぇ。花弁もないし私たちを襲う気配もないか……しょうがないわね。ただし紫のフロースが脱落するまでよ。それから先は構ってられないわよ」


「わーい! やっぱりお姉ちゃんたちは優しいねぇ」


 まるでこうなることがわかってたかのような少女の笑顔に佐藤は顔を顰めてるが本心からではないだろう。


「それじゃ、守ってくれるお礼にお兄ちゃんたちにもっといいこと教えてあげるわぁ。まず、緑と黄色と赤のお兄ちゃんは始末したわぁ」


「赤って僕の腹を焼いた奴だよな」


「そうよぉ。お兄ちゃんとは私が遊ぶって決めたのにちょっかい出すんだもん。あとは青のお兄ちゃんは家に籠ってて、そういう情報を教えてくれてたのが紫のお兄ちゃんなんだぁ」


 小さい胸を張るようにしながら、自慢気に話す少女。すでに顔を顰めてた佐藤も小さな子供と接するように腰を屈めて話を聞いている。


「なるほどな。青のフロースはまだ放っておいてもいいかもだな」


「そうね。これから動くときに紫は邪魔になる可能性が高いからできるだけ早く倒しておきたいって感じかしら」


「その方がいいな。そしたらこの子……そうだ。君、名前は?」


「瑞樹、菊池瑞樹よぉ。お兄ちゃんたちはぁ?」


「僕が一佐、そして……」


「私が百花よ。まぁ、短い間だろうけどよろしくとは言っておくわ」


 不服そうな顔をしながら手を差し出す佐藤を見て僕は思わず笑ってしまう。それに気づいた佐藤が僕の肩をグーで殴る。かなり痛い。そんな光景を見て、瑞樹が笑いながら、


「お兄ちゃんとお姉ちゃんってなんだか随分仲良しねぇ。もしかしてお付き合いしていたりしてるのぉ?」


「な、なに言ってるのよ。この子」


「そ、そうだぞ。別に僕たちはそういう関係じゃ……」


「あはは、とっても顔が赤いわぁ、二人とも」


 慌てて手を顔に当てて熱くなってるか確認したら、その動きが佐藤とかぶり、さらに顔の温度が上がる。

 そんな二人を気にも留めず、楽しそうに瑞樹が公園を走りだす。その姿は公園で遊んでいるただの少女だった。


「……さ、帰りましょうか。栄君」


 疲れたような呆れたような顔で力なく佐藤が笑いかける。


「ああ、そうだな」


 戦いでできた水たまりにいくつもの波紋ができていた。


「お姉ちゃん、私、お腹が空いたわぁ」


「僕も空いたな。佐藤も疲れてるだろうから今日は手伝うよ」


「疲れてるのはあなたもでしょ。いいから待ってなさい」


 ソファから腰を上げようとするが佐藤の手に押し返され失敗する。


「そ、そうか?」


「じゃあ、じゃあ! お兄ちゃんは私とお話しましょ」


 家の中でもはしゃいでいる瑞樹にそのままの勢いで飛びつかれる。佐藤の目が光ったような気がしたが気にしないでやり過ごす。

 なんだか感覚がくるってしまう。一時間前は殺し合いをしていたというのに今は同じ家で雑談をすることになっている。最近、戦いに巻き込まれたり佐藤の家に泊まったりで疲れているのかもしれない。


「やったわぁ! お兄ちゃんとお話! じゃあ……おんなじお家に住んでるってことはぁ、やっぱり二人はお付き合いしてるんじゃないのぉ? お姉ちゃんに攻撃したときにすっごく焦ってたしぃ」


「い、いきなりだなぁ。うーん……確かに僕は佐藤に特別な感情を持っているかもしれないけど佐藤は違うと思うぞ? それにこの家に住んでるのは僕の親を巻き込まないためと二人でいた方が安全だからであってそれ以上はない。焦ったのは一緒に戦ってる人が危なくなったらそりゃ焦るだろ」


 僕は思っていることを机に並べるように話す。

 僕は昔から思っていることを話すのは得意だった。ただそれを話す機会と相手がいなかっただけで。

 ニュースやクラスで聞こえてくる話題に関して僕は自分の意見を持っていた。情報を集め、吟味し、それを踏まえたうえで、こうすればいいのに、と思っていた。だが思っていても行動に起こしていない時点で意味がないことも理解していた。


「あはは、お兄ちゃんはお姉ちゃんの話になるとすぐに顔が赤くなるね」


「そ、そうか?」


「そうよぉ! さ、もっとお話ししよぉ! お兄ちゃんは好きな食べ物とかあるのぉ?」


「好きな食べ物かぁ、あんまりないかな……あ、だけど佐藤の料理はおいしいぞ。昨日食べたんだけど、あれはすごかったぞ」


「へぇ、お姉ちゃんお料理も上手なんだぁ。すごいねぇ。とっても楽しみだわぁ」


 話してる間も絶えず動き続ける瑞樹を見て、ふと妹がいたらこんな感じなのかなと思う。こんな風に元気で活発な妹がいたらこの性格も少しは変わったのだろうか。しかし、ないものねだりほど愚かしいものはないということも知っている。過去に戻ることはできないし、そんなことを思ってもどうしようもない。


「じゃあ、次はお兄ちゃんのやりたいことを教えてぇ!」


「……やりたいことかぁ。そうだな。世界平和かな」


 少し考えてから、自分の考えに一番近いありきたりな答えを口にする。瑞樹は不思議そうに指を顎に当てながら、


「ポテンティアをお兄ちゃんが勝ち取ったら世界平和を願うの?」


「……どうだろうな。まだそんなことまで考えられてないや」


 のぞき込む瑞樹の瞳から逃げるように目を逸らす。瑞樹は聞かれたくないことだと理解したのか「ふぅん、そっか」とだけ言って、またさっきの面接のような質問攻めに戻った。

  

 あまりの瑞樹の元気さに僕が疲れ始めたころ、キッチンからいい匂いと共に佐藤の声が飛んでくる。


「ちょっとー、できたから栄君は持ってくの手伝って―。瑞樹は座ってていいからー」


 瑞樹の話に付き合っただけでへとへとになってしまった重い体を動かし、キッチンに向かう。

 三人分の皿の上にはハンバーグとマカロニサラダ、彩りをよくする野菜なんかが盛り付けられていた。その彩りと良い匂いがリビングへもっていく短い時間でも空腹感を刺激する。


「「「いただきます」」」


 三人の声が重なる。


 瑞樹は一口ごとに「美味しいわぁ」と口にし、どんどんと皿の上が減っていく。僕も舌鼓を打ちながら食べ進める。


 僕と佐藤の二人きりの食事の時は会話は最低限しかない。食事中に佐藤が僕に話しかけることはほとんどなく、僕も空気を読んで話しかけなかった。

 しかし今は瑞樹のおかげで会話が生まれている。


「すごいわぁ。こんなにおいしいもの私食べたことないものぉ。お姉ちゃんは天才だわぁ」


「い、いいから早く食べちゃいなさい」


 佐藤のことを褒めちぎる瑞樹。佐藤はまんざらでもなさそうに顔を背ける。

 僕は父さんの料理をかなり美味しいと思っているが、佐藤の料理はそれに匹敵する美味しさだった。


「佐藤、洋風も作れるんだな」


「実はあんまり作ったことなかったのよね。瑞樹は和食よりハンバーグとかの方が食べやすいかなと思って」


「そうねぇ、いつも質素なご飯ばっかだったからとっても美味しいわぁ。ハンバーグはもちろん好きだけどお姉ちゃんの美味しい和食も食べてみたいわぁ」


「ええ、じゃあ明日は和食にするわね。栄君もそれでいい?」


「ああ、僕は佐藤の料理が好きだからどっちでも大歓迎だ」


「そう? あ、こら、瑞樹。ほっぺにご飯粒がついてるわよ。せっかく可愛いんだからちゃんとしなさい」


 そう言って佐藤が瑞樹の頬についてる米粒を指でとりそのまま口に放り込む。その光景は娘と母のやり取りのようで微笑ましい。


「すっかり佐藤も瑞樹のこと気に行ってるな」


「まぁ、瑞樹も悪いことはしたかもしれないし、それを正当化するのはおかしいけど、こんな状況じゃ仕方ないって言えなくもないしね。それに……かわいそうじゃない。こんなのに巻き込まれてさ」


 佐藤は瑞樹を慈しむように頭を優しくなでている。瑞樹はくすぐったいのか猫のように体をくねらせた。それを面白いと思った佐藤が悪い笑みを浮かべながらさらにこねくり回した。


「「「ご馳走様」」」


 再び三人で声を合わせる。


「作ってもらったし、片付けは僕がやっておくよ」


「あら、気が利くわね。じゃあお願いするわ。あ、そういえば、ご飯の前、瑞樹と何話してたの?」


 僕はさっきの質問攻めを思い出し、ほくそ笑みながら「さぁ」とだけ答えた。佐藤は訝しがるが、僕はそのまま逃げるように食器を持ってキッチンに行くと、案の定、瑞樹の質問攻めが始まった。


 キッチンで洗い物をする。流れる水は冬だということもあり、痛いくらいに冷たく、改めて家事をする人の偉大さがわかる。


 キッチンからリビングにいる二人を覗くと、瑞樹が再び佐藤の料理を褒めちぎっている。すでに佐藤の顔に疲れが見え、僕は佐藤に聞こえないように笑った。


 ──それにしてもあの記憶は確かに僕のものだ。忘れるはずもない。あんな強烈な記憶を忘れられるわけがない。なのにどうして僕は忘れていたんだろう。昨日と今日に思い出した理由は瑞樹の能力だ。瑞樹が僕に能力をかけなければ忘れたままだったのだろうか。

 そう思うと急に怖くなった。

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