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ディーレクトゥス  作者: えのきだけ
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水使いの少女

「おはよ、栄君。案外朝は弱いのね」


「おはよ、佐藤」


 もう見慣れ始めた天井を視認してから体を起こす。いつもならばもう少し目覚めはいいのだが昨夜は目を閉じると佐藤の家だということが頭にこびりついてなかなか寝付けなかったのだ。早く慣れなければ。いや、慣れていいのか?


「どうしたのよ、変な顔して」


「い、いや、考え事を……」


「ふぅん、何でもいいけど。早く朝ごはんを食べるわよ」


 そのとき、誰かの腹が音を立てた。この部屋にいるのは僕と佐藤だけで、鳴ったのは僕の腹ではない。佐藤の顔が豹変していく。


「わ、悪い。待たせちゃったな。早く食べよう!」


 佐藤の顔が豹変しきる前に、布団から飛び出し、片付けを試みたが、


「は、早くしなさいよね!」


 間に合うはずもなく、佐藤はドアを大きな音を立てて閉め、リビングへ行ってしまった。


「……起きなかった僕が悪いけど、それだって佐藤の家のせいであって決して……って誰に言い訳してるんだ。早くしないと本気で佐藤怒りそうだ」


 一気に静かになった部屋で頭を振り、意識の覚醒を急かしつつ、準備を進める。その顔はだらしなく笑みが口の端からこぼれている。

 人と時間を共有し、その人のことを知っていくことが楽しく、嬉しいと感じている自分に驚く。僕はいつからか意識的に人と深く関わることを避けてきた。それゆえに人と関わることの楽しさを知らずに育ってしまった。関わったとしても必要最低限。人と親しくなるのが何となく怖かった。


「佐藤のおかげ……か」


 僕が佐藤と関わって変わっているように、佐藤も僕と関わってどこか変わった部分があるのだろうか。


「ちょっとー! 栄君早くしてくれるー?」


 下から佐藤の声が聴こえてくる。お腹が減って怒っているのか、僕に腹の音を聞かれたことで怒っているのか。いずれにせよ急いだほうがいいだろう。


 リビングに行くとテーブルに朝食が並んでいて佐藤が不機嫌そうに座っていた。


「ごめん! 佐藤。早く食べよう」


 今日は家でゆっくりすることになった。

 フロース同士はお互い引き付けあう。実際たった三日間で佐藤を含め、四人と会っている。居場所がわかるのなら早く終わらせたいがわからないのに探しても見つかる可能性は低い。それにどうせ会うのだからこちらから探すこともない。


「あ、もう遅いけど栄君は朝はパン派?ご飯派?」


「僕はブームで変わってたから佐藤に合わせるよ」


「そう、じゃあ朝はパンね」


 やはり落ち着かない。ただ佐藤はそこにいて自由にしているだけなのになぜか鼓動が逸る。

 僕はこのままではいけないと思い、筋トレと素振りをするために庭に出る。

 外は霙がちらつき、特に冷えていた。強い風が寒さを助長する。


「九十五、九十六、九十七、九十八、九十九、百」


 最初は寒かったものの、動いているとすぐに体が汗ばみ、熱くなってくる。

 それからちょうど三十分が経ち、中に戻ると、インターフォンが来客を告げた。


「ちょっと栄君、早く来て!」


 佐藤が顔を青ざめながら駆け寄ってくる。


「どうした?」


「いいから、早くこっち来て!」


 佐藤に着いて行き、インターフォンのカメラの映像を見ると、そこには昨日、公園で戦っていた水玉模様の傘を差した少女が映っていた。


 昨日、何の躊躇いもなく黄色のフロースを殺した少女とインターフォン越しに目が合う。久遠明人とはまた別の威圧感。するすると絡みつくような瞳に吸い込まれそうになる。


「この前、お兄ちゃんとお姉ちゃん、私のこと見てたよね? 一緒に遊ばなぁい?」


「──なんでここが私の家ってわかったのよ」


「それは言えないわぁ」


「そう、まぁいいわ。それで遊ぶって何するのよ」


「そんなのあなたたちだってわかってるでしょ。殺し合いしかないじゃない」


 そんなことはしたくないがこの少女ならこの場で戦い始めてもおかしくはない。そしたら一般人が巻き込まれる可能性も出てくる。それだけは避けたい。


「──わかった。遊ぼう。だけど条件がある」


「なぁに?」


「場所を変えてくれ」


「? わかったわぁ、じゃあ、あなたたちが覗いてた公園に一時間後でいい?」


「ああ、助かる」


「じゃあ、まってるわぁ。バイバイ、お兄ちゃんとお姉ちゃん。また後でねぇ」


 少女は軽快にスキップで去っていく。その姿は本当にただの小学生にしか見えない。


「家もばれてるわけだし、こうなったら行くしかないわね。一つ条件よ。あなた、甘いから少女に攻撃できないなんて言わないでよね」


「──ああ、わかってる」


 わかっている。この戦いに勝つには絶対に人を傷つけなければいけない。しかし頭で理解しているのと、それを行動に移せるかはまた別の話になってくる。


「ならよかったわ。まずは作戦ね。あの子と目を合わせない方がいいわね。それと……水対策か」


「水に対しては僕は避けられると思うし、危なくなったら花弁を使う。目を合わせないはサングラスでもかけていくか」


「うーん、そうね。それくらいしかできないわね。地理もわかっておいた方がいいし速めに行きましょうか」


「そうだな。佐藤は花弁の能力は多分使えないし能力も効かなかったら下がっていてくれ」


「不服だけどそれは仕方ないわね。さ、怖がっても仕方ないし行きましょうか」


 僕と佐藤は指定された公園に向かった。相変わらず霙は降り続いており、凍えるような寒さだった。

 公園に向かって歩いてるときも、佐藤は気丈にふるまってはいるが、強がっているようにも見える。


「大丈夫だよ、佐藤。危なくなったら今度は花弁も使うからさ」


「……あなた、怖くないの? 昨日の戦いでほんとに死にかけたのに」


「? もちろん怖いぞ。だけど、もう怖がって失うのはもっと嫌なんだ。自分が動いて守れるものは守りたい。それだけだ」


「ふーん、そっか。ありがと」


 呆気にとられたような顔をしてから、いつもの笑顔に戻る佐藤。なぜお礼を言われたのかはわからないが、励ますことができたのなら勇気を出したかいがあったと納得する。

 僕も佐藤と少し会話をしたことで気持ちが少し楽になり、雑談をしながら、公園までの道を楽しんだ。


 公園には約束の時間の十五分前に着いた。昨日同様、この公園は人気が少ないどころか誰もいない。ここなら一般人を巻き込むようなこともないだろう。


「こんな短時間じゃ、仕掛けを作ったりもできないけど地理を知っておくだけで多少は有利になれる。私は最初に能力が効くか試してみて効かなかったら隠れてチャンスがあれば触れそうな場所に隠れておくわ」


「ああ、あとはあの子の能力がどんなものなのかだな」

「やっぱりあの子の能力は精神系だと思うの。それでもし栄君があの子の能力にかかったときに私の能力を上書き出来たら対策できると思う。一回今やってみる?」


「どうなるんだ?」


「ちょっと夢を見るだけよ。私は夢の中にも干渉できるから起こしたいときに起こすこともできる。じゃ、行くわよ」 


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 見慣れた玄関で父さんと母さんと幼い僕がいる。


「おかあさん、おとうさんはどこにいっちゃうの?」


「お父さんはお仕事でちょっとだけ遠くに行っちゃうのよ。帰ってくるまでお母さんと一緒にいい子で待ちましょうね」


「うん!」


「じゃあ、母さん、一佐は任せたよ。一佐もお母さんに迷惑かけないでいい子にするんだぞ?」


「うん! 行ってらっしゃい!」


「気を付けてね。お父さん」


「ああ、行ってくる」


 父さんが玄関を開け、大きいキャリーバッグを転がしながら家を後にするのを見守っている。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 夢と現が混ざり、意識が浮かび上がってくる。


「おはよ、どうだった?」


「今のが佐藤の能力か。懐かしい夢を見ていた……よし、そろそろ時間か」


 一度、大きく深呼吸をしてから、竹刀を持ち佐藤と公園の真ん中に移動する。 

 約束の時間ぴったりに少女は来た。


「さぁ、始めましょぉ?」


「待ってくれ。質問がある。なんで君みたいな少女が……人を殺してる?」


「私が昨日みたいに人を殺す理由を聞いてるのぉ? そんなの死にたくなくてポテンティアが欲しいからに決まってるじゃない。お兄ちゃんは違うのぉ?」


 絶句するしかない。死にたくないからという理由だけで人を殺すという結論に至っていいのだろうか。この少女には道を正してくれる人がいなかったのだろうか。


「人を殺すことを何とも思ってないのか?」


「いいことだとは思ってないけどそんなに悪いことだとも思わないわぁ。さぁ、お話は終わり。お兄ちゃんと話すのはちょっとだけ楽しかったけどもう話せないわねぇ」


 少女が指を鳴らすと、大気が歪み、水が空中に現れる。


「くそ。戦うしかないか。佐藤、能力は効くか?」


「だめね、効かないみたい」


「わかった。じゃあ引いててくれ」


 もう一度、周りに人がいないかを確認してから、竹刀を構えなおす。


sapiens(サピエンス)


「じゃあ、行くわぁ」


 その声を合図に少女の周りに浮いていた水が轟音を立てて、風のスピードで飛んでくる。が僕はそれを難なく躱す。行き場を失った水は公園に生えている木にぶつかり後方に吹き飛ばす。霧散した水で虹ができていた。


「当たったら終わりか」


 水で木を吹き飛ばすのにはかなりの量と水圧が必要だが、そこまで量が多くもないし、速いと言っても見切ることができるくらいだ。それだけ花弁の力は恐ろしいということだろう。

 感心している間にも少女はどんどんと水を飛ばしてくる。まだ大きな水が飛んできているだけだが、横殴りの雨のように飛ばされてはいくら軌道がわかっても、どうすることもできない。あとはトイレや水飲み場には近づかない方がいいだろう。そこにある水も操れる可能性はある。


「ほらほらぁ、逃げるだけ? お兄ちゃん」


 このまま避け続けても、じり貧になると判断した僕は、飛んでくる水の軌道を予測し、ぎりぎりを躱すルートで少女めがけて走る。距離を一気に縮め、竹刀を振りかぶり少女めがけて振り下ろす。


 僕の振った竹刀は少女に当たる前に、少女の周りにある一枚の薄い板のような水に受け止められていた。竹刀を受け止めた水の板が変形し僕を襲ってくる。


「そんなこともできるのかよっ!」


 僕は急いで後ろに下がり、距離をとった。


「こわいわぁ、お兄ちゃん。私もそろそろ本気を出しちゃうよ」


 その言葉を最後に僕の意識は途切れた。

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