父の偉大さ
そこは綺麗で白く、大きな建物の中。黒い喪服を着た父さんがいて、焦げた匂いがほんのりと漂っている。
僕は五日の間、現実を受け入れることができなく、遺体が燃やされた今も泣くことはなかった。父さんは大きな片手で顔を覆っている。
職員の人に案内され、テーブルに食事が用意されてる部屋に移動した。
殺風景で広いこの部屋は二人だとより一層広く、冷たく感じられた。
無音の部屋に「いただきます」と一言だけ音が発生してから再び無音に戻る。声を出す意思も気力もなく、ただ黙々と食欲の無い胃袋に昼食を詰め込む。
食事をとるだけで何も考えることがなく、母さん──佐知子のことを思い出すと、五日間枯れていた涙が頬を伝った。
生を受けてから十一年間、何をするにしてもそばにいた。ただ食事をとるにしても母さんの料理を思い出してしまう。そうなったら、もう涙が止まらなくなってしまった。食事をゆっくりと食べながら、声を押し殺し涙をこぼし続ける。
──あの時に、体が動けば……
あの時のことを思い出すと際限なく怒りが湧いてくる。無意識に手が震え始め、思考が憎悪で塗りつぶされる。
「──殺す。絶対に殺してやる」
「……母さんは死んだし、その怒りをぶつける相手も、もういないぞ」
「関係ない。もちろん、あいつらもぶち殺したかったけど、あいつを生み出したのはこの理不尽な社会と人間だ。人間がいるから殺人が起きる。人間がいるから大切な人を失う。人間がいるから悲しむ人々がいる。だから……それを全部殺し尽くしてやる」
「一佐にそんなことができるのか」
「全部を一気に殺すのは無理だから危ない犯罪者どもから殺してやる。方法なんていくらでもある」
涙はいつの間にか止まり、笑いがこぼれていた。そんな僕を父さんは正面から見つめている。
「憎悪に侵された頭で何をしても上手くいかないぞ」
「うるさい!」
「……その憎しみは俺に向けるべきだ。俺にならどれだけぶつけたっていい──お前の復讐の機会を奪ってしまったのは俺だからな。もし……もし本当に人を殺し尽くしたいなら、まず最初に俺を殺してからにしろ。俺を殺せたら世界中の人間を殺したっていいよ」
数秒だけ意思が揺らいだ。人間を全員殺すつもりだが父さんを殺すのはさすがに抵抗があった。母さんと父さんだけが自分の人生において大切な人だった。
だけど今の僕はそれを無視できるくらい怒りで頭がいっぱいだった。
「わかった。殺してやるよ。母さんのために……」
その時の僕は母のためという仮初めの免罪符でなんでもできると思っていた。
しかし、所詮、小学生が百八〇センチもある大人、ましてや警戒されている状態の父さんを殺せるわけもなく、どんどんと時間が過ぎ去っていく。
後ろからバットで殴りかかっても、包丁を持ち寝込みを襲っても防がれる。
どうしようかと考えてから知識が足りないと気づいた。それからは勉強をした。中学、高校の勉強までも始めた。その中でネットの使い方を学び、人の殺し方を調べたがネットに殺したいなんて書いてるやつは結局ただの妄想でただの一つも具体的な方法は書いてなかった。
その次は殺し屋を調べた。しかし現代の日本のネットにそんなものがあるわけもなく、自分の力で殺さなくてはならないと再認識。
最後に殺し屋だった人を調べた。そうしたら具体的な殺し方がいつくか見つかった。そのなかで自分にできそうなものは化学を使ったものだった。
シアン化物をスプレー式点鼻薬に入れ、父さんの机に置き、様子をうかがったが、
「一佐、これもう使えないから捨てておいてくれ」
「わ、わかった」
ここまでやっても人ひとり殺せない。自分に人類を殺す力があるのかと疑うときもあったがそのたびに母を思い出して、自分をだました。
物理的な攻撃で殺すには力が足りない。かといって毒物で殺すこともできない。そうなったら、情に訴えかけて騙し、殺すしかない。
そう決めると僕はすぐに父さんの部屋の扉を叩いた。
「いいぞ」
懐にしまった包丁を確認してから部屋に足を踏み入れる。一僕に背を向けるようにデスク前の椅子に父さんが座っている。
「──話したいことがある」
椅子をクルリとまわし、僕と父さんが向き合う。
「どうした?」
僕は膝をつき、懐を隠すように座る。
「──もう殺すのは諦め……」
話している途中、父さんの目が見開かれた瞬間を見逃さず、懐の包丁を両手で握り、父さんの腹を目掛けて突き出す。
突き出された包丁はズプリと父さんの腹から血を噴き出させた。
「……ないよ」
「お、お前……」
父さんは一度、僕の肩をつかんでからずるずるとだらしなく床に崩れ落ちた。
「は、はは、やった。ついにやったぞ!」
父さんの血が床に広がるのを見て、自然と笑みがこぼれる。
かける言葉があるわけでもなくすぐに部屋を出て、必要最低限の荷物をまとめて、家を出た。
行く当てもなく、ただぶらぶらと町を歩き回る。ここ数カ月小学校もさぼっていた。というより、父さんを殺すことに夢中で行くのを忘れていた。
平日の公園は静かで積もった雪に足跡は一つもない。白い息を吐きながらベンチに座る。
ふと今まで──この数カ月のことを思い出すと、なぜか急に虚しくなった。
「あれ? 僕、なんでこんなことしてるんだっけ……」
母さんを殺した人間を殺すために父さんを殺した。母さんのためだと思って、父さんを殺そうと試行錯誤した。だがその大半の時間は母さんのことなど忘れ去っていた。僕を動かしていたのは憎しみとある種の自身にかけた呪いだった。
「母さん? あれ? 母さんって誰だっけ……まぁいいか。これから世界中の人を殺さなきゃいけないのか……僕にできるのかな」
ぽつりとつぶやかれた言葉は白い息と混ざり、真っ白な雲に覆われた空に吸い込まれた。
耳元で鳴っている何かによって僕は目を覚ました。あたりを見回すと公園でさっきよりも人が増えていた。
「寝ちゃったのか……あ、携帯」
耳元でやかましく鳴り響いている正体は携帯電話だった。
「……へ?」
思わず声が漏れてしまう。それもそのはずメールの送信元はつい三時間ほど前にこの手で殺した父さんからのものだった。
「 できればでいいがもう帰ってこい。
賢一 」
血の気が引いて行く。間違いなく殺したはずだ。それはこの手が確かに感触を覚えている。そして家を出るときに鍵は閉めた。自宅の鍵を持ってるのは僕と父さんしかいない。
もし、万が一、生きていたとしたら戻ったら殺される。そう直感が知らせてくる。直感じゃなくても少し考えたらわかる。自分を殺そうとした相手を殺そうとしないはずがない。
「父さんを殺そうとしたんだし、父さんに殺されてもいいか……」
虚しさと自分の莫迦らしさから考えることすら放棄する。重い足を引きずるように動かし家への道をたどった。
躊躇うこともなく、一応ノックをしてから父さんの部屋に入る。父さんの傷はもちろん、包丁も床についていた血痕すら綺麗に無くなっていた。
「やぁ、お帰り」
「僕を殺すなら別にいい。一つだけ教えてくれ。なんで生きてる?」
「まぁ、急いで友達の医者を呼んだよ。あれは死ぬかと思ったな」
父さんはまるで気にしてないように小さく笑った。
「そうか。まぁいい。早く殺してくれ」
「──何言ってる? 俺が一佐を殺すわけないだろ?」
「……は? 僕は父さんを殺そうとしたんだぞ?」
「俺がお前に殺されかけようと、お前は俺の息子で俺はお前の父親だ。理由なんてそれだけだ」
予想外の答えが帰ってきて僕は絶句した。
「憎しみがお前を動かしてるならそれは俺が受け止めよう。だけどな、もしお前が母さんを言い訳に人を殺そうとするなら止める。無くなってしまったものは取り戻せない。人間は一佐が言うように確かに愚かだ。一時の感情に流され、いくつもの過ちを重ねる。だが人間は学ぶことができる。歴史や過去の経験を次の選択に生かすことができる」
父さんが大きく息を吸い込んだ。
「……俺が愛した母さん、一佐を愛した母さんがお前に残したものは何もないか?」
最期の父さんの言葉で心が大きく揺さぶられる。ここ数カ月忘れていた、いや、忘れようとしていた記憶があふれ出ようとしてくる。それと同時に涙も流れ出る。
「母さんが残したもの?」
「ああ、母さんが一佐に残したものは憎しみだけだったか?」
そんなはずがない。僕は母さんから多くのものを授かっている。むしろ憎しみなんて僕は母さんからもらっていない。最大級の愛を注がれていたことを思い出す。そうなってしまうと、もう止まらなかった。
「悲し、かった! 母さんはこんな……ろくでもない僕をずっと……愛してくれてた! だけど……それ以上に、悔しか、ったんだ! 何もできなかったことが! 無知で! 非力で! 惰弱な自分が!」
「ああ、あの時に俺が殺さなきゃよかったな」
父さんは穏やかな顔で僕を見守っている。
僕は不意に湧いた疑問を聞いてみた。
「父、さんは悲しくな、かったの? 後悔して、なかったの?」
「もちろん悲しかった。だけど俺は後悔は嫌いなんだ。過去の自分を否定してるみたいでな。自分が選択した行動に関しては責任を持たなくちゃいけないと思うんだ。それにな、受け入れなきゃいけない現実ってものは絶対に存在してしまうんだ。だから絶対に止まっちゃいけない。何があっても俺らはあ歩き続けなくちゃいけない」
父さんの手が優しく僕の頭に置かれる。
「僕、は自分を嫌わない……ためには、人を憎むしか、なかった。だけど、そうしたらもっともっと、自分が嫌いになっていくんだよ! 自分を刺そうと……したことも何回もあった! だけど結局、一回も、刺す勇気が出な……かったんだよ……」
「ああ、つらかったな。悪かった。不器用な父親で」
泣き崩れる僕の成長しきっていない体を父さんが抱きしめる。
「ごめんなさい! ごめ、んなさい!」
初めてしっかりと触れた父さんの体はとても大きくて暖かかった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「──ん? あれ、夢……か?」
「栄君起きた!?」
起こした体は佐藤に飛びつかれ、再びベッドに沈んだ。
「な、どうしたんだよ佐藤」
僕の目の前にある佐藤の目は赤く腫れていた。起きたばかりの僕の体の心拍数が上昇する。こんな綺麗な顔が近くにあるのに緊張しない方がおかしいと僕は一人で開き直る。
「泣いてたのか佐藤?」
「……そりゃ泣きもするわよ。目の前で栄君が血だらけで吹っ飛んでったんだから」
「ああ、そういえば……」
おかしい。あれは確かに死の気配だった。体中から血が流れていき、体がどんどん熱を失っていく感覚。手足はすぐに感覚がなくなり、痛みすら感じなかった。
「栄君がやられちゃったあとにすぐに救急車を呼んだの。だけど栄君、呼吸しなくなっちゃって、私どうしたらいいかわからなくて、とりあえず布でお腹を押さえてたの。そしたら知らない男の人がきて栄君の体をちょっと触ってもう大丈夫だ、なんて言ってどこか行っちゃったの。何をしたのかとか聞きたかったけど栄君から離れるわけにもいかなくて。すぐに救急車が来たんだけど血は止まってて傷もふさがってるから家で安静にしてくださいって。私、栄君を担いで家まで帰って寝かせておいたら今、起きたってわけ」
「お、落ち着いてくれ佐藤。ありがとな。助けてくれて」
佐藤は安心したのか僕から離れ、笑顔で頷く。
「それにしても知らない人が助けてくれたのか。お礼を言いたいけど佐藤は知らない人だったんだよな」
「ええ、フロースの雰囲気でもなかったし……でも、もしかしたらどこかで見たことがある気がしなくもないのよね。気のせいかもしれないけど……」
「うーん、フロースでもないのに僕に触っただけで傷を治した? 医者でもそんなことはできないよな」
「まぁ、今は考えても仕方ないわね。本当に生きててよかったわ。さ、ご飯でも食べましょ」
時計の針は既に六時を回っていて、外は真っ暗になっている。
「あ、ああ、まぁこんな時間だし、お腹も空いたな」
「そ、じゃあ、ちょっと待ってて。今から作るから」
「……え? 佐藤が?」
佐藤は台所に向かいながら顔だけ僕の方に向ける。
「ほかに誰がいるのよ? まぁ、待ってなさい」
──佐藤は料理もできるのか。佐藤は学校で本当に優等生だった。勉強もでき、運動もでき、誰にでも優しく、顔もかわ……綺麗。自分とは正反対に位置する人間だった。それに加え、家事までできると来た。ご両親がいないらしいから自分でやるしかなかったのだろう。完璧を具現化したらこんな人間ができるのかもしれない。
それにしてもさっきの夢。いや、あれは僕の過去だった。どうして忘れていたのかもわからない。そうだ。僕は一度父さんを殺そうとして、それから父さんを尊敬するようになったんだ。しかしどうしてそんな大事なことを忘れていて今、急に思い出したんだろう?
その答えが出る前にキッチンから美味しそうな香ばしい匂いが漂ってきた。
「栄君、悪いけどそっちに持ってくの手伝ってくれる?」
キッチンから佐藤の声が飛んできた。僕は返事をしてから言われた通りに手伝う。
佐藤が作ったのは典型的と言える和食だった。
白米に焼き魚、きんぴらごぼうとメカブが入ったサラダにみそ汁。
僕は簡単な料理しかしないからよくわからないがおそらくバランスの取れた食事なのだろう。
二人分の食事をテーブルに運んでいる途中で僕の腹が鳴った。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
佐藤は食事に手を付けず、僕の顔をにやにやしながら見ているので、僕は急かされるようにみそ汁を流し込んだ。
「ど、どうよ?」
「驚いた。滅茶苦茶美味しいよ」
僕が素直に感想と言うと、佐藤は予想外だったのか、自分から聞いてきたくせに照れている。それから「そっか、そっかぁ」とにやにやしている。
普段、ご飯の感想を言ってくれる相手がいない佐藤にとって、一緒に食事をとる人は貴重なのかもしれない。
僕の予想を大きく超えた佐藤の料理の腕に驚きつつ食べ進める。
「栄君ってさ、学校でいつも一人だったじゃない? こうして話してみたら栄君に友達がいない理由がわからないんだけど聞いてもいい?」
「そうだな、理由はないけどただ、人と深く関わって大切な人になるのがなんとなく怖いって感じかな」
「ふーん、じゃあ、私は割と深く関わってると思うんだけどどうなの?」
「い、いや、それは別に……そ、そんなことどうでもいいだろ!」
誤魔化すように白飯をおかわりするという名目でにキッチンへ逃げる。
「ご馳走様」
「はい、お粗末様でした」
そのあとはニュースや新聞で情報収集をした。怪しい事件はかなり多かった。女子高生が大量誘拐されていたり、交通事故、他国が新宿の花を求めて戦争を始めようとしているなんて言うのもあった。
この家にはゲームなどの娯楽を除けば基本的に何でもあった。備蓄までしっかりしてあるところを見ると流石、優等生といった感じだ。
その優等生は庭に咲いているピンクの花に丁寧に水をやっている。僕は脅かさないように近づき、
「花、好きなのか?」
「──そうね。この花はブバルディアっていうんだけど、綺麗でしょ? この花はね、両親が出てってから私一人だけでずっと育ててたんだ。そのせいかフロースになって、配られた花弁もブバルディアなのよね」
「家で育ててた花と花弁が同じ……」
僕の花弁が家で育てている鬼百合だったのは偶然だと思ったが佐藤も一緒となると話が変わってくる。
花弁はフロースになる条件はこの世界を変えたいと思ってる人と言ってたが、他の条件があるのかもしれない。実際、それを言われた時も、佐藤と自分がフロースと知ったときも、この広い世界の中で同じ高校から二人も出るのだろうかと疑問に思っていた。条件があまりにも広すぎる。この条件はこの不可解な戦いの真相に近づけるヒントかもしれない。
「栄君?」
「ああ、ごめん。僕も家で花弁と同じ花──鬼百合を育ててるんだ。最初は偶然かと思ってたけど佐藤もそうならフロースの条件が隠されてるのかもしれないと思ってたんだ」
「なるほどね、花弁の花はそのフロースが育ててた花ってことね。これも調べなくちゃね!」
佐藤が手をパンと鳴らして立ち上がるり、舞うようにスカートを揺らし、方向転換した。
「さ、冷えるし中に戻ろ!」
ブバルディアに負けないくらいの笑顔を向けられ、ドキッとしてから後ろについて家の中に戻った。
僕は他人の家に入ったことがなく、何をしてはいけないのかもわからず、結局何もせずにいた。が、物を使わなきゃ大丈夫と言い聞かせ、日課の筋トレのために庭に出た。
外は寒いが雲がなく晴れていて月が綺麗だった。このあたりは街灯も少なく月明りだけが佐藤の家を照らしていた。僕は手に持っている竹刀を両手で強く握りしめ素振りを始める。
「……九十六、九十七、九十八、九十九、百!」
今朝見たのは確実に僕の過去だった。だけど僕はそれをきれいさっぱり忘れていた。そうだ。僕は父さんを殺そうとしていたのだ。そこで父さんが真っ暗な闇の中にいた僕を引っ張り出して導いてくれた。どうして忘れていて、今思い出すことができたのだろうか。
気づくと時計の長針は半周ほど回っていて体には汗が滲んでいた。
「ふぅ、そろそろ戻るか」
肩で息をしながら部屋に戻ろうとしたとき、かすかな草が擦れる音を耳がとらえた。
「誰だ!」
音がした方に怒鳴る。竹刀を構えて恐る恐る近づくと、小さな鳴き声を上げて猫が道路の方へと逃げて行った。
「な、なんだ、猫か」
肩の力が一機に抜ける。猫なんかに怒鳴った自分が恥ずかしく思えてきて、すごすごと部屋に戻った。
リビングには風呂上がりの佐藤がいた。髪を高い位置で結ってお団子みたいにしている。化粧のことはわからないがあまり普段と変わっていないように見えた。
「栄君、お風呂いいわよ。あ、そうだ。あなたさっきなんで外で大声出してたのよ」
「あれは、物音がして誰かがいると思ったら猫だっただけだ」
「あはは、猫にまでビビるなんてやっぱりあなた面白いわね」
「からかうなよ。自分でも恥ずかしかったんだから」
「はいはい、気を付けるわ。じゃあ、お風呂は勝手に入っておいて」
「ああ、わかった」
風呂場もやはり綺麗に保たれてた。が、わずかに人がいた気配が残っている。
僕も男子高校生なわけでそういうことを考えてしまう時期である。理性をフルに働かせ、シャワーで体を流し、ものの数分で風呂から上がる。
自分の理性を褒め称えながら体の水を落とし着替える。
「あら? 随分早いのね」
「ま、まあな、はは」
顔が引きつってしまう。が、佐藤は訝しがる様子一つ見せずに、
「そ。じゃあ、私もう寝るけど、栄君は?」
「まだ、ちょっとだけ起きてようかな」
「わかったわ。寝るときは電気全部消しておいてね」
「わかった。おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
そう言って佐藤は自分の部屋の方に行った。
佐藤が嫌いとかでは全くないのだがなんとなく二人で家にいると落ち着かない。漸く一人になって息がつける。
適当にテレビをつけたが、この状況のせいか面白いと思えるものはなかった。
「寝るか」
誰に言うでもなく口に出し、電気を消してから佐藤の部屋から一番遠い部屋に布団を敷きそれに潜る。一度、昼に風穴があいた腹を触るが痛みも傷跡もない。
──助けてくれたのは誰だったんだろう。
もしよかったら感想などを一文でもいいので書いてくれるととてもうれしいです!