花弁と能力
翌朝、いつも通り起きる。
ニュースを見ると、新宿の駅前に半透明で人の腰ほどまである花みたいなものが突如現れたと女性のキャスターが鼻息荒く伝えている。
不思議なことがあるものだなと思っていると、いつも通り花に水をやっている父さんが嬉しそうな目をしていた。
「父さん、こんなことに興味あるのか?」
「いや、ただこんな珍しいこともあるんだなと思ってな」
「ふーん」
父さんは昔、大学で歴史の研究をしていたようでこのような不思議な事象に興味があるらしい。まぁ、僕が物心がつく前に辞めてしまったようなので僕も詳しくは知らない。
そうしてまた何も変わらない一日が始まる。と思ったのだが 学校に着くと謎の違和感を感じた。まるで体中に何かがくっついているような感じだ。
「なんだろ、この感じ」
違和感と言っても多少、気分が悪いくらいなのでそのまま無視して校舎に足を踏み入れた。
今日も同じ時間に来たが珍しく一番最後ではなく、いつもは早く登校しているであろう佐藤百花という優等生が僕の後ろから入ってきた。
長い髪を花の髪飾りでまとめていて、歩いているだけで花があるような女子だ。
こんな僕とは正反対の優等生が若干とはいえ、僕より遅く来るなんて珍しいなと思ったが話すことも話しかける勇気もないのでそのまま席に着いた。
すぐにホームルームの時間になり、先生が話し始める。
「今週も今日で最後なので頑張って乗り切りましょう」
そう締めくくられまた学校が始まる。
今日もただ椅子に座り外を眺めてすべての授業を終える。教室がにぎやかになる中、僕はいつも通り帰る支度をしていると朝の違和感が強さを増した。
「なんだろうこの感じ? 風邪でも引いたかな」
額に手を当ててみても常温のおでこしか感じることはできなかった。
僕は基本的には健康的だった。運動をほとんどしない点を除けば。運動が苦手なわけではないが動くのが面倒なだけなのである。
不意に音が消えていることに気づいた。
──あれ? この時間ってこんなに静かだっけ?
音の原因だったクラスメイトは行動を止めてただ茫然と立ち上がっていた。よく見ると立ち上がっている人たちはみんな、虚ろな目をしていた。
「お、おい、大丈夫か!? しっかりしろ」
声をかけ、体を揺すっても特に反応はなかった。
「なんだ、何が起こってるんだ。なんでみんなこんな状態に……」
「ちょっと、私がいるからみんなではないんですけど」
そこにいる凛としていてまるでこの世の美しいものを集めたような声の持ち主は今日、遅刻ギリギリだった優等生の佐藤百花だった。
「佐藤、よかった。ごめん。佐藤は大丈夫なのか、それより何があったんだ」
「急にみんなこんな風になっちゃったわね、先生まで」
案外佐藤は落ち着いているようだった。僕は強がってはいるが佐藤の存在はとても頼もしかった。
「大丈夫だったのは僕と佐藤だけか。周りの状況が知りたいな」
「じゃあ、私が見てこようか?」
「いや、僕が行ってくるよ。佐藤は警察と救急車を呼んでおいてくれ」
僕は自分の教室を後にし、一つ一つの教室を順番に回っていった。
学校は沈黙に包まれ、先ほどまでの賑わいはどこかへ行ってしまい、ひっそりとしていた。どの教室も一つ残らず音が消えてしまっていて、数分前まで普通に動き、しゃべっていたであろう生徒と教師は虚ろな目をし、立ち尽くしている。その目には生気と言うものが一切感じられず死人の様だった。もちろん死人を見たことはないけれど。
ふと一つの疑問が浮かぶ。なぜこの教室の中で自分と佐藤だけが無事なのか。たまたまなのか何らかの条件があって僕と佐藤だけ免れたのか。
「くそ、何が起きてるんだ」
そう言葉をこぼしても帰ってくる言葉は一つもない。
やはりこの学校内で正気なのは僕と佐藤しかいないようだった。
「佐藤、やっぱり他のクラスも全員こんな感じだった。警察と消防は?」
「そのことだけど大事な話があるの」
佐藤がそう言ったのとほぼ同時に教室にいるみんなが一斉に校庭にむかって歩き出した。
「佐藤、みんなが歩き出したぞ」
「大丈夫。それより大事な話」
「大事な話……?」
「単刀直入に聞くわ。あなた、昨夜に日中みたいに明るくなったのを見た?」
「夜に日中みたいに? そんなの見たわけ……」
そんな馬鹿なことがあるかと昨日の記憶を探ってみた。あった。夜なのに光がすべてを飲み込み時間すら超越したような光景。しかしあれは寝ぼけて見た夢だとばかり思っていた。
「いや、見た。すっかり忘れてた。あれは夢じゃないのか?」
「ええ、夢じゃないわ。それともう一つ。半透明の花びらは持ってる?」
「半透明の花びら?」
今度こそは正真正銘知らない。そもそも僕は植物には詳しくない。家にだって昔からある鬼百合しかない。
「ちょっと鞄とかも見てみてよ」
僕は何が何やらわからないまま佐藤の言う通りに鞄の中身を調べてみた。するとそこには半透明の三枚の鬼百合の花弁が入っていた。
その花弁を認めた瞬間、厳しい冬を乗り越え暖かい春になり、蕾が花開くかのように明らかに体に異変が起きた。
「な、なんだこれ……」
「待って! 触らないで。今はまだ」
僕が鞄から花弁を取り出そうとすると佐藤がそれを止めた。どうしてかはまるでわからないが佐藤に従っておいた方がいいことだけはわかる。僕は慌てて鞄から手を引いた。
「わ、わかった」
「ほんとはそれが何が起きてるかを説明してくれるはずなんだけど、今は時間がないから簡単に説明するわね」
「説明ってこの状況のか?」
「まぁ、そんなところね。落ち着いて聞いて。まずこれから急に新宿に咲いた大きな半透明の花──ポテンティアを争って戦いが始まる、いや始まってるわ。そして戦うのは十人の子供達、フロース。それが私達。私達はそれぞれ一種類の花弁を持ってる。その花の花言葉にちなんだ能力が与えられる。それに加え、花の色に近いものを花弁の数だけ操ることができる。これは何でもいいわけではなくて例えば赤い花を持ってるフロースなら炎を操れるみたいに決まってる。それでこうやって学校のみんなをこんな風にしたのは外にいるフロースの仕業ってわけ。わかった?」
「ま、待ってくれ。そんな説明じゃ何もわからない」
「いいから。わかるしかないの。わからなかったらみんなを操ってるフロースに殺されるわよ」
「な、こ、殺される?」
普段は使わないような単語が続出し、完全に混乱していた。
いっそこんなの嘘だと笑い飛ばせたらまだよかったのだがこんな状況に陥っている以上、事実なのだろう。高校のみんなが操られているのも僕と佐藤だけが操られていないのも、それに朝からの違和感もこのせいなのかもしれない。
「この体の違和感もこの戦いのせいなのか?」
「ええ、そうよ。フロース同士は互いに引き付けあうの。きっと私や外にいるフロースがいるからでしょうね。この戦いは最後の一人になるまで続くらしいの。だから……殺される覚悟と殺す覚悟をしなさい。私も一緒に戦ってあげるから」
「殺される覚悟と殺す覚悟……」
佐藤は僕の答えを期待するように黙って僕を見つめている。が、そんな覚悟できるはずがない。小学校の教室でふざけている男子からその単語を聞くことはあったがそれとは明らかに意味が違っている。
「ぼ、僕は殺されたくないし、誰かを殺したくもない!」
「そう、じゃああなたは操られてるみんなに殺されるでしょうね」
「だから死にたくないって……」
「殺さなきゃ死ぬ。殺したら生きる。それだけよ」
「なんでだよ。殺さなきゃ死ぬなんておかしいだろ」
「だーかーら、そんなの私に言われてもわかんないわよ! この戦いが始まったせいなんだから」
よく見ると佐藤の目がすこし潤んでいた。僕は今更、佐藤も怖がっていたことに気づいた。僕は自分のことしか考えていなかった。
だんだんと腹が立ってきた。
どうして僕と佐藤はこんな戦いに巻き込まれているのか。なぜ何もしなかったら殺されなくちゃいけないのか。
選ばなければならない。
こんなバカげた戦いに巻き込まれて死ぬか。抗って生きるか。
「戦うしかないのか──」
「ええ、そうよ」
抗わなければならない。この戦いに。この理不尽に。運命に。
僕は静かに、しかし確かに強く決心した。
「わかった。戦う。だけど……殺すのはできない」
戦う。それはこの戦いと言う理不尽に反抗するだけであって、人を殺すことではない。外にいるフロースみたいに高校のみんなを利用しようとするやつは許せないが殺せばいいわけではない。
「まだ言ってるのあんた。そんな甘いこと言ってるとほんとに殺されるんだからね」
「ああ、そうかもしれない。だけど殺すことだけはしないって父さんに誓ったんだ……」
「──まぁ、いいけどさ。だけどあなたが殺されそうになっても助けないからね」
佐藤はため息をつきながらも了承してくれた。なんだかんだ言いつつも佐藤は甘いのかもしれない。
「ああ、わかってる。佐藤、ありがとう」
「う、うるさいわね。せいぜい死なないようにしなさいよ」
佐藤はプイッと顔を背けてしまった。これがツンデレというやつか。まさか現実にいるとは思わなかった。
「それで自分の能力はわかった?」
佐藤の言うこの戦いのことはまだよくわからないが能力に関しては自然と頭に流れ込んできた。この戦いにおいて能力がばれるのは大きなハンデになりえるが佐藤に隠す必要もないだろう。
「ああ、僕の花は鬼百合で、能力は『賢者』だ。花弁の数は三枚で操れるのは土だ」
「あなたねぇ、聞いたのは私だけどフロースがそう簡単に能力と花弁の力を……」
「大丈夫だ。佐藤は僕を裏切らないだろ? それで『賢者』っていうのは想像通りで簡単に言えば頭
がよくなるってところだ。厳密に言うとちょっと違うけど」
「まぁ、あなたの能力を聞いておいて私が言わないのはフェアじゃないか。私の能力は『夢』で文字通り人に夢を見させることができる。花弁は四枚で触れている人の心臓を止めることができる」
素直に佐藤が僕を信じて能力を教えてくれたことが嬉しかった。でもここからは頭を切り替えなければいけない。
ここから生き延びること。高校のみんなを助けること。
「じゃあ、これからの話をしましょう。まずだいぶ遠回りしちゃったけど私が警察を呼ばなかった理由は校庭の真ん中に男がいるでしょう? あれが間違いなく皆を操ってるフロースよ。もしここに警察を呼んでその人たちまで操られちゃそれこそ手が打てない」
佐藤が指さす方には黒っぽい服に身を包んでいる男が立っていて、その前に生徒と教師が整列している。
と、彼と目があった気がした。特に何をされたわけでもないがただ目があったというだけで僕は寒気を覚えた。急いで男から視線を外す。
「佐藤の能力をあのフロースにかけることはできないのか?」
「ええ、私の能力をかけるにはだいたい十メートルくらい近づかなきゃいけない。それに相手がフロースの場合、もとの花弁の数が相手の花弁の数より多くなくちゃかけられないみたい」
「十メートル以内で一般人なら無制限か?」
「そうね。もちろん制限はあるけど私の半径十メートルに入るくらいの人数ならいけるわ」
「なるほどな……」
彼と戦うのは得策ではないと思えた。みんなは操られているようだったからおそらくみんなを使役して戦うのだろう。あの数を僕と佐藤だけで相手するのは不可能に近いのに加え、僕の能力も彼も不鮮明なところが多い。
「佐藤、僕はあまり戦える能力じゃないし、佐藤もみんなに夢を見させることはできない。そうなると操られてる人の大半と外のフロースを相手に戦わなくちゃいけない。だから佐藤の能力でみんなをできるだけ解放してから逃げようと思う。どうだ?」
「そうね。仕方ないわね」
案外すんなり佐藤が受け入れてくれたのは意外だった。
この高校には門が二つしかない。一つは校庭側、もう一つは校舎の裏の方にある。校庭側を基本的に使用するからもう一つはいつも南京錠で鍵がかけられていて高さは二メートルほどある。
「佐藤、正門じゃなくて裏門から逃げるぞ。多分あっちは鍵がかかってるから僕が時間を稼ぐからその間に佐藤は門を上ってくれ」
「いや、栄君から上るべきよ。私は大丈夫だから」
「そ、そうか?」
佐藤には佐藤なりの考えがあるのだろう。なぜか右手を握ったり開いたりしている。
「よし、じゃあ、裏門まで走るぞ」
四階から階段を下って校舎から出た。校庭の真ん中にはフロースと思わしき青年と高校のみんながいる。そこからぐるっと回って校舎の裏側に行かなければいけない。
しかし彼の前に整列していたのが全員ではなかった。
「栄君、前!」
道をふさぐように十人ほど操られている人がいた。後ろからは大きな足音が迫っている。
「佐藤、ちょっと待っててくれ。今からどかす」
しかし佐藤は僕の声を待たずに前の道をふさいでいる人たちに突っ込み、男子生徒を蹴り飛ばし、女子生徒は怪我しない程度に投げ飛ばしてしまった。前をふさいでいた人たちはあっという間にいなくなった。
「栄君、行くわよ!」
「あ、ああ」
武道を習っていたのだろうか。力が強いであろう男子生徒にも女子生徒にもけがが最小限になるようにうまく対応していた。
僕たちは再び、裏門に向かって走り出す。
「栄君、早く上って!」
僕は門を上まで上って手を伸ばした。
「佐藤、来い!」
「ありがと!」
佐藤が最後に男子生徒を投げ飛ばしてからジャンプして僕の手をつかむ。僕はそれを力いっぱい引
き上げ、二人で門を乗り越えた。
どうやら操られている人たちは高校からは出られないようだった。あのフロースから離れられないのか、この高校から離れられないのか。
最後に佐藤が門越しに『夢』でできるだけ多くを眠らせてから僕たちは高校から離れた。謎は残りつつも僕と佐藤は高校から逃げ出すことに成功した。
家に着き、緊張の糸が緩む。
綺麗とも汚いとも言えないような一室。十六年共に過ごしただけあってなかなかに安心できる。
「佐藤、体調とか大丈夫か」
「ええ、能力はしばらく使えないけれど、大丈夫よ」
能力を使った直後はかなり顔色が悪かったが今はそれなりに戻ってきていた。
「そうか、よかった。僕は花弁に触ってみる。終わるまでゆっくり休んでてくれ」
「ええ、行ってらっしゃい。あまり、いいものではないから気を付けることね」
佐藤に労いの言葉をかけてもらってから、僕は恐る恐る鞄の中にある半透明の鬼百合の花びらに触れた。
「初めまして。漸く僕を認知してくれたね。それじゃあ、さっそく説明しよう!」
完全な闇の中、想像していた厳つそうな声とはかけ離れた幼い子供の様な声が聞こえてきた。
「まず、これから戦争が始まるよ。選ばれた十人にはそれぞれ半透明の花びらが配られる。彼らはフロースと呼ばれる。つまり君たちだね。そしてフロースにはそれぞれ配られた花弁の花の花言葉にちなんだ能力と花弁を一つ消費すれば花の色に近い決まったものを操ることができる。これは所謂、必殺技みたいなものだね。この必殺技は花弁の数だけ使うことができる。花弁を全部使いきったらフロースから脱落する。通常の能力の優先度は花弁の枚数で決まるよ。じゃあ、ルール説明に入るね。この戦いは新宿にある半透明な花──ポテンティアをフロースの誰かが手に入れるまで続く。ポテンティアを手に入れるには最後のフロースになる必要がある。ざっとこんな感じかな。質問はあるかい?」
「じゃあ、遠慮なく質問させてもらう。最後のフロースになる必要があるって言ったが、殺さなきゃいけないのか」
「さっきも言ったけど、花弁を使い切らせればフロースではなくなるから殺さなきゃいけないというのは間違いだね。もっとも、そんなことするよりも殺した方が何倍も楽だけどね♪」
「そういう問題じゃないんだよ。わかった。もういい」
「あ、一つ言い忘れてた。ポテンティアはエネルギーの塊なんだよ!」
「エネルギー? なんでここでエネルギーなんて言葉が出てくるんだ?」
「なんでって、あの新宿の花は要はエネルギーの塊だもん」
「エネルギーの塊? そうか。エネルギーの塊だからそれを欲して戦うってわけか」
「そういうこと! ついでにフロースはみんなこの世界に不満がある人間が選ばれてるよ。つまりそれを手に入れればこの世の中を変えるなんて簡単なんだよ。そしてフロース同士は世界が勝手にめぐり合わせてくれるよ」
「この世を変えるほどのエネルギーねぇ。どうにも怪しいがさっき操られてた人がいるってことは本当なんだろうな。それと世界が勝手にめぐり合わせるってのはどういうことだ?」
「それは言葉の通り、世界が勝手にめぐり合わせるんだ。どこにいるとか関係なくいずれ会う運命にあるということ」
「なるほどな、つまり戦いからは逃げられないということか」
「呑み込みが早くて助かるよ」
「助かった。また何かあったら来るかもしれんがその時は頼む」
「はーい♪ 気を付けて」
完全な闇の中に光が差し込み、意識が戻ってくる。見慣れた天井が目に入り体を起こすと鈴のような佐藤の声が聴こえた。
「あ、栄君、起きた? おはよう。ってまだ全然朝じゃないけど」
窓から見える景色は家に着いた頃とあまり変わってないようだ。
僕は家の電気をつけてから改めて佐藤の向かいに座った。
「ああ、おはよう。どのくらい僕眠ってた?」
「五分くらいね。私のときはもっと長かったけど栄君はある程度私から聞いてたから短かったのかもね。それでこれからどうする?」
不思議な感じだった。あの直接脳に語り掛けるようなものも、きっと特別なエネルギ―という説明で片付けられてしまうのだろう。感覚としては夢だとわかってる夢が一番近いだろうか。
「ああ、まずは佐藤の家まで送るよ」
「お、送るって、学校のことはどうするのよ!?」
間髪入れずに佐藤の反論が飛んできた。
意外だった。高校では逃げるときにすんなりと認めてくれたから今回も認めてくれるかと思っていた。
だがここを譲るわけにもいかない。佐藤を再び高校に連れて行くのは危険でしかない。
「学校のことは僕に任せてくれ。佐藤は今日はもう能力を使えないだろ。そんな状態で危ないところには連れていけない」
「じゃあ、あなた一人で行くつもり?」
「ああ、学校のみんなは僕が何とかする」
「でも、あなたの能力じゃ、あんまり戦えないって……」
「ああ、確かに僕の能力は戦いには向いてない。だけど学校のみんなを放っておくわけにはいかない」
「な、あんたねぇ、どの立場で私の心配なんてしてるのよ!私はもう戦うって決めたの。決めたからには危ないとか言ってられないの」
「ああ、もちろん佐藤が戦えるのなら止めるなんてことはしない。だけど今の佐藤は戦えない。それで行くなんて死にに行くようなものだ」
「そ、それは……」
「ほら、言い返せないだろ。おとなしく家で休んでてくれ」
佐藤が僕を心配してくれるのは嬉しい。だからこそ佐藤を高校に連れて行ってはいけないと思った。
佐藤はすごい剣幕で僕を睨んだあとしぶしぶ承諾してくれた。
佐藤の家までは歩いて十五分くらいだった。
その間、会話は一つもなかった。理由としては佐藤の機嫌が悪いからである。気まずいと思いつつもその状況を打破するほどの力を僕は持ち合わせていない。
話しかけられることはもちろんなく、話しかける勇気もないのでただ歩幅を合わせて歩くことしかできなかった。
「じゃあ、お大事にな」
「終わったらすぐに連絡して。遅かったら私、学校に行くから」
「ああ、行ってくる」
怖くないと言ったら嘘になる。おそらく、あのフロースは容赦なく僕を殺しに来るだろう。
いくら関わりが薄い人間だとしても、日常の中のひとかけらに変わりはない。そんな人間が殺されそうになっているのを見過ごせるほど自分は残念な人間じゃない。もちろん、力がなかったら逃げだしていたかもしれないがそんなことは関係ない。状況は高校のみんなが人殺しに操られていて僕はそれを解放できるかもしれない力を持っている。そんな状況でどう行動するかを選ぶしかないのだから。
僕は一度、深呼吸をしてから佐藤の心配そうな視線を背中に受け、再び高校へと向かった。