再戦
真っ白な雪が降るなか、明人はあのときと同じように紫のフロース─―恐竜に命令した。恐竜が唸り声をあげ、唾を垂らしながら僕に向かって走るのと同時に明人が服のポケットから僕と同じように拳銃を取り出し、慣れた手つきで回している。恐竜は図体が大聞く、拳銃なんてものは効かないだろう。
手始めに僕は拳銃を構え、明人の顔面目掛けて撃つ。が、弾丸は一歩も動かない明人の顔面に当たる直前に恐竜の尻尾によって阻まれた。
「やっぱり恐竜には効かないか」
明人に銃弾を当てるには恐竜を引きはがすか倒さなければならない。
恐竜の動きはそれなりに早いが、かなり単純でまっすぐに僕のことを追いかけて噛み千切ろうとするだけだった。今度は恐竜をおびき寄せ、躱してから撃った。
恐竜は僕の背後にいて、尻尾では確実に弾丸を弾けない。今度こそと思ったが弾丸は恐竜の口から出た何かによって爆発した。そのまま、恐竜は弾丸を防いだ何か僕に向かって飛ばしてきた。僕と恐竜の距離は数メートルしかなかったが、たとえ不意を突いたとしても『賢者』を発動している僕に当たるはずもなく、校庭にある木に当たり、数秒で根元を溶かした。根本が溶けた木は大きな音と土煙を立てて倒れた。
「なるほど。熱濃硫酸か。操ってる状態でも花弁は使えるのか」
恐竜なのに加え毒を吐いてくる。しかも毒を吐くが嫌味を言う方ではなく実際に飛ばしてくるのがさらにタチが悪い。
やはり明人を倒すにはまず恐竜をどうにかしなければならない。何も恐竜を倒さなくてもいい。動けなくするだけなら方法はある。
花弁を使えば恐竜は何とかできるが、明人に攻撃を見切られる状況では得策ではない。。
「とりあえずは、様子を見てあいつに攻撃を当てられるようになってからだな」
高校で明人は僕の攻撃を二回目で見切った。僕は明人の動く先を予測し、避ける先を攻撃するが、明人は直前まで予測した通りに動くが、直前でむりやり避け方を変えている。僕が攻撃を当てるには予測を避けられるその先を視なければいけない。
「なんだ。考えてみれば簡単じゃないか。先の先を予測するだけなんて」
僕は、その『先の先を予測するだけ』が難しいことをわかっているが、口だけでもと強がってから、拳銃をしまい、竹刀を構えて明人へと走る。
「操り人形とはいえ仮にもフロースのあいつを無視するとはなぁ!」
明人の声と同時に、後ろから毒が飛んでくる気配を感じる。僕はそれを頭を右に少しだけ傾けて躱す。行き場を失った毒はそのまま明人に向かうが、彼も僕と同じように必要最低限の動きで躱した。
竹刀を振りかぶりながら、未来を予測する。僕の目には本来の明人とそこから先の動きを示す影のようなものが映る。いつもならその影を目掛けて攻撃をするが、今はその影がさらに避ける先を予測しなければならない。むりやり、その先を予測しようとすると、いつも見ている影よりさらに薄い影がいくつか見えるようになってしまう。僕はいくつかある薄い影の中の一つに向かって竹刀を振り切る。しかし僕の竹刀は空を切った。
「くそ、まだ慣れてないせいで精度が低いか」
「なるほどな。先の先か。それができるようになるのはいつだろうな!」
竹刀を空振りした隙に僕の鼻先に銃口が突き付けられ、耳を劈くような音と共に銃口が火を噴く。僕は全速力で体を捻り、弾丸とさらに左から迫る明人の右足を地面を転がって躱す。
体は燃えるように熱く、喉を通る空気だけが冷たい。先の先を視ようとしたせいか鋭い頭痛が走り、思わず顔がゆがんだ。
「頭の使いすぎで頭が痛むか。当たり前だ。ラプラスの悪魔はいないからこそ悪魔んだからな。ほら、早くしないとドロドロに溶けるぞ」
明人は恐竜の毒を避けながら距離をとろうとする僕を狙って次々と引き金を引く。
僕は三発の弾丸それぞれの初速度、回転数、空気抵抗、質量、重力加速度などから軌道と速さを瞬時に割り出す。それらをしゃがんで躱すと、弾丸はしゃがむ前の頭と心臓の位置を的確に通っていった。
「くそ、やっぱり避けることはできても当たらねぇか」
舌打ちしつつ、慣れた手つきでリロードをする明人。その手際の良さは彼が今までどれだけ銃を使ってきたかを僕に見せつけているようだった。
「お前の能力は銃弾が飛ぶ位置がわかっても避けられなければ意味がないよな。それに時間か回数か、限度があるだろう?」
僕はぎりと歯ぎしりをした。
『賢者』の能力は最初に比べて、慣れたことによって発動できる時間は伸びた。しかし、それでも限度があることに変わりはなく、無理をすればそれだけ正常に発動できる時間は減ってしまう。
「紫のフロースが先か」
「お前にあれが倒せるのか?」
「倒すしかないんだよ」
そう吐き捨てるように言ってから、僕は恐竜をおびき寄せるように銃を撃ちながら走った。
「あいつ自身の毒が効けば楽なんだが落ちた毒もそのまま踏んでるし、だめだろうな。他に何か倒せそうなものは……」
周りを見回すが周りには十メートル弱の木と倉庫くらいしかない。
「倉庫に閉じ込めても毒で溶かされて出てくるから……木しかないか」
絶えず飛んでくる銃弾を一発一発計算し、避けながら恐竜を校庭の周りに植えられている木々の所へ誘導する。
恐竜は毒をまき散らしながら、誘導されるがままに木の前にいる僕に向かって毒を吐く。
当然のように躱された毒はそのまま僕の後ろにある木に当たり、シューと音を立てながら木の根元を溶かした。
「あんたに恨みはないが邪魔だ」
根本が溶けた木は僕の狙い通り恐竜を巻き込み、土煙を上げながら倒れた。枝が折れる音と恐竜の耳障りな咆哮が校庭に響き渡る。
「やっと一対一だな」
「……」
明人に僕の言葉など聞こえていない。ただ頭を掻きむしりながら校門の方を睨みつけている。
「なんでお前がここにいるんだよ……」
明人が見ている方は僕からは見えないが、誰かがいることはわかる。
明人の息がだんだんと荒くなり、頭を掻きむしっている手も早くなっていく。
「めちゃめちゃに、ぐちゃぐちゃに、ぼこぼこに、ごみみたいに、カスみたいに、くそみたいに、残酷に、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
さっきまでの冷静で挑発的な久遠明人はもうそこにはいなかった。そこに突如現れたのは狂人だった。
久遠明人の皮を被った狂人は頭を掻きむしるのをやめたかと思うと、突然よろめいた。倒れそうなほど体が斜めになると、右足で踏ん張りバランスを保つ。狂人の再び上げた顔の目は虚ろで焦点が合っていなかった。
「お前……もしかして自分の能力を自分にかけたのか?」
「……」
反応はない。しゃべることができないのか、そもそも僕の声が聞こえないのか。
いつの間にか、校門にいた誰かはいなくなっていて、風もなく、とても静かだ。空は雪を降らせる雲に覆われ、地面にはうっすらと雪が積もっている。まるでこの廃校だけが白い世界に切り出されたようだった。
狂人が腕を高く掲げた。その手には白い花弁が握られている。
瞬間、僕は背筋に冷たいものが走るのを覚えた。その理由は単に嫌な予感がするからだけではない。明人が花弁を発動した途端に明らかに回りの温度が下がった。
鳥肌がたち、熱が体の中心へと集まる感覚と同時に手足の感覚が鈍る。
――以前、高校で明人は花弁の力が弱くて使わないと言っていた。それがもしあのときの状況が悪くて使えなかったとしたら。あの夜と今の状況の違い、明人の花弁の色、気温が下がった原因。これらに当てはまるのはこの場において一つしかない。
「雪か!」
甘かった。明人の発言で花弁は使い物にならないものとばかり信じ込んでいた。
急いで雪のない足場を探したが、この広い校庭にもそんな足場はなかった。
「くそっ!」
次の瞬間、僕の足元の雪が爆発した。
体が宙を舞い、上下左右がわからなくなる。飛びかける意識を何とか捕まえ、状況を整理する。
明人の花弁の力で僕は打ち上げられている。高さは大体十メートル。爆発した瞬間、少し下がったおかげで直撃は免れがれたものの、このまま落ちたらひとたまりもない。それに明人の雪もどうにかしなければならない。
「使うしかないな──花弁よ、汝の力、我に授けよ」
僕は花弁を発動し、土を操って雪のない足場を作り、そこに着地する。
鼓動が加速し、それに伴い脳の痛みも加速する。
「|Sanctus gladio《サンクトゥス、グラーディオ》」
銀色の校庭を白光が上から塗りつぶす。その光が急速に僕の手の中に収束し、聖剣が出来上がった。
「ここからが本当の戦いってわけか」
地面を埋め尽くしていたはずの雪はすべて狂人の周りを囲うように回っている。さっきまではただの雪だった狂人の周りの雪も今では瑞樹の水のように性質は変わってしまっているだろう。
僕と狂人の視線がぶつかると、狂人は痺れを切らしたように雪を操り、動く雪像を二体作り出した。
「そんなこともできんのかよ」
僕も土で動く像を作ってみようとしたが、できたのは土のただの人形だった。
「作れないか……ただ聖剣があっても土を発生させることはできるのか」
明人の花弁は六枚あった。瑞樹が花弁は重ねて使うこともできると言っていたことを思い出す。
二体の雪像と共に狂人は雪玉を作り出し、僕目掛けて飛ばした。
僕は狂人の雪玉を飛ばそうとする動きを確認してから、雪玉の速さ、軌道を計算して避けようとしていた。
しかし理由があるわけでもなく、ただなんとなく首を傾けると、目にも留まらぬ速さで雪玉が頬をかすった。
「……は?」
思わず声が漏れてしまう。
僕の頬をかすめた雪は、瑞樹の水のように当たったものを吹き飛ばすようなことはなく、ただの雪に戻って狂人の下に戻った。
僕は銃弾のスピードでも解析して避けることができる。しかし今は予測することができず、ただ直感でたまたま躱せたようなものだった。つまり拳銃以上のスピードで予測ができない雪玉と二体の雪像を相手にしなければならない。
「雪玉と雪像は剣でどうにかするとして、狂人になったことで攻撃が当たればいいんだが。まずは近づかなきゃか」
少しずつ増していく頭痛を頭の隅に追いやり、狂人が雪玉を飛ばそうとする動きを見てから、剣を振り、異次元の速さの雪玉を消し飛ばす。が、そのひと振りですべての雪玉を消すことはできなかった。
消しきれなかった雪玉を今度は片手を地面に当て、土の壁を作り出すが、それすら破壊して雪玉は僕を襲う。
土の壁でできた一瞬で僕は自らの体を土で五メートルほど左へ吹っ飛ばし、何とか雪玉を避けきる。
「毎回こんなことしてたらどうしようもないな……」
狂人は再び雪を周りに浮遊させ、僕に向かって飛ばそうとしている──かと思ったが、狂人の周りには雪は浮遊していなかった。
「ただの雪? だから瑞樹のときと違って、外した後に地面に落ちるだけだったのか?」
狂人の周りの雪はまるで再び僕を襲おうと小さく揺れている。その時間を稼ぐように佇んでいた二体の雪像が動き出す。
「もう一回打つには時間がかかるってことか」
片方は大きな槍を、もう片方は大きな斧を持った三メートル超の雪像。それらが大きな足音を立てて迫ってくる。
「今しかないな……」
冷たい空気を肺に送り込んでから、剣を片手に二体の雪像に向かって駆ける。
伸びてくる槍を躱し、すれ違いざまに胴を真っ二つに切る。続けて上から振り下ろされる斧諸共もう一体を切り裂く。二体の雪像はそのまま、あっけなくただの雪に戻って崩れ落ちた。
そのまま狂人に近づき、剣を振りかぶった。狂人は避けるそぶりすら見せずに、棒立ちしている。
剣を明人の頭に振り下ろすことに躊躇しなかったわけではない。緑のフロースを殺したときは考えることすらせずに衝動的に、気づいたら殺していたから。それでも自分が久遠明人という狂ってしまった一人の人間を殺さなければいけないことはわかっていて、剣を力一杯、狂人目掛けて振り下ろした。
剣と狂人の頭の距離が小さくなっていき、遂に白い聖剣が狂人の頭をたたくと思われた瞬間、目の前から狂人が消えていた。
僕の剣は対象を外し、地面をたたいた。
人間が突然消滅することはない。もしかしたら花弁やらのエネルギーを用いたら、可能なのかもしれないが、それだったら最初から使っているはず。剣が当たる瞬間に消えたとしたら、それは避けられたということ。
「避けられ……ぐはっ!」
どこからか現れた狂人の拳が僕の鳩尾を抉った。
息がうまく吸えない。脳に酸素が回らないせいで思考が鈍る。
蹲る僕を狂人は蹴り飛ばした。明人の体格からはあり得ない強さの蹴りで僕はだらしなく地面を転がった。
ゆっくりと僕の方へと歩いてくる狂人。いつの間にか狂人の後ろには二体の雪像と紫のフロースが変身した虎がいる。
僕は剣を杖のようにして何とか立ち上がろうとしたが、体を支えていた剣が消滅したことによって再び倒れた。
「なん……で?」
僕は必死に酸素を求める肺を落ち着けながら、再び立ち上がろうとするが、唯一の希望である聖剣が消えてしまったことによって、もう体に力が入らなくなってしまっていた。
「動け! 動け! 動いてくれ! 動いてくれ……」
僕の声は虚しく、雪が深々と降る校庭に響き渡った。
僕の叫びを聞いたからか、この状況が楽しくてか狂人のピクリとも動かなかった顔が笑ったように見えた。
二体の雪像と虎が僕を屠ろうと近づいてくる。雪像は槍と斧を構え、虎は今にもとびかかろうとしている。
死ぬ前には走馬灯が見えると言うが僕にはそんな余裕はなかった。ただ、必死に酸素の足りない脳
で生きる可能性を模索するが、そのたびに可能性が減っていく。
とうとう槍と斧と牙が一斉に僕を襲う。僕は必死に体を動かそうとするが、数センチ顔を後ろに引くことしかできない──
「ブバルディアの花弁よ、汝の力、今こそ我に授けよ」
──しかし僕が生み出したその一秒もない時間で雪像は粉々に砕け、虎は悶えながらその場に倒れた。
「ごめん! 遅くなっちゃって。大丈夫?」
僕を守るように立っているのは佐藤だった。
「さ、佐藤? どうやって……」
「まぁ、彼と一緒だね。自分に能力をかけたの。剣のこととかもう少し話したいけど……」
「ダレダオマエ……コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
「そんな余裕はなさそうね。待ってて──今度は、私が守る番だから」
「佐藤、待て。そいつめっちゃ速……い……?」
目の前にいたはずの二人が消える。否、消えたと錯覚するほどの速さで戦闘を開始した。
僕の目には二人の姿は映らず、荒れ狂う雪しか見えない。雪像ができては砕け、僕を襲った大量の雪玉が盛大に放たれる。それでも佐藤の動きは止まらない。
佐藤のおかげで僕は漸く呼吸が落ち着き、頭が回り始める。佐藤が戦っているからか、狂人のスピードは落ちていて、僕でも『賢者』で予測すれば追えなくはないほどになっていた。
「早く、一緒に戦わないと。体は……何とか動くか。あとは剣か……」
花弁の時間制限なのか消えてしまった白い聖剣。僕のポケットにはまだ一枚だけ花弁が残っている。
「渋ってる場合じゃないよな。ってあれ?」
なぜか僕の手には色が違うことを除くと、僕の剣と全く同じものが握られていた。
「黒い剣。どうして……いや、今はそんなことはどうでもいい。戦わなくちゃ」
その剣は色が黒というだけでひどく禍々しく感じた。
「佐藤、僕も戦う」
「やっといつもの栄君に戻ったわね。その剣の話とかは終わってからしましょ」
そう言って、佐藤は再び狂人との超速の戦いを始める。僕は狂人と佐藤の動きはわかるが、体がそれに追いつけない。
「それなら、何手でも先を読むしかないだろ!」
僕は本日二度目の『賢者』を発動する。
「痛っ! こんなの今更気にしていられるか!」
僕は今まで感じたことのない強烈な頭痛で頭を押さえるが、すぐにそれを頭の隅に追いやる。
僕は黒い剣を手に、二人の戦いの中に飛び込んだ。
佐藤の攻撃を避ける狂人の筋肉の微弱な予備動作から次の行動を予測し続ける。
どうやら佐藤も狂人もずっと超速度で動けるわけではなく、距離か、あるいは時間かで止まるときがある。そこを狙うしかない。しかし、狂人の動きは自己暗示に順応しているのか段々と動きの切れが増している。時間をかければかけるほど勝機は薄くなってしまう。
「佐藤! 雪像は任せていいか?」
「ええ、わかったわ。あいつは?」
「そのまま攻撃してくれ。僕が先を視て、狂人は、いや、久遠明人は僕が──殺すよ」
「そっか。じゃあ……頼むわ」
そう言って佐藤は次々作り出される雪像を片っ端から壊しながら、狂人へと殴りかかる。
──覚悟を決めなきゃ。さっきみたいな躊躇をしていたら、死ぬのは久遠明人じゃなくて、今度こそ僕になる。
四年前に父さんを殺そうとしたときとは別の殺意が湧いてくる。憎しみからではない純粋な殺意が沸々と湧いてくる感覚。
佐藤が狂人へ攻撃し、それを躱した先をさらに佐藤が追う。そしてそれを避けた先を僕が狙う。そこから狂人が僕の剣を避ける先を視ようとしても、まだ薄い影みたいなものがいくつか見えてしまう。その中の一つを狙って剣を振るが当たることはない。その剣を避けた狂人を佐藤が追う。
「くそ! もっと、もっとだ。もっと集中しろ。頭なんか気にするな。絶対に避けられない箇所があるはずだ」
「アアァぁアアああぁぁぁぁ!」
狂人が唸り声をあげながら、雪玉を生成し、僕と佐藤目掛けて飛ばした。佐藤はそれを一瞬で悟って躱し、僕は正面から黒い剣を振り、さっきの何倍もある雪玉のすべてを消し飛ばした。
「白い剣でも全部は無理だったのに、あの量を一回で……」
僕の作り出した白い剣となぜか僕の手の中にあった黒い剣はおそらくエネルギーの量が違うのだろう。一振りの威力が断然違う。
雪玉を放って生じた狂人の隙を見逃さずに佐藤の膝蹴りが入り、狂人が吹っ飛ぶが、狂人はすぐに体制を立て直し、佐藤の追撃を受け流しながら、どんどんとスピードを上げていく。
僕は棒になりかけている足を懸命に動かし、狂人が避ける先へ駆ける。佐藤の膝蹴りで鼻血を垂らした狂人が僕の読み通りに移動してきた。
先を視る。狂人の体から薄い靄みたいなものが出てくる。その靄を切れば僕の剣は対象に当たるはず。しかしこの狂人──久遠明人には通用しない。明人に当てるにはここからもう一つ先を読まなければならない。それは薄い靄から出るいくつものさらに薄い靄を切ることを意味する。
不意に無視し続けていた頭痛がスッと消えた気がした。それと同時に僕の目には狂人の動く先が一つに絞られた。その靄は実体の狂人と変わらないほどの濃さだった。
「ごめん、四年前に僕にもっと勇気があったらお前もこうはならなくて済んだもかもしれない」
そう言って、黒い剣を全力で振り下ろす。漆黒の剣からは黒い光が発生し、狂人──久遠明人を飲み込んだ。
少しずつ黒い光が粒子になり、消えていく。完全に黒い光が消えた後、久遠明人は雪諸共、消滅していた。
東の空はすでに暗くなり始めていた。