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ディーレクトゥス  作者: えのきだけ
10/17

 僕はたっぷり十二時間以上眠ってから起きた。すぐ横には佐藤がまだ眠っている。佐藤の寝顔を見て、僕は佐藤だけは誰を殺しても守らなくてはいけないと心に静かに誓った。それがたとえ父さんの教えに背くものだとしても。


 すぐに佐藤もいつもの寝ぼけ眼で起きてきた。


「おはよ、佐藤」


「……ん? 栄君、おはよ」


「ご飯、食べようか」


「そうね。準備するわ」


「今日こそは僕も手伝うよ」


「そう? ありがと」


 リビングに行くと瑞樹がいた。


「おはよぉ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」


「ああ、おはよう。今から朝ごはんを作るから待っててくれ」


「お願いするわぁ。昨日の夜ご飯がなくてお腹ペコペコなのぉ」


 佐藤が食パンにチーズをのせて焼く。それを僕が机に運ぶ。


「いただきます」


 僕たちは日常を噛み締めるようにパンを食べた。


 朝食を食べ終わり食器を洗ったら気まずい沈黙が続いた。瑞樹も空気を読んでいるのかいつものような元気がない。僕は座ったまま辺りを見回し、佐藤は手を固く握って俯いている。

 その沈黙の中、先に口を開いたのは佐藤だった。


「──栄君、逃げない?」


「逃げる?」


「そ、この戦いから逃げない?」


「──ごめん。それはできない。佐藤がこの戦いから逃げるのは別に止めない。むしろ佐藤が安全になるならその方がいいくらいだ。だけど僕は止めることはできない。もちろんポテンティアが欲しいわけじゃない。あれは手に入れたものが望む世界に変えることが本当にできると思う。そんなものを明人のような奴に手に入れさせるわけにはいかない。だから僕は戦う。佐藤は僕が守る。昨日みたいなことがあって説得力はないかもしれないけど。フロースのなかで明人みたいなやつが他にもいるかもしれない」


「で、でも死ぬのが怖くないの?」


「──佐藤、好きだ」


「え……?」


 唐突な告白に凛々しい佐藤の顔がどんどんと赤みを帯びていき、僕は少しうれしく思う。


「な、なに言ってんのよあんた?」


「僕は佐藤が好きだって言ったんだ」


「く、繰り返さなくていいわよ! なんだって急にそんなこと言うのよ!?」


「実はフロースになる前から気にはなっていたんだ。佐藤は僕とは反対にいる人間だから。そしてフロースになって佐藤と出会った。僕が何もわからない状況でいろんなことを教えてくれたり、心配してくれたりした時点で好きになってたのかもしれない。それからこんな状況でも、佐藤の家で食事をしたり話したりすることがすごく楽しいんだ」


 僕は開き直っていた。

 自分の気持ちにはとうに気づいていたが、今言わなきゃいけない気がした。もう今、胸の中にある感情をすべて吐き出そうと思った。


「そ、それはうれしいけど……それならなおさら逃げた方がよくない?」


「僕も逃げられるなら佐藤と一緒に逃げたい。だけど自分が動けば防げる犠牲を防がないという選択はあってはいけないと思うんだ。僕にとって佐藤は一番大事だ。だけど何の罪もない人たちが傷つけられたり殺されたりするのはだめだ。だから戦うしかないんだ」


「──私さ、怖いんだ。もちろん自分が死ぬのも怖いけど、それより自分のせいで栄君が傷つくことが。栄君、一度お腹に穴が開いたんだよ? そんな戦いを続けるって考えたら怖くて……私、動けなくなっちゃうの」


「大丈夫だよ。佐藤を殺そうとするやつは僕が殺すよ。気は進まないけどね」


「でも昨日、あんなに……」


「昨日のことは忘れてくれ。昨日は僕の心が弱すぎた。もう大丈夫。人を何人殺すよりも佐藤を失う方が怖いからさ。そんなことよりこの戦いが終わったら二人で一緒に暮らさないか?」


 僕はただ世間話をするみたいに、変に意識せずにさらりと言い放った。


「ふ、二人で……一緒に……」


「ああ、必ず勝ち残って二人で一緒に暮らそう」


 佐藤は昨日のせいで目が腫れているのに、また泣き出してしまっていた。しかし昨日の涙とは意味が違っている。


「──はい」


 その泣きながら笑っている佐藤の顔は僕が今まで見た顔で一番かわいくて綺麗だった。


「瑞樹もごめんな。昨日も気を遣わせたな。瑞樹のことも必ず守るから安心してくれ」


「私はもとから心配なんてしてないわぁ。だってお兄ちゃんは私に勝ったんだものぉ」


 瑞樹はそれがこの世の摂理かのように言った。


「はは、そうか。強いな。瑞樹は」


「そう? お兄ちゃんとお姉ちゃんのほうがよっぽど強いわぁ」


「ああ、ありがとう」


もう一度佐藤の方へと向き直る。


「佐藤、君のことは僕が守るよ」


「ふふ、ありがと。だけど私もあなたを守らせてもらうわよ」


 そう言って僕の頬に佐藤の唇が触れた。そこを通じて佐藤の熱が伝わってくる。このときほど時間

が止まればいいのにと思ったことはなかった。


「佐藤、急だけど僕の昔の話を聞いてくれないか?」


「? どうしたのよ急に」


「いや、昨日みたいなことがあったから話しておいた方がいいかなって。母さんのことは覚えてないって言ったんだけど思い出したんだ」


 僕はこのとき、自然体を装っていたが、内心では少し怯えていた。思い出した過去を話すことによって佐藤に嫌われるかもしれない。だけどこれは話した方がいい気がした。


「その……できれば驚かないでほしいんだけど……」


「今更何言ってるのよ。大丈夫だから話してみなさい」


 佐藤は心外だという風に頬を膨らませている。それを見ると、佐藤に拒絶されるのを恐れているのが馬鹿らしくなってしまった。


「ありがとう。あれは今から四年前――」

 

 母さんが死んでからのおよそ半年を話すのには、かなりの時間がかかってしまった。途中、僕は無意識に俯いて目を瞑って話していた。

 話し終わり、僕が恐る恐る目を開けると、佐藤は笑顔だった。


「そっか。驚かないっていうのはできなかったけど、別にそれで栄君の印象が変わるなんてことはないから安心して。むしろちょっと安心した。人殺しは……もちろんいいことではないけど、私はそれで助けてもらったからね。私は昨日のことは感謝してるよ?」


「うん。ありがと」


 僕はその言葉に救われつつ、罪悪感が薄れていく自身の愚かさを呪う。


「私はさ、姉と比べられるのが嫌だったんだ。習い事も家事も勉強も全部お姉ちゃんと比べられてた。お姉ちゃんは本当に優秀で私が勝てるものは一つもなかったの。でもお姉ちゃんは私のことを気にしてくれて、いろいろ教えてもらったりもしたけど私には全然できない。私はお姉ちゃんのこと嫌ってなくてむしろ好きだった。比べられるのは嫌だったけど憧れてた。それが余計に劣等感を強くした。両親に怒られ続けて、私が九歳のころに、両親と姉はこの髪飾りと家を残してどこかへ行っちゃった」


 佐藤は髪につけている髪飾りを慈しむように触っていて、穏やかな顔をしている。


「この髪飾りを着けるのは複雑だったんだ。お姉ちゃんが選んでくれたから大切にするけど、やっぱり両親まで思い出しちゃうから。それで両親を見返すために勉強して、家事も完璧にしようとしてた。だけど、栄君を見てたら自分のしてた行動が、いや、行動の理由が馬鹿らしくなっちゃった」


「そんな……」


「ううん。悪い意味じゃないの。私を守るためとか、お母さんの仇とか全力を尽くしてるのを見て、私って自分のために何かしたことってないなぁって思っちゃったの。もちろん、家事も勉強も私のためになる。だけど今までの私にとって、それは副産物みたいなものだったの。あくまで目的は両親に見直してもらうため。だから──私もこれからは自分のために生きようって思えたの。自分のしたいことを、自分のしたいように。この髪飾りを着けるときに両親を思い出すのは変わらないけど、苦しくなくなったんだ、栄君のおかげで。だから、ありがとうって伝えたかった」


「僕が、佐藤を、変えた?」


「ええ、そうよ。私は栄君と会ってから、自分でも驚くくらい変わったわ」


「──そうか。ありがとな。変えさせてくれて」


「何よそれ。変な言い方」


 佐藤のおかげで心がスッと軽くなった。


 僕は瑞樹の能力で過去を思い出した。あれは事実だ。そして父さんが強盗犯を殺したときに使っていた剣と同じものを僕は作り出した。正確には色が真逆だが、形は完全に同じだった。佐藤は気を利かせて剣のことは聞いてこなかったが、明らかにおかしい。


 どうして父さんはあんな剣を持っていて、僕にもそれが作り出せたのだろうか。

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