身売りされた私を買ったのは、魔術師になった幼馴染でした
地方の領主の娘に生まれた私は、十五歳になったその日――売られることになった。
元々財政的に厳しかった領地の事情を考えれば、当然のことだったのかもしれない。
一人の娘を売った程度のお金で賄えるものかと聞かれると、少しの助けにしからないかもしれない。
ただ、私は――少しばかり価値が高いらしい。
体内に秘めた魔力が常人よりも高く、けれど私はそれを扱えない。
故に、《魔術師》の実験材料には持ってこいということだった。
魔術師だけが集う『オークション会場』にて、私は展示された。
多くは『物』などが並べられる中で、『生き物』として展示されているのは私くらいだろうか。
皆、顔を隠しているけれど……私を見る目は他の物を見る目と変わらないのが分かる。
「っ」
ここに来て、私は少し恐怖した。
けれど、どうしようもないことに気付いて、すぐに冷静になった。
「必ず迎えに行くから」、なんていう嘘の言葉を両親から掛けられたことを、思い出す。
家族は、元々私のことを大切になんて思っていなかった。
「――他にいらっしゃらないのであれば、これで落札となります」
「え」
気付いた時には、私は買われていたらしい。……こんなに早く終わるとは思っていなかった。
私はすぐに会場の裏の方へと運ばれ、そこで一人の青年と対面する。
「やあ、少しぶりだね。ルイナ」
「……ユアン?」
そこにいたのは、かつて私の幼馴染であった少年が、青年に成長した姿であった。
***
幼い頃は、屋敷にいる私のところによく遊びに来てくれた。
ユアン・ケルヴィス――少女と見間違うような顔立ちをした彼は、貴族ではないがそう思われても仕方のないような外見をしていて、周囲から浮いていた。
けれど、彼と関わればすぐに分かる――誰よりも優しく、人を思いやれる彼のことは、私もすぐに好きになった。
そんな彼との別れは突然で、魔術師としての才能を見出され、遠方へと修行の旅に出ることになったと、話には聞いた。
別れの言葉をほとんどかわすことなく、ユアンのことをいつしか私も忘れてしまっていた――はずだったのに。
「どうして、急に?」
「ん?」
揺れる馬車の中で、私はユアンに問いかける。
買われてすぐにオークション会場から出ることになり、私は彼が用意した馬車で、彼の自宅へと向かっていた。
「ユアンが魔術師になっていたなんて」
「ははっ、その話は知っていたんじゃないのか?」
「そうだけれど、私のことを買う、なんて」
「それは買うだろう。何せ、僕の友人が売られているのだから。それとも、僕が君を見た上で助けないとでも思ったのかい?」
「だって、もう何年も前――」
「僕は、何年経とうが君のことを忘れたことはないよ」
「っ」
そう言われて、私は思わず視線を逸らす。
突然のことで何も受け止めきれない私に、何てことを言うのだろう。
「ああ、先に言っておくけれど……君を実験道具として買ったわけではもちろんないよ」
「そうだったとしたら、やっぱり幻滅する」
「あはは、だろうね。まあ、あの中にはそういう考えの者も多かっただろうから、競り負けたらどうしようかと思ったよ」
ユアンは笑顔で言うが、正直あまり笑える内容ではなかった。
「ちなみに、いくらで買ったの?」
「なんだ、聞いてなかったのか」
「色々と考え事をしていたから」
「まあ、無理もないね。けれど、それを聞いてどうする?」
「それは、あなたが払ったお金くらいは、いつか返せるようにしようと思って」
「聞いてなかったのなら気にしなくていいと思うけれど」
「気になるから聞いているの。ただ助けられただけだなんて……」
「君らしいね。売られたばかりだというのに」
「……それとこれとは話が別よ。それで、いくらなの?」
「まあ、君の領地が向こう十年くらいは困らない値段かな」
「……? 十年?」
「うん、十年」
さらりと答えるが、領地が十年に渡って困らない値段など、果たして個人で支払えるレベルなのだろうか。
「物凄く直球に答えると、君が普通に一生働いてもまず返すのは無理だね」
「こ、心を読んだ風に言わないで」
「分かりやすい顔していたから」
「う、それならどうしたらいいのよ?」
「別に気にする必要はないよ。僕と結婚すればそれでいいじゃないか」
「……は、結婚?」
どさくさに紛れて、ユアンは何を言っているのだろうか。
益々、私の心の整理が追い付かなくなる。
「魔術師になったら君に告白するつもりだったんだけれど、まさかこんなことになるなんて思わなくてね。あはは、僕も驚いたよ」
「……ちょ、ちょっと待って。今、私は告白されたの?」
「うん? まあ、そうなるのかな」
喜ぶべきところなのかと思ったけれど、内心はかなり複雑だった。
助けられて、告白されて――それで、私は幸せになる。……いや、なれるのだろうか。
「ちょっと色々と考えさせてほしいのだけれど」
「基本的に君に拒否権はないよ?」
「そ、それも分かっているわ」
「ははっ、けれど一つ方法がないわけじゃない」
「……? 方法って……」
「君が類稀なる魔力を持っていることは、僕もよく知っていることだ。その魔力が扱えるようになれば、今からでも魔術師として大成するだろう」
「ま、魔術師……? 私が?」
「そうだね。それで稼げるようになれば、僕の払った金くらい、簡単に取り戻せると思うよ。どうする?」
「それって、あなたの弟子になるってこと?」
「しばらくはそういうことだね。まあ、不可能ってことになれば僕と結婚するしか――」
「やる、やります」
「ははっ、いい返事だね。期待しているよ」
――別に、ユアンと結婚したくないわけではない。
ただ、助けられたまま結婚するのは嫌なだけで……私は、しっかり私として彼の告白を受けたいと思った。
だから、私は魔術師になることにした。
「……そんなに僕と結婚したくないのか」
「え、どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
――私の考えが彼に伝わるのは、もう少し後のことだ。
好きなタイプの恋愛物です。