第73話:天使の街並みでの一枚
今日は、第三天球の街並みを楽しんでいる。
荘厳な教会風の神殿が幾つも並び、全体として美しい街並みが、心を癒してくれる。
そういえば、本当に、いつも自分の社にいたもんなぁ。
外出と言えば、たまに他の神々の社に修練に出かけるか、トール辺りにダンジョンバトルに駆り出されていくくらいだった。
ターニャの散歩旅行を、エデンとコキュートスでするようになってから、自分自身が、リフレッシュできている。街並みを味わいながら散歩したのは、きっと転生前だろうから、実に久しぶりにこうした時間を過ごせているということになる。
「寝ちゃったね」
「あぁ」
ターニャも、ウリエルの背中にへばりついて、スヤスヤ気持ちよさそうに眠っている。あまり社の外に出ることがないから、今日もはしゃぎ疲れたのかもしれない。
まぁ、外とはいっても、エデンもコキュートスも神殿増設の神権で創った空間なんだけどね。
実際の街並みっぽい空間づくりは初めてだったわけだけど、訪問してみて初めて分かった。街並みや自然の中を歩いているって実感できるだけでも、やっぱり癒される。
土地神たちに管理をお願いしているダンジョン内に、神殿増設で、眷属さんたちの部屋をつくってはある。けど、街を創ってあげて、もっと自由に生活できるようにしてあげた方がいいのかもしれない。
たくさん働いてくれているわけだし、眷属さんたちの福利厚生も重要だ。帰ったら、土地神たちに提案してみよう。遠慮してるのかもしれないし…
「カイト、あれが見えるかい?」
「なになに?」
街中を流れている大河のほとりに、貝のベンチが並んでいて。天使さんたちが楽しそうに時間を過ごしている。虹色に輝く水面の上を、フワフワ浮かんで散歩したり、空中ダンスや舞に興じたり、風に揺られながら昼寝したりと、美しい風景画のような光景である。
この空間をデザインした者としては、ほっと一安心できる光景でもある。
「皆が幸せそうで良かった」
「カイトのおかげだ。皆、本当に感謝している」
「いや。大天使の皆が正神教の神として頑張ってるからだよ」
互いに相手を認めつつ、対等な関係で話ができる。
従属神である偉大な土地神たちや、先輩にあたる守護神たちとはまた違った関係性が、大天使たちとは築けているような気がするんだ。
「皆、何して過ごしてるんだろう?」
「ここは第三天球だからね。きっと愛や権力について、議論や問答を重ねているのさ」
「なるほど……」
問答好きなんだろうか。
だとしたら、育成ダンジョンとかで、質問役になってもらえるとありがたい…
でも、単に好きだからって、何百年、何千年と問答を続けていられるものだろうか。何かしらの到達点やフィードバックがないと、継続できない気もするんだけど…
「その顔は、よくわからないってことかな?」
「うん。好きなのは、わかったんだけどね……」
「愛とは何か? 権力とは何か? それを問い続けていくことが、彼らにとっての格を高めること繋がっていくんだよ」
「なるほど。天使さんの力の格上げか…」
神で言うところの、神威格上げのようなものかな。
「その格上げの資源になるのは、信仰心だ。今では、正神教への信仰心が、多くの天使たちの力の回復や向上に還元されている」
「やっぱり、大天使たちのおかげだ」
「微力は尽くしているけど、まだまださ」
謙遜してはいるが、正神教は、実のところ、かなりまっとうな宗教に変容しつつある。ヨワヒムら残念領主たち最大の功績は、やはり、この大天使たちを自らの神に据えたことだ。
もっとも、彼らは、大天使たちが実在しているとは思ってはいないだろうけど…
大天使たちは、オレの天啓(夢で逢えたら)のような神権を用いて、地道に愛や正義、法の順守を重んじ、善行を積む住民たちに対して、‘幸運’を渡しているのだ。
では、いったい、どのような幸運なのか?
それは、彼らがそうした善行を積む機会に恵まれるという幸運である。
「信徒に正義を授け、調和をもたらし、繁栄を促す、知恵と法の尊重か…」
「それは、我らのドクトリン?」
ターニャを教会風の神殿脇にある貝殻ベンチに寝かせて。
ウリウルと芝生の上に座り込む。
青臭くてチクチクして、なんともムズガユイ芝生の刺激が、今は心地良い。
「うん。正義、調和、繁栄をもたらす知恵と法を尊重する…」
「その通りだよ」
「それって………」
「あぁ。祈りに加えて、信徒がそうした行いに共感する気持ち、感謝する気持ちが、我らにとっての信仰心獲得になる」
このあたりは、天使さん固有の信仰心獲得方法なんだろうな。海人族の舞や歌、竜人族の修練を含んだ生活様式なんかと同じ、ユニークな量的信仰心獲得法ってとこだろう。
「我々は、そうした行いを為す者に幸運を授け、社会全体に彼らの行いが知れ渡り、彼らが尊重されるように促している」
聖人というのだろうか。
いや、信仰のモデルという方が、イメージに近いかな。
お手本になる信徒たちの活躍を、幅広く認めてもらえるようにしている。自らのドクトリンのもと、信者が幸せに暮らせる社会へと成熟していくように、大天使たちは支援をしているということだろう。
「まだ少数だけど、彼らが集会において正神教徒の在り方を提言し、人々を引き付けつつある」
ちょっと時間がかかりそうだけど。
神々からしたら、数か月や数年の辛抱なんて、あってないようなものなのかもしれない。
「カイトのおかげで居場所もあるし、信徒もいるし…… 気長にやるさ」
「そっか」
親友というにはまだ早いかもしれないけど、もしウリエルや大天使たち、そして眷属の皆さんが困っているなら、何とか力になりたいと思う。
正神教の信仰心獲得の仕組みについて、ちょっと考えていくことにしよう。
これは、信仰心を半々で分け合うという契約関係上、オレにもメリットがあることだし、社外取締役として、気になる点について提案くらいはしてみてもいいだろう。
「ところで、カイトにとって愛や権力とは何だい?」
「何だよ急に……」
きっと大天使ウリエルのニヤニヤ表情なんて、レア中のレアなんだろう。写真にとって残してやろうか…
しかし、そんな悪巧みはすぐさまバレてしまったようである。
スマホをかざすと、一瞬で、スンとした真顔になった。
どうやら大天使の隙をつくのは至難の業のようだ…
「愛と権力かぁ」
特に愛って、なんだか気恥ずかしい話題なんだよ。天使にとってはそうじゃないのかもしれないけど。
あとオレの精神的な発達の問題なのかもしれないけど…… やっぱり気恥しい。「おまえ○○のこと好きなんだろー?」「はぁ!ちげーし。全然好きじゃねぇし!」「うそつけー。いつも一緒にいるじゃん」「たまたま帰る方向が一緒なだけだし!」…… っていうテンプレっぽい会話が、なぜか頭に浮かんで消えていった……
「いや、気になってね」
「そういうウリエルは?」
「そうだなぁ」
コホンとわざとらしく咳払いをして、ウリエルは表情を整えた。
「愛とは対象間に生じる心理的風景。風景を心の中で描く分には自由」
「つまり、心の中での風景と、現実が違うからといって……」
「そうさ。現実を心の方に合わせて捻じ曲げようとしてはいけない」
「じゃあ、権力とは?」
「それは自らのためのものではなく、自他の最良のための力であるべきさ」
「なるほど」
権力は、私利私欲を満たすための力ではないと。
残念領主ヨワヒムには、耳が痛い言葉だろう。
やはり、ヨワヒム最大のグッジョブは、自分に足りないものを授けてくれる大天使たちを正神教の神に据えたことである。
「偉そうに言ってみたけど、これは、とある大天使の到達点にすぎない。まだまだ、愛も権力も奥深い」
「いや、共感できるよ」
「それは良かった。自信になる。それで、カイトにとって愛とは?」
さっきニヤニヤ笑顔だったときのやんちゃな気配が引っ込んでいる。
まるで真理の扉の前に立つ門番のような、高潔そうなオーラが漂っている。これがウリエルの本質なんだろうか。
「愛ね...... 拡散と収束の根源?」
「それは興味深い」
「拡散、つまり人は、好みは偏るとはいえ、他者や自然、食べ物に文化といった多くの対象にかかわっていく」
「なるほど。では収束は?」
「かかわった対象から力をもらい、自分に還元する」
「その根源となるのが、愛か」
「なんとなくだけどね」
「なるほど。カイトにとって愛とは、この世の仕組みのことなんだね」
友愛、慈愛、自己愛…… いろいろな愛があるんだろうけど。オレの理解している愛は、こんなところである。
やっぱり、愛について語るのは、気恥ずかしい。
芝生のチクチク感で、恥ずかしさをごまかす手遊びをしてしまうくらいには…
そうだ。
この手のことはアポロンさんの得意分野なので、今度、こちらに一緒に来て、天使たちと対談してもらおうか。
「そろそろ、逆向きの世界に行ってみよう」
「逆向き?」
「コキュートスだよ。ルシファーが、しびれを切らしているようだ」
ウリエルが示してくれたスマホの画面には、ルシファーからの着信が20件ほど入っていた。
大悪魔王、割と時間に正確で、心配性なのである。会議の時間にはピッタリ現れるし、元気そうだなって、互いに声を掛け合うことも多い。
こういうところが憎めない悪魔だと言うと、全力で嫌がられそうなので、この後、絶対に言ってやろっと。
本日もありがとうございました!
ぼちぼち頑張ります!




