第1話:引継ぎは丁寧に
「引き継げ」
「へ⁉」
突如、美人なお姉さんドアップ。キスまであと、三センチ二ミリ……。
ふむ。こんな至近距離からキツめの口調で放たれた命令は、本来ならご褒美である。
無論、二次元だったらね。
三次元はちょっと......。
てかお姉さんの陶器のような美顔圧が強すぎて辛いです……。
「引き継げ」
「………」
ここはスル-必至で。君子美顔に近寄らずなのであるからして。
てか……ここはどこ?
オレ、部屋で寝てたような気がするんだけどなぁ。
………いや、違うか。
……ん?
あれ?
あれれ? オレ、さっきまで、どこで何してたっけ?
「同じことを何回も言わせない。引き継げ」
ふむ。お姉さん、スル-拒否ね。
オッケー! ちょっとだけ相手をしてあげようじゃないか。
「えっと……引き継ぐ?」
「そう」
「何を?」
「神様業」
「⋯⋯⋯神様……業?」
なるほどわからん……。全くわからんよお姉さん。
神様って……なに言っちゃんてんの?
あ、お姉さんあっち系? ひょっとしてサイコさんなの?
「はぁ……」
溜息……よくないよ?
てか、聞こえたから。今、小さく舌打ち追加したよね? 社会人失格だぞ?
まぁオレも、初対面美人に説教してやる義理はないし?
だから黙って見逃してあげるけども?
「………はぁ」
溜息連発……だと?
ふむ。
やっぱ美顔主は、スルーするに限るよね。
てかだから……ここはどこ?
質素だけどきれいな部屋。
見たことない宇宙船っぽいタッチパネルが並んだテーブル。
あ。宇宙船? オレの宇宙人に誘拐された? キャトルミューティレーション? つまりお姉さん、宇宙人?
「ちっ……」
ふむ。どうやら……ダメらしい。
女性の? 宇宙人かもしれない? サイコさんな? 美顔主の住んでる室内を、ジロジロキョロキョロ見てはダメらしい。
「同じことを何度も言わせない」
「―――ッ⁉」
「いいから、引き継ぎなさい」
いや、それどころじゃないんだって。
だってここ―――
「―――知らない天井」
なんだよな。やっぱり。
知らない天井―――ふむ。なぜか馴染み深いフレーズな気がするけど……なんだっけ。
てかそれよりも、そろそろ重大案件に目を向けよう。
ふむ。
今……オレ、天井見えてるよね?
つまりオレ今、床に寝転がってるよね?
ってことはさっきオレ……一本背負いされたよね? 超美人の、宇宙人かもしれないサイコ系お姉さんに。
だって背中がむちゃくちゃ―――
「―――痛くない⁉ あれ?」
「痛いわけない」
床ドンっていうんだっけ、この状況。
じっと見つめられると、どうしようもなくドキドキするんですけど?
てかお姉さん、だから顔面の美人圧が凄いですって。美しすぎてヤバイですって。
オレもう、変な汗が……。てか汗のにおいがヤバそうなんだけど?
「」
それにしても……マジでお綺麗だ。
美女にここまで接近されると……高鳴るよね。
三次元に興味はないんだよ? でも、キスまであと二センチ四ミリ……なかなかできない接近経験なのであるからして。
つまり、、、仕方ない。
うん。仕方ないのだよ。
地球の自転と同じで、これは自然の摂理なのだから。
そう。心臓がドキドキうるさくなるのも…… あれ?
「……ドキドキしてない」
「当たり前。心臓ない」
「は? 」
「黙れ。説明する。理解しろ」
「……はい」
ふむ。
また一つ、自己理解が進んだ。
Q.もうほぼほぼキスしちゃってるレベルの超至近距離で美女と向き合ったら、オレはどうするか?
A.目を逸して床を見る。
ふむ。
どうやらオレ……ヘタレ属性らしい。
「聞け!」
「ひゃい!」
すいませんっ。
「君、死後に異世界転生で神様業に就任おめ。理解? 」
「……理解」
「そ。じゃあ後よろしく」
立ち上がって、さっそうと去っていくお姉さん。後ろ姿もとてもお美しい。あと三メートルほど眺めてたい……………けど………え?
嘘でしょ?
ヤバい……ヤバいヤバいヤバい!
ガチでどっか行くつもりじゃん! その先、もう扉しかないじゃん!
「お姉さん! 違う違う!!」
「……何が?」
「君の言葉の意味理解も状況理解不可! 理解?」
Why? と海外の方がオーバー気味に叫ぶ時のように、大声をあげる。
身振り手振りも大きくなっちゃってるけど……許して! 必死なんだって!
それにオレ、どうやら死んだらしいんだけど?
さらっと告げられた言葉が、今になって急に効いてきたんだけど?
なんて日だ……。
「あっそ。でも、私は忙しい。あとはその子に聞くこと。理解?」
「……理解」
「じゃあロココ、後はお願いね」
きれいなお姉さん、やさしげに微笑んだ先に…………アルマジロ?
「え⁉ アルマジロ?」
そう疑問を口に出した瞬間、アルマジロさんがピカリと光って。
「オーダー確認。アルマジロを抽出―――」
うわぁ~すごいですね~。マジイケボじゃ~ん。そして流ちょうな日本……語学? 喋った? アルマジロが?
「―――成功。最大種はオオアルマジロ。体長七十五-百センチ。尾長五十センチ。体重30キロ。最小種はヒメアルマジロで体長十センチ。尾長三センチ。体重百グラム。全身ないし背面は体毛が変化した鱗状の堅い板(鱗甲板)で覆われている【地球Wiki日本語版参照】*」
ふむ。
ふむふむ。今のはどうやら―――
「―――アルマジロ?」
だよね?
え⁉ アルマジロについて説明してくれたわけ?
つまりえっと……なんだ? えっとだから……アレだアレ! 自己紹介! オレ今、自己紹介されたってことでオケ?
「そのオーダーは先ほどと同じです。おかわりでしょうか?」
「いえ、おなかいっぱいです」
「承知しました」
「てか、声素敵だねアルマジロさん」
良く通る声……マジイケボじゃん!
それに……なんだろうこの不思議な敗北感……。アルマジロに負けた気がする。美声部門で。
「個体名はロココです」
「ロココさん?」
「はい、マスター」
「ロココさん。声かっこいいね」
「恐縮です」
綺麗なフォームで、丁寧に頭を下げるアルマジロ。
立ち振る舞いも優雅でカッコいい。
「あのさ! いっかい……言ってみてくんない?」
出会ってすぐに失礼かもしれないけど。この衝動は止められそうにない。
「何をでしょうか? 」
「撃っていいのはう…」
「マスター、おやめください‼」
「ふごっ⁉」
ふわっと浮かび上がったロココさん。その前脚がオレのほっぺに突き刺さった。でもやっぱり、まったく痛くない件について。
「ご期待には応えかねます。問題になりそうな気配なので」
「……そっか。なんか残念」
あの素敵な声で、あの名セリフが聞けると思ったのになぁ。
「それよりもマスター、ご説明を始めても?」
「そうだった。お願いロココさん」
「承知しました」
ペタペタのろのろと歩んでいくロココさん。
ふむ。どうやらあの宇宙船的タッチパネルなテーブルに用があるらしい。
ここはチャンスだ。抱き上げて持ち運んで好感度上げよう。
何かオレに説明してくれるっぽいし。好感度チャージできたら、さっきのセリフ言ってくれるかもしれないし。
「手伝うよ!」
腰をかがめて持ち上げようとする。けど、ピクリとも動かない……。
ふむふむ。これは……予想外の展開であるからして。
「アルマジロ……重っ」
「オオアルマジロ体重三十キロです。やはり、おかわり必要でしょうか?」
「いえ、結構です」
ちょっと怒ってる気がする。声がさっきより冷たいし……。ごめんね?
「ご説明します。マスターは今、ヒュム族十二歳ごろの成長度に調整されております」
「つまり子どもってこと?」
「その定義は多様です。しかし、一般的にはそのように区分されるでしょう」
「ロココさんが実は三十キロより重いとか……」
「おかわり、必要でしょうか?」
「いえ結構です。すいませんでした」
じっとりこちらを睨んだ後、丸っとなったロココさん。
そのままゴロゴロと床の上を転がってパネルまで向かうその姿のかわいさよ。
うん。決めた。ギュってしようと思います。後で。
「ではマスター、次のように唱えてください」
「はい」
「全方向型写実投影機、起動」
ちょっと澄ました声が、室内にこだまする。はぁ~……残響まで心地いい。マジイケボだ。
「ロココさん、やっぱ声イケメンだね」
「マスター?」
「はいはい。わかりましたよ。やめときます」
「では、お願いします」
「はいはい。えっと……全方向型写実投影機、起動!」
呪文っぽく唱えたせいか、つられて自然と両手が天を仰いでしまった件について。ただし後悔はしてない! 雰囲気大事!
「起動開始」
どこからか無機質な声が響いてくる。でも、オレは騙されないからね? このイケボはロココボイスに違いないのであるからして。
「おぉ……すげぇ!」
空中に、透明の球体が浮かんだ。
美しい輝きを放って……。どう考えてもオーバーテクノロジーじゃん! SFキタコレ!
いや、そりゃ出ちゃうよね?
思わずガッツポーズ出ちゃうよね?
なにせ近未来型装置にテンションが上がるのは人類普遍の真理なのであるからして。
「この球体が、マスターが神となるヒュム族の住む星です」
「なるほど。つまりこれ、星のイメージを投影したモデルってこと?」
「厳密には異なります。実際に彼らは、この星に住んでいます。その星を俯瞰している状態です」
「え? この小人さんたち、本当にこのなかで生活してるの?」
「そうなります。なお、実物のかれらは小人ではありません」
「なるほど」
「拡大してヒュムの生活を見ることもできますが?」
「お願いします!」
「では……これでいかがでしょうか?」
「ありがと!」
ふむ。
どうやら……小さな集落らしい。
建物は木製のものが多い。道路は舗装されていないし……。感覚的には、中世前後の生活って感じかなぁ。
「なるほど。ヒュムって……オレ―――地球の人間に似てるね」
「適切なご理解かと」
「ありがと!」
「なお、この星には、ヒュム以外に様々な種族が生存しております」
「マジで? どんな種族がいるの?」
「それはまた、後々のお楽しみにいたしましょう」
ふむ。
多分、だけども。ロココさんは今、話題が本筋から逸れないように注意してくれてたっぽい。
オレが意図に気づく程度かつ恥ずかしくならない程度に遠回しの表現とは……まさに大人の対応である。
イケボ部門に続き、仕事部門でもオレ、敗戦濃厚です……。
「他の種族にも守護神がおります。みなさまも、マスターと同じように、この球体にアクセスしています」
「ん? ちょっと待って」
「はい」
「今、アクセスしてるって言った?」
「そのように申し上げました」
ロココさんが次の説明に移ってしまう前に、ちゃんと確認しておかねば。
「整理していい?」
「素敵な試みです」
「ありがと。まず、この球体について。オレの住んでた星は地球って言うんだけど、今オレはその地球を外側、宇宙空間から眺めてるような状態ってこと?」
「適切なご理解かと」
第一問、正解!
よし! 次だ次!
「アクセスっていうのは、この星のヒュム族に干渉できるってこと?」
「概ね適切なご理解です」
第二問は△……部分点ってとこか。でもだいたい正解ね……。
ふんふん。なるほど。
そっか、そう言うことか。つまりオレって―――
「―――神様じゃん」
「ご明察です。マスターは先ほど、女神から引継ぎを承諾されました」
あ、そうだった。
どうやらオレ、マジでこの球体に住むヒュム族の神になったらしい。
「てか女神って、さっきの綺麗な人?」
あの人、宇宙人じゃなかったのね……。
「美については個人の価値観かと」
「まぁ、そうだけど」
アルマジロには、人間の美的感覚はわからないか。まぁ、それはそうか。
オレも美マジロとそうでないマジロの違いはわからないしね。
「女神は、先代の神であらせられます」
「オレの先輩ってこと?」
「概ね適切なご理解かと」
そういえば名前も知らないけど。先ほどの綺麗なお姉さん……先輩だったのか。
いや……待って。
ちょっと………あれ?
知らないのはパイセンの名前だけじゃない?
てかオレは?
オレの名は……何だっけ?
*Wikipedia, アルマジロ,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%AD (optional description here) (as of July 2, 2019, 09:09 GMT).
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読んでくださりありがとうございました!
<20210504:セリフ等加筆修正済み>